「首輪を嵌めて、先生」   作:天海望月

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就活が終わらねえので遅れました


棗イロハの場合

 万魔殿での用事を終えた、午後二時。缶コーヒーをぐいっと呷って一息ついた頃。

 とりあえずシャーレへと帰ろうかと思った時に、私の視界にとある施設が飛び込んできた。

 戦車が格納される巨大な車庫。そしてその中には多少なりとも親しんだ空間がある。

 

「ちょっとだけ、寄ってみようかな……」

 

 万魔殿某所に存在する、秘密の休憩スペース。サボるためだけに整えられた、怠惰の空間。その部屋の主にしばらく会っていないことを思い出す。

 棗イロハ。万魔殿の戦車長にして、先生である私を籠絡しに来た刺客。これだけ聞くとなんだか強そうな印象だが、実際は面倒くさがりでサボるのが趣味ともいえる中間管理職。連邦生徒会と生徒たちとの板挟みになっている私にとっては、何となく親近感を覚えてしまう生徒だった。

 そんなイロハは、しばしばアポイントメントを取ってはシャーレに訪れ、私の引き抜き──を名目として怠けに来ていた。万魔殿の仕事として時間を確保すれば、合法的にサボれる、という算段だろう。正直どうかと思うのだが、中間管理職という役がどれだけ面倒なのかを知らない私ではないので許してしまっている。稀に私の仕事も手伝ってくれる、というのも訳の一つだろうか。

 しかし、最近は全くもって連絡がない。まあ、彼女もすべき仕事があるのは確かなので仕方がないのだろうが、……せっかく万魔殿にやってきた訳だし、少しくらい顔を見れたらなんて、そう思ったのだ。

 すれ違った生徒達とあいさつを交わしながら、目的の場所を目指す。やがて人気のない車庫の隅、その一つの扉の前にたどり着いた。

 

「入るね」

 

 ノックの後にドアノブに手をかけ、開けようとする。が、鍵がかかっていた。──中には誰もいないのだろうか。

 一応、貰った合鍵で中を確かめることにした。ガチャっと小気味いい音と感触を確かめて、私は扉を押す。

 案の定、部屋に人の姿はなかった。

 

「やっぱり、忙しいのかな」

 

 丁寧に整えられた家具の数々。かき集められた娯楽の氾濫。ここは以前どおり、自信満々のイロハに通されたあの部屋のままであった。

 立ち尽くしたまま、私は辺りを眺める。まるで部屋はさっきまで誰かいたかのように生活感に溢れている。もしかしてすれ違ったのだろうか、そう思うと少し残念だ。

 ──ふと、鼻腔をとある香りが突いた。

 

「これ……」

 

 花のような、ほのかに甘い匂い。私の間違いでなければ、これはイロハのものだ。

 まるで彼女がそこにいるかのような残り香。それに連動するように、脳裏に悪戯な笑顔が浮かぶ。……ダメだ。こうやって意識するほど、余計に会いたくなってしまう。

 仕方ない、帰ろう。今度機会があれば、ちゃんとアポを取って来よう。私は踵を返す。

 そうして私は、イロハと映画のような運命的邂逅を果たすでもなく、何事もなくシャーレへと戻ったのであった。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 刺激のない、平坦な毎日。

 変わらない仕事をこなして、当番にやってくる生徒と話して、たまにどこか学校へと出向く。

 ……別になんの不満もない。忙しすぎず、暇すぎない。特に大きなトラブルもないのだから、故に平和を享受できている。

 だが人というものは、安寧の中で停滞すると欲が出るものなのだ。私の抱く感情の場合は、欲よりも心配の方が適しているのだろうが。

 

「元気にしてるかな」

 

 前回ゲヘナ学園へ行って、万魔殿を訪れてから。それからずっと、イロハに会えていないのだ。

 定期的に何かと理由をつけてはシャーレに来ていた彼女。そんな彼女が、もう三週間は姿を現さないのだ。

 流石に心配になって連絡をしてみれば、ちゃんと返事は返ってくるので無事ではあるのだろう。それに会いに行こうにも、

 

『しばらくは結構です』

 

