便利屋68に降り立つは、傍観者のゲマトリア 作:マスターBT
『先生』とはなんなのか?
単純に言葉の意味を説明するのであれば、子供より先に生まれた人或いは、勉学などの指導的立場にある人物を指すのだが、このキヴォトスにおいて、子供である生徒達は皆、BDから学習する為に『先生』という立場で物を教える人物はおらず、バイステンダーを含むゲマトリアや、カイザーPMC、街を歩く物達などの大人は多くいるが、彼らは単純に子供達より先に生まれ、歳を重ねただけであり、『先生』ではない。
“敵の攻撃は一見すると、破壊力に優れているけど狙いが甘い。足を止めずに戦っていればそうそう当たることはないよ”
シャーレの純白の制服に身を包み、銃声と爆発音が鳴り響く戦場で、一切の怯えなく立ち、生徒達を指揮する彼は唯一、この世界で『先生』の名を与えられている大人だが、今、現在、彼が行なっている事は軍師や参謀と呼ぶべき役職に身を置く者がやる事であり、到底『先生』の仕事とは思えない。
“シロコ、無理はしないで。ノノミ、ヒナ、弾幕を。便利屋とホシノは敵に突っ込んで──大丈夫、私を信じて”
「うん。信じるよ『先生』」
「格好良いところ見せるわよみんな!!」
それでも、信じての一言だけで生徒達が動けてしまうのは、やはり彼が『先生』である事の証なのだろう。
経験に乏しく、世界を知らず、大人の悪意を知らず、完璧とは程遠い、未熟で……大人から見て、子供の欠点を挙げろとなれば幾らでも挙げられるだろう、それが子供なのだから。
けど、そんな子供だからこそ持ち得る無限の可能性を彼は、この世界の誰よりも信じて尊いものだと思っているから、この世界の何者よりも真っ直ぐに子供を、生徒達を信じて戦場に立ち、導く『先生』足り得ている。
彼女達が負ける筈ないと、心の底から信じているからこそ、彼から発せられる信じての一言を、生徒達も信じられるだろう。
“……バイステンダー、君に少しだけ頼みたいことがあるんだけど、良いかな?”
「む?何かね、『先生』」
“─────”
楽しげな笑みを浮かべ、傍観者に徹していた彼に『先生』はある頼み事をする。
それはともすれば、彼の命を危険に晒し、死んでしまうかもしれない提案であったが、『先生』という男の価値を見出したい傍観者は、その命懸けの提案に臆する事なく、笑みを深めて頷いた。
「良いだろう。他ならぬ貴方の提案だ、今回の依頼主の言葉を信じねば、何も始まらん」
「うへー、凄いミサイルだねぇ」
『先生』とバイステンダーが、話し合いをしている頃、突撃を命じられたホシノと便利屋68の面々はミサイルの雨の中、時折、体当たりを狙おうと突っ込んでくるビナーの攻撃を避けながら、その分厚い装甲に少しずつだがダメージを蓄積させていた。
「ねぇ、こんな時にする話じゃないと思うんだけどさぁ〜」
「バイステンダーのこと?」
降り注ぐミサイルを全て、ホシノが受け止めるために彼女の後ろに隠れていたカヨコが、主語の抜けた質問の意図を的確に読み取り、ビナーを怯ませながら聞き返すと、ホシノは少し驚いたように目を広げながらショットガンをリロードし、言葉を続ける。
「どうしてアイツを信じられるの?」
便利屋68とバイステンダーのやり取りと、彼が彼女達に向ける視線の暖かさも全てが自分と重なるようで複雑な気持ちのホシノは、彼から放たれた辛辣な言葉もあって、どうしても聞きたかった事を尋ねる。
チラリとホシノに視線を向けるカヨコだったが、すぐにため息を溢しながら分かりきっている当然の答えを口にした。
「仲間だからね」
「……」
「そりゃ、見るからに胡散臭いし言動もあの外見通りだから、出会ったばかりの頃は警戒していた」
恐らくこの話をバイステンダー本人が聞いていたら、ククッとまた胡散臭く、楽しそうに笑うんだろうなと、想像するまでもなくくっきりと浮かび上がる光景に呆れつつ、カヨコは自分達の為にバイステンダーが貧弱なその身体を、どれだけ危険に晒してきたかをホシノに語る。
「私達と違って、一発でも弾丸が当たれば致命傷なのに目立つ方法で、乱入してその場の誰よりもはしゃいで……それで言うに事欠いて、彼、なんて言ったと思う?」
砂塵が巻き上がり、ビナーの姿を捉え辛くなるがすぐにシッテムの箱による支援が始まり、彼女らは砂塵の向こうに浮かぶビナーの姿を捉え、突進してくる攻撃を避けると、不思議な事に離れていた他の便利屋68の面々まで合流する。
「……面白いとか?」
「『仲間を助ける事に深い理由がいるとでも?』だって」
「ん?鷹さんの話してたの?」
「ふふん。ウチのアルバイトは優秀だものね。あ、でもあげないわよ?」
「……まぁ、彼、決して善人とは呼べないから貴女の心配もよく分かるよっと、どうやら雑談をしてる余裕はないみたいだね」
砂塵の向こうに輝きが見える。
それは即ち、ビナーが再び、高エネルギーのレーザー発射態勢に入った証であり、迎撃するにしろ回避するにしろ迅速な行動が要求される場面へと、状況が変移したということだ。
“合図は私が出すから、その時、みんなで火力を一点に集中して”
『先生』から発せられた指示は、回避ではなく迎撃であった。
