「私はサイレンススズカだから」   作:花水姫

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第19話「欧州への適性と私の()()と」

 

 ニューマーケットトレセン学園へと編入したのは3月の初めとなった。時期的にはちょうど学期の半分ほどであり、日本で言うと夏休みが終わって9月に編入してきた学生のようになるだろうか。*1

 

 今まで日本からもマルゼンスキーさんを初め、数多くのウマ娘が欧州へと遠征していたが、大体が4月~6月の間だったり、凱旋門賞のある9月~10月の間だったりと2,3カ月の滞在が多く、現地のトレセン学園に編入するウマ娘はほとんど居なかったため、トレセン学園に居るイギリスウマ娘からは大層珍しがられた。

 トレセン学園入学前から欧州遠征を視野に入れていたため、日常会話程度なら熟すことが可能であり、学園内での授業などに困ることはあまり無い。*2

 

 

 そんな感じで日常生活は恙なく送ることができている私は、ニューマーケットトレセンの施設やニューマーケットにあるウマ娘用トレーニング施設を利用して欧州芝での走りの調整に費やしていた。

 

 

「これが、スズカのこっち来てからのデータね」

「えっと、どうですかね?」

 

 一週間ほどのデータが溜まったことで、今日は私の欧州芝──特にイギリスでの芝適性がどの程度かを精査するため、ミーティングを行うことになった。

 

「まず、タイムはそこそこ。日本での適性訓練の甲斐があったのか、1秒とか酷いほどの落ち込みは見えてないわ」

「それは良かったです」

「こっちの芝みたいな重いバ場も慣れてきたかしら?」

「そう、ですね……正直、まだ意識的に頑張って速度を出してる感じです」

 

 私が欧州を目指していると告げてから行っていた適性訓練のおかげか、イギリスに来てから若干走りにくいと感じる程度で済んでいる。

 今思えばボク──馬の頃は欧州の芝はただただ走りにくいと思うだけだった。しかし馬とウマ娘の認知能力の差なのか、トレーナーの指導のおかげなのか、今では走りやすくなる方法を突き詰めることで、その走りにくさを軽減することができている。*3

 

「うーん、時計自体は悪くないから。あとは実践かしらね」

「実践、ですか?」

「えぇ。スズカが苦手なこの重いバ場に適応したウマ娘達と戦うことで、どれだけのパフォーマンスが出せるのか、どれだけ消耗するのかを知ることができるしね」

「なるほど。時計を計ってるとはいえ、一人で走ってるときとレースの時では気合乗りが違いますもんね」

「え、えぇ。そうね」

 

 トレーナーの言葉が腑に落ちた私が放った言葉を聞いたハルカトレーナーは、なぜか頬を引きつらせているが私の実践へ前向きな姿勢を見て、言葉を切り出す。

 

 

「それなら、ちょうどいい時期にいいレースがあるわよ」

 

 

 ハルカトレーナーはそう言って、いたずらっ子のようにニヤリと笑ったのだった。

 

 

 ⏰

 

 ミーティングから約一月が経過し、ハルカトレーナーが「ちょうどいい時期のレース」と言っていたレースの開催日となった。

 私が今日参加することになったレースの名は、『クレイヴンステークス』。

 格付けはG3、開催場所はニューマーケットレース場、距離は1600m。

 

 そう、私が欧州で最初のG1として目標にしている、英2000ギニーと全く同じ条件なのである。

 

 クレイヴンステークスはその条件通り、2000ギニーの前哨戦であり、2000ギニーの一月前に開催されるという時期の関係で、イギリスのクラシック戦線を占うレースと言われている。

 

 

 とは言えどもクレイヴンステークスはG3レース。参加するウマ娘は私含めても8人しか居ない。*4

 これは、昨今の欧州では「少ない回数で大きく稼いで、早くドリームシリーズに移籍することを目指す」という風習のせいでもある。*5

 観客への見世物としての趣が強い日本と、あくまでアスリートの大会であるという意識が強い欧州の違いとも言え、アスリートの大会として見た場合、トゥインクルシリーズよりドリームシリーズの方が賞金額が多いため、そちらに早く移籍するのは当然ともいえる。

