チームリギル体験入部終了です。
かなり長くなってしまいました。
チームリギルへの体験入部が始まってから一週間ほどがたった。
最近の私は東条トレーナー指導の下、ペース走を始めとしたレースにおける走り方の訓練を積んでいる。
最近は一定のペースでコースを走り、トレーナーが笛を吹くなどで指示をしたらスパートをかける、再度指示があったらスパート前の速度に戻すといったトレーニングを行っている。
これはどのような意図のトレーニングなのか訊ねたところ、いわゆる足を溜める感覚を掴む練習なようだ。
通常よりゆっくり一定のペースで走り、仕掛け処が来た瞬間に反応して一気にスパートをかける。先行や、特に差しで重要視される瞬発力を鍛えることにも繋がるらしい。私はスタートが得意なため、瞬発力*1*2自体は悪くないはずである。
問題は足を溜めている間、つまり抑えて走っている間なのだが、一人で走っている間はこれも特に問題はなかった。
一週間ほどこれらの訓練をこなした時、私の訓練で出す数値が悪くなかったからか、東条トレーナーから質問を受けたことがある。
「正直、ここ一週間あなたのトレーニングを受け持って色々データを纏めさせてもらっているのだけれど、データで見る上ではあなたには先行や差しでも十分やっていけるように思えるのだけれど、選抜レースを逃げで走っていたのはなぜなのか、聞いても良いかしら?」
「えっと……、そうですね……」
なぜ逃げで走るのか。改めて言語化しろと言われるとなかなかに悩まされる質問である。
前世の頃から逃げだったからです! と答えたいところだが、そんな返答をしたら頭の痛い娘認定*3は免れないため、どうにか頭をこねくり回し答えをひねり出す。
「その、逃げで走る理由……というより、先行とか差しで走らない理由、になるかもしれないんですが。
んーと、授業の時とかもそうなのですが、足の遅い娘に合わせるのが苦手みたい……というか、周りに他のウマ娘が居ると気が散るって程ではないんですけど、私が走ってて気持ちいいなって思う速度で走ると逃げになっちゃうというか……。
その、すみません私も上手く言語化できないんですが……」
しどろもどろに理由を話す私の言葉を、東条トレーナーは真剣に聞いてくれた。
「あなたの事だから知っているかもしれないけれど、逃げで走る娘って大抵は気性の問題で、先行・差しを走れないから逃げを選ぶ場合が多いのよ。あなたも、自分はそういうタイプだと思っている、ということで良いのね?」
「えっと、多分そう……ですね」
「でも、一人で走っている限りは、かなり遅いペースでも問題はなさそうだけれど?」
「それは、一人ならジョギングとかでもゆっくり走れるので、そういう感じだと思います」
「なるほど……。さっき授業とかの自分より遅い娘に合わせるのが苦手と言っていたわね? 自分より平均ペースが速いウマ娘と走ったことはあるかしら?」
「ない、ですね」
「まぁ中央に入るような新入生は大抵そうよね。わかったわ、あなたのそれが気性的な問題なのか今度確かめることにしましょうか」
「はい」
その日の東条トレーナーとの話し合いはそういった形で終わり、また東条トレーナーの指示に従いながら訓練を重ねる日々に戻った。
⏰
私の気性を確かめると、東条トレーナーが言ってから一週間とちょっと、つまり私がチームリギルに仮加入してから約三週間がたった頃。
その日は東条トレーナーが、5人のウマ娘を引き連れてトレーニングに現れた。
「さて、今日は前に言った通り、あなたの気性と脚質の関係を調べるわ。そのために、かなり変則的な併走トレーニングを今日はするわよ」
「はい」
東条トレーナーが新しいトレーニングをこなす際に、このトレーニングはどのような目的を持って挑むのかの簡単な説明を受ける。
筋トレもそうだが、トレーニングというのはなぜやるのか、どのような事を意識してやるのかを知り、意識することが重要である。
「今日のトレーニングに協力してくれる事になったウマ娘達よ」
そう言って東条トレーナーは一歩下がり、順に集まったウマ娘が自己紹介してくれる。
「元リギル所属マルゼンスキーよ♪ ガチ走りは久し振りだから、現役の時ほどは出せないと思うけど、それでもまだヤング*4よりは早いつもりだから、よろぴくね♪」
