便利屋68に降り立つは、傍観者のゲマトリア 作:マスターBT
「ケホッ……こんな砂埃だけの場所にわざわざ呼び出されるとは思わなかったぞ」
「アビドスは何処も全て砂塗れですからね。しかし、こうして無事に小鳥遊ホシノを手に入れる事が出来た今、この程度の砂など微塵も気になりませんよ」
それはお前だけだと思うがね黒服……生憎、私には小鳥遊ホシノに対する興味など殆どないのだから。
『暁のホルス』と呼ばれ、キヴォトスでも一、二を争う神秘の持ち主らしいが、こうして身動き一つ取る事なく拘束されているのが、この世界はどれだけ強くても儘ならぬ物である証といえようか。
「……なんだ、やっぱり仲間だったんだ」
「私がただの優しい大人に見えたかね?暁のホルス」
「……全然。でも、そうであって欲しいとは思ってたよ」
キヴォトスの生徒をどうやって抑え込んでいるのかが、気になるところだが黒服のやる事だ。
考えるまでもなく、契約に類するもので物理的にではなく、概念的に縛り上げているものだろうから、恐らく此処で私が無理矢理にでも拘束を外そうとすれば、簡単に外れるほどの代物と予想がつく……まぁ、そんな事をする理由は微塵もないが。
「黒服」
「なぜ呼んだのかですね?クックックッ、ここ最近の貴方は少々、らしくないものですから。私の研究を手伝って頂こうかと」
「らしくないか……ククッ、お前に言われるほどとはな。しかし、私は傍観者ではあるが研究者ではない」
私に起きている変化がなにを齎すのか興味はあるが、こうも露骨だと変化の結果を見届ける前に私自身が殺されかねないな……探る必要のない子供達や何故か、無警戒で信頼を寄せてくる『先生』とばかり接しすぎて、少々、大人としての振る舞いが崩れてきているのかね。
「貴方の目と彼女、よく馴染むと思いませんか?」
「あぁ、なるほど……ふむ、良いだろう。今回は口車に素直に乗ってやるとしようか」
「クックックッ、やはり貴方はそうでなくては。そうですね、今から二時間ほど、私も別件があるので此処を貴方一人に任す事にしましょう」
別に技術が盗用されようが、どうでも良いがその辺の分別があるのは、黒服らしいな。
「あぁ、それとないとは思いますが、もしも小鳥遊ホシノを逃す様な事があればその時は」
「弁えているとも」
このやり取りを最後に黒服はこの部屋を出て行き、正真正銘、私と小鳥遊ホシノの二人だけとなり、私は拘束され俯いたままの彼女に近づき、特徴的な桃色の髪を掴み、無理やり上を向かせ視線を合わせる。
「……なにさ、わざわざ顔でも見たくなったの?」
全てを手放した事に対する絶望で、光を失いかけているオッドアイに私が映り込む。
……苛立ちを感じるが、それを無視し彼女に見える様に私の目を作り出す。
「お前が指揮してる時に出してる……」
「ほぅ、さすがはどさくさに紛れて私を撃とうと画策していただけの事はあるな」
「……気づいてたの?」
「私がそこまでの間抜けに見えるかね?」
何故、そこで視線を逸らす?小鳥遊ホシノ……まぁ良い、お前が私の事をどう思っていようが関係ない、このまま話を続けるとしよう。
「私のこの目は神秘と科学を混ぜ合わせたモノ。ある種の奇跡の上に成り立ち、ある種の必然の上に成り立つ代物だ。目としての単純な機能に加え、やろうと思えば可能性の世界、つまりこれから起きるであろう未来をも観測が出来る。全ての負荷を自分で背負う必要があるがね」
「……」
「私はこの目を『ホルスの義眼』と名付けた。そう、君の二つ名と同じくホルスの名を冠している」
名は体を現すとは言うが、同じ名を冠しているものであれば彼女の神秘はこの目によく馴染む可能性が高い。
別にこれ以上の性能強化を望んでいた訳ではないが、目の前に格好の材料を用意されてしまえば、開発者としては食指が唆られるというものだ。
「目でも抉る?」
「……随分と簡単に口にするのだな。良いのか、私が本当に君の瞳を抉っても」
希望を失いつつある青い瞳に指を沿わせてもなお、小鳥遊ホシノに動きはない。
「激痛が走るぞ。ヘイローによって守られている君から、目を摘出するのはそう簡単な事ではない。痛覚で意識を失ってもすぐに、それまで以上の痛みが君を叩き起こし、決して楽にはさせてくれないだろう……それでも君は受け入れると?」
「良いよ別に。だって、そういう契約なんだし」
私を信頼できぬ大人として、敵意に満ちた瞳でずっと見ていた彼女はもう此処には居なかった。
今、此処に居るのは背負うべき責任から安易に逃げ出し、夢物語を捨て去り、その癖捨てた本に縋ろうとする哀れな子供がただ一人居るだけだった──それがどうして、こんなにも腹立たしいのだろうな私は。
