便利屋68に降り立つは、傍観者のゲマトリア 作:マスターBT
ゲヘナ学園第六演習場から響き渡る大決戦を連想させる爆音と無数の射撃音は、集められた風紀委員会の者達を全て置き去りにする二人の強者によって奏でられていた。
「……陸八魔アルってあんなに強かったか?」
森の中を小柄な身体に見合わない身体能力を活かし、まるで弾かれたボールの様に縦横無尽に駆け回るヒナの愛銃から放たれる銃弾の雨は地面を抉り木に風穴を開けて倒す。
しかし狙われているアルはヒナの進路を読み切り、自身に当たりそうな弾だけを避けると余裕の表情で飛び上がり片手で放った銃弾が、銃弾の雨に風穴をこじ開け、ヒナへと迫り彼女に回避を強制させる──それはつまり、ヒナであっても直撃すればダメージを負うと思わせるだけの威力の証明であった。
そんな光景を、微かに見えたイオリは引き攣った表情を浮かべながら隣に立つチナツへと問い掛けるが彼女にはアルの動きが見えていなかった為に彼女から見ればアルはただ立っているだけにしか見えなかったのだろう。
「委員長が押している様に見えますが……イオリがそう聞くという事は」
「薄らだけどな。アイツ、委員長の攻撃を必要最低限の動きで避けてた……そもそも受け手に回っても問題ない筈なのに動き回ってる時点で可笑しいんだよ」
響き渡る銃声は一つ、しかし同時に二本の木が爆発によって爆ぜるという意味不明な光景に固まる風紀委員会の面々。
彼女の銃はセミオート式であり、ガンマンの使うシングルアクションのリボルバーではないのだが出力の上がった神秘によるゴリ押しと元々身に付けていたテクニックによってこの変態技術をアルは可能としていた。
「(キッカケが何かなんて愚かな事は考えないけれど……強い。以前とは比べるまでもないほどに))」
足場に使おうとした木が爆破により粉々に砕け散るがヒナに驚きはなく、冷静に翼を広げると速度を落として地面へと足を着ける。
「(あーもう、本当に強いわねヒナ。動きは追えるけど、決定打を与える光景が全く想像できない)」
この模擬戦を申し込んだチャレンジャーであるアルは分かっていた通りのヒナの強さに、呆れながらも頭を回し作戦を練っていく。
今の彼女はサオリとの戦いで見せたほどの神秘を纏ってはいないが、それでも並いる者達よりは強くヒナの動きを捉えて反撃するほどの力がある。
「……」
「ッッ!」
膠着は一瞬。
この場における王者のヒナはアルの動きを待つなどという優しさを発揮する事はなく、愛銃であるデストロイヤーから放たれる無数の弾幕が展開されアルへと襲いかかる。
アルとは対照的で機関銃である彼女の武器は精密射撃には向いていないが、ばら撒かれる銃弾の雨は明確な脅威でありヒナの場合、その一発一発に彼女の神秘が込められている為に破壊力も申し分ない。
──しかし、アルはその雨に全く怯む事なく愛銃のワインレッド・アドマイアーを構えると込められるだけの神秘を込めてヒナに向けて放つと両者の弾丸はぶつかり合い、そしてアルの神秘による爆発がヒナの弾丸を全て吹き飛ばす──
「「「なっ!?」」」
戦いを見守っていた風紀委員会の面々はアルの強引すぎる解決方法に驚き、口をポカンと開けてしまうがヒナはほんの僅かに面食らっただけで、気を立て直し煙幕の中央から突貫してくるアルを睨みつける。
「こわっ!?……で、でも怯んであげられないのよ!」
「……」
勢いそのままにスライディングをしながらヒナの顔に突きつける様に銃を構え放つアル。
至近距離かつ、秒速900m以上を誇る狙撃銃の銃弾を避けるのは理論上、無理と言うしかなくヒナの攻撃を封じ至近距離まで迫ったアルは自らの勝利を確信した。
「嘘ぉ!?」
だが、相手は自由と混沌のゲヘナ学園を己の武力一つで押さえつけてきた常識外の怪物──空崎ヒナ。
