サンデー視点2話目です。
本日12時に、1話目を投稿しているので、見ていない方は前話からお願いします。
「スズカの、サイレンススズカの事なんだけど──」
その言葉から始まったハルカの話を纏めると、ハルカ自身がサイレンススズカの全力を引き出すことができていないと思っており、その現状に焦りを感じているらしい。
チームスピカは少数精鋭のチームであり、かなり内輪ノリの多いチームである。それはチームトレーナーの沖野の空気がとても良く反映されていると言えるが、そんな内輪ノリの一つに「チームメンバーが出走するレースは、できる限りチーム全員が現地で応援する」という物がある。
勿論合宿だったりレース間際の追い込みだったりで、近くのレース場以外に遠征する事が負担になると判断された場合は別だが、基本的には日本国内ならどこにでも行く。
そのためドリームリーグに移籍し最大で年2回しか走ることの無くなった私なんかは、ほとんどのレースを現地で見せられてきた。
そんな私にハルカはスズカの走りについての印象を聞いてきた。
私が見て来たのはチームに入ってからジュニア級までだが、サイレンススズカが本気で走っていない、とは思ったことはない。
ジュニア級のレースでは、相手には悪いがスズカが本気を出す必要すら無い相手ばかりだったからほぼ流しで走っていたのは知っている。
そしてデビュー前まで遡っても、併走なども良く手伝ってやったが、そのころは私に全力で追いついてきていたと思っていた。
だから、私はスズカが全力を出してないと思ったことは無い。とハルカに伝えたところ、こんな言葉が返ってきた。
『昔からそうなのだけど、サンデーは併走の時、スズカの回復がやたらと早いと思ったことは無い? 確かに走った後は息も切れてるけど、それでも息を整えるのが早いと思ったことは?』
ハルカにそう言われ、2~3年前の記憶を掘り起こす。
「言われてみれば、まぁそう思ってたな。ミドルディスタンスって言う割にはやたらとスタミナがあんなとは思った事もあるが……」
『そう。それが、スズカが全力を出したことの無いなによりの証拠。ウマ娘が全力を、それもG1ウマ娘との併走である程度追い込みをして、あの速度で息を整える事ができるなんて考えられないわ』
より詳しく話を聞いていくと、ハルカの予想ではスズカの最高速度はもっと速いのだという。少なくとも1600~2400の時計に関しては、全て自己ベストを軽々更新できるだろう、と。
だが何度全力での計測を要求してもその速度まで出してくれない上、スズカ本人は十分現状の全力は出しているのだと思っているらしい。
「それで? それを私に聞かせた理由は?」
ここまで話してきて何となく私に求めている物が分かってきたが、話の続きを促す。
『正直、クラシック級なら……。相手が同期ならそれでも良かったわ。クラシック級の間なら年末まではスズカが全力を出す必要はない。それほどまでにスズカはトレーニングを積み重ねてきたし、仕上がっても居る。だけど──』
「だけどシニア相手にはそうもいかない、だろ。アイツのクラシックの目標は欧州3大レース同一年制覇。そのためにはクラシック級の間にKG6&QESと凱旋門を取る必要がある」
『──そう。そして、今年の凱旋門はほぼ確実にあのウマ娘が来るでしょう、前年覇者のエリシオが。前年の凱旋門覇者相手に全力を出さずに勝つ。なんて荒唐無稽な事は私は言えないわ』
「なるほどな。だがそれでも良いんじゃねぇのか。別に目標が達成できなかったからって死ぬわけじゃぁない。そんなんじゃ毎年何人のウマ娘が自殺する羽目になるかわかったもんじゃねぇ。シニアの壁にぶつかって、自分がまだまだだって知るのもウマ娘ってもんじゃないのかい」
私がそう言うと、ハルカはしばし沈黙する。言うべきかどうか悩んでいる様子で、でも言わなければならないと覚悟を決めるような深呼吸をして、言葉を紡ぐ。
『普通のウマ娘なら、それでも良かったかもしれない。でもあの娘は……サイレンススズカは──』
──そうじゃない。
ハルカはそう言った。
聞けば昔、欧州3冠を目指すことをハルカと相談したとき、ハルカ自身が言った事はあるらしい。「その目標は多分叶わない可能性の方が高いだろう」と。それほどまでにシニアとクラシックの壁は厚く、凱旋門賞の門は重いのだと。
ましてや"無敗"の経歴を守ったまま達成することは、不可能だと。あのシンボリルドルフですら、凱旋門賞を勝つために"無敗"を捨てたのだと。
『そういった時、あの娘はなんて返したと思う?』
「なんて返したんだ? 自分はシンボリルドルフより速いから、とでも返したか?」
冗談交じりにスズカの返答を予想して言ってみるが、ハルカから返ってきた言葉はそれよりも
『──「絶対に無敗のまま叶えます。だって私はサイレンススズカだから。サイレンススズカは、そういうモノですから」』
サイレンススズカだから。無敗で叶える。
それはまるで、自分の事を自分ではない存在であるかのように言う、気味の悪い物だった。
『いつも見てて違和感はあったの。あの娘はいつも違うなにかを見て走っているって。理想の自分とも違うなにか。多分、それがスズカにとっての"
それはもはや独白であり、懺悔であり、後悔であった。
それに気づいていてもどうしようもない自分を悔いる、悔恨に塗れた吐露であった。
極稀に、都市伝説のような噂話程度に聞くことがある。
ウマ娘特有の症状。ウマソウル由来と思われる自身の実在性を疑問視してしまう症状。
自分という個体と、ウマ娘としての個体を別のモノとして捉えてしまう症状。それはしばしば解離性同一性障害に似た症状で現れることもあれば、妄想癖や虚言壁が強く出てしまうこともある。
