もしもザフト水泳部の新米が連合に盗まれずミネルバに加入したら 作:ちゃーらんき
アニメではphase 5『癒えぬ傷痕』にあたります。
癒えぬ傷痕
ユニウスセブン。
それはかつて連合・プラント大戦において、当時穀物生産用に改造された農業プラント“ユニウス市7区”に対して地球連合が核ミサイル攻撃を行い、官民合わせて24万3,721人もの犠牲者を出した事件──発生したのが2月14日であったことから“血のバレンタイン”と呼ばれている悲惨な出来事の跡地である。
スペースコロニーの残骸は腐食することなく多くの遺体が今も眠っており、大戦の凄惨な記憶を今を生きる人々の目に残す墓標だった。
このユニウスセブンの巨大な残骸の重力に引き寄せられ、多くの宇宙に散る残骸が集まる宙域はデブリベルトを形成しており、ユニウスセブンの残骸の他にも戦争の犠牲になった施設や艦艇、兵器などの骸が漂っている。
巨大な制御を失った質量であるユニウスセブンだが、安定軌道に入ったことで理論上は向こう100年はこのデブリベルトを漂う、地球に落ちることはない浮遊物になっていた。
……いた、はずだった。
放射能に汚染された残骸も多く漂うユニウスセブンの周辺は、計器が狂いやすくデブリも多いため事故が非常に発生しやすい危険な宙域である。
そして凄惨な事件の墓標でもあることから、慰霊などの特別な事情がない限りは基本的に立ち入り禁止となっている。
その誰もいないはずの墓場に、複数のモビルスーツの姿があった。
ジン・ハイマニューバ2型。
かつては大戦で最も長く多く活躍したモビルスーツであるジンの改良機であるこのモビルスーツは、優れた機動性を持つもののゲイツやザクといった後継機の登場によりすっかり型落ちとなったモビルスーツである。
しかしベテランのパイロットにとっては慣れ親しんだ機体であり、改良を重ね今も一部現役で残っている。
そんなジンだが、この場にいる彼らはザフトの所属ではない。
大戦を生き抜いたものの、多くが地球連合との戦争で大切なものを失い大戦で死に損ねた者達であり、今は亡きパトリック・ザラの過激な反ナチュラル論を支持してザフトを抜けたテロリスト達であった。
彼らの目的は、ナチュラルの滅亡ただ一つ。
その憎悪に満ちた狂った妄念を果たす為、このユニウスセブンにフレアモーターを取り付け安定軌道から外し地球にこの巨大な残骸を落とすという恐ろしい計画を遂行していたのである。
「放出粒子、到達確認」
「フレアモーター、受動レベルまでカウントスタート」
「急げよ、9番モーターはどうだ?」
「設置確認。10、9、8、7、6、5、4、3、2……粒子到達。フレアモーター作動」
彼らの手で設置されたフレアモーターが作動し、ユニウスセブンが軌道から外れ始める。
ゆっくりと加速していき、青い星に向かって……
「ユニウスセブン、移動開始しました」
動き始めた墓標。
それを見送りながら、鼻に横一文字傷があるテロリスト達のリーダー、サトーが、コクピットに貼る写真に映る守れなかった人々に向けて祈るように呟く。
「レオ……クリスティ……これでようやく俺もお前達に……」
大戦で失ってきた死者に向けた言葉。
サトーの恋人であったクリスティは、今もこのユニウスセブンに眠っている。
フレアモーターを取り付ける前に遺体を見つけ、長らくこのくらい宇宙で1人にしてきた最愛の人を弔ってきた。
──私、この自然が好きなの。
──俺も好きだよ、クリスティ。君が好きだと言うこのプラントも、その自然の中で微笑む君も……
──必ず生きて帰ってね。私、待ってるから……
──ああ、必ず……!
目を閉じれば、今でも思い出せる幸せだった頃の日々の記憶。
冷たくなっても、彼女の姿は彼にとっては誰よりも美しかったあの頃と変わらなかった。
──複雑だよ俺は、同期が義理の弟になるのは。
──俺だってゴメン被りたいよ。そして信じられないね、あんなにいい女がこいつの妹とか。
──何にしろめでたいことじゃないか。ユノの花嫁姿、俺も見たいね。
婚約者ができたと報告してきた親友のアラン。
その婚約者というのが、同じく親友であるレオの妹だという。
口ではそう言っていたが、仲睦まじい妹達の幸せそうな様子を見たレオもまんざらではない様子だった。
2人とも恋人ができたことを伝えると祝ってくれたが、祝う側の気持ちというのもいいものだなと思えた。
「アラン……ユノ……」
そして、最後に彼の戦友であったアランと、隣で腕に抱きつきながら仲睦まじい様子の笑顔を向けているユノが映る写真に目を向ける。
──お願いアラン、僕の最後の家族なんだ……兄さんを、守って……! 僕はもう戦えない……! ソーマも守れなかった……あの子は衛生兵だったのに……!
