またもや長らくお待たせして大変申し訳ありませんせんでした。
遂に始まる夏合宿の話と、この小説ではそう言えばしてなかったなと思い至ったこの小説内での領域についてのお話になります。
夏休みも始まり、夏も本格化してくると合宿の季節だ〜となるのだが、そうなるのは日本だけで、欧州をはじめ海外では意外とそうではない。
というのも日本は高温多湿な気候故、人間よりも平均体温の高いウマ娘は夏中の活動が厳しく、そのため身体を酷使するトップアスリートウマ娘であればあるほど、夏中のレースを避ける傾向に昔からあったらしい。
そうなると夏中に開催するレースは基本的に有名ウマ娘が出場しない→レース自体の注目度が落ちる→重要なレースになり難い→レースの格付けが落ちる→格付けが落ちるので更に参加者が減る。と言った悪循環により夏場開催されるレース自体はあれど、G2、G1などの高格付けのレースが開催されない、いわゆる閑散期という奴になってしまった歴史がある。
勿論、重賞レースというくくりでは開催されるレースはあれど、それらは夏の暑さが比較的マシな北海道を筆頭に地方に重点が置かれがちだ。
それらの理由もあって日本の特に中央トレセンでは、夏はレースを休み学校も無いためトレーニングに集中できるよう、合宿を行うチームが増え。結果的に夏=合宿という構図が成り立つようになった。
一方海外では、日本ほど夏の暑さが厳しい地域が少ないため、夏でも結構盛んにG1レースを始めとした高格付けのレースが開催されている。
代表的なのはやはり、私が出場しようとしているKG6&QESだろう。このイギリスの誇る最高峰のレースは、7月後半という日本では暑すぎて動くのも億劫な季節に開催される。
そんな感じで夏でもバリバリにレースが盛んな欧州では、夏だから合宿だー! という雰囲気にはならない。
ならないが、やはり学校が無く授業に縛られないというのは大きく、バリバリ訓練に励むウマ娘は少なくない。
そんな訳で私たちサイレンススズカ陣営もバリバリ訓練に励もう、ということになったのだが、私は現在ニューマーケットを離れロンドンに居る。
ニューマーケットからロンドンといえば、高速道路を挟むとは言え車で約2時間ほどと、そこまで遠い距離ではない。*1その程度の距離なので、わざわざ合宿のために拠点を変えるほどでは無い、と私は思ったのだが、私の追い切りのために沖野トレーナーやチームメイト達がイギリスに来てくれる事をエマさんに伝えたところ、張り切って宿泊地やトレーニング施設を押さえてくれたらしく、しかもそこがアスコットレース場に近いロンドンの都市外縁だと言うのだから拒むわけにもいかず、我々は有り難く拠点をロンドンに移す事にした。
⏰
ロンドンなどレース場が近くにある大都市ともなると、遠征に出てくるウマ娘用のトレーニング施設が併設されているホテルも存在する。レース場自体が郊外にあることが多いため、都心部にそのようなホテルがあることはほぼ無いが、レース場の近くの郊外ともなれば実際のレース場ほど広いわけでは無いがウマ娘が十分にトレーニングをすることが可能な程度の広さを備えたトラックを併設しているホテルもある。
今回エマさんが押さえてくれたホテルはそのようなホテルの一つであり、エマさんのご好意に甘え沖野トレーナー率いるチームスピカのメンバーも同じホテルの一室を借りることとなった。
そんなホテルに一足早く到着した私に遅れ数日ほど経ったある日、遂に沖野トレーナー達が私たちに合流することとなった。
朝早くにヒースロー空港に到着したらしい一行は、ロンドン観光もせずホテルへとチェックインすると午前中は飛行機旅の疲れを部屋で癒し、お昼のタイミングで私と顔合わせをする事になった。
「お久しぶりです、沖野さん。それとゴールドシップにダーク先輩も」
「あぁ、通話ではたまに様子を聞いてるけど、実際に顔合わせは久々だな。また短い期間だが、よろしくなスズカ」
「おーっす! ピスピス! 元気してたか~?」
「ふっ、久しぶりか……
お昼時となり今日到着したばかりの面々と早速挨拶をする。まずは既知の間柄である3名、沖野トレーナーとゴールドシップ、それからダンスインザダーク先輩と挨拶を交わす。3年ほど同じチームに暮らしているが、相変わらずダーク先輩の言っている事は難しい。それでも、なんとなく再会を喜んでくれていることは理解できる。
