便利屋68に降り立つは、傍観者のゲマトリア 作:マスターBT
「──もしも私が貴方の隣に居ないのであれば巡り合わせが違ったのだろう。それを残念には思うが同時に貴方の可能性の多さに笑ってしまうな」
声だけが響き渡る。私の意識は酷く曖昧で恐らく、夢の中なのだろうと推察は出来るがただそれだけであり今こうして考えている事もふとした瞬間にはシャボン玉の様に浮かんでは消えていく。
「似たような力を持つ私達だからこそ起き得た混線だが、今この瞬間は貴方よりも私の方が優位である事に嬉しさすら感じているよ。だが貴方と出会えていないという事は私は恐らく致命的な間違いを重ねているだろうし、彼女もまた同じだろう……あぁ、具体的に名を言えない事は責めないで欲しい」
本来は起き得る筈のない会合なのだから、何かしらの制約があっても不思議ではない。しかし口振から考えてこの声の主は私より未来を生きている者でありこれから先に何が起きるのかを知っているのか……全く覚えがないな。本当に巡り合っていない人物なのだろう。
「貴方は未来を知る力がありながら未知を楽しむ人だ。だからこそ、これからの選択を存分に楽しんで欲しい。これから貴方が識る事になる物語は憎悪と不信、長きに渡り久遠に近い集積を得たそれらの具現だ。それでも尚、『君』は夢想家達が夢みる様な甘い砂糖菓子の様な結末を望むのだろう?」
愚問だな。他の私がどのような選択をしたのかは興味ないが、今こうして此処にいる私は愚かにも遅く例え厚顔無恥と蔑まされようとも、かつての私を捨て去る事を選んだのだ。
どれだけ目の前に広がる現実が苦しいものであったとしても、足掻き続ける限り幸福に辿り着くと信じたのだよ。
「……どうやら時間の様だね。この出来事はきっと夢として忘れてしまうだろうけどもし、ほんの僅かでも覚えている事があったらそっちの私を少しだけ気にかけてやって欲しい。現実と夢の区別が出来ていないだろうからね」
顔も知らぬ者をどうやって気にかけろと言うのか分からないが私は私らしく生きるだけだ。約束は出来んぞ。
「それじゃあ君の行く末が笑顔で溢れている事を祈っているよ。私の──様よ」
『ねぇなんで私がお前の手伝いをしないといけないのさ』
「……ん?あぁ、本来であれば人手がもう少しあったのだがどうやら動けない様でな。彼女らを頼れないとなると他の選択肢はお前しかなかったのだよ。小鳥遊ホシノ」
寝不足か?仕事の最中に意識が飛んでいるなど情けない。小鳥遊ホシノだから構わないが、レーダーを見落として敵の襲撃があればどうなっていたか分からん。今一度、気を引き締めるとしようか。
『ちょっとなんか声が寝惚けてるんだけど?』
「気にするな。それより何か見つけたか?」
『教会の地下がこんなにも広い事には驚いたけどそれだけかな。ただ、何度か人が出入りした痕跡がある。数は多くないけど比較的最近だね』
「……この時期に出入りがある時点で匂うな。此方でも警戒は行なっているが、気を抜くなよ」
『おや?私の事を気遣ってくれるなんてどういう風の吹き回し?』
「勘違いするな。情報が損なわれるのが気に入らんだけだ」
エデン条約の会場となっている教会はかつて、トリニティに存在していたユスティナが建てたとされる古聖堂なのだが私の記憶が正しければマエストロがあそこで複製を試みていた筈だ。既に複製が成功している以上、彼が固執する理由はない……となるとベアトリーチェか。
『あっそ。それで私はもう戻っても良い?』
「一応確認なのだが痕跡の先に道は続いているのかね?」
『ちょっと待ってね……途中までは確認出来るけど消した感じだね。調べろって言うなら従うけど、ただのヘルメット団ってオチはなさそう』
ベアトリーチェの私兵であれば自分達の痕跡を隠すぐらい造作はないだろう。であれば何故、隠す必要があった?
