もしもザフト水泳部の新米が連合に盗まれずミネルバに加入したら 作:ちゃーらんき
アーモリー・ワン事変が発生する少し前──
ザフトの最新鋭モビルスーツであるセカンドステージシリーズの完成した3機の機体、カオス、ガイア、アビスがある格納庫の6番ハンガーでは、明日のミネルバ進水式に合わせてこの3機の正式配備が行われる手筈となっており、その準備に向けて整備士たちや最終稼動試験のために3機の正式パイロットとなるザフトの赤服、警護を務める緑服らがいた。
既にガイアとカオスの最終稼働試験は終了している。
操縦を終えて仲間と談笑しているガイアの正式パイロットの赤服の姿もある。
一方、3機の中で唯一アビスだけが稼働試験がクリアできていなかった。
そのため現在アビスの専属整備班が再調整を行なっている。
忙しなく動き回る整備士たちの囲む中央に仰向けの状態で置かれているアビスのコクピットでは、アビスの正式パイロットとして選ばれたザフトの赤服“マーレ・ストロード”が開いたハッチから中を見下ろしており、そしてその見下ろす先にはマーレに呼び出しを受けてコクピットにて設定の調整や確認をしているアビスのテストパイロットを務めていたザフトの赤服“ユノ・アサガオ”がいた。
「おい、ブラコン女。さっさと調整を終わらせろ、いつまで待たせるつもりだ無能が」
「黙れ、どんぐり。この手の設定は本来パイロットの仕事なんだよ、人を呼びつけておいて文句垂れるな自分でやれ」
「やめろそれを言うな!」
不愉快だという気分を一切隠そうとしない表情でユノを見下ろすマーレが、早く作業を済ませろと急かす。
対してユノはコクピットの細かい設定は機体を操るパイロットの務めであり、そもそも正式パイロットのくせにテストパイロットを呼びつけて調整を押し付けてぐうたら注文つけまくっておきながら文句を言うなと切り返し、またマーレからの“ブラコン”呼ばわりの暴言のお返しにと“どんぐり”呼ばわりする。
先程まで傲岸不遜を絵に描いたような態度を見せていたマーレだが、ユノのどんぐり呼ばわりが何を意味するのかをすぐに理解し、一変して顔を真っ赤にして自分の股間を両手で隠した。
「ぐっ……よくもこのような屈辱を! いいかよく聞け、◯ったら──」
「大したことないだろうが。せいぜいどんぐりが松ぼっくりになるくらい、どっちにしろ僕の弟より小さかったぞ」
「何、だと……!?」
お盆芸でもやっているつもりなのかと言いたくなるような姿勢で、顔を赤くしながらも“◯ったら凄いんだぞ!”などと大声で反論するマーレ。
しかし直後にユノからブラコン呼びするだけあり溺愛している弟の方が立派と言われ、四つも下のマーレからすればまだ10代のガキンチョであるやつよりも小さいと言う事実を突きつけられたことに再び表情が一変、本気でショックを受けた表情となった。
愕然としながらも手で隠しているところの大きさで年下に負けたのがよほど響いたのだろう。
ショックのあまり固まっている。このまま風が吹けば粉になって吹き飛びそうだ。
しかしマーレは少しフリーズしたものの立ち直り、片手はやはりソコを隠しつつユノに向けてビシィッという効果音でもつきそうな勢いで人差し指を向けた。
「き、き、貴様ぁ! 比べたということは、貴様アイツのアソコの大きさを知っているということだな! このブラコン、ついに一線を超えたのか貴様!」
「そんなわけあるか、バカ! シンの◯ンは風呂場の事故で見たから知っているだけで、弟を襲うわけないだろ!」
「シンの◯ンとか言うな! そしてやはりアイツのアソコにすら負けたのかこの名剣があ!」
「何が名剣だ、スタビィのくせに! 余裕で勝負有りだよ! そしてどんぐりじゃ誰にも勝てないよざまあみろ!」
顔を真っ赤にして盛大な誤解をしているマーレに、すかさず一線越えるために襲ったわけではなく事故だったと言い返すユノ。