「……小鳥遊ホシノ。お前は満足か?」
「なにがさ?」
「アビドス高等学校、対策委員会、『先生』……それら全てから向けられる責任と期待を自らの手で投げ捨て、あり得たかもしれない夢物語を自らの手で焼却して満足かと聞いている」
アビドスの正当な生徒会、最後の一人だった小鳥遊ホシノが此処に居る以上、恐らく黒服やカイザーは既にアビドスの解体を始めている可能性が極めて高い。
そうなれば、アビドス高等学校は完全に閉鎖され、今日に至るまでの努力が全て消え去る事になるだろう……その選択を他ならぬ小鳥遊ホシノが自ら下したと言うのだから、三文芝居にすら劣るゴミのようなエンディングを迎えるだろう。
「……じゃあ、なにが出来たって言うのさ。散々、そっちの都合で、私達から奪っていったのはお前達だろう!!どれだけ努力しても変わらない……みんなが苦しんでいくだけで……なにも目の前の現実は変わらない、それどころか日に日に悪化していく!!そんな世界で他になにが出来たって言うのさ!!」
溜め込んでいた鬱憤をぶつける様に、叫ぶ小鳥遊ホシノの目は確かな憎悪の色を浮かべていた。
昼行燈とした立ち振る舞いの奥に、これほどの憎悪と怒りを溜め込んでいたと言うのなら安易な解決策に飛び付きたくなる気持ちも分からなくはない……だが、それでも私はお前の選択が気に食わない。
「知らんな。そんな事は私が考える事ではない、私はお前との時間をさほど共有していない。故に、どの様な難題を押し付けられたかなど知る由もない。だが、それでも私はお前が気に入らんのだよ小鳥遊ホシノ……結局、お前はそれ程までに憎悪している我々『大人』の方が、守りたいと願う愛すべき『仲間』よりも現状を変えられると『信頼』した訳だ」
「ッッ……ちが……わた、しは」
「いいや、なにも違わないとも。今、此処にお前が居る事がその最たる証拠ではないか!!はっ、ハハハハ!!これは傑作……いいや、これ程までに後味の悪い読後感があるのなら、駄作だな。実に下らないバッドエンドだ」
こんな結末すら見据える事の出来ない瞳など、抉って同化させたところで性能が落ちるだけだ。
手を離してやれば、ただでさえ力の入っていない身体が崩れ落ち、拘束具によって無理やり引き留められる。
「……僅かに興味はあったが、もはやお前の神秘など一欠片もいらん。そのまま、黒服に利用され冷たく朽ち果てるが良い」
「……私はただ、守りたかった。みんなが居るアビドスを、ユメ先輩が愛していたアビドスを……ただそれだけ……大切な居場所を守りたかった」
ユメ先輩……あぁ、調べた時に出てきたアビドスの前生徒会長か。
「手放してしまえばなにも守れんよ。そんな芸当、大人だって難しいのだから」
決して失いたくない宝物であれば、ずっと自らの側に置いておけばそれで良い。
失う時が来てもそれは、宝物とほぼ同時に自らの死も発生しているだろうしな……遠ざけて守られるものなどこの世界に有りはせんよ。
「……む?アル社長から電話?」
『ちょっと、今何処にいるの、バイステンダー?先生がなんか怖い顔して、事務所に来て貴方に会いたいって言ってるんだけど……何か悪いことしてないわよね?』
……小鳥遊ホシノの目を抉る事も神秘を貰う行為も辞めた、つまり今の私はなにも悪いことはしていないな。
そもそもこの場にいること自体が、アウトかもしれないが黒服を売る事になる以上、黙秘するしかあるまい。
「何もしていないとも……ふむ、用件であればブラックマーケットのすぐ近くにあるファストフード店で聞くと伝えてくれるかね?恐らく、私が今から事務所に向かうより速いだろう」
『分かったわ…………伝えたけど、先生から伝言があるわ』
「何かね?」
『便利屋68の貴方に頼み事がある……だそうよ。不思議ね、バイステンダーは私達の仲間なのに』
「ククッ、そうか。そうくるか、『先生』!!」
『え、ちょっ、いきなりなに!?』
興奮そのままに通話を終了させ、小鳥遊ホシノの方を向けば『先生』の名に反応したのであろう俯いていた顔が、上げられていた。
このタイミングで、私に話がある……それは十中八九、小鳥遊ホシノの事で間違いないだろう、であればこの駄作も何か変わる可能性が浮上してきたと言える。
「ククッ、喜べ小鳥遊ホシノ。『先生』はどうやらお前の事を諦めていないらしいぞ?ククッ、ハハハハ!!」
「……先生」
貴方にこのバッドエンドを書き換える事が出来るのか……これは面白くなってきたな。
起きた事柄に対して、好き勝手第三者が文句をつける……現実でも良くある事ですね。
こういうところがバイステンダーのタチが悪いところだと私は思います。
感想など待ってるぜ