便利屋68に降り立つは、傍観者のゲマトリア   作:マスターBT

55 / 144
一丘之貉《前編》

「『先生』、ヒナ風紀委員長怪我はしているかね?後ろに救急箱を積んでいるから必要なら手当をしてくれたまえ」

 

「私は大丈夫」

 

“私も平気かな。それよりもバイステンダーこの襲撃は”

 

「……私も原因の一端だ。今回の襲撃の主犯は恐らく私と同じゲマトリアのベアトリーチェだ。私に制約がなければ事前に話をしたかったのだがね。今こうして話しているだけでも徐々に身体は崩壊しつつある」

 

 バイステンダーが裾を捲り腕を見せれば、ヒビが入りパラパラとガラスの破片の様なものが落ちていく光景に『先生』とヒナ風紀委員長が息を呑むのが聞こえ、彼は改めてこの身の不自由さを呪う。

 

“……どれくらい保つの?”

 

「さぁな。ケイと共に対抗策を練ってはいるがどちらも100%の確証を得る事は出来ていないのが現状だ」

 

 話しながら恐らく、此処で自分が脱落するとケイでは99%の完成に近づけても、残りの1%の壁を越えるのが難しいだろうと予想出来る為に、なんとしても戻りたいところと考えているのだが、今この瞬間最も見たくない相手が進行方向を塞いでいる事に気がつき自嘲の笑みを浮かべるバイステンダーは、ゆっくりと車の速度を落とし覚悟を決めた。

 

「……やれやれ、ドライブテクニックは自信があったのだがね。『先生』、グローブボックスに入っているものを取って欲しい。それとヒナ嬢、この後を君に託す」

 

 ──崩れた瓦礫で使えない道もあっただろうに先周りするとはな、私に対する憎悪の強さを褒めてやるべきかね錠前サオリ──

 

「なにを言って……貴方、まさか!」

 

“無茶だ。君と彼女じゃ”

 

 言われた通りに取り出した黒のグロックを握りながら『先生』はバイステンダーの横顔を見るが、視線は合わずにその手からグロックは掠め取られてしまう。

 

「便利屋68の事務所、入り口から最も近い机の引き出し、そこにあるものを『先生』貴方に任せる。きっと、貴方であれば使い所を間違う事はないだろう」

 

“待って!!バイステンダー!!!!!”

 

 車の正面に銃を構えながら、迫る錠前サオリに向けてライトをハイビームにすると同時にバイステンダーは運転席から勢いよく飛び出し、グロックを彼女に向けて放ち続ける。

 

「行きたまえ!!先生!!……彼女達を頼んだぞ」

 

「させるか!!」

 

 神秘もなにも宿っていないバイステンダーの攻撃では、不意を突いたところで錠前サオリを傷つける事すら叶わず、彼女は一身に銃弾を受けながら突っ込んでくるがその未来を見ているバイステンダーになにも驚きはない。

 

「拳銃一つで君を足止め出来るなど、思っていないさ。どうかね?此処は一つ、花火でも見ようじゃないか」

 

 自らの目を隠し、放り投げるはスタングレネード。

 既にピンが抜かれていたソレは、手元を離れサオリのすぐ近くに飛んできた頃には、轟音と眩い発光を放ちながら爆ぜた。

 

「……先生、行こう」

 

“ヒナ……!”