多分、サイレンススズカはそれに似た症状。
ヒトの研究者の中にはまだ疑問視する者もいるが、私ほどの競走ウマ娘になれば確信を持って言える。
──ウマソウルは
そしてそれには大小がある。大きい者はよりウマ娘としての本能と才能が強く色濃くなり、小さい者はその逆になる。
大多数がヒトである現在の社会では、ウマソウルが小さければ小さいほど、社会に溶け込みやすいと言えよう。
ウマ娘だがそこまで走る事に固執せず、それでいてヒトより力が強く、ヒトと同じ活動に限って言えば身体も頑丈。ヒトより食費が掛かるのが欠点と言えば欠点だが、メリットの方が多いと言える。
そんなウマソウルが大きすぎて、それをうまく処理しきれなかった時、上記の症状やスズカのような症状が現れるのだと思う。
正直私は研究者でも医者でもないので、この辺は多分そうなんだろうなぁという自分なりの納得だが。
そう思えば納得がいく部分もある。
サイレンススズカは才能豊かである。その才能がすべて"走ること"に振り切れているが、競走ウマ娘としてだけ見れば破格の才能を持っていると言える。
それはすなわち私の理解で言えば、ウマソウルが大きいことを示すことに他ならず、そしてジュニア級にも関わらず"領域"に目覚めている事そのものが、才能に溢れている事をウマ娘から見てみれば一目瞭然にしている。
そう、目覚めていると思っていた。今までは。
私もダンスパートナーも、多分シンボリルドルフすらも。スズカはジュニアG1で初めて領域を使った。そこで目覚めたのだと私たちは思った。
でもハルカの話を聞いて私は思いなおす。私の脳内に一つの仮説が生まれる。
──サイレンススズカの領域は使ったのではなく、溢れ出ただけなのではないか。
才能が溢れるという言葉の通り、レースに出てウマソウルが刺激され、零れてしまった。
本来ならまだ出すべきではないモノが。
そう思えばサイレンススズカの領域は通説から大きく外れていた。魂を燃焼させるほどの熱戦もなく、レースの経験も少なく、魂を焦がすほどの勝利への欲求もない。
領域というのは、レース史に名を残すウマ娘が激戦の中で目覚める事がほとんどである。
魂を燃やし、身体を顧みず、ただひたすらに勝利を求めた時に目覚める。
その性質から、クラシック3冠に挑む優駿が、その激闘の中で目覚める事が多いとされている。
だがサイレンススズカはそういう経験が無い。
ジュニア級はすべて勝つべくして勝ったレースであり、激闘というほどではない。
併走はそもそも勝敗が無い練習であり、勝利を求める必要はない。
だから通説通りならば、サイレンススズカは領域に目覚めるはずが無かった。
──私が思考の海に潜っている間も、ハルカの懺悔は続いていた。
『きっと今のまま夏を迎えたら、スズカは迫られることになる。"無敗"と"肉体"。それを天秤にかける事になる』
ハルカの言った言葉はトップウマ娘であればあるほど常に突きつけられる2択だった。"勝利"か"怪我"か。そしてその中で"勝利"を選ぶウマ娘は多い。
普通の*1ウマ娘はそこで自分のスタンスを見つける。身体を壊してでも勝利するのか、それとも身体を惜しんで足を緩めるのか。
普通はそれらの経験を飲み込んで、自分の中で納得をつける。
『でもきっとスズカはどちらも選ぼうとする。そして、選ぶことができない己に気づき、折れてしまう。私は、それが怖い』
己ではない"サイレンススズカ"を理想とするスズカにとって、その選択は許されない物のはずだ。『怪我もせず、無敗のサイレンススズカ』。それを成すことが"サイレンススズカ"ならば、それが成せなかった己を許せなくなるかもしれない。
行きつく先は究極の自己否定。レゾンデートルの崩壊。
そうしてレースの世界を去るのならば
残念だが、傍目には怪我か、負けか、理由はどちらかはまだわからないが、初めてのソレで心が折れて引退したと思われるだけだろうから。
だが、スズカのような精神構造をしているとどうなるのか想像できない。自己否定を繰り返した結果自死を選ぶのか、はたまた虚構に逃げ込むのか。
そうはならないかもしれない。意外とさっぱり負けた事を受け止めるのかもしれない。ハルカの思い過ごしかもしれない。
それでも──。
「それでも、ハルカはスズカがそうなるかもしれない事が怖いんだな」
電話先からは、か細い声で微かに肯定の声が聞こえてきた。
「わかった。私も、できることを考える」
その日の電話は時間が迫ってしまったのでそれで終わった。
私としては別に学校程度サボっても問題は無かったが、時間に気が付いたハルカ自身がそれを断固拒否したためである。
敬愛する人が恐れている、悲しんでいるならその原因を取り除きたいと思うのは、人として当然のことだろう。
今が私にとってはその時で、取り除くべき原因もはっきりしている。
ウマソウルをうまく受け止めきれていないなら、受け止めさせれば良い。
それは精神や肉体の成熟によって自然となされる場合もあるし、ある出来事が切っ掛けで起こることもある。
ハルカの言葉を聞く限り、スズカは受け止める準備はすでにできているように思える。ハルカがスズカの全力を身体が受け止められるようになっているはず、というのはそういう事だとウマ娘なりに思っている。
ならば必要なのは肉体ではなく精神。なんらかの理由で、スズカは己の全力を恐れている。それはそのまますなわち、ウマソウルを恐れている事になるだろう。
全力を無意識に恐れるのは大体過去の怪我などが理由だが、ハルカに聞く限りスズカにそのような経歴は無いらしい。これはスズカの両親にも確認をとったようだ。
それなら多分、理由は"サイレンススズカ"の方。
あとは