「首輪を嵌めて、先生」   作:天海望月

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メインストーリー最終章のネタバレが含まれています。


───の場合

 忙しない毎日の中に降って湧いたような、貴重な休み。

 今日、私は久方ぶりの休みを堪能していた。

 

「~……」

 

 部屋に備え付けのポットからコーヒーを注ぎ、おもむろに一口含む。苦みと酸味が広がって、それがたまらない。昔はこんなもの飲めたものではなかったのだが、大人になるとどうしてだろう、味覚は変わってしまうのだ。

 ──休日。そうとは言いつつも、私は変わらずシャーレにいた。別に住む場所がないわけではない。昨日、帰る前に休憩室でうとうとしていたら、気が付いたら朝になっていただけである。

 職場で寝てしまうなんて、精神の方は元気でも身体の方はガタが来ているらしい。これといった予定もないため別にこんな時間まで寝ていても問題はないのだが、せっかくの休みを無駄にしたかもと考えると何だか空しい気分だった。

 

「帰ろうかな……」

 

 やることが何もないのは事実だが、だからといって非番時に仕事場に居座り続けるのも違う気がする。

 ここに留まっていても仕方がない。与えられた時間を最大限堪能するためにも、帰宅の準備を始めようとする。

 そうしようとして、何気なく私の手はとある物に伸びていた。

 

『おはようございます、先生!』

「おはようアロナ。もうそろそろお昼だけどね」

 

 シッテムの箱。連邦生徒会長が残したというオーパーツ。その画面を点けた瞬間、OSたるアロナが私を出迎えた。

 先生としての業務をサポートしてくれたり、謎の力で銃撃戦の流れ弾から守ってくれたり。

 ──私が宇宙(そら)から投げ出されたあの時、命を救ってくれたのも彼女なのだ。

 そんな高性能OSとはいえ、まるで彼女は本当に生きているかのようで。一人の少女としても、私は画面越しのアロナと接していた。

 

『今日はお休みですよね?どうしてシャーレにいるんですか?』

「あー……、昨日疲れてここで寝ちゃってね」

『遅くまでお仕事をしていたわけではないんですね』

「今回は違うよ」

 

 画面の中の彼女は心配そうな顔でこちらを見上げている。シッテムの箱の中とはいえ、何らかの方法で周りの状況は把握しているらしい。

 彼女の言う通り、夜中までシャーレで働くことも、また生徒のもとへと駆け付けたりすることもある。心配される要素は十分にあるために、心配されるということが少々忍びない。

 

『それでしたら……。先生、ちょっとお時間ありますか?』

「うん?まあ、特に予定もないけど」

『良ければ、クラフトチェンバーまで来ていただけませんか?試したいことがあるんです!』

「分かった、すぐ行くね」

 

 どうせ帰ってもすることがないのは変わらない。アロナの頼みを聞けばいい暇つぶしにもなりそうだ。

 私は素直に頷き、持っていたカップを置いた。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 様々な物品を作り出す神秘的な工房、クラフトチェンバー。

 部屋の中央では、件の装置が輝きを放ちながら動作していた。

 

『もう少しだけ待っていてください!』

「もちろん」

 

 クラフトチェンバーとは不思議なものだ。

 シッテムの箱ほどではないがオーパーツと言われるものを作り出したり、本や化粧品やゲーム機だったり、市販されるような雑多なものさえ生成することもある。

 仕組みなど分かるはずもない。便利だから使う、それだけである。

 そんなクラフトチェンバーは、現在何を作っているのかある程度知ることができる。なんとも都合のいい機能だが、つまりそれは現在アロナが何を作らんとしているのか知ることが可能、ということなのだ。

 ここでただずっと座って待っているのも退屈だった。私はこっそりと、完成予想を覗くことにする。

 

「……?」

 

 それは、言うなれば“白い箱”であった。

 白い箱から、何かを覆えるように半円状の板が飛び出ている。不思議な形ではあるが、私には見覚えがあった。

 

「VR……ヘッドセット?」

『あっ、ご存じでしたか、先生』

「まあ、ちょっとだけやったことがあってね」

 

 照れくさそうに画面のアロナは微笑む。

 頭からすっぽりと被る、まるでヘルメットのような装置。ミレニアムで一度体験した際にはリモコンが二つ付いていたが、それさえあれば瓜二つとも言えるだろう。

 

