「私はサイレンススズカだから」   作:花水姫

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ウイニングポスト10をプレイして、その箱庭内で活躍したサイレンスズカが、もしその記憶のままウマ娘になったら、という妄想に妄想を重ねた小説です。

そのため史実とはかけ離れた設定になっています。
↓主に史実と違う設定

・サイレンススズカの鞍上が最初からレジェンドジョッキーで、ずっと逃げで走っていたため無敗
・自己所持馬で健康S+まで育っているため沈黙の日曜日は発生なし
・3歳の時に欧州マイル3冠に挑戦し、欧州マイル4冠を所持。
・種牡馬となり系統確立するほどに繁栄した。(あまり本編には関係なし)

アンチ・ヘイトは史実勝ち馬をサイレンススズカが負かすため、念のため設定しています。

(2023/5/4追記)
また今作のウマ娘世界は、「ウイニングポストのある箱庭世界の歴史から、もしウマ娘が作られたら」というのが根幹にあるため、アニメ・ゲームと設定が大幅に変わっていますし、自家生産馬やウイニングポスト独自の架空馬なども登場する可能性があります。




誕生~ジュニア級
第1話「ボクはサイレンススズカ――ウマ娘って???」


 

 産まれたときから違和感はあった。

 短い脚に不思議な形の(ひづめ)

 立ち上がろうと思っても、どうにも自由にならない四足。

 

 そして──

 

「あぁ、初めまして。私の赤ちゃん──」

 

 ボクを抱く人影が喋る、おじさん達―人間―の言葉。

 

 

 ⏰

 

 

 この世に生を受けてから、寒い時期と暑い時期が三度ほど繰り返した。

 人の言葉では、寒い時期と暑い時期がそれぞれ一度繰り返されることを、『一年』と言うらしい。

 

 どうやらボク──、私はウマ娘というモノになったようだ。

 

 ウマ娘というのは、人間の姿だが耳の形と尻尾が異なる生命体のようで、その耳の形と尻尾はボクの頃のボク達と同じ形をしている気がした。

 

 お母さんも私と同じ耳に尻尾を持つのでウマ娘らしい。

 お母さんやお父さんからは「ワキちゃん」とボクの昔の名前で呼ばれていたのだが、言葉が喋れるようになってから

 

「ボクの名前はサイレンススズカじゃないの?」

 

 と尋ねたところちょっとした騒ぎになったのは記憶に新しい。

 

 

 後から聞くに、なんでもレースの才能があるとされるウマ娘は三女神より名前を授かるのだが、大抵は3歳ごろ、早くても自力で安定して走れるようになってからのようだ。

 それまでは幼名*1で呼ぶか人としての名前で呼ばれるらしい。

 

 私はウマ娘としての名前を貰うのが早かったから、人としての名前は大人になってから両親と相談しようと言われた。

 ウマ娘は名前が多くて大変だ。

 

 私は結局貰うという感覚はわからなかったが、ボクの頃と同じくサイレンススズカと呼ばれることになんの抵抗もないため、サイレンススズカで良いらしい。

 なんでも名前を授かると、それ以外で呼ばれることに妙な違和感を感じるようになるらしいので、サイレンススズカと呼ばれて違和感がないならそれが名前を授かっているということらしい。

 

 

 そう、先ほどからボクだったり私だったり一人称が安定しないがこれには深い理由がある。

 

『私』は、今ままならない足取りで風を感じたくて、家中をドタドタ走っている『ウマ娘』の赤子のサイレンススズカ。

 そして『ボク』は、4本の脚で大地を蹴りレースを駆け抜け、()()()()()()()で『異次元の逃亡者』と呼ばれた『馬』のサイレンススズカ。

 

 

 ──そう、私は馬の時の記憶があるウマ娘なのだ。

 

 

 ⏰

 

 

 これは大分大きくなってから知ったことなのだが、この世界に『馬』──つまりボクと同じく4本脚で走るのが得意な生き物は居ないらしい。

 その代わりに居るのがウマ娘。ウマ娘は別世界の偉大な魂―ウマソウル―を持って生まれてくるらしく、そのウマソウルが名前がなんだかんだに関わってくるらしい。

 

 きっと別世界の偉大な魂というのは、ボクのようにいっぱいレースで勝った馬なのだろう。

 

 ただ、馬の頃と違うのはウマ娘は『娘』の字がつく通り、牝──女の子しかいない。そのため私も今は女だ。

 

 これはとても不思議でどうやって繁殖するのかと思ったら、ウマ娘は人間の雄と繁殖するらしい。

 ボクの頃いろいろ面倒を見てくれた人や、おじさんのような人と繁殖しなきゃいけないのは、なんだか不思議な気分だが、その時になったらなんとなくそんな気分になるのだろう。馬の頃もそうだった。*2

