辺りもすっかり暗くなった頃。
風紀委員の仕事に追われ、出張から帰ってきた私はそのまま委員会室へと直行していた。
正直面倒くさい。早く帰りたい。
そんなことは思いつつも、仕事は勝手に無くなってはくれないのでやるしかない。
廊下を歩きつつ、積み上がった書類の山を思い出してはため息をついていた。
「──こんな格好……っ!」
「……?」
そうしていると、どこからか声が聞こえてくる。気が付けば誘われるようにその方向へ近づいていた。
随分と聞き覚えのある声だ。これは……行政官の天雨アコのものに違いない。
「この屈辱、絶対に忘れませんからね……!」
アコが仕事をしている部屋。いったい何をしているのだろうと、こっそりと中を見ることにした。
そして、すぐに心底後悔する。
「え、ぁ……?」
瞳に映ったのは、首輪を着けたアコと先生。ただそれだけの光景なのに、酷く衝撃的で。
どうしてそれをしているのかは分からない。だが、何をしているのかは分かってしまった。
誰にも言えないような、秘密の遊び。先生と生徒の、禁断の馴れ合い。気がつけば脈は異常なほど早くなり、彼らに目が釘付けになっていた。
──いけないことだ。覗きをする私も、生徒をペットのように扱う先生も、悪いことをしている。
そうだと理解しているのに、私はとある感情に埋め尽くされ動けなくなっていた。
「お散歩……!?そんな、話が違──」
先生がアコと遊んでいることに対する嫉妬?それとも、仕事をしないことに対する怒り?いや違う、どれにも当てはまらない。
そうだ。この感情に名前を付けるのなら。
……私はどうしようもなく“興奮”していたのだ。
「っ……。は、ぁ……っ」
勝手に荒くなる息を、聞こえないよう必死に抑える。手は口に、目線は彼女らに。
もしも私がアコの立場だったら、どんな気持ちになるのだろう。
痛いのか、苦しいのか。それとも、ただ恥ずかしいのか。意外と気持ちいいのかもしれない。
私も、されてみたい──。ぞくぞくっ、そんな感覚が背に走った。
乱暴にされてみたい。普段からは考えられないような態度で、ぐっとリードを引っ張られてみたい。考えれば考えるほど、胸がありもしない期待ではち切れそうになる。
永遠にも感じられる、心が切ない時間。それは、突然終わりを告げた。
「っ!こっちに来る──!?」
またやってしまった。
私は先生なのに。生徒の模範となるべき大人なのに。
そんな自己嫌悪感に苛まれながら、私は部屋の扉を開く。
生徒に首輪を着けた瞬間。私は僅かに興奮を覚えてしまって、「お散歩」などと悪戯に言葉を発してしまった。そんな自分が恐ろしくてたまらないのだ。いつか暴走して、誰かの心に傷を残してしまいそうで。
不可抗力だ、と一人で言い訳する自分が気持ち悪い。調子に乗ってここまでしたのは、私なのに。
もしまた誰かと同じようなことがあったなら、お互いの名誉のために次こそ断らなければならない。これ以上、被害者を出さないように。
そうして私は肩を落としながら帰ろうとすると、突如大きな物音がした。
「っ」
きっと私の顔は青ざめているだろう。誰かいるのか、もしかして、あれを見られていたのか。
心臓が跳ねる。口止めという名の命乞いすら出来ないなら、私は今度こそ社会的に終わってしまう──。
どうしたらいいか、大量の思考が巡る。考えれば考えるほど悪い方向に思考が持っていかれるが、ひとまず音の正体を調べるべきだろう。それが人なのか否かをはっきりさせなければ。
恐る恐る音のした方向へと進む。思い違いかもしれないという、願望にも近いそれを確かめるのだ。
そうしてたどり着いたのはロッカールーム。照明はついていない。
意を決して、私はスイッチに手を伸ばした。
「これは……」
大人が一人余裕で入れそうな大型のロッカーが並ぶ部屋。そこにぽつんと、何かが倒れていた。
なめらかな木を基調とした、細長い物体。つまり、ライフル。
さっきの音は、これが倒れて鳴ったのだろう。
「忘れ物かな?」
キヴォトスの生徒が銃を忘れるなんて、珍しいこともあるものだ。意外に思うその裏で、本音ではほっと安心する私がいた。
勘違いでよかった。きっと疲れているから、こうして疑心暗鬼でいたのだろう。
今日は帰って、さっさと寝よう。床に倒れたライフルを適当なロッカーに立て掛けて、私はここを後にした。
遠ざかる足音。それはやがて、完全に聞こえなくなった。
私は目の前の扉をそっと押す。すると、何かが倒れる音がした。
肝が冷える。先生がそこに銃を置いたと分かっているのに、予想以上に大きな音が出て驚いた。──誰もこれを聞いていないといいのだが。ロッカーの中に隠れていたなんて、恥ずかしくて言えるはずもない。
逃げるように私は部屋を出る。銃は戻した、照明はもう消されていた。これでロッカーでまた何かあっても、私が疑われることはないと信じたい。
……それでも、心のどこかで密かに期待していた。先生がロッカーを開けて、私にアコと同じようなことをするのを。
先生の身体に塞がれて逃げられない状況。そして首輪を着けるのを迫られるのだ。
「ロッカーで隠れていたのを秘密にする代わりに、私のペットになって」
と。
「……はぁ。流石に、疲れすぎ」
急に妄想の世界から帰ってきて、頭を抱えた。
仕事に追われてここ何日かちゃんと眠れていないのだ。そのせいで、正気ではないのだろう。
……仕事の前に、軽く仮眠を取った方が良さそうだ。私はどこか適当な部屋で休むことにした。
現在就活が山場なので次回も遅れると思います。
気長に待っていてください。