『死人に口なし』という言葉をご存じだろうか?
文字の通り死んでしまった者は証言も意思表示もできないことを意味する言葉である。相手が死人に何と言おうが問題にならない。どれだけ見当はずれな考察や憶測を立てようが、批判や侮辱を与えようが大した騒ぎにもなりはしない。何故なら攻撃している相手はもうこの世にはいないからだ。死んでしまっている以上、何も話すこともできず抗議も反論も証拠も示せない。
だからこそインターネットやSNSに蔓延るイナゴたちは虎視眈々と獲物を練っている。彼らにはちょっとしたきっかけがあればいい。獲物が失態を犯した隙をついて一気に叩き、摩耗させる。真実だろうが嘘だろうが関係ないただ、叩きたかったから叩くのだ。そして、獲物が生きようが死のうがどうでもよい。匿名である以上探せないし、誰が発端なのかもわからない。
対象が自殺でもしたなら玩具としての価値はより上がる。だって反撃されない玩具なんて遊び道具としては最高の一言に尽きるからだ。
これが現代社会が作り出した闇。
寿命で死ぬか病死するか、どちらか出ない限り死後の名誉は保障されない
「やっぱ、ネットの情報はあてにならないか‥‥」
スマホ片手にネットの掲示板や反応集を漁る。
2度に渉るアイさん襲撃事件は当時の社会に大きな衝撃を与えた。当然、そんなビックな話題をネット民がも逃すはずもなく幾つものスレットが立てられ検索を掛ければ今も閲覧できるようになっている
何故、私が十年以上前の掲示板を漁っているのか。それはこのスレットの書き込みで犯人特定につながる投稿がないか探すためである。
ネットの力というのは恐ろしい物でひとたびバカッターが炎上すればそこから犯人や個人情報の特定があっという間に行われてしまう。迂闊な投稿は身を滅ぼす。そんな職人たちは掲示板やSNSといったコンテンツに集まりやすい。そのため有力な情報を得るには格好の場所なのだが‥‥
結局有力な情報は得られなかった。
検索エンジンに『星野アイ』『殺人未遂』、『ボディーガード』『事故』と書き込み履歴を残さないように調べてみたが、掲示板に寄せられた投稿は妄想・空想の域を出ないものが多く証拠に繋がる書き込みもなかった。
前世の名前、礒野江カオリでのサーチを掛けたが、これまた酷い的外れな罵詈雑言の数々であった。
『犯人と護衛が恋人関係にあった』
『ボディーガードが住所をばらした』
『アイに近づきすぎた馬鹿の末路』
『死んで当然、地獄に落ちろ』
おーおー好き勝手言いなさる。
前世の死後名誉は地の底のようだ。まさに死人に口なしである。
私はアプリ内のタブを全て削除し、携帯の電源を切った。
今日は日曜日。
アイさんやルビー姉さんそれにミヤコさんたちと一緒に夕飯を食べる大切な日。
そういえば近くのスーパー、魚類がセールだった筈。
いっちょ寿司、握ってみるか。
◇◇◇
兄さんが出演している今日ガチが世間の注目を引いている中、新生B小町はアイさん指導のもとレッスンに明け暮れる日々を送っている。
日課のレッスンを終えた私たちは事務所の休憩スペースで休息を取っていた。
購入した新発売の飲料水を飲む姉さんに、椅子に座って雑誌を読み漁るかなさん。そして、レッスンの内容や改善点をノートにまとめる私。それぞれが三者三様の行動をとっていた。
「このジュースまっず‥‥、Twitterでネタにして元取らなきゃ」
え、何言ってるの?
「コンビニで買った新商品のジュースが激マズーーー」
まずい、早く止めねば‥‥あったハリセン!!
「「コラー―!!」」
「ひゃううう」
咄嗟に手に取ったハリセンで姉さんをひっぱたく。かなさんも同じことを考えていたのか、彼女の手にも同じくハリセンがにぎられていた。
「2人とも何するの?」
「あんたが何しようとしてるの!よそ様の商品を不味いなんて書き込もうして、エゴサされたらどうする!」
「商品名を出したら最低5人の関係者には検索される!そしてその会社からは二度と仕事が来なくなる!
「世間って広いようで狭いですもんねぇ」
どうせ見られないと思って馬鹿なこと投稿してるバカッターとかいるけど投稿一件で人生詰みかねないから絶対やらない方がいい。
そういえば、昔兄さんから聞いた話だと赤ちゃんの頃にアイさんのアンチと夜通しでレスバしてたって言ってたなあ‥‥もしかして姉さん、インターネットモラルそんなにない?