あの高エネルギーのレーザーをどのように対処するのかは分からないが、『先生』の言葉を信じていつでも射撃が可能なように、待機する彼女達の視線の先、少し小高い丘となっている場所にある廃列車の上によじ登る影が一つ。
「ククッ、酔狂な作戦を考えるものだな『先生』」
彼から渡された拳銃を握り締め、構えるバイステンダーは笑みを浮かべながら一発、ビナーの目に向けて銃弾を放つ。
神秘など有していない彼の攻撃は、当然、カンっという甲高い音共に弾かれてしまう……この攻撃が『先生』であればビナーは取るに足らない虫の抵抗と捨て置いたかもしれないが、攻撃されたと視線を動かした先には、散々自分を罠に嵌め、見下した様な笑みを浮かべていた憎き男とあれば、必殺の攻撃手段を、目の前の生徒達からバイステンダーに狙いを変えるのはある種、当然と言える行為でありそれが『敗因』となるとは、この時のビナーは一ミリも考えていなかった。
“ファウスト、お願い”
『りょ、了解です。皆さん、指示があった場所に砲撃をお願いします!!』
バイステンダーを殺すにはすでに余りあるエネルギーを蓄えているというのに、肉片一つすら残さない圧倒的な火力で葬ろうとしているビナーへと、ヒフミもとい、覆面水着怪盗団の首領、天下の大悪党『ファウスト』の指示によって放たれた砲撃がビナーを襲う。
携帯火器では出せない破壊力を突然受け、固まるビナーを冷ややかに見ながら『先生』はシッテムの箱に指を滑らせる。
“みんな、攻撃を”
何処を狙うべきかは、シッテムの箱を通して指示されているアビドス対策委員会、便利屋68、ゲヘナ風紀委員長ヒナの一斉攻撃が、たっぷりとエネルギーが蓄えられているビナーの口へと放たれ、蓄えられていたエネルギーが暴発し、巨大な爆発を起こし、ビナーは轟音を立てながら、自らが開けた大穴へと落ちていった。
「……私の時点で蓄積していたダメージに、更に追い打ちをかけ奴自身の強力なエネルギーで、トドメを刺すか。ククッ、乱戦慣れしている便利屋68と、彼女らを守る小鳥遊ホシノでビナーから、攻撃手段を限定させわざわざ、生徒達を無視してまで私を狙った奴自身の怒りを利用することで、攻撃態勢を取っている者達が狙われない様にする。些か、私への信頼が重くないかね『先生』」
真剣な顔で真っ直ぐと私を見ながら、“ビナーに一発、攻撃して来て欲しい”と頼まれたときは、捨て駒にされるかと万に一つ程度の可能性を考えたが、きっちりとやり遂げてくれたようで安心するよ。
勝利して、ああやって子供達に揉みくちゃにされている姿と先ほどの冷ややかにビナーを追い詰めていた姿は全く、重ならないが良いだろう、少しばかり調べるとしよう。
「……『先生』、貴方の未来を少しだけ覗き見させて貰うぞ」
ホルスの義眼を作り出し、意識を『先生』へと集中させる。
砂漠を抜ける熱気も、子供達も歓喜の声も、私を呼ぶアル社長の声すら聞こえなくなった世界で、私はこれから彼が辿るであろう世界を盗み見る。
砂漠に倒れる生徒の手と、目の輝きを失った小鳥遊ホシノ
赤い瞳の少女が、巨大な空飛ぶ兵器を従え、世界を滅ぼす光景
降り頻る雨の中、斃れた誰かの近くで絶望に沈む白髪の少女
血の池に斃れ、もう二度と光を宿すことのない空崎ヒナ
涙を流し、狂った様に笑い、全身を血に染める桃色髪の少女
瓦礫の中で、心が折れ、身を丸め動かない黒髪の少女
何かの儀式に命を捧げ、全てを諦めた力のない笑みを浮かべる錠前サオリ
斃れた誰かに銃を向ける砂狼シロコによく似た誰か
──あぁ、何度も何度も見続けて来た絶望ばかりの滅びた世界だ、私がまだ知り合っていない者達もいる様だが、それでも結末は変わることのない捻れ歪んだ絶望の終着点……そうか、貴方であってもこれは──
もう、目を閉じようとしたそのとき、世界に一筋の青空と同じ色に輝く流星が走ったかと思うと、見ていた光景が全て巻き戻っていき、
──全ての絶望が、暗闇が晴れていき、輝かしい希望と光に満ち溢れた奇跡の様な光景へと変わっていく。
「ククッ……クハハハ!!そうか!!貴方!!貴方こそが、このバッドエンドで綴られた物語をハッピーエンドへと紡ぐファクターであったか!!ククッ……ハハハハハ!!」
定められた運命を書き換える……この世界でそれを為す事がどれだけの夢物語かは、ゲマトリアとしてよく知っているし、その力を私は欲していると言っても過言ではない。
キヴォトスにいずれ訪れる終焉、色彩すらも貴方が退ける可能性を秘めているというのなら、私が取るべき選択はそう難しいことではない。
「もう一度、この世界を調べ直そう。この物語に『先生』という存在が、どの様な変化を齎すのか再び、思考を巡らすべきだ。この高揚感、血が沸き立つ様な衝動……久方ぶりだ、ゲマトリアとして肉体を得た頃以来の感情だ」
『契約』と『例の装置』の完成を急ぐべきか……ククッ、あぁ、キヴォトスに降りて来て正解だった。
いくら物語を見続けても、辿り着く兆しすら見えなかった私にとっての崇高、そこに辿り着く可能性に巡り会えたのだから。
「……私の期待を裏切ってくれるなよ『先生』」
次回は、アビドス編の後日談かな?
感想など待ってるぜ!!