「私はサイレンススズカだから」   作:花水姫

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 連続投稿3話目。
 今回は長いです。いつもなら2話に分けるところを、ライブ感を重視したため、1話で一括投稿しました。

 感想、評価、ここ好き等、いつもありがとうございます。


第24-3話「走る意味―ダービーステークス―②」

 

 サイレンススズカがコーナーめがけて加速した時、ダービーに出走していたほぼすべてのウマ娘は「無理だ」と思った。あの速度でコーナーを曲がり切れるはずがない、と。

 

 

 サイレンススズカの速さはダービーステークスに出場するすべての陣営が承知していた。前々走のクレイヴンステークス、前走の2000ギニーのどちらでも、他のウマ娘を寄せ付けないほど圧倒的な速さでもって1着を勝ち取っていた。

 しかし、それら2つは直線競走であった。

 

 確かに最高速度は速い。1600m程度では苦にもしないほどのスタミナもあるのだろう。だがそれでダービーを勝てるほど原初のダービーは甘くない。

 そういう愛国心にも似た自負もあった。

 

 彼女たちウマ娘は──いや、トレーナーですらもサイレンススズカをどこか()()ていた。

 

 ダービーステークスの戦場はエプソムダウンズ。クラシック級最大の関門であり、最もスタミナとパワーを要求されるタフなコース。

 更には、2000m以上のレースではコーナーは避けられない。

 

 いくらサイレンススズカが速くとも、直線競走のような速度でコーナーを曲がれるはずはなく、さらにはエプソムのコーナーの初めは上り坂にもなっている。

 

 だから、そこまでの速度は出ないだろうと思っていた。

 

 そう判断されたからこそ、シングルエンパイアはサイレンススズカを()()()()()と指示されていた。

 コーナーに入るころには、イギリスの地で先行策を取ってきたシングルエンパイアの方がハナを奪えているだろう、と。

 

 

 彼らを非難することは、欧州のレース関係者では難しいだろう。

 欧州の芝の関係上、欧州のウマ娘にとって逃げという作戦は馴染みが少ない。タフでパワーを必要とする芝質とコースが多い欧州では、最初からスタミナを消費して駆け抜けることなどできないと思われているからだ。だから逃げでの勝利は欧州ではフロック扱いされる。

 ──ラビットがたまたま前残りしただけだ、と。

 

 そんな環境の上、更にサイレンススズカの脚質は逃げを突き放す大逃げ。スピードが出やすく、逃げでも勝てる日本ですら大逃げをうてるサイレンススズカの走法は、欧州レースに慣れたウマ娘やトレーナーからすれば、ただスタミナ配分を考えてない暴走にしか見えなかった。

 

 だからこそサイレンススズカと競り合っていた5番──シングルエンパイアは見切りをつけた。

 トレーナーからは今回ラビット役として出場させることは伝えられていたし、自身もその事に納得して出場した。指示されたことは2番──サイレンススズカを競り落とすこと。理想はハナを奪ってバ群に沈める事だが、最悪無理やり大外を回らせてスタミナをロスさせる事ができれば良いと。

 

 自身と競り合った結果()()()()()を始めたサイレンススズカは、コーナーで大きく回ることになるだろう、と。

 

 そもそも上り坂で加速すること自体が、エプソムレース場の定石からはありえない暴挙である。そんな事をして、最終直線まで脚が持つはずがない、と。

 

 そう思ったから──自分ではサイレンススズカの速度と競り合いながらコーナーを曲がり切る自信が無かった。というのも多分にあるが──上り坂で速度を落とし、番手でレースを進める事にした。

 

 競り()()()ことはできなかったが、こんな序盤で()()()()サイレンススズカはレースから脱落したも同然。気にせずいつも通りの先行策としてペースを作っていこう、と。そう思っていた。

 

 

 シングルエンパイアが所属するチームの本命であるロマノフだけでなく、後続に続くすべてのウマ娘が共通の見解を得たとシングルエンパイアは感じていた。

 

