今回はドーベルの目標設定と、ちょっとだけ夏休みの話
メジロドーベルとの模擬レースの翌日、ドーベルが私にトレーニングをつけて欲しいと言ってきたのを快諾してからと言うもの、ドーベルとはよくトレーニングを共にする仲となっていた。
初めて私のトレーニングメニューを見たときのドーベルは、「こんなん死ぬわよ!!」と言っていたが、これが目標なだけで最初からこれをする訳では無いと説明したら一応納得してくれた。
その後、ドーベル用というか、小学生の頃の私用のトレーニングメニューを渡したら、このトレーニングは何の意味があるのかとか、種目ごとに細かく質問されたため、トレーニング初日は各種トレーニングの目的とレースへの影響といった、トレーニング理論の座学となってしまった。
メジロ家という名家に生まれているのに、最新のトレーニング理論に疎いことを疑問に思った私は、メジロ家でのトレーニング内容などを、問題にならない程度*1に聞いてみると得心がいった。
それは、メジロ家の一族としての目標を考えるとわかりやすいかもしれない。
メジロ家のウマ娘とは代々、日本で最も歴史が古く価値があるとされている、天皇賞の盾を持ち帰ることを悲願としている。
天皇賞は春と秋の二つがあり、それぞれ長距離と中距離に分類される。
そして過去の日本では、中距離~長距離こそが王道であり至高とされていたが、現代ではマイル~中距離が盛んと、観客の嗜好がやや高速化している傾向にある。
これは海外では特に顕著であり、欧州などではマイル~中距離で速いウマ娘こそ至高という考えがより強い。
つまり、昨今シンボリ家──特に分家であるアイズ家──を筆頭とする、海外遠征重視指向の考え方と、メジロ家の考え方は真逆とまでは言わないが、ギャップがあると言える。
説明が長くなってしまったが、詰まるところメジロ家のトレーニング理論とは、
そして、肝心のメジロドーベルの得意距離は、今のところはマイル。本格化してスタミナがつけば中距離までは行けるだろうが、根っからのステイヤーを育成する事を重視しているメジロ家とは、若干あっていなかった。
そのことをドーベルに話すと、ドーベルは若干落ち込みつつも、長年の蟠りが解消されたような清々しい顔で「……そう、だったのね」とつぶやいた。
さて、ドーベルのトレーニングの話に戻るが、現状はマイル、将来は中距離までが射程圏内となれば、運の良いことに私と全く同じ距離適性となる。
本格化の仕方によっては変わるだろうが、そこはメジロラモーヌ*2を送り出した、メジロ家のトレーナーの鑑識眼を信じるとしよう。
と、言うわけでメジロドーベルのモチベーションを高めるため、現役時代の大目標としてティアラ路線の3冠を提示する事にした。
「ティアラ3冠? またなんで??」
「理由はいくつかあって、まずひとつはドーベルの距離適性とあっているということ。これは、今マイルが得意で、鍛えれば中距離まで行けそうなドーベルだから、わかりやすいわよね?」
「えぇ」
「二つ目はメジロラモーヌさんの時代とは違い、今はエリザベス女王杯の代わりに、秋華賞がティアラ3冠の最後のレースになっているということ。エリザベス女王杯は2200mなのに対して、秋華賞は2000m。200mとはいえ短くなってるのはマイラーにとってみれば有利だし、何より3冠全部が根幹距離になった。──まぁ私は非根幹距離の方が得意なんだけど、ドーベルがどっちが得意かはまだわからないけれど、非根幹距離と根幹距離両方の練習をするより、根幹距離の練習だけすればいいのは、単純にトレーニングの密度を上げられることに繋がるわ。
最後に、私が調べたところティアラ3冠──ひいては古バ戦線含め3冠と呼ばれる一連の重賞制覇を成し遂げたメジロ家のウマ娘は、メジロラモーヌさんだけということ。
『メジロ家史上2人目の3冠ウマ娘』。どう? 素敵な響きじゃない?」
私の提案を聞いたドーベルは、最初は不思議そうだったが、事情を説明するといたく気に入ったようで、やる気を漲らせていた。
「……えぇ、えぇ! 最高よ! 『メジロ家史上2人目の3冠ウマ娘』!! 私、ティアラ3冠ウマ娘になるわ!!」
そんな感じで、大層やる気を漲らせたドーベルは、私が提示するトレーニングメニューに文句を付けることなく、真剣に取り組むようになった。
──ウソ、翌日筋肉痛が酷く出たドーベルは、私に普通に文句を言ってきた。*3