事も無し気に銃に近い右目を閉じながら、首を傾げたヒナは驚きのあまり白目を剥いているアルの腹部にゴリッとデストロイヤーを突き付けると彼女の制止を聞く事もなく全弾容赦なく放ち、アルの意識を刈り取るのだった。
もしも此処が演習場ではなく、彼女の武器が得意とする遠距離戦が出来る戦場であればこんなに簡単に制圧する事は出来なかった。
今のままの彼女であれば例え、有利な戦場であっても百戦百勝出来るとは思うけど此処に他の便利屋68メンバーと『先生』に匹敵する指揮を行えるあの男が加われば風紀委員長として情けないかもだけど勝てる自信はない。
「……今後は温泉開発部や美食研究会よりも貴女達に梃子摺る事になりそう」
『ねぇ、ヒナお願いがあるの。今の私じゃあ、あの子達を巻き込んでしまうかもしれないから』
そう頼まれて引き受けたけど、彼女が仲間を巻き込むとは思えないしあの子達も彼女を一人にはさせないだろうから単純に手の内を晒しただけな気がしてきた……まぁ、ウチにも刺激となってくれたっぽいから良いけど。
「イオリ」
「っっ……ヒナ委員長」
こっちから会いに行くつもりだったけど、息切れ起こすぐらいには我慢出来なかったのね。
「悔しいなら強くなって。私の後を継ぐのは貴女よ」
さてと取り敢えず、このまま寝かしておく訳にはいかないから医務室にでも運んでってあれ。
「……私が連れて行きます。委員長は休んでてください」
「そう?じゃあお願いするわ」
「……ちゃんと冷やしてくださいよ」
それだけ言うとイオリは陸八魔アルを背負って演習場を出て行った……私が熱で火傷をしたの気が付いてたんだイオリ。
「ふふっ、少しだけ楽しみになってきたかも」
後陣が育てば私が風紀委員長をする理由が減って、引退が近くなるってのもあるけど私の後ろに着いて回るだけだった彼女が何処まで伸びるのか見守ってみるのも少しだけ良いかもしれない……なんてらしくない事を思った。
「私達は間違えたんだよ。頼るべき相手、取るべき手が近くにあったのに全部自分で遠ざけてしまった」
「……私は……どうすれば良かったんだ?……分からない……」
「私も分からないよ。ううん……あの人も『先生』だってこれから先がどうなるか、自分の行いがどんな未来に繋がるかなんて分からないと思う」
ヴァルキューレの面会室にてティーパーティの権力を発揮して、本来無理な面会を行なっているミカは強化ガラス越しにまだ傷が残り俯いているサオリを真剣な表情で見つめていた。
ティーパーティを巡る一連のクーデターの発案者であるミカと彼女を利用していたサオリの面会は、立ち会っているヴァルキューレの生徒達の予想よりもおとなしく、まるで罪の告白をしている様な空気にむしろ戸惑っているほどだ。
「……あの男は未来視が出来る」
「そうなの?でもまぁ、出来るのならわざわざ撃たれる選択は取らないんじゃないかな。ヘイロー無いんだし」
「……」
「私はさ、赦されない事をしちゃったし馬鹿な事をしたと思ってるんだ。サオリはどう思ってるの?」
百合園セイアは生きているが、ミカが彼女を殺すまではいかなくても害そうとした事に変わりはなく大切な幼馴染もそれが発端で本当は誰よりも優しいのに、周りの全てが信じられなくなる程に心を砕かせてしまった事をミカは消える事のない罪だと受け止め今度こそと奮い立ったエデン条約では、ナギサを守りきる事すら出来なかったという罪は、彼女に暗い影を生み出している。
だからこそ、目の前で俯く彼女が何を考えているのかミカは問わねばならなかった。
「……かつての私は今が苦しくても未来は良くなる筈だと信じていた。辛うじて建っていられる様な隙間風の多い寝床でみんなで必死に温め合う様な今から、暖かなベッドでぐっすりと眠れる未来を信じていた……でも無理だった」
「うん」
「言葉を交わし未来を語った者が冷たくなっている姿を見て悟った。私達に幸福な未来はない…… Vanitas vanitatum et omnia vanitas.マダムの言う通り、全ては虚しいものでしかなかったんだ」
