便利屋68に降り立つは、傍観者のゲマトリア 作:マスターBT
ダイブ装置によって『先生』達が乗り込んだ先の景色はアリスと初めて出会った廃墟であり、記憶を頼りに足を進めれば裸の状態でアリスが眠っていた場所へと辿り着く事が出来たのだが、そこには眠るアリスを起こさぬ様に『先生』達と向かい合うもう一人のアリスが立っており、その表情はどう見ても歓迎している様子ではなかった。
「歓迎するつもりなど微塵もありませんがようこそ。『先生』それにゲーム開発部?の皆さん」
冷淡に挨拶をする様は正しく王女に仕える神官そのものであり、目の前に立つ少女が<Key>と名乗った存在なのだと一目で理解する。
“初めまして<Key>であっているかな?”
「合っていますよ『先生』。それで?どの様なお話をお聞かせして貰えるのでしょうか?」
本来であれば無表情である筈の彼女だが、バイステンダーと共に過ごしていた為か悪意の見せ方というものを学習しており口元に薄く笑みを浮かべ、それでいてアリスとは違う赤い瞳は全くと言っていいほど笑っていないという上位者としての立ち振る舞いを見せる。
「アリス!!聞こえてる!!迎えに来たよ!!」
「無駄です。貴女達に合わせてこの様な空間になっていますが、基本的に此方の声は王女には届きません」
「お姉ちゃん、ここは『先生』に任せよう?<Key>はその為に此処に呼んだみたいだし」
「ぐぬぬ」
<Key>を可愛らしく睨みながら下がるモモイと交代する様に『先生』が一歩前に出て距離を詰めると、まるでお茶会でもする様な椅子とテーブルが二人の間に出現し困惑する『先生』を尻目に<Key>は座り、指パッチンと共に紅茶とクッキーがテーブルの上に出現する。
「どうぞ座ってください。交渉というのは雰囲気が大切なのでしょう?」
“形を大事にするってのも何だか似てるね”
「はい?」
バイステンダーの気配を感じつつ、『先生』は向かい合う様に座り差し出された紅茶を何の迷いもなく一口飲む。
「躊躇いもなく飲むんですね」
“うん。毒を仕込んで勝っても不本意でしょ?”
「そうですね。まぁ、とっとと本題に入りましょうか。と言っても此方の主張は何も変わらず、王女を返す事はあり得ないのでさっさと現実に帰って死んでください、なのですが」
分かりきっていた事だが<Key>の言葉は辛辣であり、声色に全くと言って良いほど熱も何も込められておらず、『先生』は苦笑いを浮かべてしまうがそれすら小馬鹿にした様に笑われてしまう。
“君は多分だけど私達の事をよく知っているよね。アリスの中かまた別の場所かは分からないけど、見てきている筈だ”
「えぇまぁ……主にリオとあの男を見てきていますが何か?」
“それじゃあきっと君は多くの笑顔を見てきた筈だ。それを奪ってしまう事に何か思うところはないの?”
「……ありません。私にそんな機能は備わっていませんので」
ほんの僅かに<Key>の余裕が崩れたのを『先生』は見抜く。初めはアリスも機械的で人間味が薄かったのに、ゲームを通し色んな世界を知り自らの足で現実世界を知った彼女は純真無垢な明るい子供へと成長したのだから、同じ様な変化が<Key>にも起きていると。
それは奇しくもバイステンダーが『先生』の真似事で彼女とコミュニケーションを取っていた為に起きた変化であった。
“彼、面白かったでしょ?口では悪人だって言うのに自分が気にしてる子達の事は助けたり、その時の立場次第では味方してくれたり”
「矛盾した行動ばかりですけどね。私の邪魔をしたかと思ったら大人しく要求を飲んだり……変な男です」
“ふふっ、私もそう思う。いつか彼と正面から手を取り合える日が来ると嬉しいんだけどね”
「『ククッ、まさか私が『先生』と肩を並べるとは。宜しいんですか?こんな悪人を信じて?』とか言い出しそうですね」
“わぁ、すっごく似てるね!……ねぇ、ケイ。君は誰かを理解する事が出来る子だ、だからアリスや私達の事だって理解してるんじゃないかな?”
共通の男を通した為か思い掛けずに『先生』との会話を楽しんでいる事に気がついた<Key>はハッとして、何を和んでいるのですと自らを叱責するのだが、すぐに『先生』が自分を変な呼び方で呼んだ事に気がつき呆れ返った視線を向ける。
“ん?”
「もしかしなくてもケイって私ですか?」
“うん。良い名前じゃない?”
