サンデー視点の4話目にして最後です。
本日12時に3話目を投稿しているので、見ていない方はそちらからお願いいたします。
それから更に1週間ほどたったある日、私はマルゼンスキーを伴いスズカを呼び出していた。
時期的にはあと1週間程度で英ダービーという時期、普通ならこれからダービーに向けて、最終追い込みが始まる時期でもある。
こんな日にスズカを呼び出した理由は単純明快。この日がベストだと判断したからだ。
多分マルゼンスキーはおろか、私ですらスズカに切っ掛けは与えられないかもしれない。それでも、切っ掛けの"切っ掛け"程度の物はスズカの中に刻み込む。
そしてそれが1週間後のダービーで、それを取れれば死んでも良いと言われるほどの、ダービーの起源でスズカに何かが起こればそれでよし。そうでなくとも、私たちの考えとしてKG6&QESまでに間に合えばそれで十分だ。
若干調子を落としたとしてもダービーは勝てる。それほどの信頼を私はハルカと、ハルカが鍛えた天才に置いている。
そうして呼び出した場所で私が待っていると、待ち人来たり。スズカがやってくる。
「サンデーさん、えっと、何の用ですか?」
長い栗毛を風に靡かせて、予定の時間の1分前に姿を現すスズカ。
トレーニングに関する話といえば、スズカは遅れることはない。それほど
「よく来たな、ハルカには説明済みだから安心しろ」
「わかりました。それで、トレーニングの話ってなんですか?」
なんでトレーナーが居ないのにマルゼンスキーが居るのだろう、とでも考えてそうなスズカの様子をスルーして話を始める。
「まずは、お前についての話だ」
「はぁ、私について、ですか」
「あぁ。おまえ本気で欧州トリプルクラウン──欧州3大レース同一年制覇を成す気か?」
私の質問、そしてスズカへと向ける視線から真面目な話だろうと悟ったのか、スズカも佇まいを整ると、力強い視線で返答する。
「はい。誰に言われようと変わりません、変えません」
「それが普通は無理だって、わかってるか?」
「わかってます。でも、それは
──きた。と思った。
早速引き出したと。スズカと目標の話をすればその言葉が、"サイレンススズカ"という理由が出てくる事はわかっていた。
「だけど、お前昔は怪我無く現役を終えたいって言ってたよな。アレはやめたのか?」
「やめてません。怪我をしたくないのは、全てのウマ娘にとって一緒だと思いますが」
「そうだな。だが、誰もが選択する時がくる。"勝利"か、"怪我"か。話したことも無い私が語るのも変な話だが、一昨年のラムタラだって選択の結果なんじゃねぇのかって私は思ってる。選択した結果、
私の語りを、スズカは静かに聞いている。私が何を言いたいのかを探るように、じっと私の目を、その奥を強く見つめながら。
「おまえはもう何度走った? 海外遠征を組むためにジュニアで3戦、現地に慣れるためにすでに2戦、計5戦。もうラムタラを超えてる。現地でトレーニングを積んで、ジュニアの頃から現地で走っていたラムタラですら4戦しか走れなかったのに、お前はどうだ? 本当に走り切れるのか? 怪我無く、クラシック級の不出来な身体で、シニア級と競り合えると思ってるのか?」
私の言葉を静かに聞いたスズカは、言われた言葉を咀嚼するように目をつぶり深呼吸する。
そして目を開く。力強くこちらを射抜く視線と共に。
「走り切ります。怪我無く、勝って。欧州3冠をこの手にします」
確固たる信念を携えた瞳だった。
まるで未来が決定しているかのような、慢心とも違う。それ以外に未来が存在していないと断言するかのような、それほど力強い視線だった。
「なんでそこまで拘る?