当人たちにすれば真剣な喧嘩のつもりなのだが、大声で下品な罵り合いをする2人の言い争いは周囲の整備士たちどころかハンガー内部全体にも聞こえており、何つーことを言っているんだよお前らはと周囲の面子は頭痛を起こした。
(マーレも酷いが、姉弟で一線越えること=弟を襲う認識になるユノも大概変なやつなんだよな……)
よくも異性同士でそんな下品な口論を堂々と大声でできるのだなと、そして弟と禁断の一線を越えることを迷いなく姉が襲うことと認識するあたり本当に危険なレベルのブラコンなんだなと、明日の式典に意識を向けていたガイアの正式パイロットは呆れと共に知りたくなかった情報を知ったことに頭を痛めた。
周囲の同僚たちがそんなふうに見ていることなど気にもせず、2人の小学生じみた下品な口論は続く。
「ふん! 俺の名剣を舐めるな、今まで何人立てなくしてきたと思っている!」
「0人だろ童貞。◯ってもちんまりのくせに」
「ど、どどど、童貞ちゃうわ! 口の前に手を動かせ!」
「顔真っ赤にして否定しても事実は変えられないぞばーか!」
「俺は馬鹿じゃない、天才だ!」
「天才なら相棒になるモビルスーツの設定くらい自分でしろ!」
「断る! 俺は天才だからな、そのような雑事などはお前の仕事だブラコンめ!」
「ブラコンで何が悪いんだよ!」
「悪いぞ、間違えなく直した方がいいぞ! 将来婚約者ができた時に弟離れできなくなるぞ!」
「あの子に女なんて必要ない!」
「最低だな貴様! どこまで拗らせているんだ!」
「どんぐり松ぼっくりのくせに面倒くさいお前に最低とか言われたくない! だいたい、弟の彼女に嫉妬をしない姉がいるはずないだろ、弟のこと愛してないのかよ! 独占したいって思うだろ、姉なら!」
「普通思わないからな! 弟の彼女にそこまで嫉妬するの居ないからな! 貴様ほど拗らせているのそうそう居ないからな!?」
程度の低い口喧嘩でユノの手が完全に止まっているなか、アビスの整備班が機体の整備を終わらせる。
あとは今まさにくだらない喧嘩で手を止めているユノが調整を終えればアビスの最終稼働試験を再度執り行える状況となる。
「こっちは終わりましたよお二人とも! 夫婦喧嘩は後でやってください」
「「誰が夫婦だよ!」」
「息ぴったりじゃないですか……」
こっちは終わったから早くそっちを終わらせてくれと、アビスのコクピットの上に登ってきた整備士が、機体の整備が終わったことをユノに伝えに来る。
その際、口ばかり動いて手が止まっているユノとマーレに夫婦喧嘩は後にしてと揶揄いながら言うと、息ぴったりの2人が同時に否定してきた。
「ごめん、すぐ終わらせるから! お前はどっか行けよ童貞! 集中したいからどっか行け!」
「貴様……ッ! アビスは俺の機体だぞ、テストパイロットの分際で正式パイロットにその態度──」
「あーうるさいうるさい。ハッチ閉めまーす!」
「待て閉めるな貴様! 話はまだ終わって──」
整備士に促され、流石に待たせるわけにはいかないと再び手を動かし始めたユノ。
そして手を止める原因となっているマーレにどっか行けと言って追い払おうとし、それに対していちいち反応するマーレが再び口喧嘩を再開しようとしたので強硬手段でアビスのコクピットを閉めて遮断した。
マーレが何かほざいているけど無視して作業を進める。
……そもそもマーレの方も整備士たちの作業が終わったのに自分のせいでこっちが遅れていたことを認識して大人しくしようとしていたのだが、いちいちユノが余計な挑発をするから反射的に反応して長引きそうになったところもあるので、ユノの方にも非があるのだが。
アビスから降りたマーレはヘルメットを整備士の1人に持たせると、やれやれと言うかのように大きなため息を吐く。
疲れたのは俺たちの方だよという周囲の視線が集まる中、ヘルメットを渡した整備士にビシィと言う効果音がつきそうな勢いで人差し指を向けると、先ほどの発言の訂正を求めた。
