もしもザフト水泳部の新米が連合に盗まれずミネルバに加入したら 作:ちゃーらんき
セラム海戦の続きになります。
ミネルバの後方、エールカラミティを先行させた挟み撃ちの後ろを塞ぐ別動隊の艦隊。
その旗艦である潜水母艦のブリッジでは、生体CPUを搭載したエールカラミティを撃ち落とされ、ザムザザーもやられ、大西洋連邦の艦隊が戦意喪失となり撤退する様子が潜望鏡のカメラを通じてモニターに出されていた。
こちらはザムザザーに加え、エールカラミティを落とされ、艦隊も大損害。
一方の敵は、ミネルバも、ザクも、インパルスも、アビスも、何一つ潰せていないという、完敗であった。
「チッ、何がゲームチェンジャーになるモビルアーマーだ。たった1機のモビルスーツに撃ち落とされおって、大西洋の馬鹿どもが」
ザムザザーとエールカラミティのやられた光景に、艦長席の横で忌々しいと舌打ちをする男。
大佐の証である肩章を制服に着けている男は、この旗艦の艦長でもなければ、艦隊の指揮官でもない。
男の名はクダバ・ドマ・ガイオン。
表向きには東アジア共和国軍大佐の地位を持つ軍人であるが、同時にエールカラミティとベルニスなど生体CPUを搭載するモビルスーツを擁する特務部隊の隊長を務めている、2つの身分を持つ男である。
そしてコーディネイターに対する過激な差別・排斥思想を持つブルーコスモスの一員であり、自身もまたプラントの殲滅を謳う東アジア共和国軍の中でも一際過激な反コーディネイター思想を持つ軍人であった。
プラントとの密約により、東アジア共和国は軍を最前線から表向きには撤退させている。
しかし同時にプラントとの戦争を勝利で終わらせ、その後の世界においても有利な立場を確保するために大西洋連邦などとも密約を交わして、軍需物資や資金の支援だけでなく秘密裏にこうした表に出せない軍を前線に送り出していた。
今大戦がプラントの勝利に終わればそれもよし。密約の見返りに、他の地球国家よりも多くの利権を確保できる立場を獲得するとともに、弱体化するであろう大西洋連邦に変わり地球の覇権国家の地位を確立させる。
連合の勝利に終わればそれもまたよし。表立って交戦する大西洋連邦やユーラシア連邦と言った地球連合内の競合する国々はプラントによる攻勢を受け疲弊するはず。力を多く残すことで、地球連合内における影響力を強め、戦後世界においてより多くの利権を獲得し、疲弊した大西洋連邦を押し退け覇権国家の地位を確立する。
プラントが消し飛ぶようなことさえ無ければ、その恩恵をいずれにせよ多く受けられる立場を狙い、二枚舌外交を展開していた。
表向きには大西洋連邦に加勢する義勇軍という立場にある特務部隊。
クダバはアーモリーワンにてファントムペインが強奪に失敗したというザフトの新型モビルスーツがザムザザーを仕留める光景と、向こうの諜報部が知らなかったと言うエールカラミティを落とした新型機の戦闘のログを見返し、苛立ちを露わにして端末を床に叩きつけた。
「大西洋の特務部隊とかいうのはバカの集合体か何かか、馬鹿者が! 新型モビルスーツは見落とすわ、改良型とはいえ生体CPUなんぞを強奪任務に派遣するわ、挙句あんな強力なモビルスーツの強奪に失敗するわ、失敗するだけに飽き足らず破壊すらできぬわで、特務部隊が聞いて呆れるわ! ファントムペインだぁ? ふわっとしているのは名前だけにしろ! 仕事はこなせ、痛がってる幽霊なんぞ猫の手よりも使い物にならんわ、馬鹿者が!」
本来であれば、先日の海戦で艦艇をバカスカ沈め、今日はザムザザーを仕留めと大暴れしているあのモビルスーツは、大西洋連邦の表向き存在していない特務部隊が強奪し、地球軍の戦力にしていたはずの機体である。
その強奪に失敗した結果はこの通り。地球軍に多大な損害を出し、ザフトの尖兵として我が物顔で母なる星の海を泳ぎ回っていた。