 とも言われてしまったので尻込みしてしまう。流石にそこまで空気を読めない私でもない。

 しかし、あのイロハが定期的なサボりをしなくなる程の状況とは、一体何なのだろう。実は凄まじい事件でも起こっているのでは、なんて思えば、余計心配になってしまった。

 ──こうしてイロハのことを考え続けているのも、あの部屋を訪れてからである。変に彼女のことがフラッシュバックしてから、その光景が頭の中から離れてくれないのだ。

 現に彼女は私の一番の悩みの種──杞憂と言ってしまえばそれで終わりだが──となってしまっているのだった。

 

「おや、先生」

 

 その声を聞くまでは。

 

「イロハ!?」

「どうしましたか。何かやましいことでも?」

「いっ、いや……。そっ、それよりも、今まで何を……」

 

 いつ現れたのだろう。気がつけば、彼女は入口に立っていた。まさかの状況に声を上ずらせてしまう。

 イロハはそんな私を見て微笑むと、扉をくぐり抜け部屋へと入って、──こちらを見上げる。

 

「少し忙しかっただけです。しばらく会っていないせいで、恋しくなったんですか?」

「なっ、違──くはない、のかな。しばらく会う機会もなかったから、心配で。顔を見れて安心したよ」

「……そうですか」

 

 イロハは何事もなく元気そうだった。いつものシャーレに来る雰囲気そのまま、ちょっと気怠げで、それでいて達観しているような。私の知る等身大の彼女がそこにはいた。

 素っ気なく返事をした彼女は、奥へと進んでソファに体重を預ける。

 クッションの中へと沈み込む彼女は、よく見ればほんの少しだけ顔色が悪いようにも見えた。

 

「ひとまず、久しぶりに会ったことですし。少し休憩でもどうですか、先生。お互い話しておきたいこともあるでしょうし」

 

 ──要するに、サボってしまおうということです。

 大人びたとも言えるその態度から、したり顔を覗かせながら彼女は私を誘う。

 抱えてる仕事も急ぎでは無いし、彼女の言う通り聞きたいことも沢山あるので断る理由もない。快く、私は彼女の言葉に乗ることにした。

 

「珍しいね、連絡も無しに来るなんて」

「あ。忘れてました。思っている以上に参ってるみたいです」

 

 ポットから注いだコーヒーを手渡すと、イロハはほんの少し啜る。少しの間を置いてため息を吐けば、ぽつりぽつりと呟いた。

 

「外交問題はしょっちゅうですし、態度だけはやたら尊大ですし。次々事件の種をまいて、挙句の果てにはまたイブキのプリンを食べ。……どうなってるんでしょう、私たちの議長は」

「それは……。ご愁傷さま……」

「どうして私まで尻拭いしなきゃいけないんですか。私はただの戦車長ですよ。中間管理職です。もっとこう、有能な側近とか秘書とかいないんですかあの人」

 

 それはもう、清々しい程の愚痴だった。所々に恨み辛みを感じる言葉の数々。まあ恐らくは、ずっとその対処に追われていたという所だろうか。

 だがそれを私に打ち明けてくれたのなら、手伝うことも出来ただろうに。イロハの普段の様子を鑑みるに、少しは頼ってきてもおかしくは無かったはずだが──。

 

「それに、先生も随分お楽しみでしたね。私が仕事をしてる間、風紀委員長との遊戯はいかがでしたか?」

「えっ、え?何でそれを」

「個人的に知っただけです。別にこれを使って脅したりなんてしませんよ、面倒なので。……全く、これ程彼女を羨ましいと思ったのは初めてですよ。せっかく私は我慢してるのに

「さ、最後なんて──」

「独り言ですので気にしないでください」

 

 小さくボソボソと言ったのは聞き取れなかったが、それでも私は冷や汗をかいていることだろう。何故イロハがその件を知っているのかと。

 何もしないとは言ったが、それでも弱みを握られたことに変わりはない。私の心拍数は急上昇する。

 

「何をそんなに身構えているんです。脅さないって言いましたよね?」

「い、いや……。というか、これをネタに私を引き抜けばイロハの任務は完了するんじゃ……」

「そんなことをしたらサボる口実が減るじゃないですか」

「そっか……」

 

 彼女らしい理由に、少しほっとする。何だかんだ、その信念に救われたようなものだ。

 そんなイロハは、ふと思い立ったように立ち上がると、おもむろに私の鞄を漁り出した。

 

「なっ、なにしてるの!?」

 

 大いに焦って、私はそれを止めようとした。まずい、だってその鞄の中には……!

