「首輪を嵌めて、先生」   作:天海望月

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なんか丁度隔月更新になってますが、意図は無いです。私が怠惰なだけです。
おかげさまで前回の投稿翌日に内定決まりました!ストレスからか吐き気などの体調不良に悩まされてたんですがすっかり私は元気です。うれしい



メインストーリー3章、絆ストーリーのネタバレを含みます。

また、曇らせとも取れる描写が含まれる可能性がありますが、私はハッピーエンド厨です。


聖園ミカの場合(1)

 晴れ渡る空、白い雲。そんな陳腐な表現が似合うほど、澄んだ青空が広がっていた。

 穏やかな風が肌を撫で、木々のざわめきが私を見送る。新しく移り住んだあの建物を眺めながら、改めて実感する。

 もう私はお姫様なんかじゃない、って。

 エデン条約を巡るあれこれの後、私はティーパーティーの一員ではいられなくなった。──トリニティの裏切り者に下される罰としては、あまりにも優しすぎる措置だけれど。

 授業も終わって放課後。私は寮に帰るべく一人で帰路を辿る。

 今までとはかけ離れた生活になった。身の回りをお世話してくれる人もいないし、住む場所も屋根裏の寂れた部屋。慣れるのはまだ先にはなりそうとはいえ、能天気にもこの状況を少し楽しんでいる自分がいた。寮ぐらしってまさに学校らしい、なんて。

 

「……?」

 

 肌をぴりっと焼くような感覚。……誰かの、視線?そんな違和感に思わず振り向くが、特に人の姿は無い。

 いや、おかしい。人の姿が無さすぎる。放課後なら辺りにはちらほらと人影があってもいいのに、不自然なほどこの場は静まり返っていた。

 

「こそこそ隠れなくてもいいよ?もう分かってるから」

 

 草を踏む音。小さな息遣い。そんな微かな音を私の耳は聞き逃さなかった。

 私の言葉に応えるように、木々の間からぞろぞろとそれは現れた。

 十数名のトリニティ生徒。その誰もが緊張した表情で、各々の銃を携えていた。

 

「……わぁお。どういうつもり?」

「いつまでもお姫様気取りのあんたに、ちょっと痛い目見てもらうだけよ」

 

 人混みを抜けて一人が前に出る。

 言い放ったのは、先生に買ってもらった水着をズタボロにした、あの時の生徒の一人だった。

 その顔を見た瞬間、私の胸中がどす黒い衝動に包まれた。突き動こうとする身体が地を蹴りそうになるのを必死に堪える。勢いに任せて暴力なんて振るってしまったら、また先生に迷惑をかけてしまうから。ずっと助けてもらってばかりなのに、これ以上仇で返すような真似はしたくない。

 

「ひっ──、……っ、怖い怖い。近寄らないでくれる?こっちにまで魔女が伝染っちゃう」

「……」

「そうやって被害者ぶるんだ。本当の被害者はあんたじゃなくて、トリニティの皆なのにね」

 

 罵詈雑言に目を伏せて耐える。彼女の言う通り、私は許されがたいことをした。でも、私は魔女じゃない。先生がそう言ってくれた。

 こうやって責められるのを受け入れることこそ、贖罪の一つの形なのだろうか。

 

「……なんとか言ったらどうなの?」

 

 大した反応を見せない私に痺れを切らしたのか、突如彼女は得物の銃口を向けてきた。

 

「何なのよ──気にいらない、あんたがッ!トリニティをめちゃくちゃにしたくせに、シャーレの先生にちやほやされて、退学にもならずに……!いいわよねお姫様は?ナギサ様の幼馴染は?あんなに酷いことしても、全部許されちゃうんだからッ!」

 

 ライフルが吼える。

 

「うぐっ」

 

 放たれた弾丸は私の腹に叩き込まれ、鈍い痛みが広がる感覚に顔をしかめる。

 

「あは……っ、いい気味ね。……あんた達も撃ちなさいよ!早く!」

「でっ、でも」

「いいから撃てッ!」

 

 好戦的な彼女と対照的に躊躇する取り巻き。それが彼女の琴線に触れたのだろう。怒号を皮切りに、周りの生徒たちも焦ったように銃を構える。すぐさま身体中を無数の鉛玉が襲うのを、顔を庇い歯を食いしばって我慢する。

