今回はタイトル通りメジロドーベル視点です。
私はメジロドーベル。由緒正しきメジロ家の一員だと、周りからは見られている。
確かに、血縁上も戸籍上も私はメジロ家の一員だ。
だけど、私は昔から期待されなかった。
私のひとつ上にはメジロライアンが、私と同い年にはメジロブライトが、そしていつの頃からか、少し年下のメジロマックイーンという、メジロの理想のようなウマ娘が居た。
別に、皆が皆私を蔑んでいる訳ではないことはわかる。
ライアンは不器用ながらも私を気にかけてくれるし、ブライトは私の人付き合いが苦手というわがままを理解してくれてる。
そしてマックイーンは、私を姉のように慕ってくれている。
でも一方で、メジロ家は天皇賞の盾という、悲願達成のためには冷たい一族でもある。
初めはライアンに期待がかかってた。でもトレーニングする内に天皇賞、特に春は難しいだろうと言われるようになった。それでもライアンは、その期待に報えないか努力している。
次はブライトだったが、あの子は所謂ズブい*1子だったらしく、すぐ期待は失われた。それでもブライトは、持ち前の能天気さで、気にしていないようだった。
最後はマックイーンだった。マックイーンは、期待に応えられるウマ娘だった。誰よりもメジロ家らしく、誰よりもメジロ家の思いを成就しようと。まるで、メジロ家の悲願とはメジロマックイーンそのものであるかのように。
そして私は、期待など一度もされなかった。
メジロ家ほどの名家になると、3歳程度の体つきである程度の才能を計れるようなベテラントレーナーも抱えている。
私は、典型的なマイラーのような成長だったらしい。
3歳という、物心が付くか付かないかというような年齢のとき、私はすでに期待を失っていた。
それでも私は諦めたくなかった。必死に走り込んだし、沢山食べて大きくなろうともした。
それでも、この身体はスタミナ溢れるような身体にはならず、ブライトのように長時間走れるようなスタミナもついぞつかず、ライアンのように己の限界まで身体を鍛えるような根性もなかった。
気づけば私は、私自身からの期待すら失っていた。
それでも何かになりたくて、レースの世界から逃げたら本当にメジロ家を追い出されるような気がして、トレセン学園に入った。
メジロ家としての最低限の教養と、メジロ家としての最低限のトレーニングで、あっさり入学できてしまった。
そう気づいたとき私は愕然とした。
私はメジロ家でできている。メジロ家に産まれ、メジロ家に育てられている。なのに私はメジロ家としての期待をかけられていない。
ただメジロ家に産まれたから、惰性で育てられているのだと、そう感じてしまった。
せめて、せめて何かになりたかった。メジロ家が、おばあ様が私を育てて良かったと言ってくれるような、私もメジロ家の一員なのだと、誇れる何かが欲しかった。
けれど私に、天皇賞の盾は蜃気楼のような実体のない物でしかなくて、どうにか誇れる“なにか”を求めて足掻いていた。
そんなときに、体育の授業でゲート試験があった。
私は自分が期待されていないのだと気づいた頃から、人目を避けるようになった。社交の場にもでず、独りで部屋に居ることが多かった。
そのおかげか、私は一般的なウマ娘よりゲートは苦手じゃなかった。
窮屈さは感じるけど、一人にされるゲートは、昔の私の部屋を思い出させたから。
逆にブライトはすごいゲートが苦手だ。普段のおっとりとした様子とは打って変わって、ゲートを前にすると暴れるし泣き叫ぶ。
流石に今はそこまででもないけど、ゲートが苦手なことに変わりはないらしく、ブライトはゲートを前に動くことができずに、ゲート試験に落ちた。
どんどんとゲート試験に落ちていく同級生たち。それを見て教官は仕方ないのだと言った。
ウマ娘なら、初めてのゲートに潜れる方が珍しいのだと。
私はその言葉に光明をみた気がした。
ゲート試験は私の番になった。ゲートの前で息を整え、思いきり足を踏み出し、ゲートに入る。
私がゲートに入った瞬間、同級生たちの感嘆の声が聞こえてきた。
そのままスタートの試験もする事になり、体感的には長い時間のあと、ゲートが開いて私は飛び出た。
私はゲート試験に合格した。
教官は言った。
「流石はメジロ家のウマ娘。鮮やかなスタートだった」