 

「やはり、ありましたね」

「あ゙っ」

 

 垂れ下がる長い紐。真っ赤な革製の輪。言わずとも、それは捨てようと思ってそのままの、これまで幾人もの生徒に嵌った首輪だった。

 勝手に荷物を漁らないで!とか、とにかく怒るべきなのだろうが、取り出したものがものなので、とっさに声が出なかった。

 そんな私の様子を見て、イロハはにやりと笑った。

 

「気が変わりました。今から先生を脅します」

「……っ」

「──ずるいんですよ、先生は。あなたに会えば、きっとサボりたくなります。だからあえて避けてたのに、先生はその間、大切な生徒といけない遊びをしている」

 

 イロハは、自らに首輪を嵌めていく。顎を上げて、まるでネクタイでもするかのように淡々と。

 

「私にも、真面目に働かなければならない時があります。先生のことを考えないように、必死になって頑張っていたのに」

 

 ダメだ。止めなきゃ。自分で首輪をするなんて倒錯的なこと、間違ってる。

 そうして彼女に手を伸ばすと、力強くその腕を掴まれた。

 

「……今日、耐えきれなくなって、例の部屋に行きました」

 

 袖に顔を近づけて、すんすんと彼女は鼻を鳴らす。首から垂れた紐は、呼応するように揺れていた。

 

「ああ、──この匂いです。先生」

 

 掴んだ腕を、彼女はそのまま首元へと持っていく。そして私の手は、未だ緩んだままの首輪へと触れる。

 

「私がサボったのは先生のせいです。私の理性を溶かしたのも、脳を焦がしたのも先生なんです。だから、──責任を取って頂きますよ、先生?」

 

 その時、私の鼻腔を再びあの香りが襲った。

 甘い、甘い匂い。それは残り香でも何でもなく、"本物"。

 それに気がついた時、私はイロハの言わんとすること、考えていることを理解し、そして、

 

「ごめんね、イロハ」

「──はい?」

 

 それでも、私は「先生」なのだ。

 

「私は、決めたんだ。次こんなことになったら、お互いの名誉のために断ろうって」

「──なにを、いって」

「放っておいてごめん。気がつけなくてごめんね。イロハはきっと、一人で必死に頑張ってたんだよね。……でも、こんなことしちゃいけないよ。一時の迷いで、首輪なんて使った遊びなんか、きっと後悔する。だから、他のことをしよう?抱きしめて、頭を撫でて、一緒に美味しいものを食べに行こう?」

 

 彼女の首輪に手を伸ばし、締めるのではなく緩めていく。イロハが自らに課した束縛から、解き放つように。

 

「…………なんで。なんでですか、先生」

「間違ってる。こんな遊びは、間違ってるからだよ」

「そういうことを聞いてるんじゃないんですっ!」

 

 ぴしゃり、言い放つ。普段の彼女からは、決して想像できない姿。思わず手が止まる。

 

「間違いでもいい、理にかなっていなくてもいいんです!私はただ、風紀委員長のように、行政官のように、アビドスの暁のホルスのようにっ、ただ同じようにしてもらいたかっただけで……!何なんですか、私は彼女達と違うんですか?特別なんですか?そんな特別扱いなんて興味はありません。先生だというのなら、平等に接するべきです。──それでも間違っていると言うのなら、貴方が"先生"だというのなら、サボっていることこそを咎めてください!でも、……でもあなたはそうしませんでしたっ!」

 

 深い呼吸をしながら、彼女は肩を揺らす。この瞬間そこにいたのは、上下の問題に悩む中間管理職でもなく、籠絡に来た刺客でもなく、ただ一人の生徒、年齢相応の少女であった。

 少しの間の後、彼女は普段の冷静さを取り戻すと、ただ一息吐いた。

 

「……怒るのは、疲れるので嫌いです。取り乱しました、私はこれで失礼します」

 

 ご迷惑をお掛けしました。そう言い残し、イロハは出口へと歩いてゆく。私の手元には、外れた首輪だけが残る。

 ──これでよかったのか?