「んで。コイツ等とは初めまして、になるよな。今年から新しくチームスピカに正式加入になった」
「ダイワスカーレットです!」
「ウオッカっす! です!!」
沖野トレーナーに促され、見知らぬ2人のウマ娘が勢いよく名乗りながら頭を下げる。その2人に合わせるように私も頭を下げ挨拶を交わす。
「サイレンススズカです、初めての後輩だからとても嬉しいわ。今年はあまり関わらないかもしれないけど、2人とも仲良くしてね?」
「そんな! こちらこそ、仲良くしてくれたら嬉しいです! 私、トレセンに入学してからだけど、サイレンススズカ先輩の活躍を聞いて、すごいって思って! そんな先輩のいるスピカだって! だから、サイレンススズカ先輩に会えてうれしいです!」
ダイワスカーレットと名乗った綺麗な赤毛をツインテールにし、頭の上に豪奢なティアラを乗せたウマ娘が興奮冷めやらぬ様子で私に話しかけてくる。
入学したばかりだというのに私とほぼ同程度の身長を始め、色々と
「ふふっ、ありがとう。サイレンススズカって言いにくいだろうから、スズカって呼んで」
後輩が自分を尊敬してくれている様子に微笑ましくなり、顔をほころばせあだ名で呼んで欲しい事を伝えると、ダイワスカーレットはますます感激した様子で目を輝かせる。
「ありがとうございます、スズカ先輩! 私もスカーレットって呼んでください!!」
「えぇ、よろしくね。スカーレット。ウオッカちゃんも、是非スズカって呼んでね」
「は、はい! よろしくっすスズカ先輩。あと、ちゃん付けはその……、居心地悪いんで、ウオッカって呼び捨てで呼んでください」
「わかったわ。よろしくね、ウオッカ」
「よーし、じゃぁ飯にすっか!」
私と新人2人の挨拶がいち段落ついたことを確認したのか、沖野トレーナーが声をかけると我々チームスピカの面々はホテル併設のレストランへと足を運び、昼食を取ることとなったのであった。
⏰
合流したウマ娘達は空の旅の直後というのもあり、時差ボケや旅の疲れを癒すために全日休日という扱いになったため、午後の練習は元々ロンドンに居た我々サイレンススズカチームに、沖野トレーナーを加えたメンバーでトレーニングをしていくこととなった。
私は
私の時も空港からニューマーケットまで移動したと言うのもあるが、2、3日はイギリスでの生活になれるためトレーニングらしいトレーニングをしなかったくらいである。
ゴルシなんかは何時も気づいたらどこか知らない場所に行っていたりするのでこういう状況に慣れているのか、同じく凱旋門賞に挑むためにフランスに遠征したことのあるダーク先輩と一緒にロンドン観光へと繰り出して行ったが、新人──しかもトレセン学園の中等部に入学したばかりのスカーレットとウオッカに関しては、デビュー前に参加できる貴重な合宿トレーニング期間ということで私のトレーニングに参加することとなった。
「ハァッ! ハッ!」
「さ、すがっすね、スズカ先輩っ」
アップから私のトレーニングに付き合ってくれることになったスカーレットとウオッカだったが、1時間もすれば基礎体力の差が出始めてきたのか、息切れも甚だしく疲労困憊となっていた。*3
「噂では聞いてたんすけど、やっぱ走りづらいっすね!」
「な、なにか、コツとかあるんですか……?」
「うーん、そうね。私はもうこっちに3カ月はいるし……、そもそもハルカトレーナーの伝手でもう1年以上は洋芝への適応訓練をしてるから……。コツみたいなのは正直あまりないわね……」
「そうなんですか……」
スカーレットの質問に明確な答えを返せず申し訳なく思いながら返答すると、スカーレットは見てわかるくらいへこんでしまった。
「えっと、相性もあるらしいしそんなにへこまなくても良いと思うんだけど、スカーレットは欧州に挑戦したいと思ってたりするの?」
「それはですね!! 私、ダンスパートナー先輩みたいになりたいんです!! ティアラ3冠だけじゃなく海外のオークスにも挑戦して見事勝ち取り、同世代だけじゃなくシニア混合にもなるエリザベス女王杯をもクラシック中に制した前人未踏のティアラ6冠!! シニアでも凱旋門とBCターフという、芝の歴史ある2大タイトルを同年で獲得。文句なしで現在……、いや、歴代ティアラ路線で最強は間違いない最強の女王!!」
スカーレットがへこんでしまったのが少々気になったのでスカーレットに質問してみると、スカーレットはガバっと勢いよく頭を上げキラキラした瞳で語り出す。