──アラン……嘘だよね……? 約束、したよね……生きて帰るって、兄さんを守るって……!
──なんで、僕から何もかも奪うの……?
──1人は嫌だよ……なんで、僕だけ生き残ってるの……? 戦えないのに……
──やめろ、何しているんだ!
──離して! 家族の誰1人守れなかった僕に、生きる価値なんか……!
ボアズとヤキンで友を失い、無様に1人生き残り、彼女に訃報を届けた。
最愛の人を奪われ、生き残ってしまった。
同じ傷を受けたから、自ら命を断ちたい衝動に駆られる気持ちもサトーには分かる。
それでも、アランもレオも望まないからと、クリスティも望んでいないだろうと自分にも言い聞かせるように、自殺しようとした彼女を止めた。
ナチュラルに理不尽に奪われることがない平和な世界を作ってほしい。
生きる希望を失い虚ろな瞳に涙を湛えながら訴えた彼女の願い。
あの悲痛な声は、今も鮮明に耳に残っている。
死者の弔いだけではない。
今を生きる同胞のためにも、ナチュラルのいない平和な世界を作らなければならない。
「さあ行け、我らの墓標よ!」
サトーの胸にあるのは、単純な憎悪による復讐心だけではない。
生者の願いを曲解し止まらぬ暴走を起こした、狂気の感情だった。
「嘆きの声を忘れ、真実に目を瞑り、またも欺瞞に満ち溢れるこの世界を、今度こそ正すのだ!」
ユニウスセブンに向かって叫ぶサトー。
彼らの憎悪を乗せ、墓標は青い星に向けて落ちていく。
ユニウスセブンが動きだした。
この非常事態を観測した地球はもちろん、プラント側も大混乱が発生していた。
「一体何があったというんだ!?」
「あれだけの質量だぞ、そう簡単に軌道が変わるわけがない!」
「ミネルバの議長との連絡は!?」
「本当に地球に向かっているのか?」
「回避の手立ては……」
「地球への警告はどうするのだ!」
なにしろ100年周期で安定軌道に入っていると思われていた巨大質量が、予兆もなく動き出したのだ。
それも、考えられる中でも最悪のコースである、地球の重力圏に突入し直撃するコースで。
ユニウスセブンは尚も加速を続けている。
突然の事態により地球連合側も対応する時間が足りなかった。
月から艦隊を差し向けようにも距離があり、質量があまりにも大きすぎるため地表からの攻撃では表面を削るのがやっと。
事態の対応に最も早く動けるのはザフトであり、プラント最高評議会はミネルバにあるデュランダルにコンタクトを取り対応可能な部隊の派遣を決定。
ユニウスセブンの軌道は既に戻せない状態であり、地表落下前に大気圏で破片が燃え尽きるまで破砕する形で対応するべく、メテオブレイカーを搭載した部隊が派遣されることとなった。
また、航行可能な段階まで修理が完了したミネルバも、距離が近かったことからデュランダルからの要請によりユニウスセブン破砕作業の支援のため現地に向かうこととなる。
ことは一刻を争う事態のためカガリ達を下ろすためのシャトルを待つ時間もなく、デュランダルは事態の説明とカガリたちを乗せたままユニウスセブンに向かう旨を説明するためタリアを伴い士官室に向かった。
「なんだって!? ユニウスセブンが動いているって……一体何故?」
「何故そんなことに? あれは100年単位で安定軌道にあると言われていたはずのものなのに……」
デュランダルからユニウスセブンが動いているという話を聞いたカガリとアスランは驚愕する。
そんな前兆などなかったのだから、当然の反応と言えるだろう。タリアたちもこのことを知らされた時は耳を疑ったのだ。
アーモリーワン事変も解決していない。こちらも放置していい問題ではないが、プラントにとっても動き出したユニウスセブンの方が対応を優先するべき事態であり、ボギーワン捜索は中断せざるを得なかった。
「隕石の衝突か、はたまた他の要因か……ともかく動いているのですよ。今この時も、地球に向かって」
巨大な質量の塊であるユニウスセブンの残骸がもしこのまま地上に落ちれば、その被害は計り知れないものとなる。
落下時の被害もそうだが、地形や地球の環境そのものに多大な影響を与えかねない。それを考慮すれば、あの億単位の餓死者を出したエイプリルフール・クライシスを超える惨事が発生する可能性すら十分に考えられる。
そしてこの事態に対し、デュランダルはユニウスセブンの破砕作戦をプラントが実行することと、ユニウスセブンの軌道が変わった原因究明のためにザフトを動員することを決定したことをカガリに説明する。