 

 話が少々ズレたが、そんな日本では少ないとすらいえる8人だてのクレイヴンステークスであるが、あまり人数の多寡は関係ないと言えよう。

 何故なら、クレイヴンステークスや2000ギニーが開催されるニューマーケットレース場の1600は、()()()()だからである。

 

 狭い土地にどうにかレース場を作った日本では直線競走は、新潟レース場で行われる1000m競走だけだが、広い土地や丘陵などをそのままレース場にしている欧州では、1600以下のレースは直線競走もそれなりの数開催されている。

 直線競走という関係上、ウマ番*6による内外での有利不利は無く、単純にもっとも速いウマ娘が勝つという、原初の駆けっこに近い物がある。

 勿論、直線とはいえ1600mも走るのだから、ペース配分だったりただの駆けっことは違う力量も必要なのだが、それでも1600mという距離や、コーナリングでの技術や駆け引きといった余分なものを必要としない分、『最も速いウマ娘が勝つ』という言葉が似合うほど、ウマ娘としてのポテンシャル、特にスピードに関する能力*7による差が、最も浮き彫りになるレースであるとも言える。

 

 

「さて、ニューマーケット1マイル直線の復習はこれくらいでいいわね」

 

 上記のクレイヴンステークスに関しての解説は全部トレーナーの受け売りである。

 控室に通された私たちは、パドックまでの時間を利用してレースやコースの特徴について、復習をしていた。

 

「はい」

「うん、それならよし。じゃぁ次は作戦だけど」

 

 ハルカトレーナーは私が頷いたことを確認すると、少し溜めてから次の言葉を発する。

 

 

「全力で走りなさい」

「はい!」

 

 

 そう、今回の作戦は『全力で走る事』である。

 直線という余分な速度ロスの無いコース。そして現在、欧州での私の1600mのベストタイムは1分37秒ほど。ここ数年のクレイヴンステークスの勝ち時計としては平均的な値である。

 つまり、現状のままでは私は勝てるかもしれないし、勝てないかもしれないといった程度でしかない。そのため、まずは全力で走る。

 本番という環境が私にとって追い風となるのか、向かい風となるのか。それを確かめるという意味もあるし、欧州のレースで全力を出した場合、私の疲労などはどうなのかを見るという意味もある。

 

 クレイヴンステークスはG3という格付けもあり、前哨戦にしては各ウマ娘の気合乗りなども良いとは言えない状態にあるように見えるため、私の勝ち目も十分にあるが、それでも私が全力を出さないで勝てるほど弱いウマ娘達ではない。

 

「それじゃぁ時間ね。正直私は勝てなくても仕方がないとも思っているわ。イギリスへ来てからひと月とちょっと、それにこっちでは初めてのレース。日本とは何もかも勝手が違うし、この環境にあなたが慣れ切っているとも思わない。だけど、それでも私はサイレンススズカが負けるはずがないとも思っている。貴女が、サイレンススズカが全力を出せれば、同年代のウマ娘なんかに負けるはずがないと、そう思っているから。だから、何も考えず()()()走りなさい」

「はい!」

 

 

 ハルカトレーナーの鼓舞を受け、気合十分となった私はレース場へと向かう。

 

 

 ⏰

 

     レーススキップ中     

 

 ⏰

 

 

 

 クレイヴンステークスを走り抜けた日の夜、私はなんだか寝付けなくて寝泊りしている寮の庭を散歩していた。

 

 レース後で疲れているのにも関わらず、なんとなく寝る気にならなかったからである。

 

 

 別に負けて落ち込んでいるだとか、熱気が溜まって興奮しているとかではない。

 レースは正直1分36秒7と、欧州に来てからの1600m自己ベストを更新する形で勝った。

 やはり、本番となると心構えというか、乗り気が違うと自分でも思う。

 

 ではなぜ眠れないのかと言うと、レース後、それもゴール直後のトレーナーの顔がどうしても頭から離れないからである。

 