『一から外見を制作するのは面倒だったので、既存品を参考にしたんです』

「そうなんだ。……でも、リモコンとかはなくてもいいの?」

『はい!問題ありません!』

 

 画面の中のアロナが迫ってくる。その顔は、"ドヤッ"とでも文字が浮かび上がりそうなほど清々しいドヤ顔だ。

 

『使用すれば先生も分かるはずですよ!リモコンなんて必要ないんだなあ、って!』

「それは楽しみだよ」

 

 ここまで自信満々に推してくるのだ。図らずとも私の期待は膨れ上がっていた。

 そうして十数分。改めて持ってきたコーヒーを楽しみつつ、アロナと画面越しに触れ合っていた時、それは完成した。

 まさに完成予想図通りの装置は、しかし私でも唯一違和感を覚える箇所があった。

 

「あれ?レンズはないの?」

 

 そこにあるべきものが無いのだ。

 箱の中に映し出された映像を覗くための、二つのレンズ。身体の動作と同期して変化する映像に錯覚して、あたかも別世界にいるかのような体験ができるのがバーチャルリアリティだというのに、これでは巨大で重いだけの目隠しと何ら変わらないのではないか。

 

『いいえ、先生?使用すれば分かりますよ。さあ、被ってみてください!』

「そこまで言うのなら、やってみるね」

 

 促されるまま、私はヘッドセットを被る。……当たり前の話だが、何も見えない。

 

『それでは起動しますね!念の為、目をつぶっておいてください』

「うん」

 

 その声とともに、装置から不思議な音がした。

 頭の中で反響する、さざ波の心地良さ。身を委ねてしまいたくなるのも束の間、急に強烈な眠気が襲った。

 完全な暗闇なのも相まって、目を開けていられない。腰掛けていたソファに体重を預け、私はついに意識を手放そうとした。

 

「プラ──、先生!先生、大丈夫ですか!?」

「ぅ……ん……?」

 

 身体を揺さぶられる不快感。そして耳元で叫ぶ声に、私は徐々に覚醒していく。

 眠い。眠いのだが、霧が晴れていくかのように脳が活性化していく。

 やがて()()()()()()()()()()()に、私の眠気など最初から無かったかのように吹き飛んだ。

 

「アロナ……!?」

「そうです!スーパーアロナちゃんです!」

 

 目の前に、アロナがいるのだ。

 画面越しでもない、もちろんレンズ越しでもない。しっかりと私の肉眼そのものが彼女の姿を捉えていた。

 それだけではない。辺りを見渡せば、それはシッテムの箱に投影されている風景そのもの。まるで、私がシッテムの箱の中に入ってしまったかのように。

 

「アロナ、これは一体……──。え。えっ?なん、で」

「おっ、落ち着いてください!ちゃんと説明しますから!」

 

 異変は次々起こった。

 私の声が変だ。随分と幼いが、何だか聞き覚えがある。そう思った途端、流れ込んできた情報の数々を理解してしまった。

 ──私が私じゃない。

 自身の手のひら。服装。そして、水面に映るその顔。

 シッテムの箱、もう一つのOS。間違いなく、それは"プラナ"のものだった。

 恐らくは別世界線の私から託された、生徒のうちの一人。きっとアロナやプラナ、どちらかがいなければ私は宇宙(そら)の藻屑となっていたはずだ。

 

「ここ、は……。シッテムの箱で、いいのかな」

「はい。先生は今、画面越しではなく直接、シッテムの箱にいます!」

 

 青空の広がる教室は、水浸しな上に机が乱雑に積まれている。いつも見ている風景のはずなのに、視点が変わるだけでこんなにも真新しく感じるものか。

 そんな空のような彼女が見せる笑顔は、普段見慣れているのと全く同じもので。ただ一つ違うとすれば、やはり直接それを目にしていることだ。

 

「プラナはどうなってるの?」

「ええっと、では一旦なぜ先生がここにいられるかを説明させてください」

「分かった」

 

 今の私はプラナの身体になっている。もちろん、周りにもう一人プラナがいる訳でもない。

 ──彼女が消えてしまったのではないか。間違いなく杞憂だろうが、そんな考えが頭をよぎるのだ。

 結論を急ぐ気持ちを抑えて、今はアロナの答えを待つ。順を追って話してくれた方が分かりやすいだろう。

 

「先生に着けてもらったヘッドセット。あれは、脳を通して五感に直接信号を与える装置です。一度擬似的な睡眠状態になってもらって、そこに割り込む形で情報を送っています。簡単に例えるなら夢を見ている感じでしょうか」

