便利屋68に降り立つは、傍観者のゲマトリア 作:マスターBT
マエストロは歓喜していた。
同じ組織に所属していながらも、黒服を通してしか関わりを持っていなかった者がいつの間にか想像すらしなかった否、着想はあっても形にする事はない夢幻の類であった代物を見事に『芸術』へと昇華して目の前で魅せてくれたのだけではなく、彼と関わった者達が己の『芸術』を前に更なる輝きを見せるという結果を齎してくれたのだから。
「おぉ……未完成を晒す恥を忍んだ甲斐があったというものだ。
目の前でヒエロニムスと戦う少女達の動きは先程とは比べ物にならない程に速くなっている。
何度も戦いを供にしてきた者達は時として、言葉も何もなく阿吽の連携を見せるというが正しくマエストロの前にいる者達の動きはソレであった。
そこをヒエロニムスが狙おうとすれば杖を突く位置に的確に
何者も縛る存在が消えると、先ほどよりも動かなくなった
「……彼女らの神秘が
ゆっくりとだが確実にヒエロニムスが解体されていく中、マエストロは冷静に何処までも目の前の光景から自らの解釈を広げていく。
それがマエストロたる所以、神秘に芸術性を見出し崇高へと辿り着かんとするゲマトリアの特性だ。
「改めて感謝しようバイステンダー……いや、萬屋セラよ。これで私はもう一つの作品、『グレゴリオ 』に手が届く」
マエストロは喜びを示すかの様に両腕を大きく広げ、ヒエロニムスを見上げる。
「次は完成品でもってお相手しよう。便利屋を名乗る子供達よ」
ハルカのショットガンが、ムツキの爆弾が、カヨコのハンドガンが、アルのスナイパーライフルがそれぞれの神秘を色濃く宿した同時攻撃がヒエロニムスの腹部に放たれると一瞬の拮抗を生み出した後にヒエロニムスを貫き、マエストロのすぐ近くに着弾するが彼は微動だにせず広げた手を叩く。
「なんなのよ調子が崩れるわね……」
「芸術には喝采を。それが私の流儀なのでな」
「……ふぅん。で、まだやるの?」
カヨコがハンドガンを向けるが、マエストロはゆっくりと首を横に振る。
「既に戦う術はないとも。故にこれにて失礼しよう」
ステージを去る役者の様に恭しく礼をするマエストロの足元にコロコロと、スタングレネードが転がり爆ぜる。
眩い発光により彼女達の視界を真っ白に染め上げるとその隙に彼はこの場から去って行くのだった。
マガジンを投げ捨て、都合よく出現した新品のマガジンを装填する。
シッテムの箱、物質の転送すら可能とするオーパーツ……やはり便利だな、私の様に事前準備なしに戦闘行為を開始してもアレがある限り倉庫を背負って戦ってる様なものだ。
“飛び上がって”
「直後に反転だな」
私の癖を理解し寸分違わずに指示を重ねる『先生』の力量もまた心地よい。
ベアトリーチェ、今のお前の表情が見れないのが非常に残念だ……悉く、全ての攻撃を見透かされ反撃を喰らうという経験は得難いものだろう?
「なぜ此処までの力がありながら……貴方も『先生』もたかが生徒の為に、その力を振るうのですか!!」
半狂乱といった具合か?
だがまぁ、生半可な回避を許さない全方位攻撃とは考えたなベアトリーチェ。
今の私は攻撃に神秘を使っている為に防御力は、ほとんど以前と変わっておらず直撃を受ければそれで終わるだろう。
“ッッ、あぁもう。君ってば本当に!!真っ直ぐに突っ込んで!!”
「クハハ!!了解した!!」
迫り来る光線に向かって真っ直ぐに突っ込んでいく私を見て、ベアトリーチェは自殺者が何かだと思っている頃合いだろうか?
まぁ、事実避ける素振りなど微塵も見せていないのだからそう感じて当然であろうな。
“アル!!”