鬼だとか悪魔だとかゴリラだとか。
失礼な、私はウマ娘である。断じてゴリラ娘ではない。
⏰
そのような流れで、一週間ちょっとをドーベル(たまにフクキタルやブライト)と共にトレーニングをこなす日々をこなしていたら、夏休みが近づいてきた。
トレセン学園の夏休みと言えば、トゥインクルレースファンの間では合宿の季節として有名である。
トレセン学園が提携している合宿先*4に滞在し、いつもとは違った環境で長時間高密度のトレーニングをこなすことになる。
ただこの合宿は、すべてのトレセン学園生が参加できるわけではなく、参加するのはクラシック級以上のウマ娘と、大チームに属していたり、チームで無くともトレーナーがクラシック級以上のウマ娘と兼任していたりするジュニア級のウマ娘に限られる。
まぁつまり、デビューはおろかチームにも属していない私ら新入生にとっては、全く関係ない事である。
そのようなウマ娘達は、本格化が始まっている娘は次の選抜レースに向けてトレセン学園でみっちり鍛え、そうでない娘や、実家が遠方な娘などは、長期休みであることを利用し帰省することが多い。
さて、問題の私はというと、現状大変悩んでいた。
それは夏休み中の過ごし方についてである。
当初は私の実家は首都圏にあり、トレセン学園からあまり遠く無いため、帰らずにトレセン学園で自由にスカスカになった施設を使い倒そうと思っていたが、夏休みが始まってから一週間ほどたって、問題が発生していた。
(……思ったより、寂しい……)
そう、寂しさに打ちひしがれていたのだ。
こう見えて意外かもしれないが、私は結構寂しがり屋らしく、実家にいた頃はよく姉*5や妹たち*6と一緒に寝ていたりもした。
いや、毎日一緒に寝てる訳ではない。
父がかなりお金を稼いでいるらしく、実家は日本の一般家庭から見たら広いし、小学生にあがると同時に個室が与えられる程度には家は大きく、育ち盛りのウマ娘4人の面倒をみれ、トレセン学園に入学させられるくらいの資産家である。
ただちょっと、私が夜の一人寝が寂しくなった時に、姉や妹の部屋に押し入って一緒に寝ているだけである。
3……5日に1回ほどのペースなので全然頻繁ではない。
そんな若干寂しがり屋な私だが、トレセン学園の寮は基本的に2人部屋のため、今までは寂しくなかった。
ダンスパートナー先輩が関西などに遠征に出るときでも、1日2日程度なら特に問題はなかった。
しかし、夏休みに入りダンスパートナー先輩がチームスピカの合宿に出て行ってしまうと、寂しくなかった部屋がだいぶ大きく見えてしまい、なんだか物寂しくなってくる。
最初の数日はとくに問題なかったのだが、一週間ほどたった現在、やたらと人肌恋しい気分になってしまったのだ。
夏休みなので実家に帰るという手もあるのだが、主だったトレーナーと現役ウマ娘が居ない今、トレーニング機器やプール、それこそコースや坂路だって使いたい放題と言っても過言ではない*7。
こんな恵まれた環境を逃す手はない。
逃す手はないのだが、夜はちょっと寂しい。
「で? なんでそれを私に言ったわけ?」
一緒にランニングをしていたドーベルが、私の語りを聞いてジト目になりながら、呆れたような口調で聞いてくる。
「いや、だからね? トレセン学園の恵まれた環境から出るのは、勿体ないな~って思ってるのだけれど、それはそれで1人寝は寂しいわよね。っていう話でね?」
「それはわかったけど、それを私に言ってどうするのよ」
「いや~、だから~、その、ね?」
ちょっと恥ずかしくて言い淀んでいると、ドーベルは大きなため息をついてやれやれと言いたげに首を振る。
「は~~~。わかったわよ、じゃぁ今日泊まりに行ってあげるから。同室の先輩にベッド使って良いかの許可くらい取っといてよ?」
「ホント!? 嬉しいわ! ドーベル!!」
「ただ、8月になったら私やブライトも家に帰って挨拶とかしなきゃいけないから、8月になったらスズカも家に帰るなり、フクキタルに頼むなりしなさいよね」
「うんうん、8月までね! 同学年と一緒の部屋なんて、修学旅行ぶりだから楽しみだわ!」
いや~、持つべき物はトレーニング仲間である。
こういった経緯で夏休みは、ドーベルと同じ屋根の下で暮らしたりと、充実した夏休みだったのであった。
夏休み中はおハナさんが合宿に行っている関係上話が進まないので、これで終わりです。
次回はリギル体験入部の予定