「おい貴様! 先程俺とあのブラコン女を夫婦呼ばわりしただろ、誤解が広まったらどうするつもりだ!」
「いや、息ぴったりだし何かとユノのこと呼びつけるし、てっきり好きなんじゃないかなって──」
「そ、そそそ、そんなわけあるか! だ、だ、ダダ誰があんなブラコン乳牛女なんぞに片思いするか貴様!」
(片思いとか自分でボロ出してんじゃん、このポンコツ……)
息ぴったりだったしてっきりそうかと、整備士が先ほどの様子を思い返して何気なく言うと、それを聞いた直後にマーレの顔がパイロットスーツに負けないほど真っ赤になり、かみかみしながら自分でボロを出す反論をしてきた。
その様子に指を突きつけられた整備士だけでなく、ガイアの方のメンツも含めたアビスに入っている当事者以外のハンガー内にいる全員が“分かりやすいなこのポンコツ”という共通認識をマーレに抱いた。
「お、おい、何だそのやれやれと言う顔は? 違うからな!?」
やれやれと言う表情に囲まれ、マーレが困惑する。
しかし自ら墓穴を掘りまくるこのポンコツが今更違うと主張したところで、この誤解は解けようがない。
実際、本当にマーレにはユノに対する恋愛感情はなくライバルとして突っかかっているだけのつもりなのだが、当人が天才なのにポンコツなところがあるせいで毎度周囲に誤解させてしまうのである。
「ぐぬぬ……」
分かっているよと言うかのような温かい笑顔に囲まれ唸ることしかできないマーレは、この空気に耐えきれず不満の矛先をアビスの中にいるライバルに向けるしかなかった。
当然それが逆効果になることは、天才だけどポンコツの男は理解できていない。
「おい貴様! この空気どうしてくれる!?」
「…………」
「無視するなぁ! いたたまれない空気になっているんだ、何か返事をしてくれ!」
ハッチを閉じた機体に向かって叫んでも意味はない。
作業に集中しているし、通信も繋いでいない外からの叫び声など届くわけもなく、アビスの中にあるユノからの返事はない。
だがしかし、絶対に聞こえないだろう状態であってもユノを反応させる手段を知るマーレは、通信を使えばいいのにという周囲の仲間からの視線による訴えも届かない中でどこからともなく取り出した拡声器をアビスに向けると、彼女の逆鱗である愛する家族に対する暴言を放った。
「ふん! コーディネイターの誇りも忘れ、我ら同胞諸士が命を賭けて祖国の御為モビルスーツを駆りナチュラルどもへの鉄槌を下さんとする聖戦に挑む最中、一家もろともオーブなんぞに亡命していた──」
「クジラから逃げ回っていた分際で僕の弟妹を侮辱するな、スタビィのくせに!」
「スタビィ言うな! そもそも侮辱などした覚えはない! あのガキがインパルスの正式パイロットに選ばれたことは腹立たしいことこの上なく、今なお俺は認めたことはないが、それでもこの俺より相応しいと上層部に選ばれたパイロットとしての腕を俺は認めている! 我が相棒のテストパイロットである貴様もな!」
たとえ拡声器を使っていたとしても、アビスのコクピットに届くはずのない声なのだが、いかなる魔法かユノが反応し通信越しにマーレの言葉を遮ってきた。
複雑な事情により、ブラコン呼ばわりされる要因であるインパルスのパイロットの“シン・アスカ”だが、血のつながっている本当の弟ではない。
元々幼少期にオーブで暮らしていたユノの一家は、同じくオーブで暮らしていたシンの一家と親交があり、その縁で幼い頃からの知己であるいわゆる幼馴染である。
だが、ユノの母親がブルーコスモスのテロリストにより殺されたことを機にユノたちは彼女の祖母を残してプラントに移住することとなり、父親や兄弟とともにザフトに入隊。オーブに残ったシンたちと別れることとなる。
そしてかつての大戦の折にユノは父親と兄と弟を失い、オーブ戦にて大西洋連邦とオーブの戦闘に巻き込まれ残した祖母を、シンもまた両親を失ってしまった。