「任せなさい」
──目の前まで迫った光線がアルの弾丸によって消し飛ばされる。
「なっ!?」
“っふぅ……人誑しだよ君は”
「ククッ、他ならぬ君達だ。命を賭ける事に恐怖などない」
他の光線が辺り一面を粉々に粉砕していく中、その中央を駆け抜けベアトリーチェの懐に入り込み、先ずはフルオートショットガンを全て放ちリロードせずに傷を抉る様に蹴り飛ばし跳躍する。
「質問に答えようかベアトリーチェ」
醜悪な花を目の前にしながら私は応える。
この女が微塵も理解出来ない答えを。
「私はこの世界を愛してしまったからだ」
「愛?それがなんだと」
「その名が聞いて呆れるなベアトリーチェ」
ソードオフショットガンを突き出し放つ。
コインが再び、奴をズタズタに破壊する悲鳴を聞きながら地面に着地した私はトドメを刺そうとコインをリロードし──
「──あぁ、そうであったな」
『先生』とのリンクを切って立ち止まった。
“……セラ?”
「ふむ。いやはや、私とした事が体力の配分を間違えるとはな」
“まさか……”
「ククッ、疲れた」
ドサっと音が立つぐらいにはその場に座り込んでしまうセラを見て、『先生』はえぇ……と思わず声を溢すがすぐに周囲を見て何故、彼女がこの様な行動をとったのか理解する。
「──ふっ、ははは!!無様ですねバイステンダー!!体力切れとは実に貴方らしいつまらない結末です」
「そうだな。子供の身体と言えど無尽蔵という訳ではない事を忘れていたよ」
「貴方の子供達は直ぐにでも此方に来るでしょうが、今はまだ来ません。さぁ、命乞いの一つでもしたらどうです?得意でしょう、長々と話すのは」
状況を理解していないのか傷をある程度再生させ、勝ちを確信したベアトリーチェは両の手に光弾を作りいつでも撃てるようにセラへと向け嘲笑う。
そんな彼女を見上げながらセラはソードオフショットガンを持ち上げ横へと向ける。
「……なんのつもりですか?」
「何かを勘違いしているようだなベアトリーチェ」
自分の行動の意図を察している様子がないベアトリーチェに呆れつつも、この後を託す者達が動けるようにセラは口を動かす。
この物語の主役が誰であるかを舞台装置と化した彼女へ教えるために。
「これはお前の崇高へと辿り着く物語ではない」
ベアトリーチェを否定する。
「これは私の再誕の物語でもない」
己を否定する。
「これは……彼女達の贖罪の物語だ。であれば、幕を降ろすべき者は決まっている」
最後の神秘を込めてソードオフショットガンを放つ。
放たれたコインの弾丸は、主の狙い通りに『秤アツコ』が拘束されている祭壇を砕きその背後にあるステンドグラスにヒビを作る。
“あっぶない……ギリギリ!”