 サイレンススズカに付き合ったせいで序盤はハイペースになったが、上り坂とコーナーを利用してペースを落とし、例年よりはハイペースだろうが通常のレースに戻ろう、と。

 

 

 

 

 しかし、9番のベニーザディップだけはそんな事は全く思っていなかった。

 

 

 

 サイレンススズカは落ちない。

──サイレンススズカが落ちるはずがない。

 

 サイレンススズカはこの速度でもコーナーを曲がる。

──サイレンススズカがエプソムレース場のコース程度、曲がれないはずがない。

 

 

 もはや信仰にも似た確信を持って、ベニーザディップはサイレンススズカを追っていた。

 

 

 ベニーザディップだけが知っていた。サイレンススズカは日本の1600mであればデビュー当時からクレイヴンステークス以上の速度で走れたことを。

 ベニーザディップだけが知っていた。サイレンススズカのコーナリング技術がシニア級ウマ娘でもできないような、超絶技巧を以て成されていることを。

 

 

 親戚だからと、経歴を調べつくしたからこそ知ってしまった。

 恵まれたサイレンススズカと恵まれなかった自分を勝手に比べ、勝手に劣等感を抱いていたベニーザディップだけが知っていた。

 

 

 サイレンススズカの本当の()()を。

 

 

 だから、ベニーザディップはトレーナーと相談したうえで決めていた。

 

 

 

 

 

 ダービーでは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことを。

 

 

 

 ベニーザディップの脚質は先行。特に王道とされる好位抜け出しが多い前目の先行策を取ることが多い。

 そのため、ラビットのいないレースでは自身がペースを握ることも多かった。

 

 しかし今回は違う、圧倒的に速いサイレンススズカが居る。

 サイレンススズカに対してハナを奪うことなど想像もできないし、遥か先を走るサイレンススズカを最終直線で抜き去るほどの末脚が自分にあるとも思えなかった。

 

 

 だからやるしかない。()()()()()()()()()()()ためには、彼女をペースメーカーにして好位抜け出しをするしか、勝ち目は無かった。

 

 

 タフなレースを求められるエプソムレース場でそこまでスタミナが持つかは賭けだった。賭けに出なければ勝てないほど、自分とサイレンススズカの才能の差は圧倒的だと判断していた。

 

 自分の末脚、サイレンススズカの()()。走法を計算した結果、トレーナーが導き出したのは5バ身。

 

 サイレンススズカが最終直線に到達した時、それ以上離されていた場合追いつけることは無い。

 

 

 それが、ベニーザディップを見出したトレーナーの出した結論だった。

 

 

 

 だからベニーザディップはそれを信じて、()()()()()()()()()

 

 

 番手──もはや先行集団*1のハナを進み、ペースをコントロールしようとし始めた愚か者(シングルエンパイア)を後目に、番手を奪う。──奪ってもなお、加速しつづけた。

 

 サイレンススズカから5バ身以上離されないために。

 

 

 シングルエンパイアはベニーザディップを、サイレンススズカに釣られ掛かった愚か者のように見ていた。いや、実際そう思っていた。

 

 なんとも()()()()()()()()愚か者が居たものだ、と。

 

 

 

 ベニーザディップからすれば愚か者はシングルエンパイアの方であった。いや、シングルエンパイア以降の、全てのウマ娘が愚かにしか見えていなかった。

 

 ベニーザディップにしてみれば、彼女たちは()()()()()()()()()()()()()愚か者であった。

 

 

 

 番手を奪ってコーナーの経済コースを走るころには、ベニーザディップの視界にはサイレンススズカしか映っていなかった。

 もはやベニーザディップにとって、自身より後ろにいる者はすべてが()()()()()()()()()者にしか見えなかったから。だから、意識から消し去った。

 

 

 

 普通のレース関係者であれば、こう聞くだろう。

 ──もし、自身のスタミナが足りずに末脚が思うように出せなかったら? 

