サンデー視点の3話目です。
前日12時と24時に1話目と2話目を投稿していますので、見ていない方はそちらからお願いします。
ハルカから電話を貰ってから数日、あれから色々とサイレンススズカの状態を想像し、私なりにプロファイリングしていく中で不思議に思う部分が何個か出てくる。
思えば、スズカは「怪我をしたくない」と言いつつも、私直伝のコーナリングを使いこなしている。
アレは「怪我をしたくない」とか言う甘ちゃんができるようなモノじゃない。
顔面をラチ沿いに近づけ、身体を極限まで傾斜させる。一歩踏み間違えればバランスを崩し、ターフの染みになること間違いなしのコーナリングである。
そんな走り方、"怪我をしたくない"ならば忌避して然るべきなのに、スズカはその逆。
ならば根源的にスズカは死を、怪我を恐れていないと言える。
(こっちの方向性の方がいいか?)
ウマソウルを受け入れさせる──言うならば、ウマソウルとの折り合いをつけさせるということ。
最初はどうにか気味の悪い目標、"サイレンススズカだから"とかいう理由が孕む、2つの内どちらかを諦めさせるべきかと考えていた。
しかしスズカが根源的に怪我を恐れていないと言うのなら、"怪我をしない"と言う目標は後付けであると考えられる。
ならば一旦その部分を取っ払ってしまえれば、ウマソウルとの折り合いは簡単につくかもしれない。
そして、全力を一度でも出せてしまえば気づくはずだ。会津ハルカと共に作り上げた
私はハルカを信じている。
私の練習を見ていただけで、脚の故障の前兆を感じ取り、そして私の脚に合わせたトレーニングを構築してくれたその才覚を信じている。
そのハルカが言ったのだから、今のサイレンスズカは生理的限界すら受け止められる可能性がある。心理的限界を超えた、生理的限界を受け止める肉体づくり。
それはスズカが化け物じみた理性で幼い頃から積み上げてきた肉体を土台に、ハルカが側で3年間育て続けたのだから間違いは無い。
多分そんな事ができるのはシンボリ家やメジロ家ですら難しいだろう。それこそ6歳児のシンボリルドルフの中身が現在のシンボリルドルフに変わらないと無理なはずだ。
(だったら私は、アイツに全力を出させる切っ掛けを作ってやればいい)
それならば、やりようはある。
⏰
そう思ってからの行動は早かった。
まず沖野チーフに話を持ち掛ける。
サマードリームトロフィーに向けて調整中な私だが、その出走を取りやめにしたい、と伝えた。
伝えた当初は驚かれたが、事情をかいつまんで話すと理解してくれた。結局沖野チーフは、どこまで行ってもウマ娘本位主義なヒトである。
ウマ娘が走りたいと言わなければ、無理に走れとは言わない。特にドリームリーグへ進んでいるウマ娘なんて、トゥインクルシリーズの残り火みたいなものだ。元々怪我で1年に1回走れば良い方なウマ娘も居るくらいだ、私が1回休んだところでそこまで問題はなかろう。
その後はまたハルカに連絡を取り、スズカの映像を送ってもらう事にする。練習中のものから、レースの物まで。ジュニア級のレース映像は日本のスピカの部室にも映像は残っているが、やはり時期が近ければ近いほど指導の参考としては良いため、数日後に迫っているらしいスズカの欧州でのレースも映像を撮って送ってもらうよう伝えておく。
その後は方々に連絡をしたり、飛行機の予約をしたりと欧州に行く手筈を整える。
沖野チーフも方々への連絡などを手伝ってくれたため、私は早期にブリテンに行ける事になった。
クレイヴンステークスが終わった後、ハルカから沖野にも連絡がいったらしく、ダンスパートナーもスズカの応援に行くことになったが、流石に用意が間に合わないためまずは私だけでブリテンに向かうことにする。
クレイヴンステークスのレース映像は貰ったが、やはり自分で生で見たいと思ったため、2000ギニーに間に合うように渡航する。
やはり映像でレースを見て改めて思ったが、レースでは情報量が足りないせいか生で見るほどの情報を得られない。
特に領域を発動することのできるウマ娘のレースにおいては、映像で情報量が減ってしまうと領域そのものが知覚できなくなる。
ヒトと同じように「あぁ、多分今領域が出たな」程度にしか感じ取れなくなってしまうのだ。不自然な加速や周囲のウマ娘の表情や様子が変わったから領域が発動したのだな、と考えるしかなくなる。
だからウマ娘のレースは、特にウマ娘が見る場合は生の方が良い。領域を直で感じられるからだ。強い領域であればあるほど、観客にまで影響を及ぼしたりするし、私みたいな一流ウマ娘になれば領域への感覚が養われ、観客席からでもある程度領域の効果を感じ取れる。
スズカの領域が使いたくて使用している物ではなく、私の予想通り漏れ出している物だとしたら、G1である2000ギニーはホープフルステークスと同様に敵が居なくとも領域が発動する可能性が高い。現在のスズカの領域を実際に感じ取ることで、スズカの現状をより直感的に知る事もできるし、スズカのウマソウルに関するあれこれを考えるには必須と言えよう。
そういうことでダンスパートナーより早めにブリテンへとやってきた。
勝手知ったるとまではいかないが、クラシック期に世話になったニューマーケットを歩き、予約していたホテルを目指す。
その最中に、ハルカへニューマーケットに到着した旨の連絡も済ませておく。
2000ギニーまでは私だけが来ているため、スズカには伝えずに遠巻きから見守ることにする。
正式にスズカにアドバイスをするのは、2000ギニーが終わりダンスパートナーが合流してからになるだろう。
⏰
と、いう事で2000ギニーもスズカとの顔合わせも終わり、本格的にハルカと相談しながらスズカへとアドバイスをすることになった。