「いやしないでしょ」
私とかなさんに引っ叩かれたにも関わらず姉さんはケロっとした態度でいる。
「これだから一般人上がりは‥‥。あんたの妹の方がしっかりしてるわよ」
「そんな大げさな‥‥」
依然としてかなさんの言うことが信じきれない姉さん。そんな姉さんにかなさんが訊ねる。
「あんただってエゴサするでしょ?」
「・‥‥しないよ」
咄嗟に姉さんはかなさんから目線を反らした
うわ、さすが双子の兄妹。しらばっくれるときの動きも同じだ。
~数日前~
あれは日曜日、アクア兄さんが今ガチメンバーとの焼肉から帰ってきた時のことだ。
「はー・・・・焼肉とは豪勢ですね。可愛い子達眺めながら食う肉はさぞ、美味しかったんでしょうねぇ。折角メルが寿司握ってくれたっていうのに」
我が家では毎週の日曜日、家族で夕飯を食べる決まりになっている。ブラコン気質な姉さんにとって約束を破るは、可愛い女の子たちと豪華な焼肉を食べたのが癇に障ったようだった。
「寿司?手巻き寿司か?」
「いえ、一から握りました。シャリもちゃんとした酢飯です」
「いや、すげぇな。寿司職人でも目指してるのか」
「それはそうと、どうなの?お兄ちゃん!」
「いや、ただの付き合いだし」
「嘘だ。顔から堪能感が滲み出てるもん!!」
「出てねぇよ」
姉さんに問い詰められた兄さんは目線を反らし、棒読みぎみに答える。
「目を見て話せぇ!!」
~~~~~~
「スマホよこしなさい!!」
姉さんの誤魔化しにかなさんは睨みつけた後、姉さんのスマホを奪い取りTwitterのサジェストを漁り始める。
「どれどれ・・・・ゴリゴリやってんな。あらあら、関連検索に『かわいい』までつけてそんなにかわいいって言われたかった?」
エゴサ履歴を見られた姉さんは羞恥心からか、顔が真っ赤に染まっていた。今にも煙が立ちそうだ。
「んで、メル。ついでにあんたのスマホも見せなさい。せっかくだからあたしが見てあげる」
「かな先輩。私のTwitterそこまで面白くありませんよ」
「いいから、さっさとよこしなさい」
仕方ないので渋々、私はかなさんにスマホを見せた。
「えっとなになに‥‥。うわ、関連検索星野アイばっか――ってツイート件数一桁!?あんたTwitterでいつも何してるの!?」
あーーー、私基本読専なんで呟かないんですよね・・・・。SNS系も前世から使わなかったので疎いままですし
私と姉さんのスマホを見終わったかなさんは大きなため息をつきながら告げる。
「いい2人とも?世は大エゴサ時代!!アイドルの9割はエゴサしてるしバンドマンも演者もみんなエゴサしてる。今じゃコンテンツは切っても切り離せないわけで、ネットマーケティングを怠った者から脱落するの。ファンとコンテンツは相互監視状態にある」
「深淵を覗いてる時、深淵もこちらを覗いてるのよ」
「そんなわけだから、今日はあたしがTwitterのつぶやき講座をしてあげる。感謝しなさい!」
◇◇◇
アクア兄さんの出演する今ガチは、着々と展開が進んでいた。
距離の近いノブユキとゆきが話題の中心となり、そんな二人を伺っているケンゴという三角関係を形成しつつあった。番組の視聴者たちも彼らの動向に興味津々なようで、特に中高生の評判も良好を維持し続けている。
かくゆうメルの通う中学校でも今ガチの話題で盛り上がっているところだ。
「あたし思うんだよねぇ、絶対ケンゴさんユキぽんのこと狙ってるって」
「えーーまっさか~、だってあの2人くっつきそうじゃない?さすがに割って入れなくない?」
「そんなことより、ボクはMEMちょとアクアの関係が気になる」
「ちょっと!黒川あかねのことも忘れないでよ!!」
お昼休みの教室でクラスメイトたちは今後の展開について談議していた。
今ガチについて熱く語っている彼女たちは、私と仲良くしている友達だ。
三角関係について気になっている少女の名前は江湖と言い、通称A子と呼ばれている。
カップリング談議に花を咲かせるのは美衣。A子と同じく頭文字からB子と呼称される。
