便利屋68に降り立つは、傍観者のゲマトリア 作:マスターBT
基本的に閑古鳥が鳴いていた便利屋68だったが、常々私が色んな組織との導線を作っていた事とエデン条約の一件が放送されていた際に便利屋メンバーが戦ったり、避難誘導をしている光景がカメラに映ったことで仕事の依頼が以前よりも圧倒的に増え今はシャーレがあるDU地区にある二階建ての建物を買い取り、二階を皆の住居として活用し一階を事務所として運用するほどの資金力を得ている。
何も言われてはいないがDU地区を選んだのは土地が安かったのは建前を多分に含んだもので、本命は私がシャーレにも所属したことで定期的に通い易くしてくれたのであろう事には察しがつく……全く、心優しいな彼女達は。
「セラ、こっちの書類を頼めるかしら?」
「ん、了解した。ついでにこれにサインを頼む」
「分かったわ」
そんな新たな事務所で私とアルはというと、これと言って特筆することのない書類仕事に励んでいた。
普段なら皆でやる事なのだが、仕事が増えた事で分担しなければ手が回らない事も増えレイヴン達を導入してはいるがそれでもメンバーの休暇タイミングが重なる事はあり、今日は私とアルだけが仕事日となっているためこの様な事になっている。
「はぁ……仕事があるのは良い事なんだけど急に増えすぎよ」
「認められるのは良い事さアル社長。私が投資をしなくても懐に余裕があるのは誇るべきだ」
事実、何処の組織の庇護下にも入らずに過ごせるのは稀有なケースであり誰もが出来る事じゃない。
私が裏で手を回す頻度もかなり減っているしな……本当に裏社会で名を轟かすアウトローになる日も近いんじゃないだろうか。
「ふふっ、貴方にそんな嬉しそうに笑われたら泣き言なんて言ってる場合じゃないわね」
「む。そんなに笑っていたかね」
「えぇ。それはもう嬉しくてたまらないって感じに。ほーんと、自分の事になると鈍いんだから」
「ククッ」
自覚がない訳ではないのだがね。
元より、傍観者であり続けたこの身は自己の認識が希薄になりやすい……まぁ、つまりリオの一件から私は大して成長していないという事だな。
「んっ……ちょっとコーヒーでも淹れましょうか。セラ」
「カフェオレにしよう。頭を動かすには糖分も必要だ」
「ありがとう。じゃあ、私はこっちの仕事をっと」
カタカタとパソコンを叩く音をBGMにしながら、コーヒーマシンを起動させブレンドした豆を入れていくこの作業も随分と手に馴染んだものだ。
ブラックであればドリップに拘りたいところだが、カフェオレを淹れるだけなら全自動に任せても良いだろう……何より、今回は休憩というより手軽さを求めてのものだしな。
「さて……砂糖は多めにしてと」
冷蔵庫から徳用の牛乳パックを取り出し、軽く温めてから砂糖を溶かしたコーヒーへと注ぎ混ぜ合わせ綺麗なタイピングを披露しているアルの机の上に置き、礼を貰いながら自分の席にも置き座る。
随分と上手くなったなアル社長のタイピングも。
私が来たばかりの頃はそれはもう見事な人差し指二本でまるで年寄りかの様な辿々しいものだったのだが、契約書をその場で作る場合も考え私とカヨコ課長で数週間ほどかなりガチガチに時間をとった事で今では、以前のぎこちなさを見せる事はほとんどなくなったがあの時の白目剥きながらも必死に取り組む彼女を見れないと思うと、少し残念な気持ちになる。
そんなこんなで互いにパソコンを叩く事、数時間。
月は天高く登り、仕事を終えた他のメンバーが上で眠りにつく頃漸く私達の仕事は一通りの終わりを迎える。
「んっーあー……疲れたわねぇ」
「戦闘特化組織の弊害だな。レイヴン達にこの書類仕事は荷が重い」
「そうねぇ……」
身体を伸ばせば二人揃ってバキバキっと良い音が鳴るくらいには凝りが酷い。
ふむ、ここは少しばかり奉仕の時間といこう。
「社長」
「んぅ?」