 

 ──それは、自分のトレーニング不足、才能の不足で片付けられる。

 ベニーザディップにとってはそんな事は考える必要はなかった。レースとは、常に今の自分で勝負するしかないのだから。

 

 

 他の関係者は、更にこうも問いかけるだろう。

 ──もし、サイレンススズカのスタミナが足りずに垂れた場合は? 

 

 ベニーザディップがもしもそう問われたら、こう答えるだろう。

 ──それは、サイレンススズカを知らないだけだ、と。

 

 

()()サイレンススズカが。あんなウマ娘が。あの()()()が。この程度の、1()0()0()0()m()6()0()()程度のペース*2で垂れるなんてそれこそ()()()()()

 

 

 

 最初から、ベニーザディップはサイレンススズカしか見ていなかった。

 

 

 サイレンススズカに勝つ。それこそが、ダービーウマ娘になることであると、信じて疑っていなかった。

 

 

 

 そして先行集団を1バ身ほど離し、計算通り約4バ身差を維持できている。エプソムレース場の最終直線は約600m。すでに、終盤は始まっていると言っても過言ではない。

 

 

 だから、より強く足に力を込める。より深く、足を踏み込み、芝を蹴り出す。

 

 ──サイレンススズカに追いつくために。

 

 

 だから、集中力を高める。もはや、その視界はサイレンススズカしか納めていない。

 

 ──サイレンススズカを追い抜くために。

 

 

 

 

 

 だから、ベニーザディップは、()()()()()としての矜持を持つ()()()()()は。

 

 

 

 

 扉を開く。

 

 

 

 

 時代の優駿のみが開ける扉を。

 

 

 

 

 極限の集中の先にある扉を。

 

 

 

 

ダービーウマ娘は、であるという()()を持って。

 

 

 

 

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Benny the Dip Benny the Dip Benny the Dip Benny the Dip Benny the Dip Benny the Dip Benny the Dip Benny the Dip Benny the Dip Benny the Dip

I will dip the derby!!! 

              Lv.1+3

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 ──ベニーザディップの、領域が開く。

 

 

 

 

 ⏰

 

 

 ⏰

 

 

 

 

 ベニーザディップが領域を開いた瞬間、スズカはその世界に捉えられていた。

 

 

 身を焦がすほどの灼熱と、芝を焼き尽くすほどの一面の炎。

 

 灼熱と炎は、スズカの身を()()、その速度を奪っていく。

 

 

 急激な環境の変化や、初めて巻き込み型の領域に囚われた驚愕による脚の緩みだけではない。明確な()()()()()によって、スズカの速度は奪われていた。

 

 そしてそれとは真逆に、ベニーザディップはその炎を脚から燃やし、その熱気を喰らいながら加速していた。

 

 

 

 

 ベニーザディップの領域の効果は強力であった。

 

 その効果は『自身以外のウマ娘の現在速度をすこし下げ、自身の現在速度を上げる』と言うモノ。

 

 加速力も、最高速度も関係ない。

 

 

 

 相手の速度を下げ、自分の速度を上げる。まさに強力無比な効果であった。

 

 しかも、弱体効果の対象は自身以外の()()のウマ娘。

 

 

 そこまで広い効果範囲でありながら、ここまで強力な効果を発揮できるのは、とてつもなく稀であると言える。いや、現在過去未来を見ても、ここまで強力な領域の効果を持つウマ娘は居ないかもしれない。

 

 

 それほどまでの強力な効果を、なぜクラシック級で覚醒できたのか。

 

 そこまでダービーを求めていたというのもある。

 

 そこまでサイレンススズカに勝つことを求めていたというのもある。

 

 

 

 しかし、それだけではない。

 

 

 領域には条件がある。領域に入りやすくするためのルーティーンでもあり、領域の効果を高めるための()()でもある。

 

