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合同記者会見も終わり、重い芝への適性訓練を重ねながらの日々を過ごして半月後、欧州へと旅立つことになった。
欧州で私を受け入れてくれることになったトレセンの受け入れ準備ができたらしく、3月から本格的に留学という形で一時的に欧州へと旅立つ。
元々はハルカトレーナーのご実家の伝手があるフランストレセンに留学する予定であったが、私の目標レースが凱旋門以外イギリスで開催されることもあり、URAの掛け合いもあってイギリストレセンが受け入れてくれることになった。
そんな訳で旅立つ前のお別れ会を、ささやかながら友人たちと開催する事になった。
「それでは~! スズカの旅立ちを祝ってー! Let's party!!」
主催者であるタイキシャトルの掛け声と共に、各々手に持つジュースのコップをぶつけ合う。
参加しているのはマチカネフクキタルにメジロドーベルとメジロブライト、そして私。この一年ですっかりいつもの5人となった同年代だ。
気づけば何かと縁があり仲良くなっていたエアグルーヴも誘ったのだが、生徒会の仕事もあるし同世代だけで楽しめ、と断られてしまった。
そんなわけでいつメンの5人で、寮の私の部屋で細やかな夜のお菓子パーティーである。
「それにしても告知された時に聞いていましたが、まさか欧州遠征の目標が欧州3冠とは。いやはや全くもってスズカさんらしいというか何というか」
雑談をしつつ、ある程度場が温まったことで放ったフクキタルの言葉から、私の欧州遠征の話へと移る。
「ホントよ!! そりゃ、路線が違うからクラシック期は私はあまり関係ないとはいえ……、そんな大事なことを私達にまで隠してるんだから!!」
「そうですね~。これでスズカさんが帰ってくるまでぇ、戦ったことがあるのは私だけですね~」
「Oh! ブライトはズルいでーす! 私もスズカとraceしたかったでーす!」
「いやぁ、私は正直スズカさんがクラシックレースに出ないと聞いてホッとしてますよ~。やっぱりまだ戦うのは時期尚早というかー」
各々が私と戦うことに関して好き勝手コメントするが、それに関しては私も思う所がないわけではない。
「ま、まぁ私も年末はわからないけど、少なくとも来年は日本で走る予定だし、その時に一緒に走りましょう」
別に今レースで一緒に走っても良いのだが、タイキもフクキタルもブライトも、各々得意距離が違っている。ドーベルはどちらかと言うとフクキタルとタイキの間になるだろうか。それぞれの走りに良いところがあり、それぞれの個性が顕著に表れるシニア……完成間際に闘った方が面白い勝負ができるという物だ。
「私は元々路線が違うからそのつもりだけど……。それより、アンタが海外とか大丈夫なの? 夜の一人寝が嫌になって、夜に私やフクキタルに連絡しても誰も来てくれないんだからね」
「もぅ、いつの話してるのよ。私だって先輩が卒業してから1年以上ずっと1人で寝てたんだから大丈夫よ。その証拠に最近は連絡してないでしょ?」
「あはは、そういえばそうですね~。懐かしいですね~、同室の先輩が居なくて寂しいから一緒に寝てなんて言ってましたね~」
「Oh~スズカの気持ちもわかりまーす。1人はVery lonelyね」
走る話題の次は私の寂しがりに話題が飛ぶ。タイキは私と同じかそれ以上に寂しがりらしく、頻繁にパーティを開催しようとして寂しさを紛らわせている。私も流石に去年ダンスパートナー先輩が卒業してからは、我慢を覚えてドーベルやフクキタルを呼び出すようなことをしていない。これでももう高校生になったのだ。一人寝くらい余裕である。*1
そんな色々話題が飛びながらも、私のお別れ会は寮長に消灯時間を過ぎていることを注意されるまで盛り上がったのであった。
⏰
北緯51.48、西経0.45。
世界の地理に詳しく、旅行好きであれば細かい施設まで、そうでなくとも義務教育レベルの地理を修めていれば、どの国のどの都市なのかすぐさまわかるであろう、特徴的な数字。
それが示す場所。そう、ロンドン・ヒースロー空港に私は降り立っていた。
「ここが、イギリスですか」
「えぇ、その首都ロンドン。ブリテン諸島の緯度は日本の最北端よりも北だから、ウマ娘のスズカはこっちの方が住みやすいかもしれないわね」
「そうなんですね。窓から見える外は……、ちょっと霧っぽいですね」
「霧の街と言われるゆえんね。もう2月も終わりだから、そろそろ落ち着いてあまり見なくなるかもしれないわね」
「それは残念です。霧の中を走るのも面白そうでしたけど」