「汚らしいコーディネイターが! 我らが故郷の青き星を! 青き海を! 青き空を! 我がもの顔で闊歩し、泳ぎ回り、飛び回る! 好き放題している事実! それに手も足も出ずに蹴散らされ、己の尻拭いもできずにご自慢の新兵器もつぶされる役立たずの同盟国! こんなもの認められるか!」
コーディネイターに対する差別思想に染まった罵声だけでなく、プラントという共通の敵が倒れるまでの関係ではあるが一応同盟国である大西洋連邦にも罵詈雑言を吐き出した。
「わざわざ挟み撃ちする意向を聞いてやったというのに、こちらはエールカラミティを失う始末。どれだけ足を引っ張れば気が済むのか」
忌々しいと吐き捨て、シワのよる眉間を抑える。
そのクダバに、索敵を担当する兵士からさらに怒りの炎に油を注ぐ報告があげられる。
「ガイオン大佐、大西洋連邦の艦隊が撤退を開始しています。このままではミネルバがアラフラ海に」
「……チッ」
最大戦力であるザムザザーを失ったこと、エールカラミティという背後を狙う存在が排除されたことで、すでに趨勢は決した。
アビスが暴れ回っている状況、下手な抵抗は被害を増やすだけ。
戦意喪失による敵前逃亡に走る艦艇が出ていたこともあり、大西洋連邦はもはやミネルバの阻止を諦めたらしく、残った艦隊も引き上げ始めた。
「如何しますか?」
前方の封鎖も解かれた以上、ミネルバの道を阻むものはなくなった。
この状況でこの部隊はどうするのかと、艦長がクダバに方針を尋ねる。
それを受けたクダバは、何一つ戦果を上げられないままで撤退するなどという無様な選択はあり得ないと、もう一戦仕掛ける意向を示した。
「このままむざむざ尻尾を巻いて退却などできるか、馬鹿が! エールカラミティまでやられ、このままモビルスーツの一つも取れずに終わる選択はない! リジェネレイトに仕掛けさせろ、ラルフに攻撃命令を出せ」
「目標はミネルバですか?」
「馬鹿か貴様は! あんな戦艦よりも遥かに脅威になる機体が孤立しているだろうが。狙いはファントムペインが奪い損ねたという泳ぎ回っているイルカだ! あれだけ泳ぎ回り、あれだけ高火力兵器をばら撒いたあとだ、活動限界は近いだろ。そこを狙え!」
「了解。リジェネレイトに攻撃命令を発信」
クダバが狙いを定めたのは、母艦のミネルバではなく海を泳ぎ回っているアビスである。
手駒のエールカラミティを落としたインパルスではなく、ザムザザーを撃墜したアビスをより大きな脅威と見做し、ミネルバから離れている間に潰そうと画策した。
ザムザザーとの戦闘で何度もカリドゥスを撃ち、開戦から休む間もなく泳ぎ回っていることから、機体の活動限界が近いと予想し、手持ちのコマの中で最強のモビルスーツを動員してアビスだけでも仕留めようという魂胆である。
「失敗は許さん。予備パーツならばいくらでも送ってやる、命に代えてもあのモビルスーツとその中身の薄汚いコーディネイターを仕留めろ!」
「……命令受諾。目標、敵水中戦闘用MS。攻撃開始」
クダバの命令を受け、海中に潜んでいたモビルスーツが動き出す。
狙いは唯一ミネルバに帰投していない、大西洋連邦海軍の残敵掃討をしているアビス。
再生の名を冠するかつての大戦にて行方不明となったはずの巨大な亡霊が、再びその牙をミネルバに向けようとしていた。
地球軍の艦隊にあって、ミネルバにとって最大の脅威であった、ザムザザーとエールカラミティ。
地球軍が開発した強力な新兵器であるモビルアーマーと、かつての大戦でその名に違わぬ災厄をザフトに撒き散らした機体の派生機であるモビルスーツが、ザフト軍のセカンドステージシリーズのモビルスーツの前に落とされた。
ザムザザーに続き、インパルスの一瞬の隙を見逃さなかった攻撃によってエールカラミティが撃破された。