その後、残されたシンとその妹であるマユをユノが引き取った。
引き取ったとはいえ別姓のままだし、ユノはシンにとって保護者であり姉代わりの存在であり、血も繋がっていないので厳密には姉弟ではない。
とはいえ幼少期に親交があったこともあり、シンもマユもユノに対して本物の姉のように懐いており、ユノもまた──ちょっと拗らせ気味だが──2人を本物の弟妹のように愛していることから、まるで本当に血のつながった家族のような関係になっている。
お互い戦争で家族を失ったもの同士が寄り添っている。
そんなユノにとって、それぞれ祖母と両親を失うこととなったオーブ戦に関することを知らない輩から掘り返されるのは逆鱗であり、たとえモビルスーツの中にいて聞こえるはずのない声にも反応することがあった。
マーレの方も聞こえなければと何度も何度もこれを使ってユノを怒らせてきたので、初めの頃は怪我人が出る殴り合いに発展するほどの逆鱗だったのだが、ユノもいい加減慣れてきたらしく最近はこうしてしょうもない喧嘩の要因になるくらいに落ち着いている。
デリカシーのかけらもない所業だが、それで仲良くなるのだから本当にこのマーレという男は天才なのかもしれない。
そしてインパルスの正式パイロットの座を巡って争ったシンのことを本人的には無意識のうちにリスペクトするあたり、マーレの方もユノだけでなくシンのことも気に入っているのだろう。
マーレは今でこそアビスの正式パイロットであるが、本人は当初インパルスのパイロットとなることを望んでおり、その席を勝ち取ったシンに対して激しい嫉妬を抱いて突っかかりまくったものである。
姉のような存在であるユノと親交があるマーレに対してシンも理不尽な理由で突っかかられたことから全力で反発し、あわや死者が発生するかもしれなかった暴挙までもマーレがやらかしたこともあるほど険悪だった。
なのに今では何故か仲良くなっているという意味不明な状況となっており、マーレが突っかかったり衝突するのは、そいつと仲良くなりたいからであるというのが彼の周囲の者たちの共通認識となっていた。
そしてなんだかんだでインパルスには今でも執着しているが、一方で実力でインパルスの正式パイロットの席を勝ち取ったシンの技量と才能は認めているマーレの賞賛に、シンを溺愛するユノは通信越しにブラコンを炸裂させた。
「むふふ、そうだろうそうだろう! シンはすごいんだよ! 僕としては本当は軍人なんかになって欲しくなかったけど、でもそこの童貞を押し除けてインパルスのパイロットになったんだ! それを聞いた時は本当に嬉しくて──」
「ブラコン発動させるな! それから童貞言うな! 俺は負けたんじゃない、競り負けたんだ!」
「どっちにしたって負けは負けだばーか!」
……結局、この2人は相変わらずなのですぐに喧嘩に戻るが。
その内容もやはり子供である。天才でポンコツのマーレはともかく、普段はもっとまともで後輩たちの頼れるお姉さんのような感じの面倒見がいいユノも、この仲良しな同期とのくだらない喧嘩を起こす時には何故か釣られて子供みたいな言動になってしまう。
マーレは通信越しに端末の画面の向こうにいるユノに対して再度ビシィという効果音がつきそうな勢いで人差し指を突きつけると、俺は負けてないと、いつか実力で貴様の弟を見返してやると宣言した。
「負けてない! このアビスで手柄を立てて、いつか必ず貴様の弟から実力でインパルスを勝ち取ってみせる! いいか、見ていろ! ミネルバに乗ったら、俺だけを見ていろ!」
ついでになんか告白みたいな文言になってしまった。
だから誤解が広がると言うのに、本人と突きつけられた当事者だけはその気が全くないのも相変わらずである。
「僕にとってはシン以外知ったことじゃない!」
「俺を見ろよ!」
「ごめん言いすぎた。シンだけじゃなくてルナやレイにも期待してる」