私たちが空港のロビーでなぜ雑談をしているかと言うと、欧州遠征の際に私たちをフォローしてくれることになった協力者の方を待っているためである。
「Hey! ハルカ! 遅れてごめんなさい!」
しばし雑談しながら待っていると、妙齢の女性が私たちの名を呼びながら駆け足で近づいてくる。
「今回は色々手伝っていただきありがとうございます、エマさん」
「No problem! あなたと私の仲じゃない。それにあなたの愛バがまた欧州の地を走るなんて、素敵な事だわ」
ハルカトレーナーと仲良さげに話し始めた金髪碧眼の女性が、今回私が欧州遠征にあたってのアドバイスや案内、各所への手続きなどの手伝いを申し出てくれた協力者の方らしい。
「あ、紹介が遅れました。こちらが今回面倒を見ていただくサイレンススズカです」
「サイレンススズカです。今回はお手間を取っていただいてありがとうございます。半年の間よろしくお願いします」
「噂は聞いているわ、サイレンススズカ。私はエマ・トラド。欧州でウマ娘遠征コーディネーターをしているわ。ま、簡単に言うと今回のあなたのように、海外から欧州へ遠征にくるウマ娘をサポートするお仕事よ。今回私がついてるのも、ハルカの紹介だからってことはあるけど、別にタダ働きとかじゃないから気にせず頼ってちょうだい」
「はい、わかりました。よろしくお願いいたします」
エマ・トラド*2さん。今回私の遠征をサポートしてくれる協力者の方。私は知らなかったが、国際競走が開催されている各国にはエマさんのように、国外から遠征するウマ娘が現地の施設やレース登録を円滑に進めるためにサポートしてくれる職業として、ウマ娘遠征コーディネーター*3というのがあり、エマさんはその仕事の一環として私の面倒を引き受けてくれたらしい。
「さ、さっそく行きましょう! ウマ娘レースの起源、グレートブリテンへ!」
「(ちなみに、若そうに見えるけど私の父と同世代の、かなりのベテランの方ですから、あまり失礼がないようにね)」
「えっ」
エマさんが先導して歩き始めると、ハルカトレーナーがそっと私に耳打ちした内容に驚きを隠せない。
ハルカトレーナーの父親と同世代と言うことは、若くても40代後半、50代前半くらいは行っていても可笑しくない。それにしてはエマさんは精々30代くらいにしか見えない。*4
「(本来なら私みたいなサブトレーナーが仕事を頼めるような人じゃないのを、父のよしみで受けていただいたの。とても顔も広いし色々便宜をはかってくれると思うから、失礼にならない程度に頼りなさい)」
「は、はい」
「2人ともどうしたの? いくわよー!」
「あ、すみません! 今行きます!」
ハルカトレーナーとコソコソ話してると入口近くまで移動していたエマさんが、私達が追いついてないことに気づき声をかけてきたので、ハルカトレーナーとともに慌ててエマさんを追って空港を出ることにした。
⏰
ロンドン・ヒースロー空港を出てから、エマさんの車で駆けること約2時間弱*5。私達は首都ロンドンから北へ約90マイル*6の道のりを超えて、目的の都市へとたどり着いた。
郊外を越え都市内へと入ると、エマさんが車の速度を落とし私達に外の景色を眺めるよう促す。
「スズカ! ここがイギリス競馬、ひいては世界の競馬の中心地! ニューマーケットよ!!」
エマさんの言葉に従い外を見ると、ロンドンの街並みに似つつもそこまで都会ではないからか、高層集合住宅はほぼ見られず、どの家屋も広々と土地を使っている印象を受ける。*7
また、特に目を引くのはウマ娘専用レーンの広さだろう。府中でもウマ娘専用レーンはあるが、あくまでも自転車レーンのように歩道の脇に位置しているだけだ。だがニューマーケットのウマ娘専用レーンはそれだけで歩道と同じ広さを確保し、ガードレールも完備されている。
街中では、ウマ娘たちが伸び伸びとウマ娘専用レーンを走っており、交通の多い所ではウマ娘専用信号*8なども見受けられた。
他にも街並みの至る所でウマ娘に対する配慮が見受けられ、まさに街そのものがウマ娘と共に発展してきた歴史を感じられる物であった。
「わぁ──」
その光景に圧倒され、私はつい感嘆の声を漏らしてしまう。
「どう? ここがニューマーケット。ウマ娘の街とも言われる、ウマ娘レースと共に発展してきた街よ」
「すごいです──。いろんなところにウマ娘の息が感じられて……。それに、こんなに広いウマ娘専用レーンは初めて見ました」
「ふふ、そうでしょう。広いウマ娘専用レーンはアメリカの郊外とかにもあるけど、ここまでの都会でこの広さはニューマーケットの特徴よ!」
エマさんが自慢げに説明しながらニューマーケットの中心部へと向かって走っていく。
日本でのウマ娘興行の中心が東京の府中ならば、イギリスでのウマ娘興行の中心がニューマーケットである。