同級生は言った。
「メジロドーベルさんすごい!」
私は、初めて認められたような気がした。
求めていたおばあ様からの賛辞では無いけど、初めてメジロ家として認められたような気がした。
教官は最後に、年4回ある選抜レースは、授業のゲート試験をクリアしないと出走できないと言った。ゲート練習は定期的に今後授業で扱うし、選抜レースが近づいたらそのたびにゲート試験は行うから、と。
そして授業後私を呼び止め。
「ゲート試験を合格したメジロドーベルさんは、一応選抜レースの出走資格があるけど、どうする?」
出てもほぼ勝てないだろう、とも付け加えて。
私は答えた。
「やるだけやってみたいです」
これなら、今なら何かになれる気がして、私は選抜レースに出走した。
⏰
選抜レースの結果は、14着だった。
辛くも最下位は免れたものの、それは途中で先輩のひとりが転倒したからであり、アクシデントだった。
度重なるレースで、バ場の状態は最悪だったから、足を取られたのだろう。
多分順当に走れば、私は最下位だった。
(あぁ、こんなもんか)
と、私は思った。
勝てないことはわかってたし、そもそも記念受験ならぬ記念出走だ。
同級生なんかアクシデントがあったことも気にせず、14着ですごいと褒めそやすし、ブライトなんか自分のことのように喜んでいた。
世間なんてこんなものだ、私なんてこの程度だ。
結局私は、特別でも何でもなかった。
ただちょっとゲートが得意なだけの、そんなウマ娘でしかなかった。
⏰
結局私は、特別ななにかにはなれないのだろうか。
選抜レースもパッとしない成績で終わり、そう考えるようになっていた私の耳に、とある噂が流れ込んできた。
私と同じく早々にゲート試験に合格し、しかも選抜レースで好成績を残した新入生が居るらしい。
最初は歴代にも、そういう超人みたいな人が居たという話なのだろうと思っていたのだが、なにやら聞き耳を立てるにその人物は今年の新入生らしい。
(私と同年代に、そんなすごいウマ娘が──)
詳細な情報を知りたくなった私は、その日の放課後にブライトに聞いてみた。
ブライトは独特な時間で過ごしているように見えて、とても社交的であり一人を好む私なんかよりよっぽど知り合いは多い。
「ん~、その話でしたらぁ、多分サイレンススズカさんのことだと思いますよ~」
「サイレンススズカって、新入生代表の?」
出てきた名前が一応知っている名前だったので驚く。入学式で見た時はまだ本格化も来てなさそうな華奢な印象だったため、選抜レースで好成績を残せるとは思っていなかった。
「はい~。私も噂で耳にしただけなので、違ってるかもしれませんが~」
「ううん、教えてくれてありがと。参考になったわ」
「はい~。ドーベルもスズカさんに興味があったのですかぁ?」
「も、ってことはブライトも気にしてたの?」
「さすがに、そういう噂を聞いたらちょっとは気にしますよ~」
「そうなのね。それならさ──」
そうして私はブライトを伴い*2、サイレンススズカに会いに行った。
⏰
初めて会ったサイレンススズカは、ブライトとはまた違うぽわぽわとした感じを受けるウマ娘だった。
ブライトが天気のいい時のひだまりみたいな、暖かさと眠気を感じるような印象だとしたら、サイレンススズカは澄んだ空に浮かぶ綿雲のような掴み処のない印象だった。
それでも初めて会った私との併走──いや、模擬レースを快く承諾してくれた。
新入生代表となるほどに優秀で、選抜レースで結果を残せるほど能力があって。
きっと私とは違う、特別なウマ娘なのだろう。
でも、そんな特別なウマ娘の走りを間近で見られれば、一緒に走って感じられれば、そこから何か私に手に入れられるような“特別”が見つかるような気がした。
ウォーミングアップの時に軽く併走した感じでは、とても健康に気を使っているらしいということが分かった。
念入りなストレッチは、毎日走る前と走った後、更には寝る前にもかかさず行っているらしい。
私たちのような年齢のウマ娘なんて、走ること以外はすべて些事。みたいな考えである事が多い。それこそ私たちメジロ家みたいに、小さいころからトレーニングを受けていたり、トレーニング理論を学んでいたりしなければ、食べる事やストレッチなどが回りまわって走ることに繋がるなんて考えもしない。
