便利屋68に降り立つは、傍観者のゲマトリア   作:マスターBT

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商談或いは、蠢く悪意

「やぁ、『先生』少しばかり、待たせてしまったかね?」

 

“……大丈夫だよ。私も今、来たばかりだから”

 

 少しばかり冷えた珈琲は『先生』の言葉が、建前である事を表していたがバイステンダーは、何かを返す事はなく、自身が注文し受け取って来たMサイズのポテトと、ストロベリーのシェイクを机の上に置き、『先生』と対面する様に座る。

 この光景は何日か前のラーメン屋柴関を彷彿とさせるものだが、あの時とは違い『先生』の顔に笑みはなく、代わりにバイステンダーの口元には僅かな笑みが浮かび上がっていた。

 

「伝言はアル社長から聞いているが、私に個別で話があるとはどの様な事柄かな?」

 

“分かっている癖に”

 

「ククッ、その言葉をそのまま返そうか。私は貴方の口から、言葉から聞きたいのだよ」

 

“……黒服に会ったよ。そこで聞いたんだ、貴方も彼と同じ、ゲマトリアだと”

 

「肯定しよう。私は黒服の同胞だ」

 

 楽しみを堪えきれないのかバイステンダーの声は、普段の胡散臭さに加え何処か熱を帯びており、まるで蛇の様に見えぬ言葉が『先生』へと絡み付いているようだ。

 しかし、対面する『先生』はその不気味さなど微塵も感じていないのか、酷く落ち着いた表情で一度冷えた珈琲に口をつけ、僅かに喉を潤すとゆっくりと細い目が開かれ、その奥から魔性とも呼べる濡れた漆黒の瞳がバイステンダーを射抜く。

 

“ゲマトリア。私は君達の存在を許しておく事は出来ない”

 

「ククッ、貴方のような人間性であれば当然だろうな。我々は総じて、ロクデナシだとも」

 

“……だから、『お前』が私の生徒達を傷つける事があれば、私は『大人』としてその行為を断じて許さない”

 

 懐から大人のカードを取り出し、バイステンダーに差し向ける『先生』と、武器も持っていない筈の彼から向けられる鋭い怒気に対して、何処か楽しむ様にポテトを口に運ぶバイステンダーという構図が、数秒ほど続き、ふっと『先生』が放っていた怒気が消えたかと思うと、表情もいつもの柔和な笑顔に戻った。

 

“──だけど”

 

「うん?」

 

“便利屋68の君の手は借りたいと思っている。どうか、私に力を貸してほしい”

 

 『先生』の提案は側から見れば、単なる言葉遊びでしかないだろう……『有名店のショートケーキ』と『コンビニのショートケーキ』の二つの名前だけを聞いて、これらの違いを肩書だけで説明出来る者は居るだろうか?

 使っている材料が違うのであれば、一口食べて甘さが異なれば、それらを理由に違いを語る事は出来るが、どちらも名前だけ聞けば作られている場所が違うだけの『ショートケーキ』という同一の商品でしかない。

 

 それと同じ内容を『先生』は口にしただけだ。

 『ゲマトリア』であろうが『便利屋68』だろうが、バイステンダーである事に変わりはなく、当然、他の者達からすればこの言葉遊びになんの意味があるのかと首を傾げるものかもしれない──だからこそ、バイステンダーという男には最も、効果的であった。

 

「ククッ……随分と遠回りをして本題に入ったものだな。その名を持ち出されては、私に断る選択肢など存在しないな。何故なら、便利屋68は報酬さえ、用意されるのであればなんでも引き受けるのだから」

 

 傍観者である彼は、常に目の前の現実から一線引いた場所に立とうとする。

 余計な感情に振り回されない様に、可能な限り中立の立場にあろうとする心理が齎す性質だが、それ故に彼は他の誰よりも自らの肩書きを大切にする傾向が強い……少なくとも、『先生』の解答を予め知っているにも関わらず、彼の口元に三日月が浮かぶぐらいには。