 腕に、胸に、腹に、背に、脚に。四方からやってくる銃弾が、私の全身を蹂躙する。綺麗に洗った髪と肌、そして服がみるみるうちにすす汚れていく。

 耐えなきゃ。これはきっと、私に課された罰。この仕打ちを耐えきったのなら、彼女たちも溜飲を下げてくれるかもしれない。

 でも。──でも、苦しい。いくら身体が丈夫でも、このまま撃たれ続ければ危ないのは分かっていた。最悪ヘイローが壊され、そうでなくとも気絶して何をされるか分からない。

 だから。

 

「流石に、正当防衛だよね」

 

 痛い。痛い。全身を鈍い痛みが駆け巡る。でも、痛いだけだ。

 故に銃撃が緩んだ一瞬の隙に、私は身を翻した。

 

「あっ……!?」

「ごめんね」

 

 真後ろの一人、その懐へと潜り込む。そのまま手を伸ばして、思いっきり身体を地面に叩きつけた。

 

「やめ──」

 

 轟音。陥没した石畳の道の中で、彼女のヘイローはゆっくりと消える。気を失ったのだ。

 

「ひっ──」

「だ、だからやめようって……っ!」

 

 さっきまでの発砲音が嘘かのように、辺りが静寂に包まれる。

 彼女らの顔を覗き見れば、大抵が恐れを宿しているように見えた。何人かには見覚えがある。リーダー格の彼女ほどではないが、私のことを良く思っていない子達だ。様子を見るに無理やり協力させられているのだろうか。

 

「分かってるんでしょ?勝ち目がないって。だからもうやめよ?」

「結局暴力しか能がないくせに!……撃て!皆撃てよッ!」

「──もし私を殺しちゃったら、きっと物凄く後悔するよ。……私が、そうだったから」

「はッ!言ったでしょ、痛い目見てもらうだけだって!今更善人ぶるなよ!」

 

 一度は途切れた鉛の雨が再び襲い来る。弾が耳元を掠め、唸るような音が響いた。

 小口径弾は避けない。最低限の動きで致命傷になり得るものだけ回避して、一人一人地に沈めていく。

 

「このっ……!」

「ッ!」

 

 ライフルの照準がこちらに向く。動作の反動でかわせない。

 ──なら。

 

「っ……、ふっ、うッ!」

「なんで!?直撃ですよね!?」

 

 身体で受け、応酬とばかりに出すのは星々のように煌めくサブマシンガン。

 Quis ut Deus──。私は即座にその照準を合わせて、戸惑うことなく引き金を引いた。

 

「ぐっ」

 

 撃つ。

 

「ぎゃっ」

 

 撃つ。

 

「がっ」

 

 撃つ。

 瞬く間に私を囲む生徒の数が減る。まだ立っているのは、リーダー格の彼女と他数名程度だった。

 彼女たちの銃を持つ手が震えている。こうなればもう、勝敗は火を見るより明らかだろう。

 

「そろそろ、正義実現委員が来る頃じゃない?降参した方がいいと思うな」

「……それはどうかしらね。この惨状を見て、問題児扱いされるのは一体どっちだと思う?」

「っ。最初からそういうつもりだったんだ」

 

 死屍累々、という言葉が正しいだろう。凹んだ地面に横たわる子、銃弾を受け呻く子。その全ては私が倒したのだ。確かに状況証拠的には、十分私が悪者になりえる。……罠だったんだ。激情のままに立ち回ったのを後悔する。

 それでも、きっとまた先生が助けてくれるのだろう。──そしてまた迷惑をかけてしまうのだろう。

 銃を持つ手に力が入る。怒りとも憎しみともとれる感情が渦巻いて、自然と表情から笑みが消える。

 

「まあ落ち着いてよ。それだと私も、あんたにとってもつまらない。だから、別の方法を用意したの」

 

 彼女の手に拳銃が握られる。すぐさまそれは私に向けられた。シスターフッドで使われているような大口径のものですらない、ただの小さな拳銃。それを得意げに構えている。

 

「随分と弱ってくれたみたいだから、最後はこれで決めてあげる」

「あははっ、本気?そんなおもちゃみたいな銃で?いいよ、試し──」

 

 ぱん。

 乾いた銃声が響く。

 続いたのは、がしゃんと何かが足元に落ちる音。

 ゆっくりと下を見れば、そこには手から滑り落ちて無様に転がる愛銃の姿があった。

 