そして、この破砕作業に距離的に近い宙域にいたミネルバも動員するため、下船してもらう暇もないことと非常に危険な場所に同行してもらわなければならないことを説明した。
「またもやのアクシデントで姫には大変申し訳ないのですが、私は間も無く終わる修理を待ってこのミネルバにもユニウスセブンに向かうよう特命を出しました。幸い位置も近いもので……姫にもどうかそれをご了承いただきたいと」
「無論だ! これは私たちにとっても……いや、むしろこちらにとっての重大事だぞ」
カガリは迷うことなく了承する。
オーブも地球の国家。故郷を思う気持ちもあり、自分にも何かできないかと協力を惜しまない姿勢を見せた。
「お気持ちはわかりますが、落ち着いてください姫。お力をお借りしたいことがあれば、こちらから申し上げます。その時にはどうか」
「ああ! 私にできることなら……」
「ありがとうございます。難しいですが、オーブ本国とも直接連絡が取れないか試みていますので」
「ああ……すまない」
ユニウスセブンが地球に落ちようとしている。
最悪の事態を想像し顔を青くするカガリにこれ以上の無理をさせては悪いと判断し、デュランダルはひとまず船室で休んではどうかと伝え、アスランに支えられて彼女が士官室を後にするのを見送ってからタリアを伴いブリッジへと戻っていった。
一方、ミネルバではユニウスセブンが動き出したという話題で持ちきりだった。
ミネルバの一角では、若い整備士たちと3人のパイロットがオペレーターのメイリンからユニウスセブンが動いていること、そして修理を追えたミネルバもユニウスセブンに向かう予定であることを聞かされていた。
「ふーん……けどなんであれが?」
「隕石でも当たったか、何かの影響で軌道がズレたか……いずれにせよ、動いているのは確かなんだろ?」
前髪に赤メッシュの入った整備兵のヴィーノがどこか他人事のような呑気な口調でユニウスセブンの動いた理由について訊くと、ヨウランが考えられる理由を推測する。
これが人為的に引き起こされている事態だとは、彼らは思いもしていなかった。
「地球への直撃コースって、本当なのか?」
「うん。バートさんがそうだって……」
シンの質問にメイリンが確かに地球に落下するコースを進んでいると答える。
シンの故郷であるオーブは地球にあるがシンは個人的にオーブにいい感情を抱いていないし、彼にとって何より大切な存在である家族たちもマユはプラントに、ユノはアーモリーワンにいるので、今の地球には家族もいない。
ユニウスセブンで家族を失ったというわけもない彼としては、もし落下したら大変なことになるだろうなという程度の認識しかなかった。
「ハァ……アーモリーワンでは強奪騒ぎだし、それもまだ片付いてないのに今度はこれ? どうなっちゃってんの?」
「神様にでも聞いてくれ」
ほんの少し前まで何もない平和な日々だったというのに。
式典準備のゴタゴタすら懐かしく思える濃い時間を過ごし、休む暇もないと疲れた様子を見せるルナマリア。
ガイアとの戦いではいいようにやられた鬱憤も晴れておらず、モヤモヤした感情を持て余していた。
「軌道の修正はできないんだろ? 指を咥えて落ちるの見てるってわけにもいかないし、けど俺たちが行って何をすればいいんだ?」
ミネルバにもユニウスセブンに向かうよう命令が出されている。
とはいえ軌道修正できないなら、行って何をすればいいのだろうか。
役目が見えてこないと腕を組み首を傾げるヴィーノの疑問に、それまで沈黙して話を聞く立場に徹していたレイが口を開いた。
「砕くしかない」
「砕く?」
「軌道の変更など不可能だ。地表の衝突を回避したいなら、ユニウスセブンを砕くしかない」
ユニウスセブンを砕く。
軌道修正が効かない以上、地球への落下は阻止できない。
ならば地表に到達する前に被害を抑えるよう、あの巨大な質量を細かく砕く。
現状でできる最善の手段はそれであり、実際プラントもレイの推測通りユニウスセブンの破砕を目的とした作戦で動いていた。
「あれを?」
「ほぼ半分に割れてるったって、最長で8キロあるぞ」
「いやそんなもんどうやって砕くの!?」
本当にあのサイズの質量の塊を砕く気なのかと、ユニウスセブンの大きさを口にするヨウランに、そんなにでかいのかと驚くヴィーノ。
「それにあそこにはまだ死んだ人たちの遺体もたくさん……」
さらにもう一つの問題である、ユニウスセブンが血のバレンタインの犠牲者の墓標にもなっていることをメイリンが口にする。