椅子をアル社長の方へ向け、本来はムツキ室長の席を引っ張りながら手招きをすると一瞬、ポカンっとした顔をしていたアル社長だったがすぐに意図を理解しパァッと花が咲く様な笑顔を浮かべると此方にやってきて背中を向けて座る。
彼女のワインレッドの髪を前に流し、ワイシャツを少しだけはだけさせ傷一つない真っ白で艶のある頸と肩を露わにしそこへ優しく手を合わせてから凝った身体を解すためのマッサージを始めた。
「んっ」
「これはまた凝っているな……力加減は大丈夫かね?」
「えぇ……とても気持ちが良いわ。上手ねセラ」
声の感じからして程よくリラックスしている様だな。
であれば、この力加減のままでも問題ないだろう。
「よくムツキ室長が膝の上に飛び乗ってくるからそのついでにな」
「ふふっ、なるほどね。でも確かこの前、ハルカにもやっていなかった?」
「見ていたのか。彼女は我々の切込隊長、その分負担も大きいだろうと思ってな。本当は休んで欲しいのだが、あの性格を完全に言いくるめるのは私には不可能だったのでね。折衷案として時折、彼女をマッサージしてそのまま眠って貰っている」
まぁそれはそれで起きた時に盛大に謝罪をされるのだが我々は仲間なのだから気にしなくて良いと言うと、小さくはにかみながら引き下がってくれるだけ可愛らしいというものだ。
「あの子がリラックス出来る場所が増えたのねぇ」
「ククッ、まるでお母さんみたいな事を言うのだなアル社長」
「……なら貴方はお父さんかしら?」
「ん?」
クルリと振り返ったアル社長の此方を揶揄う様な、それでいて何か熱がある瞳と目が合い思わず言葉に詰まっていると彼女はそのまま私の背中に手を回し、軽く本当に軽く抱きしめてきた。
「……私ね、貴方がエデン条約で傷ついた時に生まれて初めて誰かを許せないと思ったの。貴方をあんな目に遭わした人は全員、痛い目をううん殺してしまっても構わないって思うぐらいには」
「……」
そうか……私が君の気配を感じて意識を手放していた時の君はそんなに怒ってくれていたのか。
「そうしたら自分でも驚くほどに力が出てサオリを一方的に倒した後、ヘイローが消えてる彼女を、私は……私は殺そうとした」
「アル……」
私を抱きしめる手が震えているのが分かった。
彼女にとってこれは自らの罪の告白であり、嫌われるかもしれない、いや失望されるかもしれないという恐怖心と戦っているというのが分かり、そっと私も彼女を抱き締めるとピクリと彼女は動き、私の胸に頭を擦り付けてくる。
「……本当に貴方は優しいわね。あの時も都合の良い幻覚かもしれないけどね、セラ……ううん、今は敢えてバイステンダーと呼ぶわ。貴方が私のコートを掴んで止めてくれたの。きっと踏み越えてはいけない一線を踏み込まずにいられたのは、貴方のお陰よバイステンダー」
「私は何もしていないさ。むしろ、あの時私は不確定な希望を持たせてしまう事を恐れ、君達に何も言わなかった。そのせいで余計な心労をかけてしまった事を詫びなければならない側だ……アル、君は自らの責任を手放さない強い子だ。君が見た幻影もきっと」
「いいえ違うわバイステンダー。貴方は悪人だし時折、説明も足りないけどちゃんと私達の事を気遣ってくれているのは誰よりも理解しているつもりよ。だからこそ、私は貴方に助けられたの。これだけは否定させないわ」
ギュッと抱きしめる力が強くなるのと同時に、アルが上目遣いで私を見つめる。
……意思が強い彼女の事だからこれ以上、私が何かを言ったとしても自分の意見を曲げる事はないだろう──全く、敵わないな。
「そうか。君の助けになれたのなら良かったよアル」
「……ねぇ、バイステンダー。貴方は後悔している?私達と、私と出会った事を」
何を馬鹿な事を。
私がここまで物語を愛する事が出来る様になったキッカケは君だと言うのに……アル、君と出会って居なければ私はゲマトリアとしてキヴォトスに厄災を招いていた事だろう。
だが、これを素直に口に出したとしても今の彼女に届く気がしないなどうするべきか。