それは普遍的な教育を施す学校教育では教えようの無い事であり、教わってもそのことを実感するほど実践できる子供は居ないだろう。
それでも、サイレンススズカはそれをやってのけた。やはり彼女も特別な何かを持っているウマ娘なのだろう。
⏰
ウォームアップが終わり、ブライトにスターター、フクキタルに時計とゴール役を任せることになった。
偶然付き合ってくれることになったマチカネフクキタルだが、少しありがたかった。
気が利く娘なのか、サイレンススズカと私たちの話題の橋渡しをしてくれることもそうだし、正直ブライトに時計を任せるのは不安だった。
ブライトはかなりのんびりしているので、ストップウォッチを使っても誤差が1秒くらいありそうで、流石に模擬レースの時計を持たせるのには不安が募る。
さすがにゲートは借りられなかったため、スズカと並びブライトの合図でスタートを切ることになった。
内枠は、恥も外聞もなく私が貰うことにした。
スズカは快諾してくれたが、私たちのような年頃なら、普通のウマ娘とメジロ家のウマ娘が併走や模擬レースをするとき、メジロ家のウマ娘が内枠を譲らないのはかなり大人気ないと噂されてもおかしくない。
それほど、名家産まれというのは育成環境が整っているのだ。
それでも私は新入生代表となるほどのスズカの実力を信じていた。さすがに、私より遅いなんてないだろう、と。
その実力は期待通り、いや期待以上だった。
ブライトのゆったりとしたスタートの掛け声とともに駆けだす。
私が駆けだした、と思った時にはすでにスズカの背中が視界に入り、ドンドンと遠ざかっていく。
多分逃げなのだろうか、レースで競争妨害にならない程度に差を広げるとスッと内枠に入りこむ姿には、なんとなく
(逃げなら、大体5バ身は離されても大丈夫なはず)
そう思って前を走るスズカにつられないよう、意識的に抑えようとしたが、それは無駄だった。
ドンドンとスズカは加速し私との差を広げていく。6バ身、7バ身──。
さすがにまずいと思った私も加速するが、それでも差が縮まらないどころか広がっていく。
8────、9──。
(どんだけ速いのよ!!)
まるで乗用車でスポーツカーに追いすがらなければいけないかのように、気づけば私は抑えるなんて考えは全くなく、
それでも差は縮まらない。なんとか10バ身差程度を維持することはできたが、それでも広がらないだけで縮まることは無い。
そして驚いたことにサイレンススズカは
(無理だ!)
こんな速度で曲がろうとしたら、曲がり切れずに大きく膨らんでしまう。
そう思ってもサイレンススズカはそのままコーナーに入り、
(うそ……)
なにかが砕ける音がした。
私は、こんな
外ラチに身体を擦ってでも速度を維持するか、速度を緩めて無難に曲がるか。
私は、速度を緩めることを選んだ。
速度を緩めて私が直線にでると、なんとかまだゴールしていないサイレンススズカの背中が見えた。
(追いつけなくても!)
少しだけ残ったちんけなプライドだった。
着いていくのに精一杯で、末脚なんて全然残ってないのに。逃げ脚質の娘に、差し脚質の私が上がり3ハロンで負けるのは、なんだか納得いかない気分だった。
だから必死に走った。
絞り切れるだけの末脚を絞り切って加速した。
それでも、サイレンススズカの背は
(ありえないでしょ──)
あんな速度で走っていたのに、私が息もできなくなるくらい必死に走っていたのに。
それなのに、サイレンススズカは末脚を残せる程度の速度でしかなかった。
本当に、乗用車とスポーツカーの戦いだった。
私が息も絶え絶えでゴールしたころには、サイレンススズカははるか彼方で足を緩め、こちらに速足で帰ってこようとしているところだった。
私はゴールした瞬間に倒れ込んでもおかしくないほど疲労困憊なのに、スズカにはなおも余裕が窺えた。
気合だけで倒れ込まず、膝に手をつくくらいで体勢を保っているが、しばらくは何もできそうにないほどに疲労を感じていた。
順位などわざわざ言うまでもなく、そして着差なんてそれこそ言うまでもない。
大差だ。
どう考えても2秒以上の開きがあった。一般的にウマ娘のレースでは、1バ身につき0.15~0.2秒ほどの差が付くと言われている。