そしてMEMちょと兄さんに興味を持つのは古町ことC子。人気ユーチューバーMEMちょの大ファンである。
そして女優黒川あかねを推しているのがD子、出鼓である。
彼女たちはクラスの左右前後の位置に席を置いてることからついたあだ名は『ABCD包囲網』とも呼ばれる。
「でもさ~なんか雲行き怪しくなりそうな予感がするんだよねぇーー」
談議を続ける中ふとA子が呟いたため、私は興味本位に聞いてみた。
「どうしてさA子?」
「三角関係は恋愛の王道だけど、その分人は追い込まれやすいもの。今ガチはリアリティショーである故何か問題を起こせば視聴者は即座に噛みついてくる。結構危ないと思う。例えば百合に挟まる男を嫌うのと同じかな」
A子の言葉に、他の3人も頷く。
「人ってのは怖い生き物さ。自分の価値観に合わない異物をとことん排除しようとする」
「メルも気をつけてね。クラスメイトがアイドルデビューするのに、ネットイナゴたちに食い散らかされるのはごめんよ」
「ま、何があっても私たちはメルを推すけどね!」
「みんな・・・・!」
A子、B子、C子、D子。彼女たちは私にもったいない程の人たちだ。今後成長していくためにも彼女たちの意思を尊重しなくては。
◇◇◇◇
それからさらに時が経ち、今ガチは急展開を迎えた。
女優・黒川あかねの炎上騒動である。
切っ掛けは今ガチの撮影中、黒川あかねの付けていたネイルが鷲見ゆきの顔を掠めてしまったのだ。ほんの些細な事故で、兄さん曰はく当人同士で解決したが視聴者はそれを許さなかった。
鷲見ゆきは人目を惹く存在。現に番組でも圧倒的な存在感を放っている。一方で黒川あかねは影が薄くあまり注目されていない存在だった。人気者と日陰者。妙な正義感で動きやすい者たちによって瞬く間に大炎上を起こした。日を追うごとに加熱していく騒ぎ。SNSでも黒川あかねの個人情報や中学時代の素顔が晒されるなど、明らかにやりすぎな反応が多い。
「ふざけんなぁぁぁッ!!あかねさんに何かあったらどう責任取るつもりしてんだあああ!!」
当然、あかね推しのD子が冷静でいられるはずがなく昼休みや休み時間をフルに使ってまでアンチとのレスバを繰り広げていた。
目に隈が出来てまでレスバしていたのだろう。化粧は崩れているし目も充血している。
「D子ー、いい加減寝たら?」
「そんなことできないわ!あかねさんのこと好き放題言いやがる猿人類どもをわからせなきゃ気が収まらない!!」
「はぁ~‥‥。B子、やるわよ」
「うっす」
「「はああッ!!」」
「がふぅっ!?」
暴走気味なD子を落ち着かせるべく、A子とB子は連携しクロスボンバーで無理やり沈めた。
当然、喰らったD子は白目をむきながら、床に突っ伏す。
「ちょっとD子を保健室にまで連れてくから」
そう言ってA子とB子はD子を抱え上げ教室を出ていった。
残ったC子は私に語り掛ける。
「メル。君はアイドルになるんだろう?なら、覚えておいた方がいい。人を殺すのに暴力を振るう必要はない。心のない言葉が集まれば簡単に殺せてしまう。批判の声を無視するなとは言わないけど、受け入れ過ぎないことが大切」
明くる日の晩。その日は、激しい雨が降っていた。台風が近づいている影響か風も吹き荒れ、夜の散歩には向かない天候だ。
あれからというもの、私は黒川あかねのことが頭から離れないでいた。直接な面識はないし、会ったこともない。ただ兄さんの話す人物像でしか知らない人間だが、彼女のことが心配で仕方がなかった。
兄さんの話では真面目で、何事にも取り組む優しい人だと聞いている。番組を見ていても、その片鱗は見える。けれど、そんな彼女が罵詈雑言の嵐に耐えられるとは思っていない。
真面目な人間ほど素直に受け入れてしまうからだ。前世での経験上、素直に受け入れてしまう人ほど追いつめられ自ら命を絶ってしまう人は多い。命を絶ってしまったら、自分と同じ死後の名誉まで失われてしまう。
そんなことはさせられない。
‥‥兄さんにフォローを頼んでみよう。兄さんだって今回の騒動は重く見ている筈だ。あかねさんのフォローをできるのは兄さんしかいない。