 

「此処で残っていたら、あの人の覚悟を無駄にすることになる!!」

 

 車を降りて戦いに参加する事は可能だが、バイステンダーという男の戦略眼を頼った者の一人としてヒナは彼が自分を頼らなかった事にきっと意味があるのだと判断し、動けぬ『先生』からハンドルを奪い取ると車を運転し、戦場から離れていく。

 それを追いかけようとする彼女の前に、バイステンダーは笑顔を浮かべながら立ち塞がりグロックのリロードを済ませる。

 

「彼女から私の能力は聞いているな?」

 

「……未来視だろう。他人の絶望を娯楽とする反吐が出る様な使い方の」

 

「ほぅ、やはり聞いていたか。どうかね、あの時よりはその頭で考える事を覚えたか?いいや、聞くまでもなかったか。相変わらず自らの行動の結果がどうなるかなど考えず、全ては虚しいとその手に掴む前に諦め続けているようだな。こうして、あの女の道具として私の目の前に立っているのが良い証拠か……全く、自由意志を縛って何が面白いのか何一つ理解出来んなっと」

 

 口を動かし続けるバイステンダーに苛立ったのか、サオリの銃弾が彼に向けて放たれるがそれを紙一重で避け、小馬鹿にする様な笑みを浮かべながらグロックを放つ。

 足止めと時間稼ぎが目的である彼は徹底して、サオリを煽る事に決めた様だ。

 

「チッ」

 

「君が仲間の為と培った技術と私の未来視……どちらが勝るか勝負と行こうか」

 

「……私達の悲劇を何度も見続けてきたお前が、知ったような口を聞くなぁ!!」

 

 アリウスの現状を憂い筆舌にし難い地獄を何度も、何度も味わい血反吐と絶望を飲み込み続けてきたサオリは、マダム──ベアトリーチェからバイステンダーという男の事をこう教わっていた。

 

『あの男は、貴女達の人生をただの本としか思っていないわ。未来視の力を持っていて、貴女達がどうなるかを知っている癖になにもせず眺め続け結末に辿り着けば、もう二度と読まないゴミとして積み重ねていく……そんな外道がわざわざキヴォトスに来た。となればいよいよ自分勝手に貴女の物語を書き換えるかもしれないわ……姫すら居ない世界に』

 

「させない……姫を奪わせはしない……!貴様のような外道に!!」

 

「ククッ、そうだな確かに私がしてきた行いは外道という評価に値するだろう」

 

 キヴォトス人には遥かに劣る速度で走りながら手榴弾を近くの看板や、街路樹に放り投げ、落下させる事でサオリの進路を塞ごうとするバイステンダーの妨害をサオリは走る勢いそのままに看板や木を蹴り飛ばし乗り越える。

 

「おぉ、見惚れるほどの脳筋だな!」

 

 未来視を常に使用している為に耐え難い頭痛が襲うが、そんなものを少しも見せずに今この瞬間が楽しくて仕方がないといった風に笑い、一秒毎に迫り来る自らの死を先延ばしていくバイステンダーの全身を巡る血は、異常な運動量に沸騰しそうになりながら酸素を運んでいく。

 

「ゲホッゴホッ……はぁ……長年の運動不足は少々、運動したところでなにも変わらんな!」

 

 肺が酸素を求め口から水分が消え去り、喉が張り付く様な感覚を覚えてなお全力疾走を止める事はない──少しでも足を緩めれば、顔のスレスレを飛んでいき壁に見事な弾痕を残す死が彼を捉えるからだ。

 

「ならば、大人しく死ね!!」

 

 何処かの映画の様に沈めた身体スレスレを通過する弾丸に冷や汗を溢しながら封鎖されたコンビニへとスライディグで飛び込んだバイステンダーであったが休む事なく、立ち上がると同時に窓を割り置かれた本に無数の穴を開け迫る無数の弾丸の雨に、舌打ちをしながら遮蔽物を意識し走り回り裏口から飛び出す。

 一先ず逃げる事に成功するが十分に開いていたはずの距離はこの時点でかなりの至近距離へと縮まってしまっていた。

 

「大人しく傍観者に徹していれば、死なずに済んだものを!」

 

「ククッ!変わらぬ時間は、私にとって酷く退屈でなぁ……この血が沸き立つような興奮を生きてるという自覚を、そして何よりも!!」

 

「ッッ!?」

 