だが、なぜそこまで怪我をしないことに拘る? 怪我をしないために一番なのは走らないことだ。弱い奴と戦って、それで勝った負けたをしていればいい。そうすれば怪我無く現役を終えられる。お前にはそれほどの才能がある。
ならなんで、そこまで高みを目指す? どっちかだけじゃなく、
「あるヒトが居たんです──」
私の質問を受け止めて、スズカは語り出す。
「そのヒトは、幼い私を見て、泣きながら笑ったんです。『君と出会うために私は居るのだ』。そう言ってくれたんです」
「そのヒトは信じてくれていたんです。私がどこまでも速くなれるって。誰よりも速いって。ミドルディスタンスで、誰よりもどんなウマよりも、速く走れるんだって。
でも、それは私が怪我をしないことが前提だとも言ったんです。怪我をしなければ、私は誰よりも速く先頭を駆け抜ける事ができるって。そう言ったヒトが居たんです」
──これだ。
サイレンススズカの根源。ウマソウルに根付く"
「私は証明したい。そのヒトの言葉が真実なのだと。あのヒトが願い、望んだ"サイレンススズカ"は、誰よりも速いのだと。
私が
ウマ娘にとって二律背反の"呪い"。
最速であることと、怪我をしない事。ウマ娘にとっては悲しいほどに、その願いは本来なら同居できない。ガラスの脚と呼ばれるウマ娘の脚は、酷使すれば酷使するほど摩り減り、いずれ崩壊する。
現役中でなくとも、引退してから現役の酷使が原因と思われる脚部不安が見つかることもザラにある。
私やマルゼンスキーのように、脚部不安と付き合いながら引退後も元気に走れる方が稀なのだ。ウマ娘──特にトップアスリートのウマ娘にとっては。
語り終わったのか、スズカは静かにこちらを見つめてくる。
大体なんとなくわかった。
スズカの違和感。"サイレンススズカ"との不和。
スズカは怪我をしない事と速くなることを混同している。確かに怪我をしてしまえば、治療やリハビリで長い時間を奪われてしまう。怪我の間に鍛えたはずの筋肉は衰え、怪我をする前の状態に戻すのだけでも一苦労だろう。その点でいえば、怪我をしなければ速くなるのはある程度は間違っていない。
歴代の優駿の中にも、怪我をしなければどれほどの成績を出していた事か、と言われるようなウマ娘は多い。
だがスズカはその恐れが先立ちすぎている。だから全力が出せない。多分、
だから無意識にセーブしてしまう。脚を緩めてしまう。
「お前の、サイレンススズカの気持ちはわかった。なら、もう一つ聞かせてくれ。────なんで、全力で走らない? 」
私の言葉にスズカは目を見開く。
「わ、私が全力で?」
「そうだ。ジュニア級のレースは、まぁ良い。お前が全力を出す必要のある相手じゃなかった。それだけだ。だがお前は練習中、トレーナーに『全力で走れ』と指示をされて、時計まで計っているのに、全力で走らない。それだけじゃない、私やそこのロートルとの併走でもそうだ。お前はいつも、ある時点で手を抜く。私たちにハナを奪われてしまうのに」
多分、スズカ本人は気づいていない、完全に無意識な話。他人が居なければ一生気づけない事実だからこそ、驚いているのだろう。
「わ、私はそんなつもりは……。そもそも、ウマ娘の脚は普通全力で走ったら──「普通は、な」」
スズカの言葉尻を捕える。
引き出したかった言葉に被せる。
「いいかスズカ。お前は、普通じゃぁ無い。お前以外に、小学校あがる前からトレーニングの事を考えていたウマ娘が他にいたか? 速くなりたいからと言って、トレーナー顔負けの理論を勉強しているウマ娘が居たか? 怪我をしたくないからと言って、走ることを我慢しているウマ娘が居たか?
いい加減気づけよサイレンススズカ。お前は普通じゃぁない。普通のウマ娘に自分を合わせるな、一般的なウマ娘という型に自分を嵌めるな」
「私は……」
スズカが口ごもる。気づかなかった自分の癖を言われ、己が"異常"であることを突き付けられる。
あまりの情報量や湧き上がる感情に脳みそが追い付いていかないのだろう。
だから、やっぱりこの方法で間違っていなかった。
スズカに思い出させる。
サイレンススズカの根源を。ウマ娘の本能の起源を。
「なぁサイレンススズカ。お前、
──なぜ走るのか。
「速くなりたいだけなら1人で記録をつけてればいい。怪我をしたくないならそれこそ走らなければ良い。なんで走るんだ? なんで、
「私は、最速を──」
「最速ってなんだ? それは誰かに見られなきゃいけないのか? 1人で歴代のレコードと比べて、自分の方が速い。それじゃぁダメなのか? ダメなんだろ? ダメだから、欧州トリプルクラウンが欲しいんだろ? 」
自分の思いが言葉にできなくなったのか、ついにスズカは黙る。力強く私を射抜いていた視線も、今は自分の手のひらを通して芝へと吸い込まれてしまっている。
でも容赦はできない。もっと考えろ。もっと自分と向き合え。
「質問ついでにもう一つ良いか? お前の事を考えている内に疑問があったんだ」
唐突に話を変えた私を、困惑するように見上げるスズカ。大丈夫、まだこっちの話は耳に入っている。
「お前、私が教えたコーナリング技術つかってるよな?」
「え? はい。そう、ですけど」
唐突に自分の根源の話から、レースの話になったため困惑している様子のスズカ。
悪いが、これも結局はスズカの根源を問う話題でしかない。
「あれ、なんでだ?」
「なんで、って。教えて貰ったし、確かに速く曲がれるから」
「そうだよな。速くコーナーを曲がれるから、速くなるよな」
「……はい」
スズカは話の流れがわからず、納得いかない様子で頷く。
「なぁ、怪我は怖くないのか?」
「はい?」
「あんなにラチに顔を近づけて、あんなに身体を傾けて。そんな事ができるなんて怖くないのか? 一歩間違えればターフに赤い染みを作るかもしれないんだぜ?」
「え? え、でも……」
「なぁ、私が現役時代なんて言われてたか知ってるか? 『Daredevilry*1のサンデーサイレンス』。そう言われてたんだぜ?」
目をパチクリさせながらこちらを見つめるスズカに、話を続ける。
「私のコーナリングを真似できる奴はな、どっかイカレてんだよ。伊達に『Daredevilryのサンデーサイレンス』と呼ばれてねぇんだ。あんなコーナリングな、普通は怖くて出来ねぇんだよ。だって一歩間違えれば怪我どころか死ぬかもしれないんだぜ?