つまり2秒以上の差があれば大差であり、大差とはつまり
なんとか、呼吸を整えフクキタルが渡してくれた水を呷るように飲む。
落ち着いたころには、なにやらスズカとフクキタルがじゃれ合っていたが、あまりにも疲労がキツすぎて何を喋っているのか認識することすら困難だ。
「スズカ」
なんとか声を絞り出す。
「なにかしら? ドーベル」
疲れすぎて耳がおかしくなっている。スズカには悪いけど何を言っているのか理解できない。
「今日は、ありがとう」
だから一方的にお礼を告げる。
「ううん、私も走れて楽しかったわ。それにコースの予約とかも教えてもらっちゃったし。もし良かったらまた走りましょう?」
スズカがなにかを喋ってくれているが、まったく理解ができない。
「……えぇ。それじゃぁ、私、先に帰るわ」
もはや自分がキチンと言葉を発せているかすらわからないが、とりあえず一方的に言ってその場を後にする。
悔しさなんてなかった。
ただ久々に走り切った奇妙な清々しさと、なぜスズカはあそこまで速いのだろうかという疑問が浮かんでは消える。
疲労によってもはや何も考えることができない。
その日は、ぐっすり寝たようで気づいたら翌日の朝だった。
⏰
翌日、私はずっと考え事をしてた。
なぜサイレンススズカはあんなに速いのか。
彼女は、失礼かもしれないが名家のウマ娘ではない。私はあまり社交の場に出ないが、ブライトに聞いても社交会で見た覚えはないらしいので、少なくともメジロと懇意のウマ娘の家系ではないはずだ。
そして、少なくとも名家であれば冠名を耳にしたことぐらいはあるはずだが、サイレンスやスズカという冠名は聞いたことが無い。
名家にも必ずその冠名を持ったウマ娘が産まれるわけではないらしいから、もしかしたらそういう流れかもしれないが、流石に名家の生まれであれほどの実力なら幼いころから社交界で話題になるはずだ。それこそ、メジロマックイーンのように。
ならばスズカは才能だけであの走りをしているか、もしくは己の知識であそこまで鍛え上げたという可能性が考えられる。
スズカに才能が無いとは言わない。
どこまでいっても、ウマ娘のレースはブラッドスポーツと呼ばれるだけあって、血統と才能が重要になってくる。
それでもそれ以上の努力で強くなるウマ娘はいるし、逆に全く努力をせず才能だけで走り切るウマ娘というのも少ない。
つまり何が言いたいかと言うと、サイレンススズカは才能と努力を兼ね備えたウマ娘である、ということだ。
そして努力と言うものが実るには、正しい努力をする必要がある。
そしてサイレンススズカが名家の産まれではない可能性が高い以上、その努力と言うのは自分で自分にあった努力──つまりトレーニングを編み出した可能性がある。
もしも、もしもそれが普遍的なウマ娘が実行可能で、サイレンススズカの域にいけるなら、もしかしたらそれが私にもできるのなら──私でもスズカのように特別な何かに、歴史に名前を残せるような、メジロの家に誇れるようなウマ娘になれるかもしれない。
そう思った時私は居てもたってもいられなかった。
授業の合間の休憩時間に自分の教室を飛び出して、スズカとフクキタルの教室へ駆け込む*3。
「スズカ!!」
扉を開け放つと同時にスズカを呼び出す。
教室中のウマ娘が驚いているが、その中から特徴的な緑のイヤーカバーをしている栗毛を見つけ近寄る。
「えっと、ドーベル? ど、どうしたの?」
「ドーベルさん!? まさか昨日の報復に!?」
スズカの側にいるフクキタルが慌てているが、それは無視してスズカに詰め寄る。
「スズカ!!」
「う、うん。聞こえてる。聞こえてるわドーベル……」
思い付いたことを言うんだ。宣言するんだ。
特別な何かになるために。スズカの特別を知るために。
「私を、鍛えてほしいの!!」
誰にも憚ることの無いウマ娘になるために。私自身が私自身を誇れるようになるために。
私は、みんなに誇れる
ドーベル強化フラグでした。
今後一緒にトレーニングする友達ができてうれしいね。
以下私信
皆様から感想やコメントなどでとても暖かいお言葉をいただいており、大変励みになっています。
ありがとうございます。
今後もこの小説をよろしくお願いいたします。