この光景に地球軍の士気はより低下し、インパルスの活躍にミネルバの士気は大いに上がる。
「アビスに続きインパルスがカラミティを撃破……これは大きいですよ艦長!」
「ええ、よくやってくれたわ」
興奮するアーサーの言葉に、タリアも同意する。
エールカラミティの撃破はその名を表すようにインパルスが戦場に衝撃を与えるだけでなく、ミネルバ後方の敵戦力を撃破したことにより挟撃体制が崩れ退路となる後方が解放されたという意味でも大きかった。
そしてエールカラミティを撃破するという金星をあげた若きエースは、緊張の糸が切れたのかミネルバの甲板にてその機体を無様に転がしての帰還という締まらない姿をしていた。
「──全く、締まらないわね」
近くに来た赤いザクが、インパルスに手を差し伸べる。
「うるさいな。いいだろ、カラミティを仕留めたんだから」
インパルスのコクピットにてシンはせっかくの活躍の直後に見せてしまった醜態を恥ずかしがるように顔を赤くしながら、差し伸べられたザクの手をインパルスの手で掴み、引き上げられる。
エールカラミティの撃墜を見て、地球軍は流石にもう戦えないと判断したのか、モビルスーツ部隊を撤退させており、邪魔立てする者はいなかった。
「やるじゃないか、シン」
「レイもな。さっきの援護があったから、カラミティを討てた」
立ち上がったインパルスに、白いザクからも通信が飛ばされる。
シンの方もエールカラミティを仕留めた隙はレイの砲撃が作ってくれたからだと、勝利のもう1人の立役者を讃えた。
モビルスーツ部隊の活躍により、敵の脅威となる機動兵器は排除された。
タンホイザーの砲撃により突破口が開かれ、ザムザザーとエールカラミティの撃墜を受けた地球軍側は戦意を喪失したらしく機動兵器を下げ艦隊も戦域から離れ始めている。
もはやミネルバの包囲を遮るものはいない。
「敵艦隊の包囲は崩れた! このままカーペンタリアに抜けます!」
あとはミネルバでこのままカーペンタリアにむけてこの海域を抜けるだけ。
タリアの号令にて、ミネルバはタンホイザーで開かれた突破口へと突き進む。
「メイリン、アビスに帰投命令を」
「了解。ミネルバよりアビス、帰投願います」
前方の地球軍艦隊はミネルバから逃げるように戦域から撤退をしている。
もはや障害はないと判断し、残敵掃討にあたっているアビスにもミネルバへの帰投命令が出される。
「了解。アビス、ミネルバへ帰投を──」
メイリンからの通信を受け、ユノもミネルバに帰還するべくアビスを浮上させようと操縦桿を動かす。
その彼女の目に、撤退していく地球軍艦隊の後方の海よりこちらに接近してくる謎の潜水艦らしき影を感知するレーダー画面が見えた。
「こいつ、潜水艦じゃないよね……? まさか──」
大きさ的には潜水艦のようだが、その形状は明らかに違う。
そして何より、その敵のモビルスーツには核分裂反応があった。
エールカラミティ。
あの機体がユニウスセブンにて襲ってきた時、そこには他に何がいたか。
重武装のレイダーはイザークたちが撃破した。
だが、その前にカラミティとレイダーをあの戦場に持ってきた機体があった。ルナマリアを人質に取り、そのザクを一時的に乗っ取った機体がいた。
「……ごめんメイリン、帰投命令には従えなくなった」
「ユノさん……? 何が──」
「アビスを海上に出すからデュートリオンビームを照射してほしい。そしたら僕に構わずカーペンタリアまでそのまま抜けて」
「ちょっと待ってください、何があったんですか?」
「エネルギーがもう底つきそうなんだよね。とりあえず補給だけでもさせてほしい」
「わ、わかりました。デュートリオンビームスタンバイ」
新手の接近を受け、ユノはそれを止めるために戦うことを即決する。