 

 

 ベニーザディップの領域の条件は、厳しかった。

 

 

 もしローテーションが違えば、一生開くことはないだろう条件。

 

 しかし、ダービー馬としてのウマソウルが持つ焦燥感と矜持がゆえに、絶対に満たせる条件。

 

 

 

 その条件は『エプソムレース場2400mのレースの時』という物。

 

 

 レース場の限定という強い制約に加え、2400m()()という、類を見ない程強力な制約を持っているが故に、ベニーザディップの領域は効果が破格なほどに強力だった。

 

 

 

 更には彼女──ウマ娘としてのベニーザディップの劣等感が、さらなる効果を及ぼす。

 

 

 彼女が開いた領域の強度(レベル)は4。1+3の合計で4という、異例の仕様での4。Lv4の領域は、世界に名を残す優駿がシニア級の年末にならなければ到達できないと言われるほどの強度。

 

 その強度へと底上げしているのは、ベニーザディップが無意識に課した制約による。

 

 

 その制約は──『ダービーステークスでのみ』という物。

 

 

 

 

 つまり、一生で一度しかこの領域は開かない。

 彼女──ベニーザディップは無意識下だが、自身の全てをこの一戦に擲っていた。

 

 

──ここで勝てれば死んでも良い。

 

 

──二度とレースに出場できなくなっても良い。

 

 

 そんな思いを抱えるほど、ベニーザディップは()()()()()()()()()勝ちたかった。

 

 

 それが故に底上げされた強度。その強度──シニア級ウマ娘が放つ領域と同等の強度の領域が及ぼす効果は、ウマ娘でなくても一目瞭然の結果を生み出した。

 

 

 

 

『なんだ!? なんだ!? なんだ!? 速い速い速すぎるぞ!!? 9番ベニーザディップの加速が速すぎる!! 速すぎて、()()()()()()()()が止まっているようだぁぁぁっ!!!!!!!!』

 

 

 

 驚異的な速度差。

 

 下がった速度と上がった速度によって生まれた速度の差が、その現象を引き起こした。

 

 

 他のウマ娘が止まって見えるほどの末脚。そんな物を追い込みウマ娘以外が繰り出すのは、かなり稀である。

 

 

 それも、サイレンススズカに釣られ()()()()と思われた()()ウマ娘が繰り出すなど。

 

 誰もが目の前の光景を疑った。

 

 

 観客も、実況すらも、自身の目がおかしくなったのだと思った。

 

 

 そして、勝ったと、そう思った。

 

 

 

 ベニーザディップの驚異的な末脚は、確実にサイレンススズカを追い詰めている。数瞬の間に、サイレンススズカとの差が1バ身1バ身とドンドン縮まる。

 

 

 このペースは覆しようがない。特に、序盤にスタミナを使ったサイレンススズカには、二の足など残っていないだろう。

 

 

 

 誰もが、ベニーザディップの勝利を確信した。

 

 

 

 

 

 ベニーザディップと、会津ハルカ以外の、誰もが。

 

 

 

 

「スズカーーーーー!!」

「サイレンス、スズカァァァアアアァッ!!!!」

 

 

 

 ゴール前で見守るハルカの呼びかけと、スズカの背に手が触れる距離まで追い詰めたベニーザディップの叫びは、ほぼ同時だった。

 

 

 

 

 

 その瞬間──

 

 

 

 

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『先頭の景色は譲らない!』

              Lv.■■■■──1

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 ──縮まり続けた差が、止まった。

 

 

『加速した! 加速した! 2番サイレンススズカも加速した!! みるみる縮まっていた差がピッタシ1バ身差で止まった!!!!』

 

 

 

 ⏰

 

 

 

 ベニーザディップの領域に巻き込まれた瞬間、スズカは知らない記憶を見せられていた。

 