この場にいる者たちで直接身内をあの惨劇で失った者はいないが、それでもプラントのコーディネイターたちにとってユニウスセブンは犠牲になった多くの同胞が眠る墓標という認識があり、それを砕くということに抵抗を覚えるのも無理はなかった。
「だが衝突すれば地球は壊滅する。ユニウスセブンの遺体だけではない、そこに生きるもの全てが死に絶えるぞ」
しかし、状況は一刻を争う事態になった。
死者が眠る墓標とはいえ既に生きる者はいないユニウスセブンと、直撃した先に今も生きている多くの人々。
ユニウスセブンはどちらにせよ止められない。
ならば犠牲を可能な限り減らすための手段を取るべきだと、冷静な口調でレイは主張した。
「地球滅亡……だな」
そして、ユニウスセブンを砕かなかったら、何もしなかったら起こる事態をレイから聞かされ、ヨウランはその結末を口にした。
「そんな……」
どれだけの人々が犠牲になってしまうのか想像もつかない大災害になる。
最悪の結末を想像し、メイリンはショックを受ける。
悲惨な結末を阻止するには、あの墓場を、眠っている人々と共に砕くしか手段は残されていないのだ、と。
「でもまあ、しょうがないんじゃないか? 不可抗力だろ?」
周りの表情が暗くなったのを見て、自分の地球滅亡発言がこの重たい空気を作ったことに罪悪感感を覚えたヨウランが、なんとか場の空気を変えようと冗談とはいえ不謹慎な発言をしてしまう。
「…………ッ!」
そして、タイミングが最悪だったことに、たまたま近くの通路を通っていたカガリとアスランの耳にヨウランのその発言が届いてしまった。
まるで他人事、瑣末ごと。
むしろ地球の人々が大量に犠牲になる大災害を望んでいるかのような発言に聞こえたカガリは、その状況で不安に苛まれる人々、落ちてしまった場合に犠牲になる人々を思い、そして事態の収集のために全力を尽くしてくれているデュランダルを否定するかのような発言に聞こえたことで、我慢できなかった。
「けど変なゴタゴタも綺麗に無くなって、案外楽かも。俺たちプラントには──」
「よくそんなことが言えるなお前たちは!」
「「「!?」」」
突然怒鳴り込んできた人物がデュランダルと士官室にしたはずのオーブの代表だったことに、その場にいたものたち全員が驚く。
「……ッ」
そしてアスハの中立を謳う姿勢がオーブ解放作戦の犠牲を招いたと、両親の仇と言わんばかりにオーブを恨んでいるシンを除く全員が慌てて姿勢を正しカガリに敬礼の姿勢をとった。
「“しょうがない”だと? “案外楽”だと? これがどんな事態か、地球がどうなるのか、どれだけの人間が死ぬことになるのか、本当にわかっていってるのかお前たちは!」
その彼らに──特に不用意な発言をしたことを自覚し仲間達の前に立ち彼女の怒りの言葉を1番前で受け止める姿勢を見せたヨウランに対して、カガリは事態の深刻さを理解していないと怒りをあらわにした。
「……すみません」
あまりにも不謹慎な発言だったのは彼も自覚している。
もし逆の立場で、ユニウスセブンがプラントに向かってきていた時に同じようなことを聞かされれば、自分も聞き捨てならない発言だっただろうと、ヨウランは反省しカガリに対して申し訳なさそうに目を逸らしながら謝罪した。
レイは感情の見えない表情で冷静に、メイリンは起こる悲劇を想像して悲しげになり、ヴィーノはカガリの迫力に思わずビビり、ルナマリアは彼女の後ろに控えるアスランはこの件どう思っているのかなと考え、そしてヨウランが反省し落ち込む中、まだ怒りのおさまらないカガリはヨウラン以外の面々にも怒りをぶつけた。
「やはりそういう考えなのか、お前たちザフトは。あれだけの戦争をして、あれだけの思いをして……やっとデュランダル議長の施政のもとで、変わったんじゃなかったのか!」
「……よせよ、カガリ」
「…………ッ!」
流石に言い過ぎだとアスランが宥めたことで、カガリはそこで声を荒げるのを止めたが、まだ怒りは収まらない様子。
落ち着かせようとしたアスランまで反射的に睨んでしまう。
「……別に、本気で言ってたわけじゃないさ、ヨウランも。そんくらいのことも分かんないのかよ? あんたは」
このまま噛み付く対象をアスランに変えてしまうのではないかというところでカガリの耳に届いたのは、それまでただ1人カガリの方を見向きもせずにいたシンの発言だった。
内容だけ見ればヨウランを擁護するセリフだが。
しかし、カガリの方を見る赤い目の青年が発した声には、明らかにオーブの代表に向けている呆れと苛立ちが入っていた。