一人目は、赤に近い鹿毛の長髪を緩やかなウェーブにした、体操服姿が大層キツ──マブいちゃんねー*5である、マルゼンスキー。
シンボリルドルフの2つ上の世代であり、日本初の海外G1制覇を成し遂げた偉大なウマ娘である。
少々活用する言語に独特なギャップを感じるウマ娘であるが、ドリームシリーズからも引退した現在、その独特な言い回しが人気となり、バラエティーやレース関連の解説などに引っ張りダコの人気タレントウマ娘である。
「私はミスターシービー。元の所属はスピカで、今は……ナ・イ・ショ♪」
二人目は、小さいシルクハットのような髪飾りをした癖の強い鹿毛の長髪を、醜くない程度には纏めている、ミスターシービー。
テンポイント以来四人目の三冠ウマ娘であり、その大地が震えるとすら言われた豪快な追い込みで人々を魅了したウマ娘。人々はその名から『ミスターエンターテイナー』と呼び慕った程のこれまた偉大なウマ娘である。
一昨年、急遽ドリームシリーズからも引退し、その後はマルゼンスキーのようにテレビタレントになるでもなく、ファンの前から姿を消したのは記憶に新しい。
「改めて、シンボリルドルフだ。一日千秋、こうして君と走れる時が来るのを、楽しみにしていたよ」
三人目は、言わずとしれた現中央トレセン学園生徒会長であるシンボリルドルフ。昨今はURAの運営にも関わっていると言われており、ドリームシリーズも年に1回ほどしか走らないと、そろそろ引退して完全に裏方に回るのでは無いかとファンの間では噂されている。
こちらも説明不要のレジェンドウマ娘である。
「私はビワハヤヒデ。今はナリタブライアンの姉、といった方が通りが良いかな? 秋のG1を控えている妹の代わりで来た。今日はよろしく頼む」
四人目は、癖が強そうな葦毛が目立つ長身のウマ娘である、ビワハヤヒデ。チームではなく個人トレーナーとの契約をし、BNWの一角として一世を風靡し、三冠こそBNWで分け合った物の、古馬戦線では日本では無敗、BCターフも取る等、当時は現役最強と言われていたウマ娘である。
現在は怪我を理由に、惜しまれつつも現役を引退。幸い競争能力の喪失まではいかなかったためドリームシリーズに移籍し、その傍らトレーナーを目指して現在勉強中らしい。
そして──。
「──サンデーサイレンス。興味深ぇガキが居るって聞いて顔を見に来た。一応、スピカ所属だ」
最後の五人目、サンデーサイレンス。
青毛程とは言わないものの、漆黒に近い夜闇を思わせる青鹿毛の長髪と、額から伸びる一筋の白い流星を持つウマ娘。
ポケットに手を突っ込み、気怠そうな姿勢で立つその姿からは、ヤのつく自由業な方と同じ雰囲気を感じるが、れっきとしたアスリートウマ娘である。
アメリカ生まれアメリカ育ちだが、幼い頃にあった事故の影響で脚の骨格が歪んでしまい、アスリートとしてはハンデとも思える脚の見目の悪さや、日本以上に血統重視のアメリカの風土。さらには、その野生の狂犬のような気性の悪さからアメリカのトレーナーから見捨てられ、ほぼ亡命のような形で日本のトレセン学園に留学してきた奇特な経歴を持つウマ娘である。
しかし、アメリカでの冷遇がバネになったのか、日本でデビューした後は芝ダート問わず連戦連勝。クラシック期では「世界を見返す」と言って欧州に遠征。欧州マイル3冠をサクッと獲得すると、その足で日本に帰国してすぐ帝王賞を勝利。その後の秋戦線では「お礼参りに行く」とアメリカへ行き、BC
シニア期にも数々の伝説があり、語ると小説が一本書けてしまうため省略させてもらうが、それほどのハチャメチャなエピソードを沢山持つ『世界を股にかける名ウマ娘』*6である。
もはや、この五人でレジェンドレースでも開くのか、と聞きたくなるほどに豪華な面子が揃ったものである。
「今日は、この五人が併走トレーニングに付き合ってくれるわ。