セラが話し始めた辺りで、走り出し拘束から解き放たれた秤アツコを抱き止める『先生』は器用に片手でシッテムの箱を操作しリンクする相手を選ぶ。
「……今更ロイヤルブラッドを解放したところで私が退化する訳では」
「ククッ!!やはり心底、お前とは相容れぬようだベアトリーチェ」
セラの高笑いに反応するようにステンドグラスのヒビが音を立てて広がっていくのが、嫌に耳に残るベアトリーチェはその不快音が連鎖していく度に言いしれぬ嫌な予感が胸中を支配していく事に気がつきセラを殺せずにいた。
「──さぁ、幕引きだ。存分に笑うと良い」
パリン!っとステンドグラスが砕け散り、そこからまるで『彼女達』の未来を祝福するかのように温かな太陽光が差し込み、眩い光がベアトリーチェの瞳を真っ白に染め上げ──激痛が走った。
「ガァァァァ!?」
──撃ち抜かれた!?しかし、目の前のバイステンダーは既に神秘が尽きて動くことすら出来ていなかった筈……なれば一体、誰が!?──
困惑するベアトリーチェの耳に答えを示すかのように気弱な声が届く。
「痛いですよね苦しいですよね……でも、私達はもっと苦しみました」
「……槌永ヒヨリィィ!!」
リロードと共に薬莢が排出され宙を舞う。
声とは裏腹に何処までも真剣な表情を浮かべているヒヨリの第二射がベアトリーチェの腹部を貫く。
「だからって私達の罪が赦される訳じゃない……それでも」
ベアトリーチェの叫びに比べれば小さい声である筈のその声は、普段の無気力さとは違い明確な意思を宿っており彼女の敵意を具現するかのように放たれた弾丸は爆煙をあげる。
「戒野ミサキ……!!今更、貴女達が何を出来るというのです!?エデン条約を乱し、キヴォトスに混乱を招いた貴女達に生きる場所があるとでも!?」
「……私達はこの罪に向き合おう。いつか胸を張ってこの光の下を歩けるように」
かつては殺そうとした者を守るように立つサオリが射し込む太陽光に目を細めながら放った彼女自身、過去最高の射撃だったと自負出来る一撃が真っ直ぐにベアトリーチェの核を捉える。
「Vanitas vanitatum et omnia vanitas.私は多くを望みはしない。それでもマダム、貴女が全てを手に入れる事だけは認められない」
「サオリィィィィ!!あぁ……神秘が……私の力が抜けて……ァアアアアア!!」
吸収していた秤アツコの神秘が眩い光と共に周囲へとばら撒かれ、光が収まる頃には人型のサイズに戻ったベアトリーチェが力なくその場に座り込んでいた。
「……バイステンダー」
サオリは振り返り今はもうセラとなったバイステンダーを見て持っていた銃を彼女の方へと差し出す──まだ、彼女の贖罪が終わった訳ではない。
今、こうして生きているが何か一つでも間違いがあれば彼は彼女として此処にいることはなく、その引き金を引いてしまったのは他ならぬ自分自身でありこの場で殺されても仕方がないと彼女は思っている。
「私は貴方の言葉を聞かず、ただ人形のままあり続けた……如何なる罰でも受けよう」
「ふむ」
セラはゆっくりと立ち上がり、差し出された銃を手に取る。
……そうだ、これで良いんだと目を閉じるサオリは直後、ペシンっとデコピンが一発額に放たれ、目を丸くして目の前の彼女を見て驚いた。
「悪人が咎を負うのは当然だ。私の場合、執行人が君であっただけの話に過ぎん。それでも己が許せないのであれば今のデコピンで手打ちとしよう」
「……だが」
殺しかけた行為とデコピンが同じな訳がないと微笑むセラを見るサオリだったが、そんな彼女の反論を認めないとセラは指で彼女の口を閉じさせる。
「私は物語を愛している。それもとびっきりのハッピーエンドをな。故に君がどうしてもと言うのなら、これからの物語を私に見せてみろ。傷つき苦しみ、道を間違えた君達が笑顔で楽しく、正しい道を歩む光景をな」
受け取った銃をクルリと回し、持ち手をサオリへと向けるとセラは変わらずに胡散臭くニヤリと微笑む。
「コレは必要だろう。罪を赦すためではなく、これからの君達の未来を創り出す為に」
「……バイス……いや、セラ。貴女の期待に応えられる様に私も精一杯、胸を張って生きてみせよう」
此処に罪は赦され、苦しみに満ちたアリウススクワッドの物語に一つの幕が降りる。
これから先、どの様に人生を生きる事になるのかそれは他ならぬ彼女達自身が決める事であり、それを傍観者は楽しげに見守る事だろう。
「さて『先生』、行くとしようか。互いに問題児を抱えているのだろう?」
“そうだね。もうひと頑張りしようか”
隣に並んだ相手と握り拳をぶつけ合し、彼等は走る。
この物語における最後の一ページを幸せに綴じる為に。