「俺を見ろよォ!!」
「どんぐりなんか見る気ないよ」
「ふざけるな貴様! 俺が華麗に扱うアビスの姿を見ろ!」
「でもまあ、可愛い後輩たちの次くらいに見ておいてやるよ!」
「いや見てくれるのかよ!?」
「だってアビスはテストパイロット務めたこともあって思い入れあるし」
「機体の方かよ! 俺は!?」
「どんぐりなんか見る気ないよ」
「どんぐり言うなぁ!」
(何なんだよこいつら……)
そして2人の言い争いを聞く6番ハンガーにいる面々は、俺たちはいったい何を聞かされているんだという空気になっていた。
なんだかんだ言って仲良しである。
「まあせいぜい頑張りたまえ。僕に勝つことはできても、所詮君にシンを上まわる才能はないよ!」
「ふん、ぬかせ乳牛女! 才能など経験と努力によって覆せることを証明してくれる!」
「見せてみろよばーか!」
「応とも見せつけてくれるわ!」
(結局見てくれるんじゃん。なんだかんだ言って仲良しだな)
「ぐぬぬ……通信が切られた。今に見ていろあのブラコン女! 貴様が育てたアビス、俺が歴史に名を残す名機にしてくれる!」
側から聞けば片思い拗らせているだろという言い草だが、マーレの場合は本人が天才でありポンコツなのでこんな誤解を招く発言になってしまうだけであり本当にユノに対する恋愛感情はないのである。
だがしかし、この会話を聞いていた面々は全員が見事に誤解して、そしてその誤解がさらに広まることとなるのであった。
「……何だ? 何故かやけに温かい視線を感じる。おい、貴様ら何か誤解があるようだから言っておくぞ! あのブラコン女とその弟は俺の好敵手であって、家族になりたいとか言う浮ついた感情を向けたことはない! 分かったか!」
「はいはいわかってますよ」
「貴様ら絶対に誤解しているだろ!」
マーレの悲痛な叫びがハンガー内に響く。
しかし整備士たちや警備員、ガイアのパイロットなどには全く響いていなかった。
「待て貴様ら! おい、貴様だけは誤解しないよな!? 俺たち同期だろ!」
「俺の方が1年先輩だボケ! 口の利き方に気をつけろ!」
誤解だと喚くマーレの言葉は誰にも響かず、ただでさえセカンドステージシリーズはセイバーが遅れているのにアビスまで明日の進水式に間に合わないなんてことをするわけにもいかないと、早速アビスの最終起動試験の準備に取り掛かるべく動く整備士たち。
マーレが必死に彼らの背中に誤解するなと叫び、ガイアのパイロットを捕まえてさりげなく失礼なことをほざきながら誤解だと喚くのを尻目に、整備士たちは準備に取り掛かる。
「とりあえず、起動試験の準備をできるだけやっておきましょう」
「そうだな。よし、では各員──」
準備に取り掛かれ。
アビスの整備班の班長がその号令をかけようとした時、それを遮るように連続した銃声が鳴り響く。
アーモリー1は軍事施設である。
銃声がなることはあり得ない話ではない。
だが、硝煙の香りと薬莢が床に転がることはあっても、この平時にその銃撃によって血が飛び散ることだけはなかった。
「なっ──!?」
驚愕するザフトたちは、明らかに反応が遅れている。
その隙をつくように、マシンガンを乱射しながらハンガー内に押し入ってきた街中に普通にいるような3人組の若者たちは、その格好に明らかに不釣り合いな動きで次々とザフトたちを撃ち殺していく。
「な、何だ貴様──」
突然の襲撃。
たった2年の平和は、地球と違いテロの被害もほとんど無縁であることも相成りプラントのザフトたちの咄嗟の判断の能力を錆びつかせていた。
反撃しようとした時には銃で撃ち抜かれ、コーディネイターたちからしても人間離れしたアクロバティックな動きに照準を定められない。
そんな無様を晒すザフトたちは襲撃者に次々に撃ち殺され、とっさに腰のホルダーから拳銃を取り出そうとしていた2人の赤服も反撃すらできずに距離を詰めてきた金髪の少女──ステラ・ルーシェにそれぞれ喉と腹をアーミーナイフで切り裂かれた。