トレーニングの詳しい内容だけど、私が止めの合図としてこの笛*7を鳴らすから、それまであなたはシンボリルドルフの隣か、すぐ後ろを維持するように注意して走って頂戴。それから、こっちの笛の音が聞こえたら、昨日までの練習と同じようにスパートをかけて頂戴。スパートし始めたら、終わりの笛が鳴るまでルドルフの隣とか気にしないで走っていいわ。それ以外のあなたの気性を調べるための細かい指示は、すでに手伝ってくれる皆に出してあるから、あなたは気にしないで良いわ。
あなたは前や隣にウマ娘が居る状態で、自分の気持ちがどうなるのかを特に注意して頂戴。怖いでも、苛立つでも、近くにウマ娘が居る事に不快感を覚えるのかどうかをトレーニングが終わった時に報告してちょうだい」
「はい。わかりました」
東条トレーナーの言葉に頷くと、ウォームアップを行い早速併走トレーニングを行うことになった。
「それじゃぁ、はじめ!」
東条トレーナーの掛け声とともにスタートを切る。流石のレジェンドウマ娘達であり、ゲートは無いとは言え皆淀みないスタートを切った。
「さ、じゃぁ私は先に行くわね♪」
「お先にな、ガキ。楽しませてくれよ」
逃げに近い前目の作戦役なのか、マルゼンスキーとサンデーサイレンスが私に声をかけると、ハナを争うように並んで加速する。
その2バ身後ろを維持するようにシンボリルドルフが私の外を走り、絶妙に私とアタマ差を維持する速度で並ぶ。そして私のすぐ後ろには、ビワハヤヒデが控えており、最内でスタートした私は*8これで疑似的に囲まれた形になる。前が開いているため完全に包まれた形ではないが、外はシンボリルドルフ、後ろはビワハヤヒデで私に圧をかける指示がなされているのだろう。
そして私たち中団から3バ身ほど離れる形で、最後方に差し・追い込み役のミスターシービーが一人悠々自適に走っている。
その状態のまま、一周2000mのコースの半分ほどを、遅めの時計で駆け抜ける。
半周ほどしたころから、言語化しにくい感覚が私の中から湧き上がってくるのを感じるが、まだこれといった確信が持てるような段階ではない。
「へぇ! ロートルなくせに意外とやるじゃねぇか!!」
「言ったでしょ? まだヤングには負けないわよ、って!」
「ロートルの日本語は留学生には理解し難いんだよ!」
前に位置するマルゼンスキーとサンデーサイレンスの二人が、何やら仲良さげに会話をしながらハナを争っているが、一応私の併走トレーニングであることを意識してくれているのか、そこまで大きく離れるような事にはなっていない。
多分離れすぎると会長が若干加速するなど、ペースをある程度管理しているようなのは、会長の隣を維持することを意識していると、なんとなくわかる。私は逃げが得意と言うだけあって、自分の絶対速度を計る体内時計はそれなりに正確である自信がある。
そうしてコースの向こう正面を越え、3コーナーに入る。1周2000mであればここあたりで位置取りを調整するために、中団は位置位置取り争いが激化する頃合いだろう。
──と思っていたら、後ろのビワハヤヒデの足音のペースが変わるのを感じ取る。
私の後ろ隣──、つまり会長のすぐ後ろにぴったりつくように位置取りを変え、会長を追い立て始める。
そうして4コーナーに入ったところで、
「──シッ」
合図に合わせスパートをかけるが、流石に格上のウマ娘達、私は徐々に離されていく。
そして終了の合図が鳴らされたとき、私は前に6バ身ほど付けられて最下位となっていた。
追いつこうと頑張ったが、流石に地力が違いすぎたようで、かなり大きく肩で息をする必要があるほど疲労してしまった。
序盤や中盤のスローペースを考えると、2000m走ったとはいえいつもより疲労は大きいかもしれない。
「いや~ん、流石にもうスパートかけるのは厳しいわぁ。チョベリバ~~*9」
「う~ん、私も引退してレース勘というか、末脚の切れ味が落ちたって感じるよ。仕掛け処の合図の反応も遅れちゃったしな~」
「ハァ、ハァ、私もまだまだ捨てたもんじゃねぇな」
「うむ、まさに
「ふぅ、鈍らない程度には身体を動かしていた甲斐があったか。この面子で3着に滑り込めるとはな」
私とは違いレジェンドウマ娘達は、額に汗をかいている程度であり、余裕が窺える。若干一名本気でスパートしたのか、1着を捥ぎ取るかわりにかなり疲弊しているウマ娘もいるが、それでも私よりは全然余裕が見受けられる。
(手も足も出なかったっ!)
