「う、ううん‥‥‥‥。」
5年間開かなかった瞼が開かれ、星に再び、光が宿った。
「え‥う、うそ‥ま、ママ!!!!!!!!!
ママ!!!!!!!!!!」
「ア、アイ‥!!!アイ!!!!」
二人は、直ぐにベッドに駈け寄ると、上からアイを見下ろした。心臓はおかしいほどにバクバクしており、血が全身を高速で駆け回っている。今すぐにでも失神してしまいそうなほど体が震えているが、目や鼻、耳から入るアイの情報の全てを、体が求めているのが分かる。乾き切った大地に、冷めきった身体に、暗闇に、太陽が、光が照らされたのだ。
「ふ、ふわぁ‥‥‥。あ、れ‥私‥」
その声は、この世のものとは思えないほど美しく、どのような楽器でも、自然でも、絶対に奏でることが出来ないほどに完璧に調律された音だった。
「うそ‥本当に、本当にママだ!!よがっだ‥‥‥よがっだよぉぉぉおぉぉぉ!!!うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「あ゛あ゛、あ゛あ゛、あ゛あぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!」
「えっと‥‥ここ、どこ?」
「あ、こ、こ、ここここここここは病院だよ!!5年間入院してたの!!!!」
「そう‥なんだ。‥‥ところでさ‥私は」
星野アクアは、嫌な予感はしていた。本当に目覚めたのなら、自分の知っている星野アイならば、真っ先に大きくなったルビーや自分を見て驚いてもおかしくない。なのにもかかわらず、平然に、冷静に、星野アイはルビーと自分を見る。そして知る。神様は、どこまでも残酷なのだと。完璧な希望や、ご都合主義なんてこの世に無いのだと。
「私は、貴方の、ママなの?」
▽▽▽
「自分の名前は分かりますか?」
「んーと。わかんないです。」
「今が西暦何年かは分かりますか?」
「わかんないです。」
「誰か名前を言える人はいますか?」
「んーと‥名前‥‥わからないです。」
「‥なるほど。解離性健忘症。ですかね。いわゆる記憶喪失です。一度生死を彷徨ったことによるものか、それともストレスによるものか。あるいはどちらもか。それは分かりませんが。一時的なものなのか永久的なものなのかも現時点ではわかりませんね。もう少し調べる必要がありそうです。ですが、それはそれ、これはこれ。目覚められて本当に良かったです。」
あの時駆け付けてくれた医者の男である大門がこの病院でずっとアイの様子を見てくれていた。
実はアクアはこの男に弟子入りし、アクア自身も過去の記憶を頼りにアイの様子を診察したりしていたりする。大門曰く、アクアは間違いなく『ギフテッド』と呼ばれる部類の天才であり、世界一の医者になることも可能だと言われ、それとなく自分の後継者になれという圧をかけられたが、生憎、アクアとしてはこの医者としての力をアイ以外に使うつもりはないため、それとなく受け流しておいた。
だが、大門の言う通りで、記憶喪失でも目を覚ましてくれたことは本当に奇跡でしかない。
「ゥッッ。でも、本当に゛よ゛がった゛わ゛ね゛っっズルッ。も゛う゛ずっど、ね゛だぎり゛、だと、私も思っでだがら゛ッッッ。」
と、迎えに来ていたみやこさんも側で号泣しており、
「マ゛マ゛ァァァァァママ゛!!!本当にママだだ!!よがっだ!!!よがっだょぉぉぉぉぉ!!うわぁぁぁがぁがががぁ!!!げんぎなママだぁ!!!うわぁぁぁぁぁ!!!ほっぺ、あったかい!!うで、もちもち!!!顔、かわいい!!!!!おめめ、かわいい!!!全部かわいい!!!」
と、記憶喪失なんて全く気にしていない様子でルビーはアイに縋っている。
まぁ、かく言う俺も嬉しすぎて涙は全部枯れたし、もう何回か叫んだ後なのでとやかく言えないが。
アイは
「あ、あははは。そっか‥私、ママなんだね‥‥。心配させちゃってごめんね。ルビーちゃん。」
と、ルビーの頭を撫でている。そしてこちらを見ると
「貴方のママも、私でしょ?」
「え、う、うん。そうだよ。」
「そっか‥。ほら、おいで?貴方のことも待たせちゃったでしょ?ギューって、しよ♡」
っっっっっっっっっっっっ
その瞬間、色々考えていたことが、なんとか自分を繋ぎ止めていたものが、全部吹き飛んだ。張り詰めていたもの。煮えたぎっていたもの。黒く染めあげられていた星が、爆発した。