「がぶっ──」
「ぐあっ……!?」
喉笛を掻き切られたガイアのパイロットは即死。
腹を切り裂かれたマーレも即死は免れたが臓物に届く裂傷により重傷を負い、銃を落としてその場に倒れ込んだ。
「ユ……うっ……」
次々に仲間たちが撃ち殺される中、意識を保てずマーレの視界が暗転する。
アビスのコクピットにいる同期にこの危険を知らせようとしたが、それすら叶わずにマーレの意識は暗い海の底へと沈んでいった。
一方、警備兵も整備士も手当たり次第に、しかし全く迷いなく蹴散らす襲撃者たちに、幸い距離があったガイアの担当の整備班たちや、銃声を聞きつけた上で作業していた者たちがやっと対応し、各々銃を手に反撃を始めていた。
まずは貴様からだと、上にいた警備兵が襲撃者の1人、水色の髪の少年の背中に狙いを定める。
「アウル、上だ!」
「遅──ぐあ!?」
すかさず狙われていることを察した別の襲撃者、緑色の髪の青年が注意を促すがもう遅い。
こちらが後頭部を撃ち抜くのが先だと引き金を引こうとした警備兵だったが、その警告を聞いた水色の髪の少年──アウル・ニーダは振り返ることもせずに背後に向けた銃で上にいた兵士たちを撃ち殺した。
「ば、バカな……背中に目でもついているのか!?」
ナチュラルより優れるコーディネイターでも、あんなふざけた芸当をこなせる者などそうはいない。
障害物に身を隠しながら警告を発した緑の髪の青年──スティング・オークレーと撃ち合いをしている警備兵が、アウルの技量に驚愕する。
だが、驚く暇などない。
そのスティングが投げたグレネードが近くに転がり、それに気づいた時には時すでに遅く爆発によって吹き飛ばされた。
ガイアのそばでもパルクールアスリート顔負けのその華奢な少女の外見からは想像のつかない動きをするステラを捉えられなかった整備士たちが、一矢報いることもできずに全員が風穴を開けられるかガイアのパイロットのように斬殺されている。
わずかな時間で6番ハンガーに詰めていたザフトたちは、アビスのコクピットにいたユノを除いて全滅した。
まともに動ける者がいなくなったことを確認したスティングは、銃を捨てると2人に指示を出す。
彼らの目的であるザフトの最新鋭モビルスーツ、セカンドステージシリーズを強奪するために。
「片付いたな。よし、行くぞ!」
スティングの号令に、アウルとステラも頷くと。
迷うことなくセカンドステージシリーズの機体に乗り込んでいく。
スティングはカオスに、ステラはガイアに、それぞれ開きっぱなしになっていたコクピットのハッチに滑り込むと、初めて扱うはずの機体にも関わらず手慣れた様子で機体を起動させる。
起動したカオスの画面にはザフトのエンブレムと共にOSの羅列が表示され、その頭文字をとった“GUNDAM”の表記と共に機体の識別コードである“ ZGMF-X24S”が表示された。
「情報通りだ。そっちはどうだ?」
「ハッチしまってる、少し待って」
「……うん、大丈夫」
スティングは素早くカオスのOSをレイ用に設定していたものから自身にあったものに書き換えると、ドラグーンシステムなどの武装をはじめとする機体のスペックを確認して、セカンドステージシリーズの情報を流したスパイからのものと同じであることを確認する。
アビスだけはハッチがしまっているため、アウルはまだのりこめていないが、ガイアに乗り込んだステラはスティング同様に迷いなくガイアを起動させ機体データを確認すると、情報通りであり操作に問題はない返答をした。
「量子触媒反応スタート、パワーフロー良好。全兵装アクティブ、オールウェポンズフリー。ドラグーンシステム接続確認。よし、起こすぞ。急げアウル!」
「はいよ。ステラ、そっちは?」
「システム、戦闘ステータスで起動……いいよ」
