便利屋68に降り立つは、傍観者のゲマトリア   作:マスターBT

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 貴方は私に怒りを向けた。

 貴方は私を信じてくれた。

 だから私達は今、此処に居られる。


紡ぎ紡がれた縁が

 古聖堂の半壊に加え正義実現委員会及びティーパーティ役員、風紀委員会及び万魔殿役員の総勢200名弱の重軽傷者と現ホストの桐藤ナギサの負傷と万魔殿トップの羽沼マコトの負傷によって中断を余儀なくされたエデン条約から数日後のある日、救急医学部の病室に『先生』とアルを除く、便利屋メンバーの姿があった。

 

「目立つ外傷は一通りの処置をしました。一先ず、脈拍は安定し出血も治りましたので医学的観点からは急変しない限り、命の安全を約束します……ですが、このガラスのヒビ割れにも似た症状は私の知識ではどうしようもありません」

 

“そっか……ありがとうセナ”

 

「いえ、完璧な力添えになれず申し訳ありません。この病室には誰も近づけない様に言っておきますので」

 

 そう言い残し一礼をするとセナは病室から出て行った。

 ゲヘナの救護を預かる者としてバイステンダーの身を襲っている異変を完治させる事が出来なかった後悔がある彼女だが、ヒビ割れていく彼の身体は医学では説明の出来ないある種、オカルトの領域である為に仕方ないと言えるだろう。

 

「……ごめんね『先生』こんな空気で」

 

 誰も言葉を発さない沈黙を破ったのはカヨコだった。

 ムツキとハルカが動かないバイステンダーの手を左右それぞれ、握りながら前者は自身の額に触れさせ涙を堪え、後者はギュッと握り締め必死に祈っている為にすぐ近くに立っているだけのカヨコしか会話をする選択を持ち合わせていなかった。

 

“いや……君達が彼と仲が良いのは分かっていた事だ。むしろ、私の方が”

 

「謝る必要はないよ。彼はするべき選択をしたんだから」

 

“……駄目だな私は。前も同じ様な事をして彼に謝罪は必要ないと言われたのに”

 

「『先生』は優しいから……でもごめん。今はちょっと余裕がないからさ」

 

 誰も悪くはないと分かっているのに、一過性の感情で『先生』に酷い言葉が出そうになってしまうカヨコはそれをギリギリのところで堪えて二人の手を取り立ち上がらせると、くっきりとしたクマが二人の目に浮かんでいるのが分かる。

 

「ほら、しっかり休むよ二人とも」

 

「「……カヨコちゃん(さん)」」

 

「心配なのは分かるよ。でも、無理をして彼が起きた時に身体を壊していたら責任感じちゃうし、今は社長も居ないんだから」

 

 本当なら一番、この場所に居たい筈のアルは彼を此処に送り届けたあと休みもせずに何処かへと向かってしまった。

 

『今度こそ間違えないために力をつけて来るわ……だからお願いねカヨコ』

 

 どこまでも優しい顔で自分の頭を撫でてから去るアルの横顔は、カヨコが今まで見た事ないくらい覚悟を決めた顔をしていて反射的に声をかけそうになったのだが、彼女が自分に託した意味を理解し年長者として先輩として振る舞う事にしたのだ。

 

「だから今はゆっくり休んで。ね?」

 

 優しく微笑むカヨコに安心したのかふっと、ムツキのヘイローが消えると気絶した様に眠りにつきハルカもフラフラとし始め、支えようか?という『先生』の提案を断り、カヨコはムツキを背負いハルカの手を引きながら病室を出て行き一人残された『先生』は静かに彼の横に座り直す。

 

“……先生として恥ずかしい限りだよ。今にも泣きそうな彼女達にかけるべき言葉が思い浮かばなかった。君ならどんな言葉をかけたかなバイステンダー”

 

 カヨコが自分を気遣って一人にさせてくれたのを察している『先生』は返事がないと分かっていても、彼に問い掛けてしまった。

 いつもの様に胡散臭い声でまるで此方の胸の内を透かしている様な、言葉は当然の如く返ってくる事はなくカチカチと時計が時間を刻む中、扉がノックされ予想していなかった来訪者が現れる。

 

「うへぇ、ごめんね『先生』邪魔しちゃって」

 

 『先生』が覚えている限り、彼と仲が良さそうには思えなかったホシノと

 

「……連絡を聞いてすぐに来たつもりだったけど、遅くなったわ」

 

 共に同じ罪を背負おうとしたリオが揃ってやってきた事に面食らう『先生』であったが二人を招き入れると、二人とも彼のすぐ近くにやって来て一瞬の目配せの後、ホシノがガッツリと眠っている彼の首根っこを掴む。

 

“ホ、ホシノ!?”