この古聖堂に何かしらの理由があるのは未来視とケイとの演算によって分かってはいるが、既に辿り着いているのなら厳重な警備体制が敷かれているエデン条約時に態々、襲撃をする理由は無いはず……いや待て。前提が違うのかもしれん、古聖堂に何かがあるから襲撃するのではなく、エデン条約下であるからこそ真価を発揮するのだと。
「……単にゲヘナとトリニティを両方潰せる機会という訳ではないらしい」
『一人で勝手に納得しないでくれるー?』
「お前には関係のない事だ。どうしても知りたければ『先生』を頼る事だな」
『都合よく使っておいてよく言うよ全く……』
「報酬は前払いをしただろう。それに私とお前は善意などという曖昧なもので互いを信頼するのは無理だろう?」
私が悪人である事をよく知っている小鳥遊ホシノが正当な報酬という物理的な信頼以外に私を信頼する事はないし、私も一度前を向いたとはいえ愚かな選択を選んだ彼女に対して好意的な感情は抱いていない。故に我々の間に信頼関係などというものは構築されない為に逐一、思考を開示するつもりはないのだ。
『ほんっとそういうところ嫌い……まぁ、お前がそういう奴だって事は知ってるけどさ。そう言えば『先生』と言えば今はトリニティに居るらしいよ。ちょうど良い機会なんじゃない?』
「……全くそういうところに頭が回る癖に何故、あの時黒服の手を取ったのか理解に苦しむな」
『少しは嫌味無しに話せないの?』
ユスティナに関して調べるにはトリニティと不仲のゲヘナでは足りんと考えていたところを見抜いた様に言ってくれるのが気に食わなかっただけだとも。
まぁ、ちょうど良い機会だ。この大事な時期にゲヘナ領で問題を起こした事を聞きたいと思っていたところだし、自由の効く立場を利用し接触するとしようか。
「ククッ、お前に言われてというのは癪だがトリニティのティーパーティーに聞きたい事があるのは事実だ。その際に『先生』とコンタクトを取るとしよう。仕事は終わりだ、戻りたまえ」
『はいはい。っと、単なる地下なのに入り組んでて面倒なんだよね此処』
「致し方あるまい。恐らくかつてトリニティに存在していたアリウス学園へと秘密裏に接触する為の道でもあったのだろうな」
『アリウス?聞いた事がない学園だね』
「トリニティ学園が出来上がった理由にもなるが、そうだな言ってしまえば掲げる教義が唯一合わなかった学園だ。あの学園は教義によって成り立っているが、得てして教義或いは教典というのは解釈の違いが存在する。ソレが致命的に噛み合わなかった結果、連合という形を成したトリニティ総合学園とアリウスは戦争状態に入り数に劣るアリウスは敗北。表舞台から姿を消したという訳だ」
まぁ、今まで啀み合っていた者達が一つの集団になる共通の敵として都合が良かったのもあるだろうがね。自由が故に血が流れるゲヘナと規律を求めるが故に血が流れるトリニティ。敵対する者同士が同じ結末に辿り着いているのはなんとも皮肉だな。
『……それならもし、アリウスの子達がまだ残っていたら相当、恨んでいるだろうね。自分達を苦しめた連中がのうのうと生きているんだから』
「だろうな。自らの居場所をたかが、解釈違い程度で奪われたのだから」
互いにそこからの会話はなく、小鳥遊ホシノが作戦ポイントを無事に離脱したのを確認してから立ち上がりソファにかけておいたスーツの上着を羽織る。
「寝不足か……休まねばならないのは分かっているが今は時間が惜しい」
ピキリとここ数日で聴き慣れたヒビ割れる音を聞きながら、私はその足をトリニティへと向ける。私は知らねばならない……大まかな流れだけ見れる未来視ではなく今を生きるこの目でゲヘナとトリニティ、そしてアリウスを取り巻く悪意の源を。
「居場所を失うのは辛いからな」
感想やここ好き待ってるぜ!