まずカオスに、ついでガイアの頭部カメラに機動の証である光が灯る。
そして機械の巨人は固定しているモビルスーツ用ラックのロックを外すと、その図体を起こしセカンドステージシリーズの特徴である新たなフェイズシフト装甲──被弾ダメージに応じて電圧を自動で調整し最も適した効率で実体弾攻撃を弾くことができる“ヴァリアブルフェイズシフト装甲”、通常VPS装甲を起動させた。
「設定……インストール。よし、最適化は完了した。ドラグーンシステムは、問題ないな」
起き上がらせる間にも、OSの書き換えを行い、最適化を完了させる。
VPS装甲の展開により機体のカラーリングは無機質な灰色から、カオスは緑色に、ガイアは黒に染まった。
「ステラ、先に行け。ハンガーの隔壁を破壊したら、近場の敵から潰す」
「……分かった」
「よしアウル──」
カオスを起動させたスティングは、ステラのガイアに隔壁の破壊とハンガーから出た後の戦闘に関する大雑把な指示を出す。
そしてアウルが残るアビスを起動するのを確認しようとした時、警報が鳴り響いた。
ガイアが隔壁を破壊するために歩き出す。
そのそばで、肩と顔に銃撃を受けて血を流しながらも、体に鞭を打ってモニターまで引きずってきたザフトの警備兵の1人が、執念で辿り着きアーモリー1全体に響く緊急警報ボタンを押したのである。
直後、ハンガーの内外にて警報が鳴り響く。
「チッ、行けステラ! 奴らが動く前に一機でも多く叩く!」
「……うん」
ガイアがビームライフルと背中に装備する2門のビーム突撃砲を発射し、ハンガーの隔壁を破壊する。
3条のビームは隔壁を破壊すると、正面にあるディンなどを整備している16番ハンガーまで飛び、ディンなどの機体を破壊。その際に散ったビームにより融解し高温となっている破片が運悪く推進剤の予備タンクに直撃して中の燃料に引火、ハンガーを吹き飛ばす大爆発を巻き起こした。
ステラはガイアを隔壁の外に出すと、すかさず混乱するザフトに対して奪ったガイアの兵装を用いて破壊を開始。
手始めに手近なところに突っ立っていたディンを撃ち抜き、モビルアーマー形態である四足獣をもした形態に変形して駆け出し、ビーム突撃砲などを駆使して走り出した。
「じゃあ、早速使うか」
ステラを見送ったスティングは、肩に装備されたカオスのドラグーンを射出。
ガイアに続く形で出撃したカオスのドラグーンに積まれているビーム砲やミサイルポッドを駆使し、手当たり次第に破壊を行う。
「後は──」
アウルのアビスだけ。
そちらも情報通りならば問題ないだろうと、起動し立ち上がったアビスにむけて、乗っ取ったはずのアウルに連絡を取ろうとした時──
「スティング、そいつザフトだ! ごめんしくじった!」
「何!?」
アウルから焦った様子の声でスティングに通信で強奪に失敗したという連絡が来たとほぼ同時に、立ち上がったアビスは長柄の近接兵装であるビームランスを構えるとカオスに向かって突撃してきた。
「クソッ!」
しかしスティングもアウルからの警告もあり素早く反応。
寸前のところでビームランスに対してカオスの装備する対ビームシールドを構えて防御し、コクピットを狙った刺突を間一髪のところで防御する。
「野郎……! アウル、手近な機体を奪え! こいつは俺が抑える!」
「オーケー!」
「ステラ、アビスの強奪に失敗した! 新型は俺が対応する、お前はアウルの援護! ザフトどもの目を引きつけろ!」
「分かった……」
ハッチが閉じていたということは、もともとパイロットのザフトが乗り込んでいたということなのだろう。
アビスの強奪に失敗したことを知ったスティングは、アウルに別のモビルスーツの強奪を、そしてステラにはその援護のための陽動となる破壊活動を指示。
自身はカオスを用いてアビスと対峙。あわよくばコクピットを潰して機体を強奪、できなければ破壊するために戦闘を開始する。
だが、ドラグーンを繰り出した現状。