府中には府中トレセン学園、通称中央トレセンがある。ならば、イギリスで中央トレセンと言った場合それはどこにあるのか。そう、ニューマーケットである。
「見えてきたわね。ニューマーケットトレセン学園、イギリスでトレセンもしくは中央と言えば、ここの事よ」
見えるのは大きな城と言わんばかりの巨大な建物とそれを囲う壁。日本のトレセンは比較的最近できたため近代建築だが、ニューマーケットのトレセンはその歴史が古い分、14世紀などに作られた城塞を再利用しているらしい。
大きな門を車のまま潜り、駐車スペースに車を停車するとエマさんに促されるまま降りる。
「Welcome! サイレンススズカ。イギリス人を代表して、貴女を迎えるわ!」
エマさんのその言葉と共に、トレセン学園の地面とイギリスの冷たい空気を吸い込んだ私は、イギリスに来たのだという実感を深めた。
⏰
トレセン学園は学園であるので生徒会という組織があり、その組織は通常の学校より多くの権限が与えられる。しかもその仕事は多岐に渡り、地方ウマ娘のスカウトなどURA職員と同程度の仕事や権限を与えられていることすらある。
日本の中央トレセンの生徒会長ですらそのような権限があるのだから、国は違うと言えど同じ中央と呼ばれる学園に所属している生徒会長にはそれなりの権力が与えられる。そんな権力者は日本で言えばシンボリルドルフなど、実力と人格を兼ね備えた人物が相応しい。そう、中央トレセンの生徒会長とは、レースが上手いだけではなく、それ以上の人格的政治的能力が求められるのだ。
欧州でそのような優駿と言えばだれを思い浮かべるだろうか。歴史上を振り返れば色々な優駿が思い浮かぶだろう。しかし、少なくともドリームシリーズ在籍中となると、一人のウマ娘の名しか上がることはない。
イギリス人の100人のうち100人がその名を上げるであろう、万人が認める優駿。
『苦難を乗り越える勇者』や、ただ一言『勇者』、『世界最強』と謳われるウマ娘。
中距離において世界最強にして欧州歴代最強。
その末脚ですべてのウマ娘を置き去りにしたことで伝説となった凱旋門賞が印象深い、欧州が誇る英雄。
WBUR*9のLong区分*10において異例の141ポンドという数値を叩き出した異例の優駿。
ダンシングブレーヴ。
欧州、ひいては世界で最も強いと謳われたウマ娘が今、私の目の前にいる。*11
「よく来ましたね、お二方。あなた達の来訪をグレートブリテンを代表して歓迎いたしましょう」
エマさんに生徒会室に案内された私とハルカトレーナーを出迎えてくれたのは、黒色に近い鹿毛を持ったお淑やかなウマ娘。
ニューマーケットトレセン学園生徒会長、ダンシングブレーヴ。
「それにハルカトレーナーも、貴女とはサンデーサイレンスがこちらに来たとき以来ですね」
「お久しぶりです、ダンシングブレーヴさん。今回は沖野は居らず、トレーナーは私だけですがよろしくお願いします」
ハルカトレーナーとダンシングブレーヴさんは知己の間柄なようで、お互い挨拶を交わすと力強いハンドシェイクの後ハグで親愛の情を示す。
「そちらがサイレンススズカですね。日本のシンボリルドルフからお話は伺っています。よく来てくれましたね」
ハルカトレーナーとハグを交わしたダンシングブレーヴさんは、私の方へ向き直ると右手を差し出し握手を求められる。
「サイレンススズカです。会長から何を聞いているかわかりませんが、レースの本場で沢山の経験を得たいと思っています」
握手をしながら、欧州での抱負を語る。さすがにこの場で「欧州3大レース取ります」なんて大言壮語を語るほど空気が読めないわけではない。
「ふふ、はい。必ずあなたにとって得難い経験になるはずですよ。マルゼンスキーやシンボリルドルフを始め、日本からは数々の強いウマ娘が欧州に来ていました。今や日本のウマ娘を田舎者と呼ぶ者は少ないでしょう。かくいう私も、あなたがダンスパートナー以来の欧州で歴史に名を残すウマ娘になることを期待していますよ」
そう言ってダンシングブレーヴさんは優しく、しかし強い
その笑みを見て、私の欧州遠征は予想より過酷な物になるかもしれないと、そんな予感を感じたのであった。
サクッとイギリスにやってきました。
ちょっと熱意が落ちかけてましたが、クラシック級編で書きたい場面が思いついたので、もうちょっと精力的に更新できるようになると思います。
今後、というか今作の海外ウマ娘やその他ウマ娘の描写の少なさに関して活動報告を書きました。
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=299616&uid=3443