「私はサイレンススズカだから」   作:花水姫

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長らくお待たせしてすみませんでした。
予定ではひと月くらいで投稿できる予定だったのですが諸々(TRPGでGMとして定期卓を抱えたり等々)ありまして遅くなりました

いつも閲覧感想ここ好き等々、大変励みになっております。
今後ともよろしくお願いします。


第25話「ダービーその後」

 

「──ハァッ、ハァッ」

 

 脚を緩め大きく息を吸う。

 灼熱の領域から解放されたせいか、それともレースで身体に熱が籠ってしまったからか、肺に入る空気がやけに冷たく感じる。その冷たさを心地よく感じながら、乱れた呼吸を整えるために深呼吸を繰り返す。

 

 

「ハァッ、くそっ……くそっ! 

 

 

 私の後ろから大きく息を吸う音と共に小さく悔しがる声が聞こえる。

 

『掲示板に表示されたぞ! 1着は2番サイレンススズカ! 2着はクビ差で9番のベニーザディップ! 3着は──』

 

 レースが終わり周囲の音へと意識を向けることが可能になったためか実況の声が聞こえてくる。その実況の声の通り、結果として私が勝った。

 気分としては安堵が6割、そして申し訳ない気持ちが4割。

 

(領域を通して感じた彼女(ベニーザディップ)の勝利への、ダービーへの執念は私なんかを上回っていた)

 

 その考えを肯定するかのように、私は今、()()()()()()ではなく、()()()()()()()()()()()を強く感じている。

 そして、クビ差まで追いすがって勝てなかった彼女のように、誰の目を憚る事もできず悔しさを表せることへの羨ましさすら感じている。

 

 結局かける声が見つからず、私は頭を俯かせて悔しさを小さく吐露するベニーザディップを後目に地下バ道へと帰る事にした。

 

 

 ⏰

 

 

 今までのレースで感じたことの無いほどの疲労感に、意識をフワフワとさせつつもしっかりとした足取りで地下バ道を進んでいると、私の前にハルカさんが息を切らせて現れた。

 

「スズカ!」

「──ハルカさん」

 

 私の顔はハルカさんを見てつい綻んでしまう。

 

「走り終わってから辛そうだったけど、どこか悪くない? 脚は大丈夫?」

 

 私の肩を支えるように両手を添えると、ハルカさんは顔を覗くように近づける。その瞳には心配の色が強く浮かんでいた。

 

「ハルカさん」

「うん」

「最後、ハルカさんの声、聞こえました」

「うん」

「ハルカさんの声が聞こえたから、最後頑張れました」

「──うんうん」

 

 呼吸は落ち着いて来たが、戻らない体力からたどたどしい私の話をハルカさんは辛抱強く聞いてくれる。

 

「私、勝ちましたよ」

「うん、本当に良かった」

 ──あぁ、本当に良かった

 

 靄がかかったように覚束ない思考がハルカさんの声と共に、聞き覚えのある―—しかし、今世では聞いたことのない声を再生する。

 

「やっぱり──」

 ──やっぱり

 

 懐かしくて、長い期間聞いていたような気がして。

 

「スズカが」

 ──私のスズカが

 

 (ボク)が、一番聞きたい言葉。

 

「一番よ」

 ──一番だ

 

よくやったわ(よくやったね)

 

 

 その言葉と一緒に、優しい笑顔を向けてくれる。

 とても嬉しそうに、とても温かい笑顔を見せてくれる。

 それと同時に、頬に温かい感触が伝わる。優しく、慈しむようにハルカさんは頬を撫でてくれた。

 

「はいっ」

 

 まだ、本当に走るべきなのかはわからない。ベニーザディップへの申し訳なさは払拭できていない。彼女のような強い想いを抱いたウマ娘を、これからも下していく覚悟はできていない。

 

 

 それでも、今は目の前の光景とこの感触のために勝ちたい──。

 

 

 

 そんな思いを得て、私のダービーは終わった。

 

 

 

 ⏰

 

 

 

 ウィニングライブも終え、協力してくれたメンバーからの祝福の言葉を貰った後、レース当日は私の疲労を鑑み早めの就寝となった。

 翌日は疲労を抜くため完全休養とし、チームメンバー*1に、色々協力してくれたエマさんも含め、小規模な祝勝会を行った。

 

 その後はトレーニングの休養も兼ねて、エプソムやロンドンを観光したりし、結局ニューマーケットに帰ってきたのはダービーから4日過ぎてのこととなった。

 

 

 そして本日はダービーから5日後。私の疲労も抜けただろうという事で、トレーニングを再開するため我々に与えられたトレーナー室に集まっている。

 

「さて、ダービーの勝利に酔うのも良いけど、我々は次へ目を向けなければいけません」

 

 ホワイトボードを前にミーティングを仕切るハルカさんの言葉に、その場に居る全員が傾聴の姿勢をとる。

 

「次の目標レースは約一月半しかなく、さらに初めてのシニア混合となるKG6&QES……。正直、ダービー以上のキツイ戦いになることは避けられません」

 

 そこで言葉を区切り、ハルカさんは私たち──特に私の顔を見つめる。

 

「うん、戦意は十分みたいね。ダービーを勝利したことで出走資格は十分、後はどれだけシニア級に太刀打ちできるか……。それに尽きます。

 今までも対シニアを視野に入れてダンスパートナーさんやサンデー、マルゼンスキーさんの協力を受けトレーニングをしてきましたが、今後は更にトレーニングは過酷なモノとなります。覚悟は、大丈夫かしら?」

「はい!」

 

 ハルカさんの言葉に勢いよく答えながら、立ち上がる。

 

「正直、何で走るのか……なんでレースなのか……、まだはっきりとは言えません。でも、最初の言葉を反故にするつもりもありません。私は勝ちます。勝つためなら、なんでもします。だから──よろしくお願いします! 私を勝たせてください!」

 

 私を手伝ってくれるこの場にいる皆へと、深々と頭を下げた。

 

 

「へっ、良い顔するようになったじゃねぇか。殻付きひよこから、殻なしひよこにはなったみてぇだな」

 

 サンデーさんは狂暴な笑みを浮かべ。

 

 

「モチのロンよ! ここまで来たら最後まで付き合うから、一大記録を樹立しちゃいましょ!」

 

 マルゼンスキーさんは良い笑顔と共にサムズアップを力強く向けてくれる。

 

 

「うん。凱旋門賞も勝ったことのあるダンスパートナー先輩に任せなさい! 全力でサポートするからね!」

 

 ダンスパートナー先輩は心強い言葉と共に、自信に溢れた笑顔を向けてくれる。

 

 

 そして──

 

 

「まかせて。トレーナーとして、スズカの夢の──ううん、私たちの夢のために、これまで以上に全力で貴女に尽くすわ。だから、勝ちましょう、スズカ」

 

 ハルカさんは、いつも通りの温かい笑顔で私を見つめてくれる。

 

 

 

 

 外に出ると少し熱を含んだ空気が肺を満たす。

 

 日本に比べ乾燥し、気温も低いイギリスだが、それでも季節はある。

 

 

 目標のKG6&QESは7月末の開催。このイギリスにも、夏がくる────。

 

 

 

*1
ハルカ、サイレンススズカ、マルゼンスキー、サンデーサイレンス、ダンスパートナーの5名

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