 レース結果は無事1位。しかも1分36秒7と、確かにデビュー戦よりタイムは遅いが、それでも2着に6バ身差をつけるという文句なしの結果である。

 

 デビュー戦より遅いのも、まだ欧州芝への適応が十分ではないことを鑑みると許容範囲内であろう。

 

 

 確かにレース後にトレーナーと会った時も帰る間も、エマさんと共に私の勝利を喜んでくれていた。

 それでも一瞬見えた、私がゴールした瞬間のトレーナーの、なにか悔しがるように見えた表情が頭から離れてくれない。

 

 

 それが、どうしても気になってしまい眠ることができず、気分転換のために外を歩き回っているのである。

 

 

 

「あ、三女神様」

 

 欧州にもウマ娘の神様として三女神様は良く信仰されているため、三女神像はそこかしこに設置されている。

 熱心なウマ娘なんかは、自室に小さい三女神像を持ち込んでいるらしいが、残念ながら私はそこまで信心深いわけでもないので、そんな物は当然持っていない。

 

 だがレースの前日だったり、ハレの日だったりに祈りを捧げるくらいの信仰心は持っている。*8

 

 フラフラと目的もなく歩いたのに三女神像の前まで来てしまった事に、運命的な物を感じないわけではない*9ため、ここはなんか拝んでおこうという気分になり、三女神像に近づき手を合わせる。

 

 

 

 

『前世を超えようとする克己心、それによって見られる偉業。楽しみにしています』

 

 

 

 

 

 

 

 一瞬、なにやら目の前が真っ白なのか真っ黒なのかわからないような状態になったが、意識を強く保って周りを見ても特に変わったことは無い。

 眩暈などでふらついた様子もなければ、時間が飛んでいるという事もない。

 

 

 それでも、確実に自分の中に()()()が増えたことを私は確信していた。

 

 

 

 その不思議な高揚感によって、私は寸前まで考えていたトレーナーの表情について忘れてしまい、その日はそのまま部屋に戻りぐっすりと眠ってしまったのであった。

 

 

 

*1
イギリスの年度は9月始めのため、3月はちょうど年度の半分にあたる

*2
こちらが日本人だという事を念頭に置いてくれているためか、周りのウマ娘達もスラングなど難しい単語は使わないか、都度説明してくれる。

*3
ウマ娘のアプリにおいて、バ場状態適性がスキルでしか表現されない事への今作なりの設定。人間と意思疎通が難しく思考能力の低い馬ではなくなり、人間並みの知性を持つウマ娘になったため、適性が低いバ場状態でも適切な知識と訓練で改善が見込めるようになっている

*4
1997年クレイヴンステークスの参加頭数は調べた限り多分7頭。情報があやふやなのは筆者の情報収集能力では海外のG3レースを調べるのが難しいため

*5
その最たる者が昨年の欧州3冠覇者ラムタラである。トゥインクルシリーズでは4回しか走っていない。

*6
欧州では、枠という考え方はなく、馬番だけがある

*7
加速力、最高速度、最高速度を維持するスタミナなど

*8
これはスズカの気質というより、幼いころから母親に連れられてやっていた癖に近い。まぁつまり母親がしていたからしている、という程度の信仰心である。

*9
特にウマソウルなるスピリチュアルな物が強いと言われている有力ウマ娘ほど、勘だったり運命といった物を信じる傾向にある。





参考タイム
1997年クレイヴンステークス Desert Story 01:38.1

一応スズカの勝ち時計は、デビューより1.1倍くらい強くなってて、でも芝適応がまだだから9割くらいのスピードで……みたいに、数字をこねくりまわしながら算出しました。
そしたらちょうど6バ身差とかいうちょうど良さそうな数字が出てきたので採用した形になります。

クレイヴンステークスは出走馬すべてが把握できなかったので、レース描写は無しとなりました。G3ですしね。

あとクレイヴンステークスは4月前半にあるレースなので、クラシック期4月前半と言えば、ウマ娘アプリでは継承イベントなので、それっぽい事を起こしました。
その結果は次回か次々回あたりに

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