 

 

 そんなこんなでよくわからないままウマ娘としての生を受けた私だが、せっかくなのでレースというものに出てみたいと思っている。

 馬の頃から走るのは好きだったし、2本脚になった今でも、赤子の身体でドタドタと覚束ない歩みだが、自分の足で身体を動かすのは楽しい。

 

 

 ⏰

 

 

 そんなこんなで赤子の頃を過ごして私は3歳になった。

 幼稚園という所に通うようになった。

 

 産まれた頃から思っていたが、ウマ娘は馬とは違い成長が遅く人間と同じ速度らしい。馬のころなんて3歳と言えばもう誰かを背中に乗せてレースに出てる年齢だ。

 

(早くレースに出たいなぁ。でもきっと幼稚園とかいうのではきっと、馬の頃みたいにレースの特訓をするんだろうなぁ。お世話する人が変わるんだし、ボクの頃もお世話の人が変わってからなんか色々させられるようになったもんなぁ*3。でも口に咥えるアレ*4は嫌だなぁ)

 

 そんな事を考えながら幼稚園に通い始めたが、困ったことに一向にレースの特訓は始まらない。

 

 幼稚園でやることと言えば、文字の練習だったりお絵描きお歌。自由時間にはお外で走って良いので思う存分走り回っているが、大人からはどう走れこう走れなんてことは言われない。

 それはそれで好きに走れて嬉しいのだが、少しばかり不安になってくる。

 

 馬の頃、おじさん*5はボクの事をすごく目にかけてくれていた。事あるごとに、それこそ事が無くともボクに会いに来てくれたし、レースの時は必ず観に来てくれた。

 

 馬のボクはおじさんの牧場でお母さんから産まれた。他にも同時に産まれた馬は沢山居たけど、おじさんはその中でもボクを目にかけてくれていたし、色んな話をしてくれた。

 あの時は人間の言葉も朧げにしかわからなかったし、意味なんて全然理解してなかったのに、不思議とウマ娘となった今ならおじさんの言葉を思い出すことも理解することもできる。

 

 おじさんは言った。

 

「私はね、ワキちゃん……いや、サイレンススズカの馬主になりたくて、馬主を始めたんだよ。

 サイレンススズカの子孫を残す。サイレンススズカの子で世界を変える。それが夢なんだ」

 

 色んなことをボクに喋ってくれた。ボクが言葉なんて理解してないことはわかってただろうに、実の子供のように──下手したら実の子供より目をかけてくれていた。

 

 

 そんなおじさんがあるときボクに言った言葉をボクは覚えている。思い出せる。

 

「サイレンススズカ、君は身体が、足が弱いかもしれないんだ。だから先生*6の言う事はちゃんと聞くんだよ。あと本番は鞍上の孟くん*7の指示にキチンと従うんだよ。そうすれば、スズカは最強で、長い期間、気持ちよく走れるようになるはずだからね」

 

 そう言って、ボクの首を撫でてくれたおじさん。

 その時のボクはおじさんが来るたびに人参をくれるし、いろいろ話したり撫でてくれるのが好きだなぁと思ってただけだった。

 

 

 でも今ならわかる。私はおじさんの言う通りにきっと脚が丈夫じゃないんだ。

 普通のウマ娘程度には丈夫だけど、きっと大人になった私の速度には耐えられない。ウマ娘のレースをお母さんと一緒に見た記憶があるが、多分馬の時と近い速度が出ていたと思う。

 そんな速度に、更に脚が2本も減ってしまった今生、耐えられる気がしない。

 

 おじさんはボクの怪我を何より心配してくれていた。きっと走れなくなった馬は大変な事になってしまうのだろう。ボクも、私も走れなくなるなんて考えるだけで恐ろしくなってしまう。

 

 馬の頃はおじさんの牧場の施設がすごい充実していた*8から、産まれた頃から色んなところに連れていって貰って、それできっと走っても大丈夫になったんだ。

 でも今は違う。走ると言えばその辺の道、馬の頃走ってた芝生より反動が強いような気が幼い身体でもわかる硬い地面。*9

 幼稚園では土の地面で走れるけど、それでもやっぱり芝生とは全然違う。

 

 この時私は嫌な予感と共に若干の恐怖を覚えた。

 走りにくい道を走るしかない上に、周りの大人は走り方について何も教えてくれない。

 

(このままでは、私は怪我をしてしまう……? おじさんが怖がってた、怪我を──)

 

 そう思ってから私は変わった。

 まず幼稚園の先生やお母さんやお父さんにレースで怪我をしないためにはどうすれば良いか質問した。

 幼稚園に通うような児童がするには、似つかわしくない質問だっただろうが、しつこくなんども聞いたらトレーナーの事を教えてくれた。

 トレーナー、つまりおじさんが先生と呼んでいた人と同じことをウマ娘にしてくれる人らしい。

 