「……アル」
「なにってきゃあ!?え、え、突然抱き上げて何のつもり!?」
驚き騒ぐ彼女を無視し、この事務所で一番外の景色が見える場所まで連れて行き空を見上げ、目当てのものが綺麗に輝いているのを見つけて笑う。
「──月が綺麗だなアル」
「え?あぁ、そうね?」
「ククッ、アルと初めて会った日もこんな月だったな。君にとってどうだったかは分からないが、あの日、私は退屈な運命から脱する事が出来たんだ。賑やかでくだらなくて、それでも確かに笑える、そんな運命に」
月がよく見える様をアルを下ろしながら、今でも鮮明に思い出せる光景に笑みを溢す。
『私の名は陸八魔アル!金さえ貰えればなんでもするアウトロー、便利屋68の社長よ!』
『……ほぅ。アウトロー、実に良い響きじゃないか』
『貴方、話が分かるわね!』
仮宿になれば良い程度の認識が気がつけば、他の何よりも大切で捨て去ることの出来ない居場所になっているのだから不思議なことだな。
「私はこの綺麗な月を何度でも見続けたいと思っている。心の底からそう思える様になったのは君が私を照らし続けてくれていたからだ。ククッ、今更それに後悔など覚えていたらよほどの罰当たりだな私は」
「バイステンダー……貴方って偶に凄くキザよね」
「そうかね?ただ思った事を口にしてるだけだが」
「余計タチが悪いわよ。でもまぁ、ふふっ、良かったわ。その顔を見れば分かるわ。微塵も後悔なんてないって」
「当然だとも……だからねアル、私は君がどんな間違いを犯しそうになったからと言って、君に失望する事はないよ。君なら間違えないと信じているし、もしも君が間違えそうな時は他のメンバーと共に君を止めてみせるとも。だからもう自分を許してあげるんだ、アル」
アウトローを目指す割に彼女の心根は極めて善性で責任感が強い。
そんなアルが明確な悪を、間違いを犯しかけたとなればその心理的負担はかなりのもので、表向きに隠せていても、心の奥底では汚泥の様に積もり心を傷付けていたのだろう──涙を流す彼女を再び抱きしめ、背中を優しく摩る。
「……すまなかったなアル。もっと早く伝えてあげるべきだった」
「ぐすっ……ううん……良いの……私がずっと怖かっただけだから……」
「きっと私はまた似た様な事をするかもしれない。だが、安心してくれ。必ず君の元に帰ってくるから」
「……えぇ、信じてるわ」
そのまま泣き噦るアルを抱きしめ、背中を優しく撫でているうちに、疲労が溜まっていたのもあり限界を迎えた彼女の身体がガクッと重くなり、ヘイローの輝きが消え、スゥ……スゥ……という小さな寝息が聞こえ始める。
ほぼ立ったまま眠るとは器用だな……
「よっと……」
同じ様に抱き上げて彼女をソファの上に下ろそうと思ったが、ガッツリと私の服を掴んでおり離してくれる気配はない。
「……ふむ。まぁ仕方ないか」
気持ち良さそうに眠っている寝顔を見ていると起こすのも悪いだろうと思い、彼女を抱きしめたまま私もソファに横になり目を瞑る。
このまま、朝を迎えてムツキ室長達が二階から下りてくればイジられる事が確定している様なものだが……まぁ、甘んじて受け入れるとしようか。アル、君が眠ったまま手を離さないのが悪いのだからな。
「……これは予想外だな」
「あ、起きた?ちゃんとベッドで眠らないとダメだよ二人とも」
朝、目を覚ますと何故か私はカヨコ課長に膝枕をされており、依然眠ったままのアルの背中に頭を乗せて腰掛ける様に座っているムツキ室長とハルカさんという光景が発生していた。
この後、アルが起きるまでの間私は身動き一つ取れずにただ只管にカヨコ課長に頭を撫で続けられる事となった……ふむ、まぁこんな日も悪くはあるまい。
なお、この光景はケイによって写真が撮られており『先生』へと送られる事になるとはまだ知らなかった。
距離感バグのパッチ修正はありません。
感想やここ好き待ってるぜ