「……うん」
「……それ、でも……私は姫の為に……仲間の為に銃を捨てる事は出来なかった……だからあの男を敵だと盲目的に信じて撃とうとして……私よりも遥かに大人の『彼』が何処までも夢物語を信じている姿を見て迷って……」
「間違えた……そう思ったんでしょ?」
ミカの言葉にサオリは黙って頷いた。
態度からミカは十分な程にサオリは後悔を重ねている事が分かり、聞きたかった言葉を聞けた事に満足げに頷くと強化ガラスに手を伸ばし触れる。
「沢山の愛に囲まれて本当に大切なものに気がつけなかった私と、ずっと失い続けた為にすぐ近くにあるものを見落とした貴女。こんなにも境遇が違うのに同じ様な間違い方をするなんて不思議だよね……ねぇ、サオリ?貴女はもう一度銃を手に取る勇気、ある?」
初めてサオリがミカを見た。
自分とは違うお人形の様な綺麗で可愛い顔立ちをしているミカの目は、不思議と自分の同じ後悔に濡れた色をしていて理解した──あぁ、お前も自分が赦せないんだなと。
犯した罪を周囲が赦したとしても、他ならぬ自分が赦せない……赦せる訳がないと根っこの部分で共通している自罰思考の二人だからこそ理解し合えた。
「……良いのか?お前も余計な罪を背負うのかもしれないんだぞ」
「あはは☆もう罪なんていっぱい背負ってるから大丈夫だよ」
「ふっ……強いなミカは」
「貴女ほどじゃないよサオリ」
強化ガラス越しに二人の手が重なり合うと、パキリと全面にヒビが入り見張りの生徒が駆けつけるより早く盛大な音を立ててガラスは粉々に砕け散り二人は手を握り合う。
「ッッ、お、大人しく」
一触即発の空気が流れるが、誰かが発砲するより早く乱暴に扉が蹴破られると黒と白が入り混じった羽根を持ち、首輪が特徴的な生徒が一人入って来て場の空気と手を取り合うミカとサオリ、そして粉々に割れた強化ガラスを見て強面な顔に一気に呆れた表情が浮かび上がる。
「あー……これはトリニティ総合学園ホスト、桐藤ナギサからの要請をヴァルキューレ上層部が正式に認めたものである。現時刻をもって、アリウススクワッドの錠前サオリの身柄はティーパーティー聖園ミカの預かりとする。なお、問題が起きた場合は聖園ミカに責任を取らせる様に……だ、そうだがお前ら早速なーにやってんだ」
「ごめんごめんナインちゃん!ちょーっと気が昂っちゃった☆」
「テヘペロで許されると良いな。まっ、臨時の雇い主には従うのが傭兵の仕事だ。行くんだろ?手配は完了してるぜ」
「わーお、さっすが仕事が早いね!じゃっ、行こっかサオリ」
「ま、待ってくれ!?い、一体何処に行くって言うんだミカ?」
何も説明されていないのだからグッと手を引かれても、すぐにサオリが動ける訳はないのだがそんなサオリをノリが悪いと言わんばかりに、ぶーぶー口を窄めるミカはレイヴン9の手刀を脳天に喰らい、漸く説明をする為に口を開く。
「姫って子を助けに行くのと、元凶をぶっ倒しに!」
「私は旦那の仇討ちと金稼ぎを兼ねてな」
サオリが返事をするよりも早く、じゃあいっくよー!っと手を引っ張り走り出したミカの猛スピードに引き摺られる様な形となりそんな二人を「おい、鍵は私が持ってるんだぞ。落ち着け馬鹿!」と追いかけるレイヴン9。
光景だけ見れば青春の一ページの様なノリなのだが、砕け散った強化ガラスと蹴り壊れた扉の後片付けと始末書が待っている事に崩れ落ちたヴァルキューレの生徒が居る事を忘れてはならない。
ナギサ「えぇまぁ、ミカさんにしては本当に……本当に!珍しく事前に話を通しに来てくれましたが、一歩間違えれば脱獄の手伝いの様な真似をするとは聞いていませんよ!?」
おいたわしや……ナギサ様。きっと、ミカの口にはロールケーキの罰が下る事でしょう……
感想やここ好き待ってるぜ!