さすがに勝てるなんて思いは微塵も抱いていなかったが、それでもゴール後のスタミナの残り具合の違いを見ると、相当の差を感じる。
呼吸を落ち着けるように、水を呷る私に東条トレーナーが近づき声をかけてくる。
「どうだったかしら? サイレンススズカ」
「……えっと、気持ちの話、ですよね」
「えぇ」
「その、なんかモヤモヤした感じはあったような無いような……って感じですかね」
「そう」
私の話を聞き終えると、東条トレーナーは手元の紙に何事かを書き込むと、それぞれ思い思いに息を整えていたウマ娘を集めた。
「それじゃぁサイレンススズカの体力が回復したらもう一本いくわよ。そうね、だいたい10分後で大丈夫そうから?」
「はい、大丈夫だと思います」
「それじゃぁ、10分後にまた同じ形で併走するから極力身体は冷やさないように」
東条トレーナーの指示に従い、各々ストレッチなどを初め10分間の休息に入る。
「やぁサイレンススズカ。ストレッチを一緒にどうだい?」
私がストレッチを始めたのを見ると、会長が手伝いを買って出てくれたので、その申し出をありがたく承諾する。
「どうだった? 私たちとの併走は」
「正直格の違い、みたいなものを感じました」
「ハハハ、それはそうだろうとも。それこそ本格化も来てない未熟な身で、ここまで走れる自分を誇っても良いのだよ?」
「そう、ですね……。誇ることは難しいですけど、是非本格化したらもう一度やりたいですね。その時は負けませんので」
私の言葉を聞くとシンボリルドルフは驚いたのか、大きく目を見開いた後、笑いをこらえるように破顔する。
「ククク。そうか、そこまで言ってくれるとはね。意気軒高、年甲斐もなく滾ってしまうよ」
「今日は胸を借りますけど、その時になったら会長もちぎっちゃいますから」
「フフフフ、あぁ。その時が来ることを祈っているよ。うん、その時が来るまで現役でいられるよう、私も頑張ろうか」
よし、楽しく話せたな! *10
⏰
その後、3本ほど同じような併走を行った後、東条トレーナーは今までのデータを纏めるため、30分ほどの長めの休憩を私たちに指示する。
10分ほどで私がお手洗いやらストレッチやらを終えボーッとしていると、データを纏め終わったのか東条トレーナーが近寄ってきたので、挨拶をしておく。
「お疲れ様です」
「えぇ、ありがとう。ところでちょっと質問しても良いかしら?」
「はい」
「今まで私が見てきた限り先行差しでも十分やっていけそうに感じたわ。それこそ、絶対に逃げを選ばなければならないと言われるほどの気性は、あなたからは感じないわね」
「そうですか」
東条トレーナーからしたらそう受け取れるのだろう。私としてもなんとも言いようのないモヤモヤが残るくらいで、どうしても我慢が利かないほどではない。
「私としてはね、逃げは健康的、勝率的リスクがあると思っているから、あなたのような素質あるウマ娘にはできれば先行・差しで走ってもらいたいと思っているのだけれど、あなた自身はどう?」
「そうですね……。あまり考えなかったですけど、逃げが脚に負担がかかるって言われるのはわかる気がします」
今日の練習なんかは、これだけ走っているのにも関わらずいつもより足を使っている感覚が少ない。
まぁスパートまでは私でも感じるくらいのスローペースで走っている、という事もあるのかもしれないが、それでも逃げのつもりで走るより脚に残る疲れが少ないように感じる。
「ただ、私が見ている限り先行差しに対する懸念点も浮かんでいてね……。次の併走はそれを確かめたいから指示を変えたいのだけれど、大丈夫かしら?」
「はい、問題ありません。インターバルも長めに頂いているので、スタミナも脚もまだまだ大丈夫です」
「わかったわ、それなら休憩が終わったらみんなと纏めて指示を出すわね」
「はい」
私の返答に満足いったのか、東条トレーナーは私の側を離れると他のウマ娘を集め何やら指示をしているようだ。
「それじゃ、ちょっと早めだけど休憩を終えるわ。次の併走はやり方を変えるから、その説明のために集まって頂戴」
東条トレーナーの言葉を聞き、すでに集まっていた会長たちの側へと行く。