気がついたら、アイの腕に飛び込んでいた。涙をアイの胸に擦りつけ、グリグリと、自分の存在を示すように、頭を沈める。
「お、お゛れもっっっ!!ずっと゛っっっ!!あ゛、あ゛い゛だ が っ だッッッ!!!もう、嫌だ!!!失うのは、助けられないのは、も゛う゛!!!いや、だから‥‥」
「うん。そっか‥。ごめんね。心配させちゃって。でも大丈夫だよ。もう、大丈夫。私、元気になっちゃったから。記憶はちょっとあれだけどね。でも、一つだけ、私にも分かることがあるんだよ。」
「君たち二人。私にずっと、話しかけてくれてたでしょ?」
「え‥」
「うん‥お、覚えてるの?」
「それだけは、なんとなくね。内容まではちゃんとは覚えて無いけど。私、君たちを見たときにね、とっても胸が暖かくなったの。暗闇の中、ずっっと、ずっっっと、一人ぼっちだったけど、二人がいっつも話かけてくれるのをね、「そっかー。もうそんなに大きくなったんだねー」とか、「元気そうで嬉しいなー」とか、「会いたいな」とかそんな感情を懐きながら聞いてた気がするんだ。この気持ちだけは、本物。嘘じゃないって、そんな確信もある。だからね、二人共」
記憶がないのに、とても嬉しそうに、過去を語る彼女は、近くにいる自分の星を抱き締めると、目から雫を零す。そして
「ただいま」
『再生』を、再開を尊ぶ。
それを受けた星々は、互いに顔を見合わせ、はにかみ、満面の、ぐちゃぐちゃの笑みで
「「おかえり!!!!」」
▽▽▽
「ねぇママ、撫で撫でしてーー♡」
「はぁい♪ルビーは、甘えん坊だねーー♪」
「えへへへへへへ♡」
そんな二人がいる病室の閉められたドアの前で大門とアクアは、ドアの前で向かい合う。
「それで?どうせバレるし。今のうちにマスコミに流したほうがいいと思うんだが、そのへんはどうするんだアクア。」
この5年間。医者としての会話をしているうちに仲良くなった二人。最初こそ大門はアクアのことを不気味に思っていたが、もしかしてこの子っていわゆる『ギフテッド』ってやつか。と気付いてからは未来の世界一の医者の卵として師弟関係のような間になり、大門の医者としての仕事の手伝いをアクアする代わりにアクアは、最新の医学を学部のとプラスで、父親探しも手伝ってもらっているのだった。
「いや、マスコミには流さない。父親が誰なのか分かっていない以上、アイが再び危険に晒される可能性げまだあるからだ。」
「へー。てか、ずっと思ってたけどお前、母親のこと名前で呼ぶのヤメたほうがいいと思うぞ?」
「んぐ‥。まぁ、それはそうだけど‥。こっちで慣れちゃってるんだよ。」
「まぁ、アイさんがいいならそれでいいけどな。‥あーあ、せっかく起きたんだから、伝説のアイドルのライブ、一度でいいから見てみてぇもんだなぁ‥」
「‥‥。それは、‥アイをこんな目にあわせた、父親をぶっ殺してからだ。そうしないと、アイドル活動は再開できない。」
「‥そうか。‥じゃあ、俺は色々な事務処理とか、偽装工作とかしなくちゃいけないから、そろそろいくぞ。」
「ああ」
「あ、そうだアクア」
「なんだ?」
「お前が本当に父親をぶっ殺したら、多分だけどお前の母と妹、凄く悲しむぞ。目的を、見失うな。お前のその行動の真髄は、母と妹を、幸せにするところにあるはずだ。」
「‥‥‥。」
「‥じゃあな。よく考えとけよ、ガキ。」
大門はそのまま、アクアの頭をポンと叩くと、去っていく。
分かっている。だけども、限界まで燃やされた復讐の、怨念は未だにまだ燃え続けている。これを急に消すことは無理だし、消すつもりもない。あいつさえいなければ、こんなことにはならなかったのだ。人の5年は、長い。この5年間、ルビーは毎日寂しそうな顔をしていた。社長はどこかに消えてしまった。みやこさんは女手一つで自分の人生を俺等二人のために尽くしてくれた。アイは、たった一人、暗闇の中に取り残されて、更には記憶まで奪われてしまった。そんな皆の想いを、時間を壊したやつを、誰が許せる。みんなが、アイが、ルビーが、なんの心配もなく笑い会えるように、俺は、全てをかけて、父親を出来れば法のもとで裁いて牢屋にぶち込まなくちゃいけない。
でも、それが出来ないのなら、俺の手で、そいつが一番苦しむ方法で、殺さなくちゃいけない。その思いは、未だなお変わらない。
こんどこそ、手遅れになる前に。