だからあのコーナリングができるお前はな、根本的に自分の身体の事なんか、命なんか気にしてないはずなんだ。
「ねぇスズカちゃん」
私の言葉を聞いて困惑を深めるスズカに、今までずっと私の後ろで静観していたマルゼンスキーが近づき、優しく語りかける。
「願いを背負って走るのがウマ娘だけど、それで自分の本質を見失っちゃダメよ。それじゃいい走りはできないわ。『自分がなぜ走るのか』。これが無いと私たちは走れない。結局、走るのは私たちなのだから」
「結局願いってのは他の奴らが私たちの走りに勝手に乗せるもんだ。それが走りの邪魔になるんなら無視したって良い。『自分がどう走るのか』、これが一番大切なんだよ」
そう、私たちがウマ娘として見失ってはいけない物。
トレーナーでもない。親でもない。ましてや
「走るのはお前だ、お前が走ることを選んだんだ。なんで選んだ? 誰に走れって言われた? 言われてないだろ? 私たちはウマ娘だ。ドッグレースの犬のような、走らされる家畜じゃぁ無いんだ。お前が走りたいって思った、最初の思いを思い出せ」
「私の、思い……。走りたいと思った、理由……」
「そうだ。このままじゃお前は勝てない。全力で走れないお前じゃぁ、自分と向き合い終わったシニア級には歯が立たない。いいかスズカ。トップウマ娘ってのはな、みんな多かれ少なかれ、今のお前みたいなのは乗り越えて来てんだ。確固たる
「サンデーちゃんの言葉はキツイかもしれないけど、でも間違っていないわ。ホントはこういうのは時間をかけて自然と理解するモノなんだけど。でもスズカちゃんの目標が目標だから」
「ロートルが煩いがそういう事だ。普通じゃない目標を目指すなら普通に囚われるな。普通のウマ娘が2年かけて出す答えを、お前は1年と半年で出さなきゃならない! お前の本質を、見つけなきゃならないんだ」
私たちの言葉にスズカは答えることができない。
もちろん、今すぐ答えられるなんて思ってはいない。そもそも、答えられるのなら私がこんな話をする必要はないのだから。
「すぐ答えを出せなんて言わない。これから、お前の答えを見つけるための追い込みを始める。走って走って走って、精魂尽き果てるくらい走れ。私もそこのロートルも、この場には居ないダンスパートナーだって、それに付き合う"覚悟"を持ってる。
だからお前も"覚悟"しろ。ラムタラのようにすべてを擲つ覚悟でもいい、目標を諦める覚悟でもいい。でも、お前の言う通り、怪我をしないで最強になるなら、最速を世間に見せつけたいなら、生半可な覚悟じゃ足りない。それほど高い目標を、お前は設定したんだ」
スズカは喋らない。喋る事が出来ないのか、私の話を聞いていないのか。
どちらにせよ、それは自分と向き合っている証拠でもある。
「ハルカには、今日のトレーニングは休みになるって伝えてある。まずは一晩考えてみろ。お前にとっての"サイレンススズカ"じゃない。"サイレンススズカ"にとっての走る理由でもない。
それだけ言い放って、私はスズカに背を向けその場を後にする。
マルゼンスキーもスズカを心配するような目線を向けるモノの、声をかけることなく私の後に続く。
「ったく、柄にもねぇ事なんかすんじゃねぇな」
ある程度離れたところで独り言ちる。
「あら、良いじゃない。あなた、トレーナーの才能あるかもよ?」
「ハッ。誰が好き好んでジャリガキの世話なんかするかよ」
私の独り言を拾い、マルゼンスキーが荒唐無稽な事を言ってくるのを鼻で笑う。
「明日からキツいからな。ロートルだからって容赦しねぇぞ」
「まかせて頂戴。スーパーカーの異名、見せてあげちゃうんだから」
「ハッ、頼もしいこって」
マルゼンスキーとくだらない話をしながらホテルへと戻る。スズカのトレーニングが無いということは、私たちも用事がないという事だから。
明日からの追い込みへと思いを馳せながら、トレセン学園を後にする。
──あぁ、願わくば、スズカが自分を見つけられますように。
神や三女神に願ったわけでは無い。私は無神論者だから。
だけど純粋に、あの娘に良い未来がありますようにと、願っていた。
以上、長々とサンデー視点でのスズカさんの考察と対応でした。
ウマソウル云々は、前世の記憶の事を知らないとこういう解釈になるかな、といった感じ。
ただ、スズカさんが走る理由を「あのヒト」に依存していたのは的を射ているので、スズカさんは今後「自分がなぜ走るのか」を考えていかなければなりません。
次回はダービーステークスの予定。
予定は未定とも言います
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