この狭いハンガー内では長柄の近接武装と肩の巨大な対ビームシールドを有するアビスに対してカオスは不利なため、アウルを踏み潰させないようにと不利な戦場から移動するためにガイアの開けた隔壁からバーニアを使って飛び出す。
「ついて来いよ。その首、
挑発するように出ていったカオスに対し、アビスも追撃。
ハンガーからカオスを追いかけるように炎を飛び越えて外に出ると、そのままビームランスを構えて穂先を前に突撃してきた。
「はっ!」
ビームライフルを発射するカオスに対し、肩の対ビームシールドで受けつつ突っ込んでくるアビス。
対ビームシールドによってアビスは無傷で済んだが、拡散された跳弾となったビームが地面に降り注ぎ足元のザフトに被害を発生させる。
「一体何が……!?」
「6番ハンガーの新型だ! ガイアとカオスが何者かに盗まれた!」
「何だと!? 急いで奪還しろ、モビルスーツを出せ!」
外では先に出てきたガイアが暴れ回ったことでようやく新型を強奪されたと理解できたザフトが、慌てるようにモビルスーツを起動して出撃してきた。
「遅い遅い! ステラ、ハンガーを優先的に潰せ! モビルスーツが出てくるぞ!」
「うん」
スティングの指示に従い、出撃してこようとするザフトのモビルスーツを妨害するようにビームを発射してハンガーの隔壁天井部を撃ち入り口に瓦礫の雨を降らせるステラ。
さらにカオスのドラグーンもミサイルでハンガーを重点的に狙い、のそのそと出てきたモビルスーツを次々に餌食にして、さらにはハンガー内の推進剤の予備タンクに引火した場所で大爆発を誘発させた。
その爆風に煽られ、ザフトの最新鋭機でありエースの証と言える専用のカラーリングが施されている機体、ザクウォーリアとザクファントムが倒れ込み瓦礫に埋まる。
「伏せろ!」
「きゃっ!?」
近くで騒動を聞きつけ自身の専用機であるその赤いザクと白いザクの元に駆けつけようとしていたレイとルナマリアも巻き込まれて、咄嗟にレイがルナマリアを庇ったことで2人は無事だったものの目の前で機体を瓦礫に埋められてしまった。
「くっ……!」
歯噛みするレイは、その攻撃の元凶を見据える。
そこにはミネルバの就役と共にアビスのテストパイロットである先輩に譲り渡すはずだった白いザクを瓦礫に埋めた犯人、明日正式にパイロットとして就役し自身の専用機となるはずだったセカンドステージシリーズの一機であるカオスのドラグーンが飛んでいた。
愛着のある過去の専用機を、何者かに強奪された未来の専用機に潰されるという事態。
急いで沈めなければとザクに急いだレイだが、機体は軽傷だったもののコクピットのハッチに瓦礫が重なり2機とも乗り込むことができなくなっていた。
一方、暴れるセカンドステージシリーズを抑えようと、ザフトのモビルスーツが出撃してくる。
だが旧式のジンやディンの武装ではVPS装甲をもつガイアには歯が立たず、2年の平和で実戦を知らないパイロットが増え質が低下していたこともあり、一方的に撃破されていた。
その中でアビスと対峙するカオスでは、同じ最新鋭機のガンダム同士の戦いに、スティングが好戦的な笑みを浮かべていた。
「こうなっては仕方がない。出来る限り強奪するつもりだがなネオ、別にアレを倒してしまっても構わんのだろう?」
誰が言ったか、平和とは次の戦争のための準備期間である、と。
セカンドステージシリーズという準備が整ったから、この戦端の口火は切られたのだろうか。
ならば、強大すぎる力は新たな争いを呼ぶと言った彼女の訴えは正しかったのか。
──否。
プラントと連合、二つの勢力による2度目の戦争は約束されていただろう。
再び平和は戦火に焼かれる。
このアーモリー1は、その序章に過ぎないが、まさに戦火の火種として世界を焼き尽くす戦争の発端となったのだ。
マーレさんが1番のキャラ崩壊の被害者です。もはや原型をとどめていない……