メイリンにデュートリオンビームの準備をするように伝え、タンホイザーから退避するために潜っていた機体を海面に浮上させた。
アビスのエネルギーはかなり消耗しているが、ミネルバには出撃中の機体のバッテリーを無線送電にて充電する送電システムであるデュートリオンビームがある。
これを受け取れば、アビスは再び最大稼働時間での戦闘が可能となる。
接近してくる新手の巨大なモビルスーツは、ミネルバではなくアビスにロックオンを向けている。前日の戦闘でもそうだったが、やはり地球軍はセカンドステージシリーズの機体を狙っているらしい。
まだ距離はあるが、巨体に見合わない速度で迫っているため時間はあまり残されていない。
あの機体の用いるシステムは下手に頭数を揃えて迎撃しようものならパイロットを人質にされてしまう駒が増え、ミネルバにも標的が移される可能性があった。
「仲間の敵討ちにでもきたわけ? なら、尚更インパルスを──僕の家族を狙わせるわけにはいかない」
リジェネレイト。
NJCを搭載した、ザフトの開発した5機のモビルスーツ“ファーストステージシリーズ”の1機であり、再生の名を冠するインパルスの合体機構の元となった機体である。
「何をしているの? 海域を離脱するわ、貴女も早くミネルバに帰投しなさい」
「いいえ艦長。敵の新手が接近しています。“再生”を止める殿が必要なので、帰投できません」
タリアから再度の帰還命令が直接言い渡されるが、ユノはそれを拒否する。
そしてユノの言葉に、タリアはまだ戦意のある敵がおりそれをユノが迎撃するつもりであることを察し、そしてエールカラミティからユニウスセブンで交戦したテロリストとは違う謎の襲撃犯のことを思い出した。
「バート! 索敵範囲を前方に拡大して!」
「りょ、了解! NJC……核動力反応!? 前方の海域より急速接近する巨大なアンノウンを確認! 熱紋照合に該当データあり、リジェネレイトです!」
「なんですと!?」
「やっぱり……!」
すぐにバートに命じて索敵範囲を前方に拡大させる。
そこでミネルバも逃げていく敵艦隊の奥の海から接近してくる巨大なモビルスーツの姿を確認し、照合の結果その新たな敵機の正体を把握した。
「リジェネレイトがアビスをロックオンしており、そちらへまっすぐに向かっています!」
「やはりアビスが狙いか……リジェネレイトを迎撃します! アーサー、対モビルスーツ戦闘を──」
リジェネレイトはお前が標的だと言わんばかりにミネルバを無視し、アビスにロックオンをしてそちらに向かってきている。
やはり地球軍の狙いはセカンドステージシリーズの機体か。
海を舞台とすればタンホイザーすら防ぐザムザザーも撃破可能であることを証明したアビスを渡すわけにはいかないと、タリアは迎撃準備を整えるように指示を出す。
「待ってください」
だが、そこにユノが通信で待ったをかけてきた。
「リジェネレイトの標的はアビスです。艦隊の封鎖が崩れた今、奴の狙いがアビスだけに向いているのは好都合、ミネルバはこのままカーペンタリアに離脱してください」
この海域で戦意を見せている敵はもはや接近するリジェネレイトのみである。
そのリジェネレイトがアビスだけを標的としているならば、その隙にミネルバはカーペンタリアに離脱できる。
アビスと自分を置いて行けと、ミネルバにてリジェネレイトを迎撃しようとするタリアにユノは言った。
だが、海という有利な戦場であったとしてもアビス単機で勝てる相手ではない。
リジェネレイトはその名の通り、無数の予備パーツによりいくら被弾しパーツを破壊されようとも再生して戦えるモビルスーツである。
さらにはそのエネルギー源は核動力炉である。
無尽蔵のエネルギーを生み出し続けるその継戦能力は圧倒的であり、アビスが先にバッテリー切れを起こすことになるのが目に見えている。