「さっきも言ったけど、次からしばらくは若干やり方を変えるわ。サイレンススズカは今度は極力自分の走りに集中して、自分が好きなペースで走って頂戴。今度はスローペースとか気にしなくていいわ」
「はい」
「他のみんなは先ほどの指示に従って走って頂戴。それじゃぁ、さっそくだけど始めるわよ」
東条トレーナーの指示に従い、5度目となるスタート位置で並ぶ。
「それじゃ、スタート!」
気持ち良く走っていいと言われたので、他のウマ娘を気にせずそれなりの加速をつける。
最初は先ほどまでと同じペースを保つようにしているのか、マルゼンスキーやサンデーサイレンスとハナを争うような形になってしまう。
「へぇ、なかなかやるじゃねぇかガキ」
「そうね、お姉さんたちに追いつけるなんて。でも大丈夫? 無理はしてない?」
「大丈夫です」
それどころか、先ほどの抑えに抑えて走っていたより気持ち良く走れる*11。
私の気持ちの高揚に応えるように、徐々に速度は上がっていき、第1コーナーに入るころには私がハナを取っていた。
囲まれていた時は感じられなかったが、風を切る感触がより心地よく感じる。
そうして、そこそこの速度で走りコーナーへと差し掛かった私だが、そんな私の
「速度はソコソコだが、コーナーが下手糞だな」
その声に驚き、内ラチ側の後ろを見ると、姿勢を低くしたサンデーサイレンスが、私と内ラチの間に身体を潜らせるように走っていた。
「コーナリングがあまりにも杜撰で、折角の速度が勿体ねぇなぁ。だからこうして私に内を奪われるんだぜ」
そう言ったサンデーサイレンスは2コーナーで私を
『弧線のプロフェッサー』。そうとしか言いようが無いほど、サンデーサイレンスはコーナーが上手いとファンの間では有名だった。
内ラチを削るかの如く身体を傾け、速度を維持したまま曲がるその命知らずな度胸とコーナリング技術は、現役時代のサンデーサイレンスの特徴であり強力な武器であった。
BCクラシックにおいて対決したイージーゴアに勝てたのも、このコーナリング技術があったためであると言われている。それが示すように上がり3ハロンでは、サンデーサイレンスはイージーゴアに大きく遅れを取っていた。
絶対的な速度差すら覆すサンデーサイレンスのコーナリングは、まさしく魔術と言っても過言ではない。
そのコーナリングを間近で経験できた私はなんという幸運なのだろう。しかしそれはそれとして、追い抜いた私を煽るように指を立てるのはどうかと思う。だからウマ娘一の気性難なんて呼ばれるのだ。
煽り耐性が無いと言われてしまうかもしれないが、若干ムカついた私はコーナーを抜けた向こう正面の直線で加速する。
「へぇ、根性あるじゃねぇか。嫌いじゃないぜぇ、そういう跳ねっ返りはよ」
コーナーで付けた差が縮まるのを確認すると、サンデーサイレンスは口笛を吹いて私にそう言う。
「ただこの私に──、サンデーサイレンス様に喧嘩を売るのは10年は早ぇな!!」
そう言うとサンデーサイレンスも加速し、距離が縮まるのが一定の距離でピタッと止まる。その差は約半バ身。
併走トレーニングで、彼我の実力差がかなりあるとはいえ、こうまで明確に半バ身を維持されると、実力差に打ちのめされそうになる。
それでも私は諦めずにサンデーサイレンスに喰らいつく。
そして3コーナーに入ったとき、私の後ろから
「もう、二人だけで楽しそうにしちゃって。お姉さんも混ぜて欲しいわ!」
マルゼンスキー。その絶対的な速度から「逃げになってしまう」と言われたウマ娘。
ギアチェンジした彼女の加速は、まさにエンジンの違いを感じさせる。
「ハッ! やっと来たかよロートル!!」
「サンデーちゃんこれスズカちゃんの併走だってこと、忘れてないかしら? まぁ私も、5本目でやっとエンジンが温まってきたのだけれど、ね!!」
3コーナーの最中、サンデーサイレンスとマルゼンスキーが私を挟んで話し合う。そうして4コーナーに差し掛かるころ、東条トレーナーからスパートの指示が下る。
「──シッ!」
指示に合わせスパートをかけ加速するが、それでもサンデーサイレンスとの差は縮まらない。
