便利屋68に降り立つは、傍観者のゲマトリア   作:マスターBT

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大人の時間


形を成す

「失礼します。此処に彼が居ると聞いていたのですが」

 

“……黒服”

 

「そう睨みつけないでください『先生』私を信じるのは無理だとは思いますが……彼に倣うのなら『ただの友人』として見舞いに来たのですよ」

 

 ゲマトリアとしてではないと、『先生』のよく知るバイステンダーの様に肩書きを強調する黒服と『先生』は真剣な表情で見つめ合い、視線を逸らしたのは『先生』の方が先だった。

 

“そう云う物言いができるぐらいは交友があったんだね”

 

「えぇ。引き篭もりな彼の数少ない友人であると自負するくらいには」

 

 座っても?と『先生』の対面にある椅子へと視線を向ける黒服にシッテムの箱を近くの棚に置く事で了承を示す『先生』によって電子ロックがかかる扉。

 今、この瞬間は誰であってもこの場に入り込む事は出来なくなった。

 

「……これはまた擽ったい信頼ですね。あぁ、これ見舞いの花束ですどうぞ」

 

“飾っておくよ。それで危険を犯してでも来たんだ。生徒には聞かせられない話をするんだろ?”

 

「そうなるかは彼次第ですよ」

 

“?それはどういう……”

 

「失礼」

 

“ちょっと!?”

 

 徐に布団を捲り病院着をズラしバイステンダーの上半身に手を這わしていく黒服の指使いはひび割れたバイステンダーの線に沿っていくもので、何か意味があるのだと『先生』は察しても絵面は完全に同性を良くない目で見ている者でしかない。

 

「念の為言っておきますが私にそういう趣味はありませんからね?」

 

“分かってるけど……事前説明も無しにコレはアウトだと思う”

 

「……」

 

“無言の抗議怖っ!”

 

「……別に私は調べた事を貴方にお伝えしない選択も取れるのですが?」

 

“ごめんて。それで何が分かったの?”

 

 気楽すぎる態度に本当にわかっているのか?と思わず疑いたくなる黒服であったが、『先生』という人物はこういうふざけた面もあったなという事を思い出し、ため息を一つで片付けると座り直し真剣な表情で『先生』を見る。

 

「ゲマトリアとはキヴォトスに干渉する為に契約によって、肉体を得ている事は知っていますね?」

 

“うん”

 

「彼の肉体は外部から受けた傷も深刻ではありますが、何よりその契約が不履行という形で切れかかっています。今までも何度か契約を破りそうになってはいましたが、決め手となったのは今回、貴方を助けた事でしょう」

 

“……私を?”

 

 なぜ、自分を助ける事が契約不履行に繋がるのか分からない『先生』は首を傾げた。

 ゲマトリアという存在が神秘を解き明かす為に、生徒を利用するのならアビドスでホシノを助けるのに加担した時や、ケイを籠絡した時が一番相応しくない行為をしたんじゃないかと。

 

「暁のホルスの時はギリギリまで此方に立ち、マダムの兵が先に仕掛けた為に見逃され無名の司祭が遺したオーパーツを巡る戦いはそもそも、我々とは一切関係ありません。ですが、今回は明確にゲマトリアの同胞を表立って妨害し貴方を救った……それが決め手だったのでしょう」

 

“……本来であれば私が彼の代わりに撃たれていたはず。そう言いたいんだね?”

 

「そうです。彼は未来を見て貴方が撃たれる展開を変えた……ゲマトリアとしての利益を放棄してまで貴方を助けるという禁忌を犯してまで。それは明確な契約違反と言えるでしょう」

 

 思わず視線が下に向いてしまう『先生』は眠ったままのバイステンダーを見て胸の奥が締め付けられる痛みを感じた。

 生徒の為に命を賭ける覚悟はあるが、まさか同じ大人に命を賭けて守られる事になるとは微塵も思っていなかった為に申し訳なさや心苦しさが彼の胸中を占めていく。

 

「……ここからは完全に私の推測ですが、彼の行動にも原因はありますが恐らく一番は精神状態がゲマトリアに相応しくなくなったのでしょう」

 

“精神性?”