 

「傷は開かない程度には気を使ってるから安心して『先生』」

 

 何処に安心すれば良いんだろうと思う『先生』であったが、リオが何も言わないのを見てとりあえず浮かした腰を戻して成り行きを見守る事を選んだ……よく分からないけど多分、止めちゃ駄目なんだと思ったから。

 

「ありがとね……ふぅぅ、お前さなにやってんの?人に偉そうに説教しておいて自己犠牲して気持ちよく眠るなんて良いご身分ですね」

 

 普段のふわふわしたホシノの姿はそこになく、バイステンダーと二人で居る時の不機嫌極まりないホシノの姿がそこにはあった。

 

「此処に来る途中でお前の大切な子達を見たよ。全員今にも泣き出しそうな顔をしてた……きっとあの時の私もみんなにあんな顔をさせてたんだろうって思ったけどさ。違うでしょ……誰よりも彼女達の幸福を願って彼女達の内側に入り込んでるお前が、自己犠牲がどんな暗い結末を呼ぶかよく知ってるお前が!!……私の真似しちゃ駄目でしょ。なにやってんのさこの馬鹿」

 

 小鳥遊ホシノは怒っていた。

 自分に自己犠牲は愚かだと大人として説教した男が同じ様な事をした事に。

 どうせこの男の事だから何か手を残しているのだと想像できても、お前だけは自分の手の中にあるものを泣かしてるんじゃないよとホシノは彼が入院したという知らせを受けてからずっと怒っていた。

 

「……別に私はお前がこのまま死んでくれるのなら、嫌味を聞かなくて済むから良いんだけど。さっさと起きろよ、じゃないとあの子達アビドスに入れちゃうからね……あー、スッキリしたぁ。はい、あげるよリオさん」

 

 ゆっくりと手を離すホシノが一歩下がると今度はリオが彼の頭の近くにそっと、腰を落としてゆっくりと彼の頭を撫で始める。

 

「随分と怖い人を怒らせたのねバイステンダー。安心して私は怒るつもりはないから」

 

「うぐっ……なんかおじさんを刺しにきてないリオさん?」

 

「そのつもりはないわ……でも、そうね眠っている怪我人にかける言葉ではないと思ったわ」

 

「うへぇ」

 

 ホシノが気まずそうに視線を逸らすとクスリとリオは微笑み、慈しみの心が籠った視線をバイステンダーへと向ける。

 

「……私は貴方に救われたわ。あの時の私にとってただ側に居てくれる、それがどれだけ心の救いになっていたか分かる?」

 

 押し潰される様な重圧感と罪悪感に支配されていたリオの心を軽くしたのは、間違いなく共犯者を語ったバイステンダーでありそんな彼に救われたリオはホシノの様に怒る事はせず、ただただ彼を慈しむ。

 

「ケイが私を頼ったの。貴方が残した課題が解けないから手を貸してと。ふふっ、彼女にとって脅威の一つであった筈の私を頼りにするなんてね……当時の私には出来なかった事をすんなりとやってしまうのだからやっぱり貴方は凄いわね……今度は私が助ける番よ。あの子と一緒に貴方の課題を解いてみせるからその時は褒めて欲しいわ。もちろん、あの子と一緒にね」

 

 調月リオは恩を返す事を決めた。

 ケイが自分を頼り、計画を話したその時に漸く救われた恩返しが出来ると。

 もちろん、聞かされた計画はリオをもってしても難易度が高くどうすれば良いのか検討がつかなかったがそれでもあの日、彼と初めて出会って自分の言葉を信じて共犯者になってくれた彼に救われたのだから。

 

「ホシノさん」

 

「ん。分かってる」

 

 立ち上がったリオがホシノの横に並ぶと、眠ったままのバイステンダーの右手の小指にそれぞれの小指を絡める。

 

「「必ず生きて戻ってきて。それまでは私達が全力を尽くすから」」

 

 だから、これは勝手な約束と寝ているバイステンダーが悪いと続け、彼女達は指切りげんまんと続け指を離した──ホシノもリオもスッキリとした顔を浮かべていた。

 

「それじゃあ私達はこれで失礼するわね『先生』」

 

「あっ、この後嫌な奴が来るけどまぁ、話をしてやってよ。きっと役に立つからさ。それじゃあね、『先生』」

 

“う、うん。またね二人とも”

 

 手を振って二人を見送る『先生』はなんか凄いものを見た様な気がすると心の中で思っていると、そんな彼が落ち着くのを見計らった様に少しだけ時間が経ってからコンコンっとノックされ──

 

「失礼します。此処に彼が居ると聞いていたのですが」

 

“……黒服”

 

 ──名の通り全身真っ黒の大人が、見舞いの花束片手に入って来るのだった。

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