──それどころか差は開いていく。
「ハッ! 今度も私が勝たせてもらうぜぇ! ロートルさんよぉ!!」
「あら、やっと暖まってきた。って言ったでしょ! 私のエンジンはこれからが全開よ!!」
サンデーサイレンスだけではなく、マルゼンスキーにも抜かされる。
私は喋る余裕すらないスパートをかけているというのに、前を行く二人は言葉を掛け合う余裕すら持ち合わせながら、私を置き去っていく。
でも、その二人だけじゃない。
後ろには、まだ3人居る。
「一人目──、若干間に合わないか……。ビワハヤヒデを利用させてもらえば良かったかな」
シンボリルドルフが私を抜き去る瞬間、その独り言が私の耳に入る。
「うんうん、私もやっと調子が上がって来たよ!」
その会長を追うように、突風を纏いながらミスターシービーが駆け抜ける。私には目もくれず。
「ふぅ、ウマ娘というのはままならないものだな。併走とはいえ、走りとなるとどうしても熱くなってしまう」
気づけば最後の一人、ビワハヤヒデに並ばれていた。
「さすがにあそこまでのスパートはもうかけられないが、私もまだまだアスリートウマ娘の気質が抜けないな」
ビワハヤヒデは困ったような苦笑を私に向けると、一瞬で鋭い表情に変わり前を睨みつけ、加速した。
──私は、ビワハヤヒデから4バ身差で最下位になった。
⏰
「それじゃ今日のトレーニングはここまでにするわ。皆、手伝ってくれてありがとう。後で改めてお礼をするわね」
その後も何度か併走をこなした後、東条トレーナーの言葉に従い今日のトレーニングは終了となった。
結局その後も逃げ気味で走るも疲労が溜まってきたのか、5着との着差はどんどん広がっていき、最終着差は10バ身を超えた。
さすがに大差をつけられての敗北と言うのは、トレーニングといえど堪える。
最後の併走なんかは、全員熱くなりすぎだと東条トレーナーに怒られていたが、それでも走り終えた時のレジェンドウマ娘達はあまり息が乱れていなかった。
最終的に私は立ち上がることすら困難なほど、疲労困憊であった。
トレーニングの終了も、東条トレーナーが私の疲労回復が蓄積に追いついてこなくなったと判断し、早めに切り上げることにしただけである。
「お疲れ様」
「ハァ、ハァ。東条、トレーナー」
解散するレジェンドウマ娘達を見送った東条トレーナーが、水とタオルを差しだしてくれるのでありがたく受け取る。
「正直ここまで走れるとは思わなかったわ。それこそ本格化前だって事を途中から忘れちゃうくらいよ」
「……それでも、最後は散々な走りでした……」
「そうね、でもその散々で済んでいるのは、あなたの今までの積み重ねがあったからよ」
東条トレーナーの言葉は最もであるが、それでも忸怩たる思いが湧き上がるのを止められない。
「納得いかない、って顔ね。まぁその負けん気はトップアスリートの素質としては大事なものよ」
なんだか東条トレーナーが優しい気がする。
さすがに5人のレジェンドウマ娘で囲って走りづめにするトレーニングは、非人道的行為だという事に思い至ったのだろうか。
当事者の私としては、いくら積んでも得られない程の貴重な経験をさせてもらったので、東条トレーナーを恨む気はこれっぽっちもないが。
「今日のトレーニングで、あなたの気性について私なりの知見を得られたのだけれど、それをあなたに共有しても良いかしら?」
私の呼吸がある程度落ち着いてきたことを確認すると、東条トレーナーがそう言ってきた。
そういえば途中から忘れていたが、最初は私の気性が先行・差しに合いそうなのかどうなのかを確認するのが目的であった。
「あ、お願いします」
私が話してほしい旨を伝えると、東条トレーナーは一つ頷いて語り始める。
「あくまで私の知見になるから、他のトレーナーが見たら違う判断を下す可能性があるのだけど。現状あなたの気性は気性難、とまでは言わないけれど、トレーナーが言う気性が良い、というのには当てはまらないわね」
まぁそうだろう。併走の途中から忘れていたとはいえ、今併走中の事を思い返すとサンデーサイレンスの煽りに一々反応したりと、気性が良いとは言えなかった。
