「首輪を嵌めて、先生」   作:天海望月

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砂狼シロコの場合

「ん。先生、これ」

 

 昼下がりのシャーレ、そのオフィスにて。

 食事を済ませ、午後の業務に取り掛かろうとした時に彼女は現れた。

 砂狼シロコ。アビドス廃校対策委員会所属の二年生。少し感情に乏しい面もあり、問題を起こすこともあれど、友達思いの良い生徒だ。

 唐突に訪問してきたシロコ──珍しいことでは無い──は、何やら紙袋を手渡してきた。

 

「……え?」

 

 促されるまま中を確認する。そこには、思わず腑抜けた声を出してしまうような、予想外の物が入っていた。

 ベルトのような赤い輪っかに、そこから伸びた長い紐。紛れもなく、それはペットに着けるような"首輪"だった。

 

「……シロコ、これは何?」

「ん、首輪」

「それは分かるんだけど……」

 

 なぜ持ってきたのか。何がしたいのか。脳裏に次々に浮かぶ疑問。だがその中には、決して考えてはならないことが混じっていた。

 何を「してほしい」のか。

 ──湧き上がる邪な考えを振り払おうと、私は必死に首輪から目を逸らす。大人として、先生として()()()()はあってはならない。

 

「先生。……えっと──その」

 

 そうして逡巡していると、彼女のほうから話し始めた。視線が揺らいでいたり動きがぎこちなかったりと、何やら不穏な空気だ。

 短い間押し黙った後に、シロコは続きを紡ぐ。

 

「その首輪を、私の首に嵌めて欲しい」

「──っ」

 

 聞いてしまった。言わせてしまった。生徒の口から、そのような言葉を。

 

「本で見た。大人が、女の子に首輪を着ける絵を。『お前がどこにもいかないように』着けるんだって。だから首輪はきっと、大切さの表れ」

「そ、そうなんだね。ところで、その本は今持ってる?」

「ん、これ」

 

 彼女の肩掛けバッグから出てきた件の本を、奪うように受け取る。表紙を眺めると、案の定青少年には刺激の強そうな絵が描かれていた。

 そそくさと私はそれを紙袋に収める。

 

「とりあえず、これは私が預かっておくね。それじゃ、私は仕事があるから──」

「待って!」

 

 逃げるように踵を返した私の腕を、シロコが掴む。

 ──振り向けない。彼女の顔を見てはならない。

 

「先生は私のこと、大切?」

 

 頷く。

 

「先生は、私がどこかに行ってもいいの?」

「……良くないよ。シロコは、私の大切な生徒だから」

「なら──」

 

 静まり返ったオフィスに響く、布の擦れる音。

 まさか──!想像してしまった、彼女のあられもない姿。それを止めるべく、私が振り返ると、

 

「なら確かめて、先生。そのカタチ(首輪)で、私のことが大切だって、証明して」

 

 上目遣いの瞳に、紅潮した頬。そして、緩んだマフラーの間から覗く華奢な首。

 普段からは考えられない姿に、──私の理性が、ぷつんと切れる音がした。

 すとん、と落ちる紙袋。私の手には、赤い首輪。

 

「あっ」

「……苦しかったら言ってね」

 

 彼女の首に、それを嵌めてゆく。

 徐々に、首と輪を隔てる空間がなくなってゆく。

 痛いほど心臓が脈打つ。身体中を駆け巡る血液が鼓膜を揺らして、周りの音が聞こえない。

 

「苦しくない?」

「……もう少し、きつくして」

 

 年下の女の子に首輪を嵌める背徳感。許されることじゃない、けれどこれは彼女が望んだこと。そう言い訳しながら、シロコの首輪を締めていく。

 改めて首を見ると、それはあまりにも細かった。両手でぐっと力を込めれば、いとも簡単に折れてしまいそうなほどに。

 そんな彼女の命を握っていると思うと、言いしれぬ征服感が湧き上がってくる。

 

「んっ……んぅ……」

「あ──」

 

 だがそんな考えも、悩ましげな声をあげながら息を荒くするシロコに気がついた瞬間、一気に霧散した。

 血の気が引く感覚を覚えながら、私は後ずさる。

 

「やっぱり、ダメだよシロコ──っ。こんなことしちゃダメだよ」

「どうして?銀行強盗みたいに誰も傷つけてない。誰にも迷惑はかけてないよ」

「そっ、そうだけど!こんなの他の人に見られたら──」

 

 そんな私の言葉を遮るように、シロコは自らの首元に手を当てる。

 リードを、掬い上げるように。ゆっくりと紐を伸ばしていくと、最後に持ち手を私に差し出す。

 

「引っ張っていいよ。私が先生のものだって、みんなが分かるように抱き寄せて」

 

 それは悪魔のささやきだ。これに身を委ねてしまったが最後、二度と戻れないような気がする。

 ダメだ、ダメだダメだダメだ──。正気を保て私。そのリードを掴んじゃダメだ。

 腕が勝手に動く。それを掴もうと手が伸びる。何をしているんだ、目の前にいるのは生徒で、私は先生なんだ。

 理性と本能がぶつかり合う。ぶつかり合って、

 

「ん──」

 

 ほんの一時、本能が勝った。

 

 

 

 すさまじい勢いでモモトークの通知が増えていく。送り主は全て、シロコを除く対策委員会の四人だった。

 

「お、終わる……。なんで黙っててくれなかったのシロコ……」

 

 あの後すぐに我に返った私は、彼女に嵌めた首輪を外して謝罪した。そして、「これは二人だけの秘密にしよう」と約束──ではなく命乞いをして了解を得たはずなのだが、なぜか口に出してしまったようだ。

 

「これでもしも連邦生徒会にでも伝わったら絶対クビになる……!」

 

 思わず頭を抱える。今の私はきっと真っ青な顔をしているだろう。

 最低だ、私は。後悔してもしきれない。ダメだと言いながら、結局は生徒に手を出してしまったのだから。

 とりあえず、アビドスの皆に謝るところから始めたほうがいいかな……。深い自責の念に苛まれつつも、今後のことについて少しずつ考え始めるのだった。

 

 

 

 大量の通知に埋め尽くされたモモトークの中に一つ、違う誰かからのメッセージが紛れていた。

 

『楽しかったよ、先生』




弊シャーレの絆ランク順に書こうと思ってますがたまに書きたい生徒でやる気もします
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