 私は当然そのトレーナーに教わりたいと言ったが、そのためにはトレーニングセンター学園──トレセン学園というところに行く必要があり、それには10年もかかるらしい。

 10年、途方もない時間だ。ボクの感覚では10年なんてレースを引退していっぱい子供を作っている時という感覚だ。

 

 そんな大人になるまでは待てない。

 

 私はどうにかトレーナーの教えやトレーナーが教えてくれる内容がわからないか、調べた。

 そのころの質問魔になっていた私に、両親は大層苦労したと将来笑い話にされるのだが、そんなことは今の私には全く関係がないので私はとにかく質問しまくった。

 

 そしたらトレーニングのための本があるらしい。

 

 お父さんが子供用の本を買ってきてくれた。

 タイトルは「じょうず に はしる ための ほん」。

 

 その本にはこうした方が良いという普遍的なトレーニングに関する事柄が書いてあるらしく、両親はそれを私に読んで聞かせてくれた。

 そして私は天啓を得た。

 

 本、本だ。確か馬の頃もお世話してくれる人が何かいっぱい書かれた紙を読んでいた。

 アレにはきっとトレーニングの仕方が書いてあったのだ。*10

 

 私は走りたくてどうしようもない時は両親が読み聞かせしてくれた本の内容に従い走り、それ以外の時は文字の勉強に明け暮れた。

 どうしても早く自分で本を読みたかったのだ。

 

 我慢できない時は走るが、知識のないまま走りすぎて怪我をするのは怖かった。

 それから私の生活は「食う寝る走る」から、「食う寝る勉強たまに走る」に変わった。

 

 幼稚園でも変わった子だっただろう、必死に文字の勉強をするウマ娘。

 その頃のウマ娘なんて、自由にさせれば本能に任せてその辺を走り回る生命体だ。

 

 でも私は違った。怪我をせずレースをする。怪我をせずレースに勝つ。

 

 ボクのために馬主になったと言ったおじさんが、この世界に居るとは思わないけど、それでもおじさんが悲しまないように。

 私は怪我無く、最強で最速のまま長い期間気持ち良く走る。

 

 そのためには、知識が必要だったから。

 

 

 ⏰

 

 

 そうして、時間が経つにつれ私の文字への理解は深まっていった。

 ひらがな、カタカナ、漢字。

 

 小学生に上がったころには簡単な漢字は書けるようになっていた上、お父さんのパソコンを借りて読めない漢字の読み方と意味を調べることを覚えていた。

 多分私のこれなんて読むのなんて意味なのという質問攻めに疲れたのだろうと、大人になって思う。

 

 

 そして私は図書館やパソコンを通じて、沢山のトレーニングに関する本やウマ娘に関する本を幼い時から読むようになっていた。

 

 ウマ娘の脚はガラスの脚と呼ばれていること。

 気ままに走るならともかく、レースのように限界を突き詰める走りを長く続けることは難しい事。

 

 走れば走るほどに怪我のリスクが増してしまうこと。

 どうにか怪我をさせずに走りきらせようと、昔から沢山のトレーナーやお医者さんが苦労してきたこと。

 

 古今東西、沢山の怪我をしないためのトレーニングに関する本が出ていること。

 

 

 それらの本や情報を人間用もウマ娘用も、沢山の本を読み、己の身体で試してきた。

 

 小学校高学年にもなったころには、海外の最新の論文なども読んだりしていた。最近はパソコンやウマホがあれば海外の文字もニュアンスくらいはわかるから、便利なものだ。

 

 

 小学生になった頃、両親の勧めでクラブ*11に入ったりもしたが、幼稚園の頃から無駄に知識を蓄えていた私には合わずにすぐ通うことを辞めてしまった。

 

 そうして、私は怪我をしない身体づくりのためのトレーニングを個人的に続けてきた。速く走るためのトレーニングは、トレセン学園に行った後トレーナーから教われば良い。

 

 良き身体は良き食事から。バランスの良い食事を心がけ、なるべく好き嫌いは言わないようにした。

 小さい頃はタンパク質を取りすぎて筋肉が発達しすぎると成長に良くないらしいので、アスリートが飲むようなプロテインは飲まず、なるべくたくさんご飯を食べるようにした。お豆腐とか。

 

 身体は全体的に鍛える。脚の筋肉だけでなく、体幹と呼ばれる筋肉を初め、全身の筋肉を鍛える。そうすることで、脚にかかる負担を各所の筋肉が肩代わりしてくれるらしい。

 