 重くなる脚、急激に環境が変わった巻き込み型の領域に囚われた驚きも、なにもかもよりスズカを困惑させていたのは、その記憶だった。

 

 

 

 最初は誰の記憶かわからなかった。あるのは──怒り。

 

 ただひたすら胸の奥に燻る怒りと、それに追い立てられる焦燥感。

 

 

 しばらく記憶を見て、気が付いた。

 

 

(これは、ベニーザディップの記憶なのね)

 

 

 領域とはウマ娘の心の奥、心象風景を世界に投影する。そこには、そのウマ娘の持つ原風景や、矜持、至るべき未来など様々であるが、()()()()()()()と言っても過言ではない風景が広がる。

 

 領域を発動した際、出走している他のウマ娘がその風景を見ることは、ままある。特に領域持ちのウマ娘であれば、領域に対する感度とも言うべきものが敏感になっているため、より鮮明にその風景を見ることができると言われている。

 

 しかし、領域に巻き込まれてそのウマ娘の記憶を見た。と言うモノは居ない。

 

 

 なぜそんな事が起こったのか、ウマ娘としての血の近さ故か、スズカが現在他者に一番興味があったが故か。詳細な理由は不明である。

 

 

 しかし確実に言えることは、今現在、スズカはベニーザディップの記憶を以て、領域という原風景を理解し始めたという事だ。

 

 

 それはつまり、ベニーザディップというウマ娘そのものを──ひいては、ベニーザディップが()()()()を理解しようとしているという事でもある。

 

 

 ベニーザディップの走る理由(原動力)。それは、怒りだ。

 

 

 幼少期から──いや、産まれた頃からあった原初の、ウマソウルに由来する怒り。

 

 故郷で走れなかった悲しみと怒り。

 

 異郷で嘲られる悔しさと怒り。

 

 

 それらを全て、ダービーウマ娘という()()になることで、解消しようとしていた。

 

 

 

(それが、ベニーザディップ(あなた)の、走る理由なのね)

 

 

 ここまで強い焦がれ。世界を焼き尽くすほどの、灼熱の世界を生み出すほどの怒り。

 

 そこまでの強い思いは、スズカにはない。

 

 

 勝てなければ、死んだと同じと言えるほどの情熱は、スズカにはない。

 

 

(私に、走る理由は────ないのかしら)

 

 

 後ろから聞こえる足音を聞きながら、背に迫るベニーザディップの気配を感じながら、スズカはそう思っていた。

 

 

 

 諦めかけていた。

 

 

 

──私の思いは、私の勝利への思いは、ここまでの情念を燃やすほどの彼女(ベニーザディップ)を押しのけて手に入れるほどのモノではないから。

 

 だから、彼女に()()()と、そう思ってしまった。

 

 

 

 その瞬間。

 

 

 

 

 

「スズカーーーーー!!」

「サイレンス、スズカァァァアアアァッ!!!!」

 

 2つの声が、同時に聞こえた。

 

 

 

 1つは遠く。ゴール前から。

 

 もう1つは近く。自分のすぐ後ろから。

 

 

 ベニーザディップの類を見ない超広範囲領域が展開している所為か、名前を呼ぶだけの声から、沢山の感情をスズカは受け取った。

 

 

 

──走って! スズカ! あなたはつよい!! 負けるはずがない!! 

 

 自分と共に歩み、常に自分の事を思ってくれたトレーナーの温かい想い。

 

 

 そして──。

 

 

──ふざけるなサイレンススズカ! 譲られたモノで私が満足するか! 私をナメるな! 私を侮辱するな! お前が……、あそこまで規格外の()()()()()()()()が、この程度で垂れるわけが無いだろう! 本気を出せ!! 本気を出して、私と戦え!!!!! 