「何だと──!」
「カガリ……!」
「シン、言葉に気をつけろ」
怒りのおさまらないカガリの感情をぶつける矛先がシンの方に向く。
すぐにアスランが落ち着かせようと彼女の腕を掴み呼びかけ、レイもまた明らかに国家の代表に対して取るべきではない態度を見せるシンを嗜めた。
「…………ッ」
レイに注意され、ムッとした表情となるシン。
すると今度は慇懃無礼な態度になり、カガリを嘲笑うような口調で取ってつけたような一切気持ちのこもっていない謝罪をした。
「そうでした、この人偉いんでしたよね。オーブの代表、でしたっけ? どうもすみませんでしたぁ」
「お前──!」
「いい加減にしろ、カガリ」
当然、シンの態度は火に油を注ぐもの。
もはや殴りかかりそうな勢いになったカガリをアスランが抑えて彼女を落ち着かせると、感情に任せで当たり散らす彼女も大人げない態度だったとはいえ、すぐ謝罪したヨウランはともかく無礼極まりないシンの態度は一言注意せねばならないとカガリの前に出てきた。
「君はオーブがだいぶ嫌いなようだが、何故なんだ?」
インパルスのパイロット、シン・アスカがオーブ出身の移民であることはデュランダルから聞いている。
大戦時にプラントへ移住したということは、おそらく彼は避難民なのだろうとアスランは推測する。
帰国できないストレスを抱えているというなら、彼らの帰国に手を尽くしているカガリを責めるのは筋違いだ。
オーブの代表にここまで噛み付くのは相応の理由があるようだが、個人的な感情で噛みつくにしても本人に向かってあのような無礼な態度を取るのは、いくら若造といえども彼女の護衛としては見過ごせない。
「昔はオーブにいたそうだが、くだらない理由で関係ない代表にまで突っかかるというなら──タダでは置かないぞ?」
強い口調でシンに警告するアスラン。
シンの事情を詳しく聞いていなかったアスランは、この時シンがどれだけアスハとオーブを恨んでいるかを知らなかったため、勝手な憶測で注意をしてしまった。
そしてそれはこれでも本人としては我慢している対応をしていたシンを激怒させることとなる。
「くだらない……? くだらないなんて言わせるか!」
アスランに注意されたシンは、反省するどころかむしろ逆上し、アスランに怒りを隠そうともしない目を向けてヨウランたちを押しのけ突っかかってきた。
「関係ないってのも大間違いだね!」
アスランたちはシンがオーブからの移住者であることしか聞かされていない。
オーブ解放作戦で両親を奪われ、姉と妹を傷つけられたことを。
中立を謳いオーブは戦争をしないと言っておきながら、自国の理念のためにしないと言った戦争に突き進み、そして家族を奪ったアスハを恨んでいることを。
「俺の両親は、アスハに殺されたんだ!」
「えっ……?」
アスハに両親を殺された。
シンの言葉に、カガリとアスランは一瞬言葉を失う。
「国を信じて……あんたたちの理想とかってのを信じて……そして最後の最後にオノゴロで殺された!」
オノゴロで殺された。
正確にはシンの両親はフリーダムとカラミティの戦闘に巻き込まれて死んだため彼の両親を殺したのは2機のモビルスーツだが、あの戦争はウズミが掲げる理想により連合との交渉が失敗し起きた戦争だからアスハに殺されたようなものと思っているシンにとっては、その娘は両親を殺した一族の現当主という認識だった。
それなのにアスランはカガリが関係ないと宣った。
私たちの都合で起きた戦争とはいえ、巻き込まれた2人の民間人なんて知ったこっちゃない。
シンにはアスランの言葉はそう聞こえ、我慢ならなかった。
「だから俺はあんたたちを信じない! オーブなんて国を信じない! あんたたちの綺麗事を信じない!」
その理想とやらで起きた戦争でどれだけの人が死んだのわかっているのかと。
そんな奴らが、こういう時だけ綺麗事をほざいて突っかかる。
自分たちの起こした戦争で犠牲になった人を見向きもしなかったくせに……
「あんたたちだってあの時自分たちのその言葉で、誰が死ぬことになるかちゃんと考えたのかよ!」
アスハ家とオーブに対してつもりに積もっていた感情が爆発する。
オーブの理念を貫き殉じた父が、オーブを誰よりも愛しその未来を考えていた父が、そのオーブの人間に恨まれていたという事実。
そしてシンの言葉で、あの戦争で失った故郷の人々の姿が浮かび、彼女たちの遺族にも同じ思いをしている人がいるのではないか?