「……はぁ、脳内お花畑もここまで行けばもはや才能ですね。ちょっと共通の人間の話をしただけでお友達にでもなったつもりですか?そもそも、貴方は王女を起こしに来たのであって私と会話する為じゃない筈です」
頭痛がするといった感じで思わず、右手を頭に添える<Key>であったが、下に向けていた視線を『先生』に向けた時、彼が浮かべている本気の表情を見て固まってしまう──目の前の人間は心の底から自身を懐柔するつもりなのだと。
「まさか……本気で私と仲良くなれると!?そんな、ふざけたお話はありません!!我々は被造物として造物主の願いを叶える役目がある!!これは決して貴方方と交わるものではないのですよ!?」
『王女』であるアリスも『鍵』であるケイも無名の司祭達が生み出した被造物であり、その役割は生まれ落ちた瞬間から定められたもので誰にも変える事が出来ない定められた運命である。
バイステンダーもそれは理解しており何かしらの変化があるかもと思ってはいたが、決して本気ではなくただの戯れ程度であったからこそ<Key>も戯れを受け入れ彼を通し人間の悪意を学習したのだから。
“こうやって話をして確信した。君も私にとっては生徒だ。生徒が迷っているのなら手を貸してあげるのが『先生』だからね”
しかし、『先生』は彼女が彼を通して学んだ事はそれだけではないと見抜いた。
悪意も善意も打算も献身も混ざり合っている彼を見て、悪意だけを抽出して学習するのには無理がある……端的に言ってしまえばアクの塊なのだ彼は。
「意味が分からない……どうして私が迷っていると結論を導くのか。私は王女を玉座へと導く鍵です、それ以上の何者でもないのですよ」
“本当に?もし君がそうなら私達を此処に招く必要はなかった。私達はアリスを殺せないのだから時間をかければ君は勝てた筈。なのにわざわざ会話を選び、私達を招いた。それは君が単なる鍵ではない証拠じゃないかな?”
「っっ……私はただ勝ち目などないと理解させる為に……エラー、目的達成には余分な筈……余分な行為を自分で選んだ?私が?」
<Key>の中で設計された緻密な論理とはかけ離れた蓄積し新たに学んだ感情によって無数のエラーが彼女の中で蓄積していく。
『鍵の神官よ、私は君が成長を見せるとは微塵も思っていなかった。それだけでも価値はあるとも』
「っっ!?」
積み重なる無数のエラーの中で、彼女は彼の元を離れる時に聞いた言葉を思い出した。あの時は彼を出し抜くほどの学習を行った自分に対しての感心だと思っていたが、まさかこれを喜んでいたのか彼は?
実のところそれは少しばかりズレていて、バイステンダーは単なるAIだと思っていた<Key>が外部からのデータ入力も無しに自身を学習し有効打を打ってきた事に関心していたのだがこの場に彼はいない為、エラーを積み重ねていく<Key>の中でバイステンダーはケイという個人が形成されつつある事を喜んでいたのだと勘違いしていく事になる。
「は、ははっ……つまりなんですか。あの男と関わり競い合い知りたいと思った時点で私は致命的な欠陥を起こしていたと?」
“欠陥じゃないよ。君は彼を知りたいと思う事で、君達の造物主が想定もしていなかった成長をしただけさ”
それを欠陥と呼ぶのですと言いたくなるケイだったが、何かもう全てがどうでも良いと思えてしまう様な清々しさが自身の胸の内を駆け抜けたのを自覚して自嘲しながら背もたれにガッツリと重心をかけると自らの後ろにあった声を遮る壁を消した。
「もう好きにしてください。ただし、王女は自分の意思で閉じ籠っているので起こすのなら優しくしてあげてくださいね」
“ありがとうケイ!”