そう考えた私は、ダンスレッスンの休憩時間に抜け出し、アクア兄さんのもとに向かう。
ちょうど、兄さんはレインコートを羽織って外に出るところであった。
(台風来てるのに、わざわざ外へ‥‥?しかもこんな夜に。まさか、何かあったんじゃあ)
いてもたってもいられなくなった私は雨合羽も着ず、傘もささず兄さんの後を追いかける。
「兄さん!!」
私の声に気づいたのか兄さんは私の方を向く。
「メル、なんで外にいるんだ。それにその恰好、風邪ひくぞ」
「そんなことより、兄さんこそ何してるの?台風の来てるのに」
悪天候の中走ったからか、呼吸が乱れつつも兄さん問い掛ける。
一方で兄さんはぶっきらぼうのまま答える。
「メルには関係ない話だ。母さんやルビーが心配する前に戻れ」
私の心配をしてくれるあたり、相変わらず優しい兄だ。それでも引き下がるわけにはいかない。
「黒川‥‥あかねさん、家に帰ってきてないんでしょ?」
「お前、なんでそれを」
「有馬先輩のレッスンで教わったの。最近のネットの流れを把握しとけって。そんで調べてみたとこにあかねさんの炎上騒動。だいぶ燃えているのに、あかねさんが追い詰められてない筈がない。それに兄さんがレインコート羽織って外に出てる時点で家にいないことは確定。そう考えただけだよ」
驚きを見せる兄さんだが、あまり話してる余裕はない。一刻も早くあかねさんを探さなくては。
「兄さん、私も探すの手伝う。私、夜でも目が利くから」
「・・・・わかった。頼むぞメル」
説得に折れた兄さんと一緒に夜道を走る。
「兄さん、あかねさんが居そうな場所は?」
「Lineであかねは、『ご飯買ってくる』って言ってたからおそらく近くのコンビニに向かった可能性が高い。近くには歩道橋もある最悪の場合、そこで自殺する気なのかもしれない」
「んじゃ、そこにいこう!!」
自殺なんてさせるものか。絶対に止めてみせる。
激しい雨と吹き荒れる大風の中、私と兄さんは駆ける。
走ること数分。目的の歩道橋が目の前にまで迫る。目を凝らし、歩道橋を見るとあかねさんの姿があった。
「兄さん、あそこ!!歩道橋の上!!」
「よくやったメル!!」
雨に濡れた階段を駆け上がりあかねさんのもとにたどり着く。
あかねさんは手すりに上ってしまっていた。
あそこから落ちてしまえばそのまま車に轢かれ死んでしまいかねない。
「あかねさん!そこから降りてください!!」
必死に叫ぶもあかねさんから反応が返ってこない。どうやら聞こえていないようだ。
あかねさんの足が手すりから離れ、身体が落ち始める。
咄嗟にあかねさんの手を掴む。この手を放したら、あかねさんは死んでしまう。そう思えば維持でも手を放すつもりはない
けれど中学生の腕力では高校生の身体を支えるのは苦しい。次第に自分の体重も手すりのそこへと引きずり込まれそうになる。
「あかね!!」
そこに兄さんが駆けつけ、あかねさんの腕を掴み、歩道橋へ引き上げた。
まさに間一髪。兄さんが居なかったら2人揃って車に跳ねられ亡くなっていただろう。
引き上げられたあかねさんを兄さんが抱きしめている。はじめは呆然としていたあかねさんだが、私たちに気が付くと泣きながら暴れ始めた。
そんなあかねさんへ兄さんが叫ぶ。
「落ち着け!!俺たちは敵じゃない。頼むから落ち着いてくれ」
アクア兄さんの声が届いたのか、あかねさんの声色は落ち着きを見える。
「アクア君…?どうして‥‥」
「MEMの奴から聞いたんだよ。お前が台風の中全然帰ってこないって」
「‥‥馬鹿野郎が」
よかったぁ・・・。
ほっと胸を撫でおろす。間に合った、あかねさんを死なせずに済んだ。
達成感とも感じ取れる何かが私を満たしていく。
後で近くを巡回していた警官の人に保護されることになったのだが‥‥まぁ、どうでもいいことだ
なにはともあれ、一人の命を救えたという結果には変わらない。
その事実が私の存在を証明できる唯一の証拠なのだから
大分書くのに苦労した難産回。原作がアクア視点であるため、展開が難しい所。