 

「はい。キヴォトスに来るまで彼は自室に引き篭もり、無数の本棚に囲まれながら安楽椅子で数々の世界を見つめ続け、時に笑う事もありましたが基本的には退屈の一点張りで植物に近い在り方と言うべき有り様でした」

 

 黒服の言葉に『先生』は記憶の中のバイステンダーと全くと言っていいほど結び付かずキョトンとしてしまう。

 彼の中でバイステンダーという男は常に胡散臭い笑みを浮かべているものの、リオの一件を除けば基本的に楽しそうにしている姿しかなかったから。

 

「よほどの出会いがあったのでしょう。キヴォトスに降り立ってからの彼はそれはもう楽しそうで……なので忠告を一度したのですが結局、こうなってしまいましたねぇ」

 

 呆れた様な何処か寂しそうな雰囲気を発する黒服に『先生』は声をかける事が出来なかったが、すぐに薄く笑みを浮かべる普段の黒服に戻ると彼は足を組み直しながら顔を上げた『先生』ともう一度視線を合わせる。

 

「『先生』は演劇を見ますか?子供達の学芸会でも構いませんが」

 

“え?あー、あんまり観ないかな。アニメなら良く観るけど”

 

「なるほど。では、『先生』はアニメに描かれる声もなく大した書き込みもされていないモブを観た事はありますか?」

 

“あるけど……それがなんなの?”

 

「彼はソレを愛してしまったのですよ。物語に直接関与をする訳ではありませんが、物語の中に必ず登場しているモブを。そして願ってしまったのでしょうね、モブでも良いから幸福な物語の登場人物に成りたいと」

 

 一度言葉を区切る黒服によって、『先生』の脳裏にはリオとの一件で彼が怒りながらに発した言葉を思い出していた。

 

『私はな、どれだけふざけた夢物語であろうとも、そんなものはあり得ないとご都合主義に満ち溢れた三流のハッピーエンドである『先生』達とリオ嬢が共に笑い合える……そんな結末を望んでいた。そう、望んでいたんだよ。この私がね』

 

 確かに彼は望んでいたのだ。

 傍観者としての自分の在り方を捨ててまで物語に深く関わり、誰もが笑顔で終われるハッピーエンドを。

 

「クックックッ、あまりに滑稽だとは思いませんか『先生』。我々はどう足掻いてもこのキヴォトスにおいては悪役としてしか舞台に登れません。他ならぬ我々自身がその様に契約を結んだのですから」

 

“黒服。滑稽って言い方は怒るよ?”

 

「『先生』が先生としての在り方を選んだのと同じ様に我々はゲマトリアとしての在り方を選んだのです。これが何を意味するか分かりますね?」

 

“……責任を負う立場の大人が自分の荷を下ろそうとするのだから対価が必要という訳か。だけどそれは契約で身体を維持している君達にとって自殺行為に等しい”

 

「その通りです。子供は何度も間違えていい権利がありますが、それは未熟であり不完全であるから許されるのであって大人として完熟した者は間違いに対して責任を負わねばなりません……なので、『先生』を助けようとした彼の自業自得であり貴方が責任を感じるものではありませんよ」

 

“あれ?これってもしかして凄く遠回りに励まされてた?”

 

「クックックッ」

 

 大人とは責任を負うものである。

 これは『先生』とバイステンダーで共通している価値観の一つであったのだ。

 もっとも、後者は恐らく誰かに強く影響された為にそういう価値観を持ったのだと黒服は思っているが。

 

「大人が一度決めた在り方を変えるのはとても難しいですが、不可能という訳ではありません。特に彼はそういう抜け道を見つけるのが得意ですからね」

 

“抜け道……あっ”

 

 色々とあってすっかり記憶から抜け落ちかけていた事を思い出す『先生』に黒服は楽しげに笑いながら席を立ち上がる……どうやら話すべき事柄は全て話した様だ。

 

「何に思い至ったかは聞かないでおきます。彼がどんな手を貴方に託したのか、それがどんな結果を呼び寄せるのかを楽しみたいですからね」

 

“……悪趣味って言われない?”

 

「クックックッ。不思議な事を尋ねるのですね『先生』」

 

 ロックが解除された病室の扉を開き、灯りの一つも差し込んでいない暗い廊下を背にして一人の悪役である黒服は嗤いながら『先生』を見る。

 

「命を賭けてこの在り方を選んだ大人ですよ私は。悪趣味であって何が悪いのですか?」

 

“程々にね。度が過ぎたら今度は私と彼が貴方の敵になるから”

 

「クックックッ!!それでこそ、ですよ『先生』」

 

 微塵もバイステンダーを救えないという結末を信じていない『先生』の姿に黒服は、彼と並んで自分と対面する未来を想像し嗤った。

 

──あぁ、それはなんとも面白そうですね──




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