その上、可変プラグによる接続を許せば機体の制御を奪われる。
明らかにアビスの捕獲を目的に仕掛けてきた敵であり、そこにアビスを単機で置いていくというのは敵の思惑に乗せられることを示していた。
そんなことを認めるわけにはいかないと、タリアは再度の帰還命令をアビスに出す。
「何を言っているの!? 認められません、直ちに帰投しなさい。ユノ・アサガオ、これは艦長命令です」
「そんなことをすればミネルバが狙われます」
「承知の上よ。でも、アビスを地球軍に渡すわけにはいかないわ」
「母艦を失ったら結果は同じだし、ここで沈められるようなことになればそれこそアビスだけじゃなくインパルスまで失い、カーペンタリアに誰も辿り着けないなんて最悪の展開になるじゃないですか」
しかし、ユノはその再度の帰還命令も突っぱねた。
「ミネルバをカーペンタリアに離脱させるためには誰かがあいつを止めなきゃ行けない、そしてあいつの狙いはアビス……それなら僕が殿をしてミネルバはさっさとカーペンタリアに向かうのが合理的です。艦長ならモビルスーツの1機より、クルー全員の命を優先にしてくださいよ」
「ザフトの軍人として、アビスを地球軍の手に渡すわけにはいかないと言っているの。それに貴女だってクルーの1人よ、見捨てるわけにはいかない。リジェネレイトはミネルバにて迎撃します。子供じゃないんだから、命令に従いなさい!」
「ならそのクルーの1人に負担ポンポン増やすのやめてください! はっきり言わせてもらいますけど、ミネルバのお守りしながらいつ乗っ取られるかわからない味方と一緒より、せっかくの海なんだからアビス単機で戦う方がまだ持ち堪えられるんですよ!」
「相手は無尽蔵の稼働時間を持つ核動力機よ。敵の狙いはアビスの捕獲なのは明白だわ。海が戦場とはいえ、単機では──」
「だったらさっさと離脱してカーペンタリアからまともな海戦できる援軍を寄越してください、リジェネレイトの標的がミネルバに移る前に!」
お互い帰還しろ、先に行けと主張し譲らない。
しかしユノからのお守りする対象がある方が迷惑だと言う艦長に向けて言ってはいけないレベルの無礼で突き放すような言葉に、タリアはユノがミネルバを逃すための最善の提案をしていることを認め、ザムザザーを落としたユノの技量にかけることにした。
「全く、強情ね……謹慎は3日に延長します」
「それは酷いですよ艦長!」
「黙りなさい。必ず罰を受けてもらいます、やられたり捕獲されたりなんて許しませんから。メイリン、デュートリオンビームをアビスに」
「は、はい! デュートリオンビーム照射!」
ミネルバを逃すための殿を買って出たのに謹慎命令が延長された。
そしてそれは決して機体を渡さず持ち堪えてミネルバに帰ってこいという信頼が垣間見える罰だった。
海上に出ていたアビスに、デュートリオンビームが照射され消耗していたエネルギーが補充される。
ミネルバからデュートリオンビームにてエネルギーを受け取ったユノは、アビスを再び海に潜らせリジェネレイトに向かっていった。
「進路そのまま、カーペンタリアに向けて離脱します! 引き続き通信を呼びかけ続けて、繋がり次第リジェネレイトの存在とアビス救援の援軍要請を打診して頂戴」
「了解!」
リジェネレイトに単機で立ち向かっていくアビスを戦場に残し、ミネルバはカーペンタリアに向けて進路をとって戦域を離脱していった。
アビスを狙うリジェネレイトはミネルバを無視し、そのまま殿を請け負ったアビスに向かっていく。
「さて、これで心置きなく一騎討ちだ」
「……目標補足。攻撃開始」
「海の主役が誰かを教えてやるよ、掛かってこいロートル!」
アビスとリジェネレイト。
セカンドステージシリーズとファーストステージシリーズ。
深淵の名を冠する機体と再生の名を冠する機体。