 

 この領域の持ち主で、今自分を追い詰めているウマ娘の、強烈なまでの熱い怒り。

 

 

 

 トレーナーの想いが、消えかけた心の炎に薪をくべる。

 

 

 

 ベニーザディップの怒りが、スズカの背を押した。

 

 

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『先頭の景色は譲らない!』

              Lv.■■■■

 

 

 強度が定まらない。

 

 

 ベニーザディップの領域が、その中での領域の展開を阻む。

 

 他者に干渉する効果を持つ領域は、より強度の強い領域によって効果を打ち消すことが可能である。

 強度が足りなくとも、領域を展開する事さえできれば、影響を減じることが可能となる。

 

 しかし、強い制約によってシニア級まで強度を高めたベニーザディップの領域は、クラシック級程度の強度の領域では発動することすら許さない。

 

 

 思考が加速する。

 

 

 ベニーザディップの吐息が、気配がドンドンとスズカの背に迫る。

 

 まだ1バ身。されど、1バ身。

 

 

 明確な格上ではないウマ娘に、ここまで近づかれたのは考えてみれば初めての経験だった。

 

 それを自覚したとき、スズカの背筋を()()()()()()()

 

 

 灼熱の領域内にあってもなお、寒気がするほどの嫌悪感。

 

 誰かが自分に迫る。そのこと自体への嫌悪感。

 

 誰かに、負けを認めるという嫌悪感。

 

 

 自分が1()()()()()()という、想像するに恐ろしい光景への嫌悪感。

 

 

 あらゆる嫌悪感が、スズカの諦めを否定する。

 

 

 

「先頭の──」

 

 思い出す。

 

 ウマ娘ではなく、まだ馬だった頃。

 

 

景色は──

 

 それも、人を背に乗せることすら知らない幼い頃、スズカは常に先頭を走っていた。

 

 

 

 誰よりも走っていた。

 

 常に先頭を、誰よりも先頭を。

 

 本能的に察していた。同年の仲間は、全て()()()()()()と。全て()()()()()()()()()()()()と。

 

 

 だから、いつも抑えて走っていた。

 追いつこうとする皆が苦しくないように、追える範囲で、離れない範囲で、常に先頭を走っていた。

 

 自分(ボク)が速いことは、()()()()が肯定してくれた。サイレンススズカ(ボク)は、誰よりも速いのだと。

 

 身体が大きくなっていくにつれ、仲間との差は浮き彫りになり、一頭で走ることが増えた。

 

 あまりにも、気持ちが良かった。

 広大な芝の広がる世界を、誰に憚る事もなくひたすらに走り続けることが。

 

 ヒトを背に乗せるようになってから、また走りにくくなったが、それでも走ることは気持ちが良かった。

 

 しかも、自分より大きい馬を追い越して走ると、()()()()がとても喜んでくれた。それがまた、嬉しかった。

 

 ある時、初めての場所でいっぱいの同年の馬と一緒に走るときがあった。

 走る前に、()()()()()言ってくれた。「がんばるんだよ。スズカ」と。

 

 頑張った。背の上の人も、特に何も指示はなく、好きに走った。

 一緒にゲートに入った仲間なんて忘れて、頑張って走った。

 

 そしたら()()()()はとても喜んでいた。

 皺が増えて来た頬の皺をさらに深めて、いつも以上に笑って言ってくれた。「やっぱりスズカは最強だ!」って。

 

 サイレンススズカ(ボク)が先頭を走る限り、おじさんは喜んでくれた。そして、ある時気がついた。

 先頭で走り続けることが、()()()()の言う、『最強』なんだって。そして『最強』とは、『誰よりも速い』ことなのだと。

 

 

 ──だから、走った。

 

 

──そうだ。そうだった。

 

 

サイレンススズカ(ボク)が、走ってた理由)

──サイレンススズカ()が、レースに出る理由。

 

 

 誰よりも強い自負。

 

 誰よりも大きい期待。

 

 

 その全てを背負って。

 

 

 その全てを証明するために。

 

 

 ゴール前に居るハルカさん(おじさん)の顔が見える。おじさんと、ハルカさんが重なる。性別も、年齢も、なにもかもが違うはずなのに。どちらかと言えば、ハルカさんのお父さんのほうが、おじさんに近い筈なのに。

 ゴール前で私に向かって叫ぶハルカさんは、とても、とても()()()()と瓜二つに見えた。

 

 

 

(ハルカさん)

──おじさん。

 

 その顔を見ると、力が湧く。

 

(私が)

──ボクが。

 

 その顔に笑みが浮かぶ光景を幻視する。

 

──(一番だって、証明するから!)。

 

 

──譲らない!!!

