便利屋68に降り立つは、傍観者のゲマトリア 作:マスターBT
「邪魔するぞヒナ風紀委員長」
「……ん?どうかしたこんな夜更けに」
部屋に明かりが灯っているから居るだろうとは確信していたが、私が飛ばしたとはいえトリニティからゲヘナまで帰ってくる頃には既にもうすぐ、朝日が拝める時間に差し掛かっているというのに未だ書類仕事とは感心するよヒナ風紀委員長。
「ゲヘナの図書館を使わせて欲しい。少々、調べたいことがあるのでね」
「良いけど……ほとんど使われないから凄い事になってると思う」
「構わんよ。手が空けば多少の片付けくらいはしよう」
「無理はしなくて良い。どうせ、使う人なんか居ないし」
「ククッ、君がそれを言うかね?今最もゲヘナで無理をしている君が」
ナギサ嬢もそうだが、化粧で誤魔化せる限界というのはもちろんある。
少しぐらいの観察眼があればヒナ風紀委員長の目元に浮かぶクマや、肌と髪の荒れ具合に気がつくと思うのだが。いや、これが日常の風景であれば難しいか。
「……本当によく喋る。私の心配はしなくて良いから黙って付いてきて」
「了解した」
どうやら少しばかり怒らせてしまったらしい。
ムスッとした表情のまま歩くヒナ風紀委員長の後ろをまるで、従者の様に付き従い歩きながら意外と整っているゲヘナの廊下を見ていくが、やはり歴史があるだけあって装飾品の類が綺麗だな……残念な事を挙げるのなら所々荒れている事だが、まぁゲヘナゆえ仕方あるまい。
「此処が図書館。明かりは……良かった生きてる」
「……本当に全く使われていないのだな」
開け放たれた先から漂うのは埃と紙の混ざった香りでそれだけならまだ良いのだが、換気の一つも行われていなかった空間は空いた扉によって入り込む風による埃が舞い上がり、まるで幻想的な雪景色を錯覚させた。
「本の処理はしっかりされてるから大丈夫とは聞いてる」
「だと良いがね。さて、暫く私は此処に籠る事になるだろうから何かあれば呼びに来てくれ。ああ、それとコレを」
そう言って私は道中で買っておいたチョコレートと缶コーヒーをヒナ風紀委員長に手渡す。
見事にキョトンという顔をされたが、まぁ案内のお礼と大人のお節介だと思ってくれたまえ。
「……ありがとう」
「休める時はしっかり休んでおくと良い。書類仕事であればカヨコ課長やアル社長に頼めばある程度はやってくれるさ」
「犯罪者って事忘れてない?」
「おや?目を瞑ってくれるのだろう?」
「……はぁ、分かった。気が向いたら頼んどく」
微笑ましい抵抗を最後にヒナ風紀委員長は図書館を出ていく。
さてと、口元をハンカチで覆いながら目的の本でも探すとしようか。
『……文献探しなら私を頼れば良いのでは?』
何処となく拗ねた様な声を出している気がするのは私の気のせいかねケイ。
まぁ、ありとあらゆる電脳分野を調べ上げる事が出来る君に頼るのも手の一つではあるのだが、電子と紙では一つ決定的な違いがあるのだよ。
「そう拗ねるな。私が欲しいのは当時の記録だ。それも勝ち馬に乗ったトリニティが改竄したものではなく、当時を外側から眺めていた者のな」
ええい、軽く本を手に取るだけでも埃が舞い散るな……だがまぁ、確かに本の保存状態はかなり良い。
『拗ねてなどいませんが?例えそうであったとしても』
「君の方が素早く探せるだろうな。だが、見つけたデータが書き換えられていたとすればどうする?私が欲しい情報は古く、それでいて重要なものだ。杜撰な書き換えがされている筈がなく、当時を知る者が少ない為に情報の正当性を確認するのも難しい。であれば、蔵書されてから書き換えるのが難しい紙媒体を探すのが一番だろう?」
これは……些か年代が古すぎるな。
だがまぁ、アリウスに関して知るのであればまだ使えるかもしれないから一冊確保しておくか。
『……なるほど』
「その分、ケイには義体計画の方を詰めてくれると助かる。私は暫く此処を動かない以上、私の身を守るために労力を割く必要も便利屋の為に依頼主を探る事もする必要がないからな。頼りにしているとも」