2年前の大戦でザフトの最強の兵器の一角として猛威を振るった巨大なモビルスーツに、2年の時を経て再開した大戦に挑むザフトの新たな時代を担う兵器が己の真価を発揮する舞台にて挑む。
そしてアビスがリジェネレイトを請け負うことで戦域から離脱を果たしたミネルバは、カーペンタリアに向けアラフラ海を抜けていった。
「通信回復しました!」
「カーペンタリアに援軍を要請! バート、地球軍は!?」
「カーペンタリア周辺に敵影なし!」
アラフラ海を抜け戦域を離脱したことで地球軍の通信妨害から抜けられたのか、カーペンタリアとの通信が繋がった。
すかさずタリアはカーペンタリアに向けアビス救援のための援軍要請を出すように指示をするとともに、地球軍の包囲がまだ展開されているかを確認するよう索敵させる。
地球軍はカーペンタリアを包囲する艦隊から東アジア共和国軍が抜けた上に、ミネルバを仕留めるため戦力をここからも派遣しており、またユニウスセブン落下による被害やプラント側の積極的自衛権行使に伴う地球への降下に備えるためにも大軍をいつまでも派遣していられる余裕がなかったこともあり、カーペンタリアを包囲する艦隊を縮小していた。
これによりカーペンタリアの西側の海は海上封鎖が解かれており、ミネルバが入る道が開かれていた。
「メイリン、基地から応答は?」
「ありました! ミネルバのカーペンタリア入港を許可するとともに、要請に応じボズゴロフ級2隻とグーン10機、ゾノ2機からなる部隊をアビス救援に派遣するとのことです」
「ありがとう。カーペンタリアの誘導に従い、速やかに基地に入ります」
回復した通信にて、ミネルバからの入港申請の了承と、アビスへの救援部隊派遣を受諾する反応がカーペンタリアから入る。
そして、それはアーモリーワンからガーティー・ルーを追撃するべく出撃して以来、ユニウスセブンでの戦闘、地球への降下、ソロモン沖での海戦、そして今回のセラム海での海戦と連戦を重ねてきたミネルバが、ようやく信用できる同胞であるプラントの勢力圏に辿り着いた証でもあった。
クルーたちの間に、ようやく敵の勢力圏から抜けることができたという安堵が広がる。
アビスがまだ戦闘中だが、気が休まる時間がなかったクルーたちは疲労が蓄積しており、今のミネルバには休息が必要であった。
カーペンタリアからボズゴロフ級潜水母艦2隻からなるアビスの救援部隊が出撃し、ミネルバとすれ違う。
海の戦闘ならば、ザクやインパルスよりもグーンを乗せたボズゴロフ級の援軍の方がユノにとっても力になるだろう。
アビスに関しては彼らに任せ、ユノの無事を祈る他ない。
「……現時刻を持って、戦闘体制を解除します。コンディションをグリーンに移行」
そしてタリアの言葉でようやく長い警戒体制と戦闘体制が解除され、ミネルバのクルーたちに生き残ったという実感が満たされた。
「総員、傾聴。……孤立無援の中、皆さんの奮戦によりミネルバはカーペンタリアに無事入港を果たしました。あなた方を誇りに思います。ありがとう」
最後に、ソロモン沖海戦から孤立無援の中で次々くる敵との死闘を潜り抜けてきたクルーたちに、タリアが艦長として感謝を伝える。
これでようやく旅路が──
『艦長、大変です! シンがインパルスで飛び出して行きました! あのバカ、勝手にアビスの救援に向かうつもりです!』
「なんですって!?」
──すんなりとは終わらなかった。
カーペンタリアに到着し、クルーたちが気を抜いたタイミングにて。
2機のザクとともに甲板から降り格納庫に到着したシンが、そこでアビスが帰還していないことを知り、あろうことか単機でリジェネレイトの足止めをしていることを知り、愛する姉の元に駆けつけるためにインパルスにて勝手な再出撃を行い飛び出していったのである。
(姉さん……!)