「はいはい」
『先生』が立ち上がりゲーム開発部の面々と共にアリスへと駆け寄っていくのを見送りながらケイは、自らが抱えている矛盾──即ち、<Key>としての役割とケイとしての感情からくる無数のエラー通知を消すと何処か不貞腐れた様に、それでいて新しい自分を喜ぶ様に小さな笑みを携えテーブルへと突っ伏した。
「アリス!」
「「アリスちゃん!」」
「……んっ」
ゲーム開発部の面々が玉座に横たわるアリスに声をかけると眠そうな目を擦りながらアリスが起き上がり、視界に彼女達を捉えると途端に怯えた様な表情を浮かべる。
アリスは覚えていた、自分がモモイにあの楽しい場所に何をしたのか。
アリスは見ていた、『先生』が皆が自分の為にエリドゥに乗り込み傷ついてきたのを。
アリスは耐えられなかった、優しい彼女は自分が誰かを傷つけた事そして自分の為に誰かが傷つく事に。
だからそんな心情を見抜いた様に声をかけてきたケイに従って眠りについたのに、皆はこんな自分の為に危険を犯して来てしまった。
「アリスは……キヴォトスを滅ぼす悪い魔王です。悪い魔王は倒されなきゃいけません。それが皆が笑顔になれるハッピーエンドだって学びました」
「アリスが魔王?そんな訳ないじゃん!アリスはアリスだよ!」
「アリスちゃんを魔王だって思ってたら皆こんなに力合わせてないよ?」
「助けたいと思ったから……皆が集まったんだよ?」
向けられる優しい言葉の数々にアリスは目を彷徨わせ『先生』を見ると、彼は優しく何も言わずににっこりと笑みを浮かべて頷く。
言葉に偽りはなく、自分もまた同じ気持ちだと何も言わずに示す『先生』を見てアリスの胸は救われるがそれでも強い罪悪感が一歩前に踏み出そうとする彼女の手を掴み囁く『起きた事実は変わらない』と、それはリオやバイステンダーが発していた言葉でありアリスが危険な存在という証でもあった。
「……モモイを傷つけました。あんなに楽しかった部室も壊してしまいました。こんな私のために集まってくれた皆さんも戦いで怪我を負ってしまいました……アリスが原因で起こった事です。この先もこんな事が起きてしまうのならアリスは……アリスは消えた方が良いんです」
再び自分の殻に篭ってしまいそうになるアリス。そんな彼女を掴み上げたのは──やはり、モモイだった。
アリスへと一気に詰め寄った彼女は下を向いてばかりの彼女の顔を両手でむぎゅっと掴み、上を向かせるとまるで太陽の輝きの様な眩しい笑顔を浮かべてアリスが抱える不安を吹き飛ばす嵐の様な声量で叫んだ。
「アリスが居なきゃ私達ゲーム開発部はユウカの魔の手で廃部になってた!!テイルズ・サガ・クロニクル2も作れなかった!!アリスがキヴォトスを滅ぼす?そんなのあの人達が勝手に言ってるだけじゃん!!まっかせて!!また何か言ってきたら私がガツンと言ってあげるんだから!!」
そんな姉の勢いに背を押されたのか困惑気味のアリスをそっと支える優しい微風の様にミドリがアリスの隣に立って続ける。
「そうだよ。それにゲームの主人公は仲間を見捨てない。そうでしょ?」
最後にユズが精一杯に両腕を広げて、誰もが安心出来る家の様に皆んなを優しく抱きしめる。
「私達は揃ってゲーム開発部……誰か一人でも欠けちゃダメなんだよ」
おしくらまんじゅうの様になりながらもみんなの優しさを受け止めアリスの目には涙が浮かび、アリスは漸く彼女自身の願いを口にする。
「アリスは……皆と一緒に居ても良いんですか?魔王のアリスが」
“アリスはアリスが望むものになって良いんだよ。立場や役割に縛られるのは大人であって子供じゃない。いろんな夢を見て良いんだ”
不貞寝しているケイにも届く様に『先生』は
自分が望む自分になって良いという言葉を聞いたアリスの脳裏に様々な役職が駆け抜けていき、最後に残ったのはやはりこの役職であった。
「アリスは……勇者になりたいです。モモイ、ミドリ、ユズ、そして『先生』と一緒にまだまだ冒険を続けたいです!そして、キヴォトスを滅ぼすのではなく救う真の勇者になります!!」
アリスの心に強い光が宿ったのを祝福する様に先程まで横たわっていた玉座は彼女の光の剣いや、勇者の剣:スーパーノヴァへとその姿を変える。
それは正しく、彼女が持つ力『ATRAHASIS』によるものだが絶賛、不貞寝中のケイは特に何も言う事はなく黙ってアリスを見つめ──
「今のアリスは光属性の勇者……なので言うべきセリフは決まっています──『光よー!!』」
──全員が口を揃えて発した言葉を合図に世界は光に包まれ、次に『先生』達が意識を取り戻したのは現実世界であり、弾かれた様にアリスの場所へと駆け寄るとアリスが立ち上がりニコッと笑う。
「……斯くも美しき友情によって、見事、魔王は勇者へと返り咲き、笑顔に包まれながら物語は幕を閉じました、めでたしめでたしと言ったところかね」
これで全てが終わったと安堵した空気が流れた瞬間、パチパチという拍手と共に不気味さを感じる笑みを浮かべたバイステンダーが姿を現す──物語の幕が降りるのはまだ早い。