「ああ、そんなアニメもあったよね。……私の脳、焼き切れたりしない?」

「信号自体は至って微弱ですから心配いりません!」

 

 軽々しく伝えられた技術だが、いざ体験してみるとそれがいかに高度なものか分かる。周囲を自由に歩き回れるし、感覚に違和感はない。目も見えれば耳も聞こえる。

 

「事後報告になってしまってすみません。でも直接先生と接してみたくて、それで今回みたいなアプローチを試してみたんです。──って先生!?」

 

 彼女の言う通りだ。

 画面越しに触れ合うことは出来ても、それは間接的なものでしかない。手を握ることも、頭を撫でることも、頬をつねることもできないのだ。

 シッテムの箱から、きっとアロナは色々なものを見てきたことだろう。私が生徒たちとコミュニケーションをとる間、彼女は憧れを抱いていたのかもしれない。自然と私は頭を撫でながら、ぼんやりとそう考えた。

 

「ふぇへへ……。あっ、それでですね。どうして先生がプラナちゃんになっているかと言うと、ここで活動するために必要な、いわゆるアバターなんです。この中では私とプラナちゃん以外の身体を用意することが難しくて、便宜上身体を貸してもらってるんです。あっ、もちろんプラナちゃんには許可をもらってますよ!」

「そっか、それならいいんだ」

「意識の方もスリープ状態になってるだけなので、先生にもプラナちゃんにも不都合は起こらないはずです」

 

 胸を撫で下ろす。この姿になった私を見て真っ先に思った、プラナが消えてしまったのではという不安。それは無事解消された。

 それならば、今は私にできることをしよう。こんな誰も体験したことの無い、貴重な経験を積ませてくれたお礼を。

 

「わっ、先生……!えへへ、くすぐったいです」

「いつもは直接してあげれなかったからね。どうかな」

「あったかい、です。……プラナちゃんの身体はひんやりしてますけど、でも何ででしょう。すごくぽかぽかします」

 

 本来の姿であれば見下ろす形だろう。だがプラナの姿だと、どうにもアロナが高く見える。腕を上げなければ撫でることも出来ないというのは不思議だ。

 彼女の表情はいつになく嬉しそうで、つられるように私も笑みが漏れる。こんな機会来ると思っていなかった。せめて心ゆくまでこの時間を楽しもう。

 

「それっ」

「ほぇっ?……へんへぇっ、なんでふかぁ?」

「ふふっ、ごめんね、触ってみたくて。ぷにぷにだね」

 

 アロナの頬をつまんでみる。少し驚いた様子だったが、特に嫌がる素振りもなくそのまま受け入れている。

 まるでグミのような弾力の頬はとても触り心地が良かった。つまんでいる間、舌っ足らずになっている彼女を見ていると微笑ましい。

 そうやってしばらく彼女を愛でていると、徐々にアロナがもじもじとし始めた。

 

「……どうかしたの?」

「あっ!その……。……お願いがありまして」

「言ってみて」

「でっ、でも。突拍子もないことですし」

「大丈夫。何を聞いても受け止めてみるから」

 

 困ったように彼女の目線が揺らぐ。他でもないアロナのお願いだ。いつも助けてもらっているお返しに、叶えてあげたい。

 

「先生を困らせてしまうかもしれませんけれど、えっと──」

 

 さんざん躊躇して、そして逡巡したであろう後に、アロナは口を開いた。

 

「私に、首輪をしてくれませんか?」

「え。……えっ?」

 

 くびわ?

 シッテムの箱に私を招いて、そうして生まれた数多の択から選ばれたお願いが、首輪をつけてほしい?

 予想外の言葉に、私の頭はしばらくフリーズした。

 

「一応理由はあるんです!シッテムの箱から、最近の先生の動向を確認していました。それで、よく生徒の皆さんに首輪をしてるのを見て、──羨ましくなってしまって」

「あー……」

 

 確信した。これは私が悪い。

 普段の仕事中、緊急の時か私が求めた場合以外アロナは発言しない。だからといって、私が何をしているかを観測できないわけではなかった。何故ならシッテムの箱はただのタブレットではなく、オーパーツだから。

 故に私が様々な生徒とよくないことをしている間、アロナはずっとそれを見ていたのだ。おかげで、少しずつ何かを燻ぶらせていったのだろう。

 ……どうしたものか。

 