 確かに首輪を人に付けるなんて、いけないことだ。間違っている。だが、こんな終わり方ではきっと、彼女の心に深い傷を残してしまう。

 そうだ。大人だって、時に間違うこともある。それに、辛い時はサボって休むように、間違いが正解の時さえある。

 私は、先生だ。生徒を導くべき大人だ。だが今するべきは、導くことよりも、

 

「なっ──」

 

 寄り添うことだ。

 

「ごめんね……っ」

 

 私に背を向けていた彼女を、そっと抱きしめる。

 

「なんの、つもりですか。私がして欲しかったのは、こんなことじゃありません」

「そう、だよね。だから、ごめん。間違ってたのは、私だった」

 

 彼女は背を向けたまま、顔を見せない。だから、私は言葉を紡ぐしかない。

 

「あなたのおかげで学べたよ。世の中は、正しいことだけが全てじゃないって」

「……」

「私は先生だよ。だけどそれは、生徒を守る立場である、というだけ。そしてあなた達の未来のためなら、時には間違ったことさえしなきゃいけないこともある」

 

 イロハの表情は分からない。……それでも。

 

「だから、イロハが傷つくくらいなら、いけないことをしよう。責任なら私が、大人が取るから」

 

 俯き気味だった彼女の顔が、ようやく上がる。振り向いた彼女の瞳には、薄く涙が浮かんでいるように見えた。

 

「あははっ、あっはははは……っ!おかしな人ですね、先生は。……ヴァルキューレにでも知られたら、捕まってしまうかもしれませんよ?」

「うん。それも覚悟の上だよ。イロハのためなら、私は檻の中に入ってもいい」

「──……、……っ!本当に、先生という人は、ずるいです

 

 一度は外した首輪を、私は再び彼女の首に掛ける。

 彼女が嫌がる様子は無い。上目遣いで私を見上げながら、ただじっとしている。

 首輪を締める度に、それはイロハの身体にぴったりと合わさっていく。彼女を飾り立てるアクセサリーのように、同調していく。

 やがてそれは、完全に彼女の一部と成った。

 

「つけたよ」

「……そこに座ってください、先生」

 

 彼女がソファを指さす。私は頷いて、言われるままに腰掛けた。

 すると、イロハはそっと私の膝上に座ってくる。

 

「存外、悪くないですね」

 

 全体重を預け、私の胸に頭を乗せる。途端に漂う甘い香りが、脳を痺れさせた。

 

「手綱はちゃんと持っておかないとダメですよ」

「ごっ、ごめん」

 

 言われるまま、私は右手にリードを掴む。

 それを見たイロハは、満足そうにしながら口を開いた。

 

「では先生。一つお願いがあります」

「なにかな」

 

 耳打ちをされる。小さく囁く声に、耳がこそばゆくなる。

 彼女の言葉に私は頷くと、早速それを実行に移した。

 

「うあっ……、ぁ……」 

「これでいいかな」

「構いません。──ので、しばらくこのまま……」

 

 リードを持ったまま、両腕で包み込むように。

 彼女の小さな身体を、満足するまでの小一時間。私は抱きしめ続けるのだった。

 

 

 

 万魔殿、某所。

 彼女はいつも以上に張り切って仕事に勤しんでいた。

 いつもの気怠げな雰囲気はどこへやら、後輩たちへ的確に指示を出しながら訓練に務める。その姿は、立派な戦車長として疑いようのないものだった。

 

「今日の訓練は終了とします!備品のチェックを忘れないように!」

「「「はいっ!」」」

 

 集まっていた生徒たちが解散していく。それを見届けると、イロハは足早にその場を去った。

 目指すは、秘密の例の部屋。車庫の片隅へと設けられた、とある扉の前にたどり着くと、鍵を取り出して差し込んだ。

 軽快な音を立てて開く部屋に上がり、そそくさと棚のある段を開く。がさごそと音を立て、やがて取りだしたのは首輪。

 慣れた手つきでそれを首に嵌めると、そのままリードを引っ張った。

 

「……違いますね」

 

 望む感覚とはかけ離れたそれに、イロハは肩を竦める。

 ああ、果たして真に籠絡されたのは。取り入るべき相手に、心を奪われたのは。

 ──一体、どちらなのだろうか。




………………………………すいません、人によっては解釈違いかも。
いや違うんですよ。イロハって知れば知るほどよく分からん女なんです。奥が深いというか、……ええいキム・ヨンハァ!早くイロハの絆ストーリーを追加しろ!専用装備寄越せ!!!!!!!!!!


次はいつになるか分かりません。が、気長に待ってもらえればうれしいです。
トリニティの誰かを書くつもりでいます。
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