──だから、帰ったら撫でてください。

 

 

 

 レース前(むかし)みたいに。

 

 

 

 

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『先頭の景色は譲らない!』

              Lv.■■■■──1

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SilenceSuzuka SilenceSuzuka SilenceSuzuka SilenceSuzuka SilenceSuzuka SilenceSuzuka SilenceSuzuka SilenceSuzuka SilenceSuzuka SilenceSuzuka

 

 

 

 ギリギリ、ギリギリで領域を発動できた。

 

 

 本来の強度には及ばないまでも、ベニーザディップの領域による抑えを破って、発動することができた。

 

 

 

「証明する! 私が、『最強』なんだ!!!!!!

 

 ボクが証明した、最速を、最強を──私も。

 

 

「それを打ち破って、私が、『勝つ』!!!!!

 

 私の加速を見て、ベニーザディップが笑ったのがわかる。

 後ろを見る余裕などないから、視界には入っていないのに、なぜかわかる。

 

 多分、領域をぶつけ合ったせいだろう。ベニーザディップの記憶を見て、原風景を理解したからだろう。

 

 

 この瞬間、ゴールまでの2ハロン。

 

 

 その間だけは、サイレンススズカとベニーザディップは通じ合っていた。

 

 

『加速した! 加速した! 2番サイレンススズカも加速した!! みるみる縮まっていた差がピッタシ1バ身差で止まった!!!!』

 

 実況が叫ぶ。

 

 

『いや!? 若干、若干ベニーザディップの方が速いか!?』

 

 観客も熱狂して見つめる。

 

 

『どっちだ!? 後ろはもう来ない! 2人のレースだ! 抜くのかベニーザディップ!!! 抜かせないのかサイレンススズカ!!!!』

 

 瞬きなど許さない。

 

 固唾をのんで見届けろ。

 

 

 

『これは、これは──────────』

 

 

 クラシック級にあるまじき2人の優駿が鎬を削った結果を。

 

 

『ゴォォォォォオオオォォォルッ!!!!!!!』

『少し遅れて3着以下も続々ゴール! 3着は────』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

着順枠順名前タイム(着差)

 

12サイレンススズカ2分33秒5(クビ差)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

『ダービーステークスに勝利、また原風景を明確に思い出したため、サイレンススズカの特性が変化しました!▼』

『詳細は以下をご確認ください。▼』

 

 

特性:〈異次元の逃亡者〉→第2領域〈異次元の逃亡者〉

 

 

『固有特性〈異次元の逃亡者〉がウマ娘のウマソウルと適合し、第2領域へと進化しました。▼』

 

 

 

*1
所謂逃げ馬についていくグループのこと

*2
Youtubeの動画を見ながら筆者の手測定だが、1997年英ダービーの1000mペースは約65秒程度と思われる。上り坂もあり平均ペースが日本より遅いと言われる欧州競馬では、この1000m65秒程度が平均ペースだろうと判断し、この値を設定した。




参考タイム
1997英ダービー ベニーザディップ(2:35.77)


 これでダービーステークスに関しての連続投稿は終わります。

 参考タイムをご確認いただければわかりますが、今回のスズカさんは史実のベニーザディップに対して15バ身近いタイム差を出しています。

 スズカさんの能力、ハイペースになったレース展開と合わせて、このくらいの値を設定させていただきました。


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