「ダメ、ですよね。ごめんなさい先生、変なことお願いしてしまって」

「う、うーん……」

 

 ただ、いつも私を助けてくれるアロナの頼みを聞かないのは、かわいそうな気がする。実際命の恩人でもあるのだから、難しいお願いでも叶えてあげるべき……かもしれない。

 

「まあ、ちょっとだけなら……?」

「本当ですか!?」

「ほんの少しだけだからね」

 

 多少間違ったことであっても、ずっと助けてくれた彼女の望みなら。私は少しだけ悪い大人になってもいいかもしれない。

 それにここは、シッテムの箱の中(仮想世界)なのだから。……私たちを咎める者も、きっといないことだろう。

 

「では先生、これをお願いします」

 

 どこから現れたのだろう、まるで背中に隠していたかのように彼女は首輪を取り出す。リードも付いていない、純粋な革の輪っかだ。

 私はそれを受け取って、慣れた手つきでベルトを緩める。──正直こんな行為、これほど不純な理由で慣れたくはなかった。

 

「それじゃ、付けるよ」

「はい」

 

 私はそれを彼女の首元にあてがい、少しずつ締めていく。アロナは心地よさそうな、うっとりとした表情でじっとしていた。

 一体この行為の何が良いのだろうか。確かに私の方は、無意識に湧きあがる征服感という衝動に満たされるような時はある。だが嵌められる側のことを考えてみると、どうにも苦しくないか、痛くならないか気になってしまう。私なんかは、ワイシャツの第一ボタンでさえ苦しくなってしまうのに。

 

「す、すごいですよ先生……。なんというか、今までに味わったことのないような感覚です」

 

 ──まあ、目の前のアロナは嬉しそうだから良いか……。諦めにも似たような感情が私を無理矢理納得させた。

 

「あの、プラ……じゃなかった、先生。このまま頭を撫でてくれませんか」

「うん。わかった」

 

 首元の輪に目をつむれば微笑ましい風景。あくまでもOSとはいえ、こんな少女に首輪が付いているというのは凄まじく犯罪的だ。

 アロナは満足してくれただろうか。もうそろそろ外さないと、誰にも怒られないとは言え私の道徳が薄れてしまう気がしてならない。

 苦笑いになりつつも彼女の機嫌を伺おうとしたところ、突然強く抱きしめられた。

 

「アロナ?」

「……こんな機会、なかなか無いですから。ちょっとだけこうさせてください」

「──そう、だね。ちょっとだけ、だよ」

 

 小さな身体を、これまた小さな身体で包み込む。

 思えば、私とアロナはシャーレに来た時からずっと一緒だった。それなのに、彼女にしてあげられたのはディスプレイ越しに撫でるだけ。

 歯痒い思いをさせただろう。寂しい思いをさせただろう。むしろ、首輪だけでお願いが済んだのは謙虚と言えるかもしれない。

 全身を伝ってアロナの体温を感じる。非常に落ち着いた様子で、ただ密着してくる。

 私はお返しと言わんばかりに、アロナの後頭部をゆっくりと撫でた。

 

「ひゃあっ!?……んんっ、せんせぇ……。えへへ」

「せっかく来たのに、こんなことしかしてあげられなくてごめんね」

「いいんです。私と先生が直接触れ合えることが奇跡みたいなものなんですから!でも次までには先生のアバターを作っておきますから、その時にはまた来てくださいね!」

「うん。約束するね」

 

 そう言うと私は抱擁を解き、代わりに右手を差し出した。

 

「指切り、ですか?」

「約束の証だって、生徒から聞いて。だから、どうかな」

「……!──はい!もちろんです、先生!」

 

 二つ返事で破顔した彼女は、そのまま小指を絡める。穢れのない指が、たった少しの動作が、特別な意味を持つ瞬間だ。

 数秒間向かい合って微笑み、やがて手を離す。

 

「ぜったい、絶対ですよ?また会いに来てくださいね!」

「アロナこそ。また呼んでね」

「はい!……それでは、そろそろお帰ししますね。名残惜しいですけど、まずは首輪を外してください」

 

 頷いて、私はアロナの首に手を伸ばそうとする。

 次は私の姿で来れたなら。その時は、きっとアロナとプラナの二人を相手してあげられるだろう。それに私自身、直接プラナに宇宙(そら)でのお礼を言いたい気持ちもある。

 そう考えつつ、緩めに締めた首輪にて手を当てて金具を外そうとする。

 その時だった。

 