 もはや自身の体力の限界を悟ったバイステンダーは己の体格を活かし追ってくるサオリへと飛び込むように体当たりを放つと流石に、身長180cmを超える男の速度が乗った全身全霊の体当たりを咄嗟には受け止められなかったサオリと揉み合いながら地面を転がっていく。

 

「この放せ!!」

 

 キヴォトス人の恵まれた力から放たれる拳は一撃毎に、バイステンダーの骨を砕き臓器を傷つけるがそんなものは気にも止めず、口から溢れる血を吐き出しながら彼は叫ぶ。

 

「──文句の一つもないハッピーエンドを私はこの目で見届けたいのだよ!!錠前サオリ!!」

 

「なに……?」

 

 聞いていた情報と異なる男の本気を聞き、固まるサオリ。

 薬でもやってるんじゃないかというぐらいにテンションが上がっているバイステンダーの姿はサオリから見て微塵も嘘を吐いている様には見えず、血と共に吐き出された言葉が本心であると認めるしかなかった。

 

「お前は……」

 

 バイステンダーが発した本心はかつての己が切望したものであり、辛く何も変わらない現実から目を逸らし僅かな手元に残った者達だけを守ると決めた彼女にとって、憎んでいた男が魅せる姿はあまりにも初々しく、そして焼かれるほどに眩しい在り方だった。

 そんな過去の己と対峙しているサオリに向け、バイステンダーは既に弾を撃ち尽くしたグロックを向けようとし──

 

「ぐっ!?」

 

 ──左肩に遠方からの弾丸を受けサオリの上から勢いよく後方へと吹き飛び、その手から空のグロックがサオリの前に転がっていく。

 一瞬で己へと傾いた状況に呆けつつも彼女はゆっくりと立ち上がる。

 

「はぁ……はぁ……以前より痛むな……なるほど、これが神秘の差というやつか……」

 

 銃弾を受け左肩の上半分が消し飛び千切れかけている腕に触れながらバイステンダーは霞む視界でサオリを見ると途切れ途切れの呼吸を行いながら口を開く。

 

「……私は、悪人だ。どれだけ言葉を尽くしても……私の行いが、君達を見捨て続けた現実は……変えられない……笑える事に償おうという気持ちも……ここ最近、自分より年下でありながら、罪に向き合う彼女を見て芽生えたぐらいだ……」

 

 カチャリと震えたサオリの銃がバイステンダーに向けられるが、その引き金は彼女自身の迷いによって重くなっていた。

 ヘイローを持たない男の決死の覚悟がベアトリーチェの洗脳に染まり停止していたサオリの思考を突き動かし、明確な迷いを生み出した様だ。

 

「貴様は……この期に及んでも諦めていないのか」

 

 焦点が合いづらいのであろうバイステンダーの目は、僅かに震えた声で尋ねるサオリを見ていなかったが瞳に宿る強い意志は一切失われておらず彼が強い希望を胸に抱いている事は明らかだった。

 

「ククッ……私の希望は送り出した。あとは、私の仲間を……友を……社長を信じている……」

 

 気がつけば何度もあの赤い背中に救われていたなと想いを馳せるバイステンダーは、掠れゆく意識を繋ぎ止め同じ悪人であるが故に言える無責任な言葉を紡ぐ。

 

「……錠前サオリ、人は間違いを犯す……だがそれは、未来もまた同じとは限らんのだよ……無限の可能性ってやつを少しは信じてみると良い……さぁ、未来を見た訳ではないが、君達なら来てくれるだろう?便利屋68……」

 

 震える右手でいつの間にか取り出していた発煙弾を撃ったのはほんの僅かな大人としての格好付けだった──私はここに居るぞと示す為に。

 サオリが反射的に攻撃と認識しトドメを刺そうとする刹那──その手から拳銃が弾き飛ばされ着弾音の後に少し時間を置き、爆ぜるという彼女特有の銃声が聞こえたことで安心した彼は儚く微笑むとその意識を手放したのだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。