 走る前と走った後のストレッチは念入りにする。身体が柔らかいほうが衝撃を逃しやすく怪我に繋がるような事故が起きても、その怪我の度合いを下げることにつながるらしい。さらに運動後のストレッチは疲れを残さず、早く身体の負担を回復できる効果もあるようだ。

 

 

 そうして私は己を鍛えた。

 鍛えれば鍛えるほど私は速くなった。

 

 子供、特に小学生のウマ娘程度なんて持って生まれた筋肉量と才能だけで走っているようなモノだ。

 独学とはいえ意識的にトレーニングを積んでいる私の相手にはならない。

 

 意識的に鍛えているウマ娘でも、よほどの名家で幼いころから専門のトレーナーがついているようなウマ娘でもなければ、体幹を鍛えるなど考えもしないのだろう。

 私からしてみれば同学年のウマ娘の筋肉のなんと不揃いな事、脚の筋肉だけ鍛えて上半身がおざなりになっている子は多い。

 

 そうしている内に、私は同じ学校のウマ娘には負けないほどの速さを身に着けた。

 クラブに通っている子でも、私には追い付けないし、なんならレースに身を置いたことの無い大人のウマ娘とも良い戦いができるほどの速さを手に入れた。

 

 

 持って生まれた才能もあるだろう。

 ボクは、サイレンススズカはおじさんが求め、夢を見た最強の馬だ。

 

 才能がないわけがない。才能が無くて、あんなに強い馬たちがいる世界で無敗でいられるわけがない。

 

 

 それは私も同じ。ウマ娘となっても魂は、ウマソウルは私がサイレンススズカであること、おじさんが求め夢を見た、最強のウマ娘として在る事を求め続けている。

 そんな私に才能が無いわけはない。

 

 でも、才能だけじゃない。

 ボクには及ばなくても、独学でも、より現場に近い人が考えた理論、よりウマ娘の身体に詳しい人が考えた理論を実践したこの身体が、何も考えず才能で走るだけのウマ娘に負けるわけがない。

 

 だって私は、サイレンススズカなのだから。

 おじさんが求め、ボクの背に乗った人が認めた、10ハロン最強の馬。

 

 1800m~2200mでは常に大差。2500m以下では負けは無い、生涯無敗の無敵の馬。

 

 

 今ならわかる。無敗だった理由は、おじさんが良く知っていたからだ。おじさんはボクの事をボクよりも知っていた。

 10ハロンが最も得意であること。2500以上の距離は走れない事。

 

 ボクの身体が弱い事。それを改善する設備、知識。ボクの身体が耐えられるギリギリのトレーニングの知識に、レース出走間隔の理解。

 

 ボクを育ててくれた人達にはいろんな知識があった。ボクを無敗にしたのはその知識だ。

 

 

 ホースマンなら夢見るクラシック3冠。そんな物より、ボクが強くなるトレーニングを選び、ボクが()()()()レースを選び続けたからこそ、ボクは生涯無敗だったんだ。

 

 

 知識はボクを強くした。

 

 知識は私を強くしてくれる。

 

 

 ⏰

 

 

 ならば、私より沢山の知識を持っているトレーナーが居るであろうトレセン学園は、どれだけ私を強くしてくれるだろう。

 

 私は『サイレンススズカ』。

 

 

 

 

 生涯無敗の馬のウマソウルを持ったウマ娘。最速の10ハロン走者にして、10ハロン無敵のウマ娘。合計馬身差判定不能の異次元の逃亡者。

 そんな『サイレンススズカ』になるために、私は今、中央トレーニングセンター学園の門をくぐる。

 

*1
ウマ娘の名前や人の名前が決まるまでの暫定の名前。シンボリルドルフはルナちゃんと呼ばれていた

*2
馬の頃の「その時」とは発情期の事を言っている。ウマ娘にも発情期があるのだろうとこの頃のサイレンススズカは思っていた

*3
入厩の事。正確には入厩前から馴致は始まっているが、サイレンススズカが覚えているのは人が変わったなと思ったら、色々させられるようになったなぁ。という印象だけ

*4
轡のこと

*5
馬の頃のサイレンススズカの馬主。サイレンススズカが産まれた時は41歳

*6
調教師

*7
レジェンドジョッキー。箱庭世界ではデビュー時より当牧場の馬を1世代1頭必ず主戦に任せていたため馬主のおじさんとも仲良し

*8
ウイニングポストでの建築できる要素は限界まで建築されている

*9
アスファルトのこと

*10
厩務員さんが読んでたのは競馬新聞。トレーニング教本ではない

*11
私設の塾のようなモノ。引退した競争バやトレーナーなどが子供のウマ娘に走り方を教えている事が多い





ぼく の かんがえた さいきょう の サイレンススズカ


書き溜めは無いです。
思い付いたら書いていきます
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