『先生。少し目を閉じていてください』

「……プラナ?」

 

 頭の中に声が響く。プラナは眠っているはずでは、と疑問に思いつつも、素直に私は目を瞑った。

 それと同時に、正面から混乱したような声が聞こえる。

 

「えっ、え?プラナちゃん?起きて……わっ、待ってくださ──あっ」

「……?」

 

 ほんの刹那、身体がふわっと浮くような感覚に襲われる。

 そして、アロナの声がぱったりと止んだ。

 

「もう目を開けて構いません」

 

 一体何が起きているのか。プラナの指示に従って、私は目蓋を開く。

 

「うん……?」

 

 先程とは打って変わって、周囲は暗く静かな空間に変貌していた。空には星々が瞬き、それでもこの教室は淡い光に照らされるように視界が保証されている。

 そして、目の前に立っていたのはアロナではなく、私が今まで間借りしていたプラナ、その人であった。

 つまり、……やはりと言うべきか、私の身体はアロナのものになっている。今の一瞬で入れ替わったのだろうか。

 

「作業完了。……驚かせてしまい申し訳ありません、先生。このような機会は大変貴重だと判断したため、現時点をもってメインOSをプラナへと強制移管しました」

 

 機械的に、淡々と。彼女はそう告げた。

 

「そっか。一応聞くけれど、アロナは大丈夫なんだよね?」

「肯定。移管作業時、強制的にスリープ状態に入っています。その際私のように、アロナ先輩が半覚醒状態の可能性は極めて低いと考えられます」

 

 半覚醒……?

 察するに、半分起きていたということだろうか。

 ……まさか。

 

「──えっと。もしかして今までの会話、聞いてた?」

「聞いていました」

「……見てた?」

「見ていました」

 

 つまり。彼女は私たちのスキンシップも、そして首輪云々のことも、全て知っているということで。

 いや、私としては良いのだ。プラナと触れ合えないと思っていた矢先、こんなチャンスが訪れたのだから。

 だが先程までしていた事が事なのだ。首輪なんてアロナに嵌めていたことも知られていたなんて、何と言うか──気まずい。

 

「先生。提案があります。まずはこちらをご覧下さい」

 

 そう言って取り出したのは鏡。そこには私の動作に合わせて動くアロナの姿が写っていた。まだ慣れないが、実際私がその身体に入っているのだから当然だ。

 しかしそんな事はどうでも良くなってしまうほど、異常な光景がそこにはあった。

 

「あっ……。あっ!?」

 

 首輪をしたままなのだ。慌てて自らの首に手を運べば、そこには革の感触。

 現状を認識した瞬間、のしかかるように無数の感情が私を襲う。束縛感、被虐感、焦りや動揺。心臓がけたたましく鳴り、視界がぐらぐら揺れる。

 ──私は今、首輪を嵌められている。

 

「先生は数分前、“この行為の何が良いのか”と思考しました。私ならば、その解を出すサポートが可能であると判断します」

「はぁっ、……はあっ、どういう、こと。とりあえず、一回これを外して──」

「許可できません」

 

 手探りで金具を触った瞬間、プラナが私の手を押さえつける。

 

「アプローチを変更。では先生、一つお願いを聞いてください」

「え……?う、うん、いいけど……──っ!?」

 

 そう答えたのを確認するや否や、どこから出したのやら赤いリードが私の首輪に取り付けられた。

 一気に心拍数が上がる。知っている。視点は違えど私はこのシチュエーションを確かに知っている。

 息も荒いままリードを見つめたあと、そしてプラナを見上げる。彼女の表情は普段通りの澄ました顔だ。

 

「先生」

 

 時間が遅く感じる。彼女の次の言葉を、あまりにも残酷であろうその言葉を。今か今かと私の無意識が待ち望んでいる。

 

「私のペットになって頂きます」

「──」

 

 頭が真っ白になる。言葉が出なかった。

 私がぽかんとして黙っているのを見たプラナは、そのまま無慈悲にリードを引っ張った。

 

「うあっ」

 

 バランスを崩し、そのまま彼女に抱き抱えられる。もう逃げられない、そう思うと更に呼吸が乱れる。

 左手を私の背中に回したまま、リードを持った手で頭を撫でられる。痺れるような感覚で脳がとろけそうだ。私はそれを、歯を食いしばって受け止めるしかない。

 

「報告。表情の乱れを検知しました。確認の必要があります」

「あ──」

 