「そんな先輩に憧れてスピカに入ったんです! だから私もできればクラシック中に海外挑戦したくてっ!」
「そ、そうなのね」
「はい!! だから洋芝とか、あとは洋芝ほど話題にならないですけどアメリカの芝とか! 芝質の違う芝に早く適応できるコツとかあるなら是非知りたくてっ!!」
「だったら私よりダンスパートナー先輩本人か、あとはトレーニング方法だったらハルカトレーナーの方が詳しいと思うわ。ダンスパートナー先輩とは話したの?」
「はい。まだ日本にいる時に少しお話させて貰いました」
「そう。それだったら今度自由時間とかにハルカトレーナーに聞いてみると良いと思うわ。ご実家の関係でそういう海外への適性訓練の知識とかすごいから。私もとてもお世話になってるし」
「わかりました! 後でお時間貰って聞いてみます!」
スカーレットの圧に気持ちが押され気味になりつつも、私が尊敬している先輩を慕っている後輩が微笑ましくなり、少しアドバイスのような事をして先輩風を吹かせてみる。
そんな感じで初めての後輩や久しぶりの先輩たちを交えたトレーニングは進んでいった。
学業にかかずらわずに済む分、強度の高いトレーニングを新しい顔ぶれで行えることは気分転換にもなり、大変飽きることなくトレーニングに集中できる環境になっていた。
また久々の沖野トレーナー考案*4の突拍子もないトレーニングの洗礼も受けた。
なにやら急に格闘家の人が来たと思ったらサバットを学ばされたり*5、ホテルの前でオペラの発声法を練習させられたり*6、息抜きだと言って皆でパドルボードをしてみたり*7。
とにかくネタを変え品を変えハルカトレーナーと一緒の間では思いもつかないような……というか、ホントにトレーニングになっているのかと疑うような事を沢山する日々となっていった。
これにはリギル出身で沖野トレーナーのトレーニングを知らなかったマルゼンスキーさんも驚いたようで。
「あなた達のチームトレーナーとても楽しいわね! チョベリグっ!!」
などと大笑いしながら褒めて(?)くれたりもした。
⏰
沖野トレーナー以下チームスピカが合流してすぐの夜、沖野トレーナーが居る間に私の今後に対してのミーティングが設けられた。
参加メンバーは元から欧州に居たサイレンススズカ陣営*8に加え、沖野トレーナーが参加していた。
「領域……ですか?」
ミーティングの題目は「シニア混合で格上のウマ娘と戦うにあたって」というこの時期からクラシックウマ娘たちに課せられるよくある題目。しかし内容については「領域」と呼ばれる現象について私がどれほど理解しているか、ということらしい。
これを機に私が知っている領域について纏めると──。
・領域とはウマ娘の奥の手、火事場のバカ力、真骨頂などと呼ばれる現象である。
・領域は公的には明言されておらず、眉唾のオカルトとして扱われているが、ウマ娘の間では「確実にある」と言われている。
・シニアでG1の掲示板を争う優駿はほぼ必ず発動できる条件を持っている。
・シンボリルドルフを代表とされる強力な領域は、観客でも知覚できる。
「──ってところでしょうか」
「基本的なことは十分、って感じだな。だが、基本的なことだけ、だな」
「基本的なことだけというと……、応用的な何かがある。ってことですか?」
「あぁ。まず俺の──いや、ほとんどのG1級トレーナーは経験則として確信しているだろうことだが、シニア級以上のG1で勝つためには領域は“必須”と言って良い」
「必須、ですか?」
「スズカは対戦相手が領域を使ってきたレースは前回のダービーが初めてだったな?」
「はい……」
「それは相手がクラシック級だったからだってのは、なんとなくわかるか?」
「えっと、サンデーさんも言ってましたけど、『走る理由』が定まってないから、ですか?」
「それもあるが一番大きな理由は、身体が出来上がってないからだ──と言われている」
沖野トレーナーの言葉を引き継ぐように、サンデーサイレンスが言葉を続ける。
「お前もさっき言ってたが、火事場のバカ力ってのは大体間違ってねぇ。ただ火事場みたいな限界ギリギリじゃないと発揮できないから火事場のバカ力って言うんだ。それを自在に発揮出来たらそりゃすげーけど、そんなもんは発揮したら身体がマズい事になっちまうから火事場でしか発揮できないようになってる訳だ」
「えっと、つまりよく言われる肉体のリミッター的な話ってことですよね?」