ダンスパートナーと共に予定にないロートル──マルゼンスキーが来ていたのには驚いたが、話を聞けばマルゼンスキーのトレーナー──ハルカの父親からハルカを手伝ってやれというお願いをされたらしい。
ともあれマルゼンスキーも欧州マイル戦線を走っているため、それなりに欧州のレース場には精通しているはずなので、精々こき使わせてもらう事にする。
そうして予想外の助っ人もあわせて、3人のウマ娘でスズカをバチバチに鍛えてやっていると、スズカへの印象が確かに変わる。ハルカの話を聞いたからか確かに見えてくる物が違っていることを感じる。
まず競り合う際にとても嫌な顔をする。
いや、まぁ私が日本以外では普通に行われているラフプレイに慣れさせるために、アメリカ仕込みの肘鉄を食らわせたせいでもあるのだが、接触すること自体を嫌がっている様子が見られる。
これはダンスパートナーに追い縋られた時もそうであり、ある程度の距離まで迫られると嫌がるように加速する癖がある。いわゆる掛かり癖と呼ばれる傾向だ。
これが勝負根性によって出ている分にはいいが、追い縋られる恐怖や接触への恐れから無意識に出ているとマズい。対戦相手に気取られてラビットを使っての道中の削りに使われかねない。この事はハルカにも共有しておく。
他には私やマルゼンスキーが隣を走る際、ラビット役として全力でスズカと競り合うようにしているのだが、スズカは明らかに一定のスピードに達すると加速が止まると感じられる。そのくせ走り終わった時の消耗はそこまで見えないもんだから、ハルカが言うとおり無意識に速度を出すのを止めている、つまり一定以上の速度を恐れているように感じる。
何日か併走をこなしたことで、私たちスズカ陣営のラビット対策として、スズカが番手で抑えるのは難しいという結論が出ている。
そのため、スペック上は競り勝てる筈でも、無意識に抑えてしまって番手に甘んじることは避けたい。
特にスタート直後は、ラビット役も死に物狂いで競り合ってくることが予想できるし、なにより出せるはずの速度を出せていないのはウマ娘としてとても残念に思う。
実際に見て、そして走ってスズカの現状を確認したところで、スズカを抜いた面々にわかったことを共有しておくため、スズカ抜きでミーティングを開く事にした。
「と、言うのが私の所感だ」
「ありがとう、サンデー」
急に言っても何もわからない奴も居るので、スズカに対してのハルカが感じている懸念と、それを聞いて私なりにスズカを見て来た所感を伝えたところでそれなりの時間がかかってしまった。
しかしその甲斐あって、ミーティングに参加させられたマルゼンスキーとダンスパートナーも、事情を把握してくれたらしい。
「なるほど、だから──」
「なるほど~、確かに本気じゃないなーとは思ってたけど、併走だしなって思ってたよ」
マルゼンスキーはなにか思い当たる部分があるのか、得心がいった表情をしている。
一方のダンスパートナーも理解はしたらしいが、マルゼンスキーのようにスズカの事情に思い当たるような部分は無いらしい。
「マルゼンスキーは、なにかスズカに思い当たることが?」
ハルカがマルゼンスキーの様子に気づき、話を促すとマルゼンスキーは訥々と話し出す。
「そう、ね。私は数年前と、ここ数日しか併走したことが無いけど、それでもスズカちゃんにはある印象を覚えていたの。でもその印象を覚える理由が見当たらなくて……、でも事情を聞いてなんとなく理由がわかったのよ」
「んで? ロートルが感じてた印象って?」
「スズカちゃんは、昔の私と同じ印象を感じたの。全力を出したくても出せない──いえ、全力を出しては
そう言うとマルゼンスキーは無意識か意識的にかはわからないが、自分の脚をさすりながら遠くを見つめる。
スーパーカーの異名を持つウマ娘であるマルゼンスキーだが、その実現役時代は脚部不安との闘いでもあったと伝えられている。
生まれつきの外向肢勢*1──アスリートウマ娘としては忌避される脚の骨格不安があり、しかもそれが年を経るごとに酷くなっていったという。
先天的か後天的かの違いはあるが、私と同じ脚部骨格の異常と、それが齎す故障への恐怖との闘い。ハルカが、ひいては会津の家が故障しやすい脚を故障させず極限まで高い負荷をかける方法に長けているのも、マルゼンスキーのノウハウがあったからだと言われている。
そんなマルゼンスキーだからこそ、"怪我を恐れて"全力を出さない──出せないスズカに、自分の現役時代を重ねて見てしまっていたのかもしれない。
「あー、その」
「無理すんな。こういうのはわかんねぇ方が幸せなんだよ」
「うす」
マルゼンスキーの言葉に共感できる私と、そんな私やマルゼンスキーの現役を知っているトレーナーであるハルカが居るせいで、部屋の空気がしんみりとしてしまう。
唯一、脚部不安とは無関係のままトゥインクルシリーズを走り切ったダンスパートナーが、居たたまれないように呻いたので、頭を押さえて黙らせる。
「ごめんなさい、しんみりさせちゃったわね」
「い、いえ! 全然大丈夫です!」
「とにかく、そんなスズカちゃんをどうにかしよう。っていうMTGなわけね? 任せてちょんまげ! 人生の先輩として言い案思いついてみせるわよ!」
マルゼンスキーは空気をしんみりさせてしまった事を謝ると、ロートル固有の持ちネタで空気を明るく変えようと振舞ってみせる。
こういうのをスムーズにできるのは、素直に年の功と言うしかない。
空気を切り替えてくれたマルゼンスキーの行動に乗っかって、各々のスズカへの印象と対策を話し合っていく。
そうしてその日は夜遅くまで対策を話し合っていた。