「え?」

 

 撃たれた腕に力が入らない。腕を上げることも、拳を握ることすらままならない。

 目線を戻せば、そこにはしたり顔の生徒が立っていた。

 銃口がこっちを見つめている。引き金には、もちろん指が掛かっていて。

 

「あ──」

 

 ぱんっ。ぱんっ。ぱんっ。ぱんっ。

 身体が道化のように踊る。

 前も後ろも、上も下も分からなくなって、そうして私は力無く膝から崩れ落ちた。

 

「神秘減衰弾って言うんだって。どう?意外と効く?」

「ぅぁ──」

 

 朦朧とする意識の中で、近づいてくる足音。彼女はすぐ側でしゃがむと、見せびらかすように一発の弾丸を差し出してきた。弾頭が真っ青なこと以外は、特に変わった点は無い。

 

「実験段階だとか言ってたけど、ちゃんと効果あって良かった。……おーい、聞こえてる?って、もう反応もできないのね」

「──」

 

 身体がぴくりとも動かない。喉笛を掻き切ったような、かすれた声しか出ない。

 ダメ、立たないと。このまま気を失ったら私は、どうなるか分からない。

 目が霞んでいく。彼女の勝ち誇ったような笑みすら、ぼやけて消える。

 ──怖い。助けて、皆。助けて、先生。

 やがて視界すら遠のいていき、思考と一緒に真っ暗な闇へ閉ざされた。

 

 ◆ ◆ ◆

 

「ん──」

 

 ふと、目が覚める。

 頭が重い、全身が痛い。背中に感じる硬い感触に不快さを覚えて身体を起こす。

 同時に、金属のこすれるような音がした。

 

「え」

 

 それは鎖だった。

 壁から伸びた鎖が、私の手足に枷と共に繋がっている。

 

「い、やっ、こんなのっ」

 

 鎖を力任せに引っ張る。私なら、こんな鉄など簡単に壊せる。

 だが外れない。単純に力が入らない。そこで思い出す、私は不思議な弾に撃たれて気を失ったのだと。

 

「そっ、か……私、捕まって」

 

 鉄格子で区切られた狭い個室を見て現状を認識する。トリニティで軟禁されていた時とは比べ物にならない、本物の牢獄。この部屋は私を裏切り者のお姫様でも、処分を待つパテル分派の首長でもなく、ただ一人の囚人として扱うために在るのだ。

 血の気が引く。これからの人生が、この一部屋で完結してしまうかもしれないという憶測に。少しの自由もなく、身体を繋がれて生きていく絶望感に。

 

「……っ」

 

 そんなの矯正局と変わらない。いや、終わりが見えないならそれ以下だ。

 自ずと壁に繋がれた腕に力が入る。力を込めて、込めて、込めて、込めて──。

 

「お目覚めかしら、お姫様?」

「あなた、は」

 

 不意に声をかけられ、はっと顔を上げる。

 そこには──執拗に嫌がらせをしてきた彼女。先生に貰った水着をめちゃくちゃにした彼女。私を襲って、そしてこの牢に閉じ込めたであろう彼女──が立っていた。

 心の中に怨嗟が宿る。彼女に向けた中でも、かつてないほどの感情が溢れ出した。

 

「ッ!外してっ!外してよッ!」

「何言ってるんだか。あんた、少し違ってればきっと今頃は矯正局で同じ目にあってたかもしれないのよ?あんたも、それくらいのことはしたって理解してるでしょ?」

「……でも、でもっ!」

「あーもう、うるさいわね」

 

 あの拳銃が向けられる。私がそれに反応する前に、躊躇なく彼女はそれを放った。

 

「ぁがっ、ぁ……は……っ!」

 

 撃たれたところが激しく痺れて力が抜ける。こんな小さな弾丸普段なら何ともないのに、今は声も出なくなるほどに痛い。

 薬莢が落ちて音を立てる。彼女はそれを拾うと、檻の外からこちらを見下ろしつつ話し始めた。

 

「分かってないのね。あんたは捕まったの。しばらく日の目は見られない」

「な……んで、そんなこと」

「トリニティから聖園ミカを追い出すためよ」

 