「おう。それを意識的に、条件付けをすることで外せるようにする。それが領域って呼ばれてる奴だ」
「サンデーの言葉に加えると、ゾーン状態も加わった状態。身体能力と精神状態が共に最高潮になっている状態がいわゆるウマ娘の『領域』だ」
話が長く複雑になったので会話形式ではなく地の文で纏めると、ウマ娘も含めた人体が平常時に出せる心理的限界は生理的限界の60~70%ほどと言われている。
仮にとあるウマ娘が生理的限界の100%を出せたとき、上がり3ハロン30秒*9だとすると、生理的限界の70%とは上がり3ハロン42秒*10しか出ないことになる。
0.2秒で1バ身差つくとされているレースの世界で12秒の差は、バ身差に直すと60バ身となってしまう。
アスリートはトレーニングで心理的限界を70%より高くなるようにトレーニングを行っているので、ここまでの数字は極端な話となってしまうが極論、同じウマ娘が領域を発動できた時とできなかった時ではそれほどの差がついてしまう。という話である。*11
「ま、結局言いたいのは、領域と戦うには領域しかないよってこと。それはスズカちゃんもダービーで思い知ったと思うけどね」
ダンスパートナー先輩の言う通り、ダービーで戦ったベニーザディップの領域は私が領域を発動出来ていなかったら戦うことすらできず、悠々と追い抜かれていたであろう
「私も現地で見てたが、ディップとか言ったか、アイツとダービーで戦えたのはラッキーだった。アレはシニアの上澄み、言っちまえば私たちみたいなG1をバンバンとれるウマ娘の領域の
「んね、私も現地で感じたとき自分の脚が無くなっちゃったかと思ったもの」
ダービー前から私のトレーニングを手伝ってくれているサンデーさんやマルゼンスキーさんが評する通り、ベニーザディップの領域は凄まじい物だった。
「俺は残念ながら現地では見れなかったが、映像でも『領域』の存在を強く確信できるほどの衝撃映像だった。だがスズカが参加しようとしているKG6&QGSや凱旋門賞は、あれぐらいの領域が少なくとも3つ5つ……下手したら17個襲ってくると思っても過言じゃない」
沖野トレーナーの言葉に、その光景を想像し冷や汗が流れる。
「沖野くんの言葉は流石に大げさだけど……、それぐらいの覚悟は必要かもね」
「……わかり、ました」
努めて明るく振舞うマルゼンスキーさんの言葉に頷く私を見て、沖野トレーナーとハルカトレーナーが頷きあう。
「よし、じゃあこれからの約1ヵ月弱でやる予定のトレーニングで共通以外の個人メニューについて詳しく話すぞ──」
そうした流れで合宿初日の夜に行われた私専用のミーティングは進んでいった。
⏰
後輩たちを含めた共通メニューは前で表記した通りだが、個人用のメニューは合宿前と変わらず凱旋門賞を視野に含めた2400mの
もはや併走ではなく、5人*12での少人数レースといった内容となっている。そのため日に平均2本、多くても3本程度しかできないが、ドリームリーグに移籍したばかりのダンスインザダーク先輩との差がレースをする毎に縮んでいくのは、確実な成長を感じられ達成感もある。
「──データでは知ってたが、スズカはやっぱすごいな……」
「えぇ。そうですね」
「闘争心が高いからかレース形式の時の能力値の伸びが半端ない*14。疲れを抜くのが大変かもしれないが、こりゃ噂のシンザンみたいにG2やG3をトレーニング扱いにした方が良かったかもしれんぞ……」*15
「そうかもしれないですね……、ですがここまで伸びるのも相手がダンスパートナーを始めとした格上であることと―—」
「クラシックの夏が合わさったから、か?」
「はい。正直今までのスズカでは格下狩りにしかならなそうなレースに出しても、ここまでの伸びしろになるとは、とても……」
「そうかもな。いや、それは今まで付きっ切りでスズカを見て来たお前を信じる事にするわ」
「はい。ありがとうございます」
トレーナー2人がスズカに関してそんな話をしている中、ウマ娘側でも併走を重ねていく中で感づいた事があるのか、マルゼンスキーがサイレンススズカと話をしていた。
「第2領域……、ですか?」
「えぇ。スズカちゃんと併走してるときチョロチョロ感じていたんだけど、あなた領域を2つ発動する時無いかしら?」
「あぁ、そりゃ私もうっすらと感じてたな」
「そーなのか? 私はあんま感じたことねーけどな」
「最速の流星の神髄は己との対話──。他者がその対話を聞き取ることは困難──。故に我もその言の葉が聞こえる筈もなし──」*16
