本日更新2回目です。深夜に更新した第24-1話を読んでない方は、前の話から読んでいただけると幸いです。
また、今回は史実馬のオリジナルウマ娘視点ですので、注意してください。
SSの時もあるから、今更ですね……。
いつからだろう──、私が言葉にしようのない怒りを覚えていたのは。
思い出せる限りでも、物心ついたときには持っていたように思う。
単純なやるせなさ、諦めきれない憧憬。
何もかもをひっくるめて、私は怒りを感じていた。
最初は、うまく走れない自分に対してだったと思う。
アメリカ生まれのウマ娘である私達にとって、幼い頃の走り場は近くの公園や空き地と決まっている。
つまり整備も何もされてない土の上だ。
そんな土の上で何年も走っていれば、小学校中学年くらいにはウマ娘はだいたい二分される。
それは、アメリカで走れるウマ娘か、そうじゃないか。
より厳密に言えば、
そして私は後者だった。
アメリカは世界的に見ても珍しいダートが主流の国だ。
だからアメリカのトゥインクルシリーズで有名になるには、ダートを走れる必要がある。どうしても芝では一歩見劣りしてしまう。
それでもアメリカで芝の一番を目指して走るウマ娘も勿論いる。
しかし、ダートを走れないからと諦めてしまうウマ娘も、勿論いる。
私、ベニーザディップもそうなるかもしれなかった。
正確には私が諦めたわけではない。
しかし、私は家族から諦められていた。
「レースだけがウマ娘の道ではない」「こんな職業で活躍するウマ娘も多い」「レースの期間より、それ以外の世界に居なければならない時間の方が多い」
そう、幼い頃から言われていた。
──ふざけるな。
そんな言葉をかけられる度に思った。
──ふざけるな。
土の上の駆けっこで負ける度に思った。
──ふざけるな。
レースを諦めきれない自分に気づく度に思った。
私の幼少期は、そんな怒りで満ちていた。
そんなときだった。
親戚の知り合いのトレーナーに出会ったのは。
彼は私を見所があると言った。
レースの世界を諦めるのはもったいないと、そう言ってくれた。
レースを諦めるのは、自分のところで走ってからにしてくれ、と所謂スカウトを受けた。
そんな彼は──欧州のトレーナーだった。
欧州はアメリカとは違い、芝とダートどちらかと問われれば、圧倒的に芝がメインだと答える程の芝優遇の環境だ。
だから欧州のトレーナーにスカウトされるということは、そう言うことだった。
私は、やはり土の上で走ることはできなかった。
スカウトされて、諦めもついた。
私の世界はアメリカの土の上ではなかった。それだけなのだ、と。
しかし、家族の落胆混じりの諦観にも似た慰めの言葉。私自身、アメリカ生まれウマ娘としての憧憬。
あらゆるものは消えず、燻ったまま心の奥底へと沈殿していった。
そしてスカウトしてくれたトレーナーを頼って、小学校卒業と共に欧州へと渡り、それから私は欧州で芝ウマ娘としての上を目指す日々が始まった。
まぁ色々あった。
欧州では芝の方がメインだとしても、アメリカ生まれのウマ娘として芝を走る事への言葉にできないモヤモヤ。
諦めでも憎しみでもない。
──土の上から逃げて芝の上に立っているという、言わば嫌悪感にも似たなにか。
それを抱えながらの欧州での生活は、それはもう色々あった。
アメリカ訛りを謗られる事もあれば、直接的に名前を弄られた事もある*1。
まぁクソガキというのはどこにでも居るものだが、それらの何もかもが、私に『アメリカから逃げた』ことを実感させ、イライラは燻り続けた。
そんな日々を過ごして高等部に上がり、デビューを果たしなんやかんやジュニア級は5戦3勝と、なかなかの戦績を上げている頃。
私は、サイレンススズカが欧州に来ることを知った。
実は名前だけは聞いていた。
アメリカから日本へ渡った、年の離れた親戚*2の子供で、なかなか有望なのだと。
私と同世代だと言うことも聞いていたが、名前を聞いたときは特に何も思わなかったし、記憶にも留めていなかった。
なぜなら、サイレンススズカの生まれは日本。日本のウマ娘レースの環境はかなり独特で、芝が得意だからと言って欧州に来るようなウマ娘は殆ど居ないと言っても良い。
精々が、凱旋門賞かKGⅥ&QESに挑戦するためにシニア級──まかり間違っても、クラシック級の数ヶ月遠征しにくるだけ。
レースを走らないのは惜しいとスカウトされた私だが、流石に世界の芝の最高峰と謳われる凱旋門賞で勝ち負けできると思うほど自惚れては居ない。
せめてクラシック級の間にG1を、できるならばダービーステークスで勝利し歴史に名を刻めれば、私を見限った親も、劣等感を抱く私自身も、全てを見返して清々できるだろうなと思っている程度だった。
だから、どれだけサイレンススズカが優秀だったとしても、私と一緒に走ることなんて一生無いだろうと思っていた。
そう思っていたから、気にもとめなかった。
そう、思っていたのに。
クラシック級の、それも遠征ではなく短期留学者として、私の居るグレートブリテンまでやってきた。
治まりかけていた胸の燻りが、失望と諦観によって長年育まれていた火種が、一気に燃え上がった。
─ふざけるな。
──ふざけるなっ。
──ふざけるなっ!!
なぜ、日本を出てきた。なぜ、シニアまで待てなかった。なぜ、私の居る欧州に来た。
サイレンススズカについて調べれば調べるほど、自分との差が浮き彫りになってイライラが募る。
トレセン学園入学時から期待され、即チーム入りし専門のトレーナーが着いて。デビュー後負けなし、G1タイトルも既に獲得して、
私とは何もかもが違う、
──なぜ、そこまで愛されて、そこまでの適性を持っていて日本で満足できなかった。
──なぜ、日本の
──なんで、欧州3大レース同一年制覇なんて目標を掲げた。
──なんで、日本ダービーじゃダメだったのか。
────どうして、私は
絶望に打ちひしがれた。
才能の差に打ちのめされ、諦観が私を支配した。
──それでも。
どれだけの絶望と諦観が私を埋め尽くしても、私の中の炎は消えなかった。
それどころか、絶望に打ちひしがれた私自身を、諦観に包まれた私自身を、様々な私を燃料にしてより強く燃え盛る。
──ふざけるな。
何を諦めている、ベニーザディップ。
──ふざけるな。
何を恐れている、ベニーザディップ。
──ふざけるなっ。
走ってもいないのに諦める奴があるか。足が折れたわけでも無いのに、絶望に身をゆだねる奴があるか。
──ふざけるなっ!
道楽で、享楽で奪われていいのか。
──ふざけるなっ!
良い訳が無い。誰にも負けていい筈がない。ましてや、レースを走る前から諦めて良い訳が、ある筈がない。
──私のだ。
この炎は、この怒りは私そのものだ。
──誰にも譲らない。
この衝動こそが、ウマ娘としての私自身なのだ。
──ダービーウマ娘の座は、誰にも譲らない。
他の誰でもない、私が、私こそが今年のダービーウマ娘だ。
他の誰にも、ましてや
私はベニーザディップ。
私は、この怒りに身を
──私は
次回は13日0時更新の予定です。