 

「さぁ、『先生』商談の時間だ。『便利屋68のアルバイト』である私に何を望み、どの様な対価を払ってくれるのかな?」

 

 

 

 

 

「どうやら、私が知る貴方とは少し違うようですねバイステンダー。以前の貴方であれば、このように暁のホルスが無傷である訳がない」

 

 『先生』とバイステンダーが、商談を始めた同時刻、旧アビドス本校舎地下において、黒服はモニターに映る小鳥遊ホシノを片隅に見ながら、『ガスマスク』を付けたまるで、兵士の様な佇まいを見せる女子生徒と向かい合っていた。

 尤も、立場の差なのか黒服は椅子に座り、件の女子生徒は腕を後ろに回し立ったままだが。

 

「マダムより裏切り者の処理を任されています。どのようになされますか?」

 

「そうですね……まだ、彼の真意が不明な以上、処理は早計かと。彼の神秘と科学を混ぜる技術は、未だ我々にとって有用ですからね」

 

 そう語る黒服であったが、内心で有用であるからこそ、その技術が敵に回る前に処理すべきかと思案し、それと同じ結論を『マダム』も下したのだろうと考えを回し、どちらを選んだとしても同じ組織で、軋轢は避けられないと溜息を溢す。

 

「私は別に中間管理職ではないんですけどね。まぁ、物語の過程を楽しむ者(バイステンダー)物語に結末を齎す者(マダム)の相性は、今回の事がなくても悪いのですが……貴女はどう思いますかね?」

 

「……」

 

「マダムの私兵に、命令以外の返事を期待しても無駄ですか。しかしまぁ、『先生』の存在に興味を持つのも分かります、クックックッ……確かにあの人の持つ独特の価値観を我々は持てない。大人としてはかなり甘いと言えますが、我々の観察などとうに終わらせている彼の興味・関心を強く引くのも致し方ない事でしょう」

 

「では、見逃すと?」

 

 カチャリと黒服から死角になっている背後で、普段、使い慣れている武器とはまた違う拳銃を上着の裾から取り出すガスマスクの生徒。

 彼女は自らでは、逆らう事の出来ないマダムから、『もしも黒服が日和るようであれば、武器でも突き付けて脅せ』と命じられていたが為に、バイステンダーの行動を認めるような素振りを見せた黒服からもっと、確証のある言葉が出てくれば脅しを実行するつもりだった。

 

「──いえ、当日、彼の裏切りが確定出来たらにしましょう。今はまだ『疑い』程度ですから。その時は頼みましたよ、マダムの私兵」

 

「……分かった。では、これで失礼します」

 

 及第点であると判断し、拳銃を再び隠し、部屋を出て行こうとするガスマスクの女子生徒の背に黒服が、思い出したと言わんばかりに軽い声で言葉を投げかける。

 

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「ッッ!?」

 

 その言葉と共に彼女が振り返ると、先ほどまで話していた黒服の姿にノイズが走り、直後にその姿が完全に消え失せる。

 心霊現象の如き、その変化に一瞬驚いた彼女だったが、冷静に今、目の前で起きた現象を理解し、自分は脅すどころか下手打てば殺されかねない存在であった事を理解させられた。

 

「……投射映像。本人は別の場所から、音声を飛ばしていただけか」

 

『正解です。もしも、貴女が発砲していればそこにカイザーの兵が雪崩れ込む手筈でした。良かったですね』

 

「チッ」

 

 自分が遊ばれていた事に苛立ちを隠せず、ガスマスクの生徒は部屋を今度こそ出て行った。

 

『……所詮は子供。利用されるだけの存在に過ぎない。バイステンダー、貴方がどんな視点を持ったのか聞けば教えてくれますかねぇ』

 

 そう呟く黒服の背後で、まるで蛇の如き、巨大な機械が暗闇に目を光らせ、蠢くのだった。




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