「んー、私もないかなー」
マルゼンスキーの問いにスズカが首を傾げる中、同じ併走相手であるため部屋に集められたサンデーサイレンス、ゴールドシップ、ダンスインザダーク、ダンスパートナーはそれぞれの所管を語る。
「んーと、今のとこわかってるスズカちゃんの領域の条件は、『先頭で最終直線に入る』ことよね?」
「はい」
「そうするとスズカちゃんの領域の発動は最終直線に入る時だから、私やサンデーちゃんはそれを
「あ~、確かにな。私やロートルはラビット役だから大抵中盤には競り終えて下がってるしな」
「ふんふん、マルゼンさんとサンデーねぇの話を纏めると、2人がスズカちゃんと競り合ってる前半の間に領域発動の気配がある。ってことでおk?」
ダンスパートナーの言葉に、2人は頷きを返す。
「神話の序章と最終章、2度にわたり響き渡る絶唱──。それこそ最速の流星の神髄──?」*17
「んー、ダークちゃんの説もあるけど、なんか違いそうなのよね~。スズカちゃんはなんかレース序盤になんか感じてない?」
ダンスインザダークの言葉に釈然としない様子のマルゼンスキーがスズカへと問いかける。
問われたスズカはしばし悩むが、思い立つことがあったのかおずおずと口を開く。
「そういえば、競り合ってる最中フッと頭が真っ白になるというか、思考が冴えわたると言うか……。なんか頭がスッキリする瞬間がある気がします」
「それってどんな時?」
「えっと、絶対に競り負けないぞ~って気持ちが一定以上溜まった時というか、行くぞ~って決めたときというか……」
「やっぱりそれっぽいわね~。一応明日沖野くんたちに共有しておきましょ」
スズカの言葉に得心がいったのかマルゼンスキーはトレーナーと情報共有して終わろうとしたのだが、それにサンデーサイレンスが待ったをかけた。
「でもまてよ、コイツまだ勝負服1つだよな。URA賞貰ってねぇだろ」
「ジュニアでは一応URA賞貰いましたけど……、勝負服の数が関係あるんですか?」
「ん? あ~、ま、なぁ」
説明がめんどくさいのか頭を掻くサンデーサイレンスに代わり、ダンスパートナーが説明を始める。
「えっとね、クラシック以上のURA賞とかは特典で勝負服を作ってもらえたりするんだけど、別の勝負服を着るとね自分の中のスイッチが切り替わるっていうか、なんかそういうのが切り替わる感じがするのと同時に、出せる領域も変わるんだよ」
「慣れると両方いつでも出せたりするんだが、まぁそうなるのは大抵ドリームで走ってるような奴らばっかだし、できても着てない勝負服の方の領域は領域って言えるほどの
「ドリームシリーズでは、そういうのを第2領域って言ったりするんだけど、第2領域の方は元が領域だから『領域』って言ってるだけで、他人が感じられるほどの力は出ないはずなんだよね」*18
「そもそもスズカは勝負服2着持ってねぇんだから、第2領域に目覚める切っ掛けもまだだろ。ならダークが言ってるように序盤と最終直線で2回発動するタイプって言われた方が納得できるぜ」
「う~ん、そうよねぇ」
サンデーサイレンスの言葉に再び頭を悩ませてしまうマルゼンスキー。
そもそも
「ま! そういうのはトレちん達と話した方が良いっしょ! 今日は寝ようぜ~」
「シップの言う事も尤もだな。んじゃ俺は部屋に帰るわ」
沈黙を破ったゴールドシップの言葉に追随するようにサンデーサイレンスは立ち上がりスズカの部屋を後にする。
「は~い。それじゃ私たちも帰るね。いくよダーク~」
「あぁ。良い終末を」*19
ダンスパートナーとダンスインザダークの姉妹も去り、部屋には部屋の主であるスズカとマルゼンスキーの2人が残される*20。
「えっと」
「変な事言ってごめんなさいね。ゴールドシップちゃんの言うとおり、明日ハルカちゃん達と一緒に考えましょ。それじゃ! 夜更かしはお肌の大敵だし私も寝るわね!」
「あ、はい。おやすみなさい」
狼狽えるスズカに謝りながら、いつものテンションを保つように寝る準備をするマルゼンスキーのテンションに押され、スズカも寝るために布団に潜り込む。
部屋が暗くされ、マルゼンスキーが布団に入った音を聞きながらスズカの意識が夢の世界へと旅立つ。
「まさか、特性領域? 特性がもう
寝つきのいいスズカを闇の中で見つめながら、マルゼンスキーはいつものようなひょうきんさを見せず、1人呟いていた。