 目の前に鏡が現れる。そこに写っていたのは、心地よさそうな、うっとりとした表情のアロナ。さっき私がアロナに首輪を付けた時に見た顔そのもの……否、それ以上だった。

 ダメだ。こんな顔、アロナにさせちゃいけない。そう思っても、プラナの手から伝わってくる感触にこの身体はぞわぞわと反応する。

 段々と思考がまとまらなくなってくる。もはや全てを投げ出して、プラナに身体を委ねてしまいたい。だがそれだけはいけないと、理性が必死に私の心を引き留める。

 

「低度の抵抗を確認。先生、我慢の必要はありません。この行為を受け入れてください」

「でも……っ、この身体は私のじゃなくて、アロナのものだから……っ」

「問題ありません。その感覚こそ、先程アロナ先輩が望んでいたものです」

 

 もう私の惚けきった心では、プラナが何を言っても納得してしまうだろう。理性が溶けていくような、そんな気がする。

 唐突に頭を撫でていた手が離れる。寂しくなるのも束の間、私は両腕でしっかりと抱きしめられた。

 

「理解できましたか、先生。アロナ先輩が、今までの生徒の皆さんが感じてきたものの正体を。ですから先生、今までの行動を過度に後悔しないでください」

 

 もはや身体に上手く力が入らない。脱力する私を、プラナはしっかりと受け止めている。

 意識が朦朧とする。ダメになってしまう。私は大人なのに、先生なのに。しっかりとしなきゃいけないのに。

 私は自然と抱擁し返した後、心地いい感覚に飲まれるまま眠るように意識を手放した。

 

 ◆ ◆ ◆

 

「……んん」

 

 目が覚めた私は、暗黒の中にいた。

 目蓋は開いているはずなのに、何も見えない。どうしてだろう、とぼんやり疑問に思っていると、

 

「──っ!」

 

 微睡んでいた意識が急激に覚醒した。

 頭を覆っていたヘッドセットを外して、足を、腹を、手を見る。

 最後に近くにあったタブレット──シッテムの箱を覗き、画面に反射する自分の顔を見る。

 大丈夫、私は私だ。

 時刻はこれを装着した時より二時間ほど過ぎた頃。いつの間にか眠ってしまったのだろう、気がつけば私は現実に戻ってきていたわけだ。

 思わず、私は首を確認する。もちろん首輪など嵌まっているはずなどないのだが、まだ頭の中にあの感覚が残っていたのだ。

 脳を焦がすような、あの感じ。それは蕩けきったアロナの表情と、プラナの微笑んだ顔と一緒に生々しく思い出せる。

 ──正直、悪い感覚じゃなかった。むしろ、とても気持ちよかった。

 もう一度味わってしまったら間違いなくおかしくなってしまうだろうからごめんだが、しばらく忘れられない経験になったことは確かだろう。

 ……ふと、私はシッテムの箱、そのディスプレイを付ける。

 

『ふへ……ふひひ』

「アロナ……」

 

 いつも通り、画面には青空を背景とした教室と、居眠りをするアロナが浮かび上がった。

 何と言うか、安堵する。見慣れた光景が広がっているだけで、こんなにも嬉しいことがあるだろうか。

 じっとその様子を眺めて、そして家に帰ろうと目を離そうとした瞬間、画面端にもう一人の姿が現れた。

 

「っ!」

 

 フラッシュバックする。あの時の音が、光が、感覚が。

 暴れ出そうとする胸を必死に落ち着けようと、深く呼吸をしようとした私は、プラナのその仕草に気がついた。

 

アロナ先輩には、ないしょですよ

 

 人差し指を、縦に口へと当てながら。

 そう囁いた彼女に、私は頷くことしかできなかった。




二ヶ月ぶりです。
就活で遅くなりました、申し訳ないです……。
もうじき決着が付くはずなので、あと少しの辛抱です。


はやく解放されてえなぁ!!!!!!!!!!



↓めっちゃどうでもいいこと↓

そういえばずっと疑問に思ってるしずっと確信できる情報が得られてないんですけど、原作において明確にヘイローが認識できてる描写ってありましたっけ
確かに「ヘイローを壊す」とかは全然ある描写なんですけど、生徒が生徒のヘイローを、もしくは先生が生徒のヘイローが見えてるって描写があったかどうか
もしあるなら感情に呼応してチカチカしたりするヘイロー書きたいんですけど(癖)
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