『──悪い大人ですね本当に。良いですよ、そこまで頼られているのなら引き受けてあげましょう』
「ククッ、君も大概分かりやすくなってきたな。アル社長の影響か?」
これは当時のトリニティ学園とゲヘナ間の抗争に関してか……ふむ、どうやらユスティナの事も書かれている様だな。
そんな感じで主に、トリニティとゲヘナの歴史に関する書物とユスティナに関して書かれている書物を手当たり次第に回収し、積もった埃がまだマシである入り口近くの机でそれらを読み解き始める。
「ユスティナ聖徒会……なるほど、トリニティ総合学園が生まれる結果となった第一回公会議で定められた規律を守る組織……アリウスの教義とは噛み合いが悪い筈なのにこの文献にはアリウスを支援していると?……組織として一枚岩ではない?……三位一体を是とするトリニティと最上位に位置する絶対の一を是とするアリウス……」
改めて読み解いていくと宗教というもののややこしさ、そして危うさが浮き彫りになってくるな。
記された教義をどの様に解釈し、信仰するかはそれを読み解き広めた者に左右され結果的に、トリニティとアリウスの致命的な亀裂を招いた……大元の信仰は同じである筈なのに。
であれば、トリニティを守護する筈のユスティナ聖徒会がアリウスを守護する理由は見当たらない……聖職者であるが故の善性?いや、それを発揮するのであればそもそもトリニティというシステムが間違いだ。
「……だが、少なくともこれでベアトリーチェがアリウスを支配下に置いている理由が分かった。あの醜女め、自分を最上位の神だと謳ったか」
武力を求めるだけなら他にも適した学園や組織もあるだろうに、アリウスに拘っている理由がコレか。
ベアトリーチェは自身を絶対だと信じて疑わない……故に、絶対の一を信仰するアリウスは奴にとって馴染み易く御し易い下地が出来上がっていた訳だ。
「だが、アリウスだけでは足りなくなった……エデン条約に拘る理由はなんだ?」
マエストロのミメシスが必要になるほどの案件……会場となる古聖堂の地下に広がる空間……アリウスとユスティナ聖徒会の関係性……ベアトリーチェが望むのは絶対的な力であり自らの位相を高める事で色彩すら超えるのが奴にとっての第一優先である筈だ。
「……うん?この位置情報は……やはりそうだ。トリニティが生まれる要因になった第一公会議とエデン条約を結ぶ古聖堂は同じ建物だ。であれば、目的は再現?いや、そう決め付けるのは早計か」
次々と本を巡り、思考に耽る……この深い水の中に沈んでいく様な感覚は久しぶりだが、やはり心地の良いものだ。
必ずたどり着いてみせよう、ベアトリーチェお前の本当の目的とトリニティとアリウスの真相に。
「そう。聖園ミカのクーデターは失敗したのね」
報告に来た生徒を下がらせてから顎に手を当てる。
アリウススクワッドからの報告では、あの男が身を置いている例の便利屋と思われる生徒から妨害を受けたと上がってきている以上この失敗は残念ではあるけど、想定の範囲内と思っておきましょうか。
どちらにしろ本命はこの後である事に変わりはない。
「分かってはいても、邪魔をされると苛立つものね。まぁ、良いでしょう。その為にサオリには彼への強い憎悪を抱かせているし」
私がこうしている間も、彼女は身に宿した憎悪で彼を殺す牙を熱心に研いでいる事でしょう。
素直に助けてと言えば、今のあの男なら手を貸してくれるかもしれないのに私が与えた憎悪でサオリは動けない。
「えぇ、でも嘘は言ってないわ。彼がサオリにとって幾つもの地獄を見てきたのは事実だし、私はあくまで彼が彼女の大切なものを奪うかもしれないと予想を伝えただけだもの」
ゲマトリア同士の争いとなると他の連中も手を出してくるかもしれませんが、ゲマトリアとしての規律を破っているのは彼方ですから正当性は私にある事は揺らがない……ふふっ、気に食わないあの男を殺せる良い機会を向こうから作ってくれるとはね。
「楽しみね。貴方はどんな顔で死んでいくのかしら」
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