「それから、周りにウマ娘が居る状態のとき、あなたは言語化しにくいモヤモヤがあると言っていたけど、傍から見ていると後半の好きに走らせた時と比べて、明らかに集中力が散漫になっていたわ。それは後半でも、サンデーサイレンスやマルゼンスキーに横に並ばれたときに顕著に表れていたわね。自分がハナを取って走っている時と、誰かに並ばれたり抜かれたりした後では、明らかに後者の走りに精彩が欠けていたわ」
「そう、だったんですか」
まわりのウマ娘に気を取られるなんて、自分でも気が付かなかったのだが、歴戦のトレーナーが見るとやはり違いが見えるようだ。
「負けん気が強いからか、抜かされる前や抜かされてすぐに関しては、抜き返そうという気が強くなるような傾向もみられたわ。
詰まるところ、今日見た感じでは、あなたのその気性が改善できないのであれば、あなたには逃げがあっている……と言わざるを得ないわね」
「そうですか」
やはり私はボクの頃から変わらず逃げがあっている、という事だろう。いや、ボクの頃は人語も解さない馬だったため、おじさんたちはボクの気性を治すことを諦めただけかもしれないが。
ただウマ娘は人語も解すし、馬の頃より明らかに理性や思考能力と言ったものが高い。これは馬の頃をおぼろげながらも覚えている私だから断言できることだ。
そして、その理性や知性があれば、気性の改善……というのも馬の頃よりは目があるように見える。東条トレーナーも、気性の改善が全く不可能であるような話し方はしていないため、ある程度の実例はあるのだろう。
それでも──。
「東条トレーナー、いろいろと私のためにありがとうございました」
私はサイレンススズカだから。
「今日の併走や、今までのトレーニングを通じて、私にはやっぱり逃げがあっているんだと確信できました」
沢山の人を魅了したこの走りには誇りがあるから。
「やっぱり、逃げで行きたい?」
「はい」
「あなたの高すぎる能力で逃げなんて走ったら、自分を傷つけるかもしれないわよ」
「そうしないように鍛えてるつもりですし、私がそうならないようなケアに優れているトレーナーを見つけます。私は、リギルでのトレーニングを通して、そう強く思えるようになりました」
私の答えを聞いて、東条トレーナーは残念そうに俯き、ため息とともに肩を落とす。
「……そう、残念ね。まだ数日あるとはいえ、この1カ月。あなたとは意外とうまく行けそうな気もしたのだけれど」
「東条トレーナーは、そういうケアとか……苦手なんですか?」
「一般的なトレーナー程度の腕はあるつもりだけど、私があなたに授けられる怪我をしないためのアドバイスは、もう作戦を差し──せめて先行に変えるよう進言することくらいだわ。でも、それは嫌なんでしょう?」
「そう、ですね。できるなら、私は気持ち良く、先頭の景色を見たい。先頭を突っ切る、あの風を浴びていたい」
「それなら、私じゃない方が良いかもしれないわね。私では、あなたに予想できた怪我をさせてしまう事になりかねない。いえ、私以外でも難しいかもしれないわよ。いつか自分の走りに耐え切れなくなって、怪我をすることがほぼ確定しているウマ娘の担当だなんて、普通のトレーナーなら受けたがらないもの」
「それでも、私は先頭の景色をあきらめません」
「それはなぜか、聞いても良いかしら?」
「それは」
それは──。
私の前世は馬で、馬主のおじさんが夢見たサイレンススズカは、先頭を一度も譲らず影すら踏ませない。
その馬は10ハロンにおいて無敗を誇った、人々が夢を見た走りを貫き通した、そういう馬だから。
──こうして、私のリギル体験入部は終わった。
はい、チームリギル体験入部編、別名タイトル回収回でした。
「私はサイレンススズカだから」というタイトルは、リギルを抜けるときにおハナさんにそういうスズカの情景が浮かんできたので付けたタイトルでした。
これでやっとプロローグにあたる、ウマ娘になったスズカが馬の頃のサイレンススズカと同じ夢をファンに見させるという覚悟が決まったと思います。
次回からはデビューを目指して本格的に動き出す予定です。
それではまた次回