殺したのはザフトでもブルーコスモスでも戦争を煽ったものたちでもなく、自分たちなのではないか? 本当に彼らを死なせずに済ませることができたのは我々なのに、それをしなかったから彼らは死んだのではないか?
命懸けで戦ったあの戦争で縋っていた精神的支柱の一つと言ってもいい存在である理想を真正面から否定され、カガリはショックで言葉を失ってしまう。
もう、この部屋に踏み入る前に抱いていた激昂は冷え込んでいた。
「何もわかってない奴が、わかったようなこと言わないでほしいね!」
そう言い残すシンの言葉は、カガリの耳には入らない。
シンはそのまま2人の横を抜けて立ち去り、ヴィーノとヨウランが慌ててそれを追っていった。
「…………」
そしてその背中をアスランは複雑な表情で見送っていた。
一方その頃、ミネルバのブリッジでは艦の修理が終わり、ようやくユニウスセブンに向けて動き出せる状態になっていた。
通信状況も回復し、メテオブレイカーを装備して先にユニウスセブンに向かっている破砕作業を担う部隊、そしてミネルバの他にもユニウスセブンに今向かっている応援の部隊とも回線がつながり状況を把握する。
すでにメテオブレイカーを装備する2隻のナスカ級からなる今回の破砕作業を指揮する部隊である“ジュール隊”はユニウスセブンに到着しており、ミネルバ以外の応援部隊である2隻のローラシア級からなる“エラム隊”ももう直ぐ現地に到着するとのことだった。
「ボルテールとルソーが、メテオブレイカーを持って既にユニウスセブンに到着しています。また、アーモリーワンからもエラム隊が派遣されており、こちらも本艦の現着とほぼ同じ頃にユニウスセブンに到達する予定です」
「ああ、こちらも急ごう」
タリアから現在の破砕作業部隊の状況を聞いたデュランダルは頷く。
「地球軍側には何か動きはないのですか?」
ザフトは続々とユニウスセブンの破砕に動いているが、当事者と言ってもいい地球連合の方に動きは無いのか。
気になったアーサーから訊かれたデュランダルは、首を横に振る。
「何をしているのか、まだ何も連絡は受けていないが……」
デュランダルの元には、今の所地球連合は避難誘導などを進めているとのことだが、ユニウスセブンの破砕に動いたという連絡は来ていない。
しかし現在のユニウスセブンの位置と落下速度を考えると、月から部隊を出発させても間に合いそうに無い状況である。
他には地表からのミサイル攻撃だが、巨大な質量の塊であるユニウスセブンにそんなことをしても表面を焼くばかりで砕くことは叶わないだろう。
おそらく破砕に関してはプラント側が動くことになりそうである。
そう考えて臨んでほしいとデュランダルはミネルバのクルーに伝える。
「ともあれ、地球は我らにとっても母なる星だ。その未曾有の危機に、我々もできる限りのことをせねばならん。この艦の装備ではできることもそう多くはないかもしれないが、全力で事態にあたってくれ」
「「「はっ!」」」
デュランダルの言葉に、ミネルバのクルーも気を引き締める。
「進路、グリーンアルファ! 機関最大! 目標、ユニウスセブン!」
地球は落ちるコースを進むユニウスセブンを目指し、ミネルバは一路航路を進んでいく。
墓標を砕き、地球への落下を阻止する。
その旅路が地球へ降下することになるなど、この時彼らは思いもしなかった……