カーペンタリアへの入港を果たしたミネルバ。
タリアから戦闘体制の解除が伝えられ、インパルスもレイとルナマリアのザクとともに甲板から格納庫へと降りた。
しかしアビスの姿がないことに気づいたシン。
レイにユノの行方を尋ね、その会話を聞いたメイリンがアビスが単機でリジェネレイトを足止めしていることと、援軍としてカーペンタリアから部隊が出撃したことを伝え、そこでシンは初めてユノがまだ1人で戦場に残っておりしかもあのユニウスセブンで対峙したルナマリアのザクを乗っ取った巨大なモビルスーツを相手にしていることを知った。
そこからのシンの動きは、迷いがなかった。
メイリンの言葉の後半、ユノの救援のためにカーペンタリアから部隊が出撃したという話は耳に入らず、まだたった1人で戦場に残っている家族のもとに駆けつけるために動き出す。
機体から降りてこないシンに呼びかけるヴィーノたちの声も聞こえなくなった。
シンの頭の中には、アビスがルナマリアのザクのようにリジェネレイトにより乗っ取られ連れ去られるか、レイのザクのように敗北し動けなくなったところで誰の助けも入らない中アビスのコクピットが切り裂かれる光景が浮かんでいた。
ユノが殺される。
もう2度と取りこぼさないと、インパルスという力を得た日に強く誓ったはずなのに、この手からまたこぼれ落ちるのか?
2年前、両親を亡くしたあの日の光景が蘇る。
抉れた地面で体が折れ血溜まりの中に倒れた母の死体。
根本から焼かれ吹き飛んできた大木に潰された父の死体。
片方の脚が欠けた下半身だけを残し土砂に埋もれたユノの祖母の死体。
そして爆風に焼かれ爛れた背中を晒し倒れた姉のように慕う幼馴染と、彼女に守られるようにしてその下に倒れた妹。
身寄りをなくし、オノゴロ島で助けてくれたオーブの軍人の薦めで妹の怪我を治すため上がったプラントにて、自分たちを受け入れてくれた幼馴染。
強さの下に家族を亡くした嘆きを押し込め蓋をして、夜中に1人で泣いていた彼女。
1人にしないでと、置いていかないでという死者に向けられる懇願。
どこか死場所を求めているような儚さがある姉。
あの日、弱かった自分は誰1人守れなかった。
それが脳裏に焼きついており、理不尽に命を刈り取る死神がこの手にまだ残されている大切な家族を奪いに来るという恐怖がいつも心の奥底にあった。
そしてその死神は、1番の標的をユノに向けている。
あの日の背中が焼け爛れて倒れている姿は、彼女も死んだと思わせる重傷だった、何度も何度も、あの日にユノは亡くなっていて、妹と2人きりに残されているのが現実なんだという悪夢を見た。
お前からまた家族を奪うぞという幻聴が聞こえ、ユノの背後から巨大な銃を向ける青い翼の死神の幻覚が見えた。
その命を奪われるのではないかという恐怖が何度もよぎり、その度に彼女の抱擁を求めまだ生きていることを実感したいという強い欲求が、それを感じないとユノが死ぬという恐怖とともに湧き上がった。
(嫌だ……! 嫌だ嫌だいやだイヤだ! 僕たちを置いていかないで!)
ユノが行ってしまう。
ユノが死んでしまう。
早く助けないと。早く行かないと。早く、早く、彼女が生きていることを確かめないと!
もう奪われるものか、もう奪わせるものか……
(俺から、家族を奪うな──!)
また家族を失うという恐怖と、絶対に家族を奪われてたまるかという怒りが、シンの頭を支配して外の声を遮断してしまう。
ヴィーノやヨウラン、異変を察知したレイやルナマリア、インパルスで飛び出したことを受けて勝手な行動はやめろと帰還命令を出すブリッジの声も届かない。
衝動に突き動かされるままに、シンはインパルスを駆り、先の戦闘で破壊されたミネルバのハッチから飛び出していった。