 座り込んで私と目線を合わせた彼女は、またもやそれを向けてくる。

 ──撃たれる。また痛いのがくる。

 無意識に危惧して、思わずぎゅっと目を閉じてしまう。だがいつまで経っても来るべき衝撃はない。

 はなから脅すだけのつもりだったのだろう、彼女はくすくすと嘲笑った。

 

「あんたには行方不明になってもらうの」

「ゆくえ……ふめい?」

「ええ。出席日数が足らず、そうでなければ他の理由で聖園ミカの退学が決まるまで、ここにいてもらう。一年?二年?それとももっとかしら。もちろん、その時が来たら解放してあげてもいいわ。愛しの先生のところに行って、たっくさん慰めてもらいなさい」

「ぁ──、じゃ、じゃあ、……それまで私はっ」

 

 目の前の顔がにっこりと、清々しいほどに笑った。

 

「大丈夫。今まで通り、ちゃーんとお世話してあげるから。ね、お姫様?」

 

 その瞬間、私の心の中にあった根拠の無い希望に、色濃く影が差した。

 目の前が真っ暗になる。納得してしまったのだ、もうこの独房を自分の力で出ることはないかもしれないと。

 犯した罪は、いつか必ず自分へ帰ってくるという。そのいつかが来てしまったのだ。私が不幸にした皆の分、もれなくその全てがしわ寄せとなって、たった今。

 

「泣かないで、お姫様。ほら、これあげるから」

 

 絶望に打ちひしがれる私を見て、彼女が牢の扉を開けて入ってきた。この鎖がなければ今すぐ逃げられるのに、無慈悲にもそれは頑丈さを誇示している。

 かちゃっ。

 そうして俯いている私に手が伸ばされると、小気味いい音と共に何かが()に嵌った。

 

「──?」

 

 手探りで首元をまさぐる。指先に伝わってきたのは、滑らかな曲線を描く円状で金属製のなにか。

 ──紐のようなものが垂れている。疑問に思ってそれを持ち上げると、

 

「ぁぇ」

「あははっ、よく似合ってるわよ。その首輪」

 

 私の手は、リードを掴んでいた。

 彼女にそれを奪われる。刹那、思いっきり首を引かれる感覚があった。

 

「いやっ、やめてっ……!」

「そんなこと言わないでよ。ここで一人っきりなんて不憫でしょ?だからせめて可愛がってあげようと思って、せっかく着けてあげたのに」

 

 本能が拒否する。

 もしかすると永遠かもしれない、未知数な時間を彼女の愛玩動物として過ごすなんて、それだけは嫌だと心が叫んでいる。

 

「や、だぁ……っ。外して……っ」

 

 首との隙間に指を突っ込んで、横へ横へと全力で壊そうとする。

 だがどれだけ懇願しても。

 どれだけ力を込めても。

 無情にも、首枷は外れてはくれない。いつもなら赤子の手をひねるように破壊できる、そんなちっぽけな鉄の塊が、今はこの現実を象徴する呪いの装飾品として私を飾っていた。

 

「ほらほら。そんなんじゃこの先苦しいだけよ?早めに諦めちゃった方がいいんじゃない?」

「やだぁ……っ、なんでこんなひどいことするのっ……。ぐすっ、……そとに、そとにだしてよっ」

「あらら。随分としおらしくなっちゃったわね」

 

 首輪を掴んだまま、私は体裁を気にすることもできずにただ涙を流す。

 もう、それしか私にできることはなかったから。

 退学なんて嫌だ。ずっとここにいるなんて嫌だ。彼女のペット扱いなんて嫌だ。

 そんな拒絶が溢れ出して、今の私を形どっていた。

 

「まあ、ひとまず私は一旦外に出るから。それまで、泣けるだけ泣いときなさい」

「まっ、て。……いかないで!やだぁっ!」

「ごきげんよう、お姫様」

 

 檻が閉められて、足音が遠ざかる。正真正銘、ここはもう私一人のためだけの空間になった。

 首輪は外れない。もう分かりきったはずなのに、それでもこの手は真実を受け止めない。

 伝う雫が頬を、首を、手の甲を濡らす。リードが揺れては、その存在をアピールするかのように擦れて音を鳴らす。

 

「セイアちゃん……っ、ナギちゃん……──、せんせぇっ……!わたし、わたしちゃんと良い子になるからっ、だから……!」

 

 助けて。

 絞るように発したその言葉は、誰の耳にも入ることなく虚しく消えた。




次話は明日投稿予定です。
先生助けて!
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