もしもザフト水泳部の新米が連合に盗まれずミネルバに加入したら 作:ちゃーらんき
彼女が10歳の時、母親が亡くなった。
その女はコーディネイターだから。青き清浄なる地球のために、コーディネイターは全員死ななければならない。
面識もなければ、接点もない──恨まれる筋合いなどないはずの犯人が語った動機は、そんな身勝手で理解できないものだった。
最愛の妻を失った彼女の父親は、ナチュラルへの復讐を誓い、祖母の制止を無視し子供達を連れてオーブを出国しプラントへ上がった。
ナチュラルを殺す。
コーディネイターだからというだけで生存を否定する奴らは、全員殺す。
妻と同じ悲劇を味わう同胞を作らないため──といえば聞こえは良いが、父親の中にあったのは最愛の人を奪った者たちへの憎悪だけだった。
ザフトに入隊した父親は、子供達にも洗脳するかのように言い聞かせた。
母を奪ったナチュラルを許すなと。
母を奪ったナチュラルに復讐をと。
兄のレオとともに、ユノも父に言い聞かされた復讐に従いザフトへ入隊した。
優しかった父は、ナチュラルを憎むだけの復讐者に変貌した。
母を愛していたユノもナチュラルを憎む父の心情に共感しており、ザフトに入りナチュラルと戦う道を進むことに迷いはなかった。
1人でも多くナチュラルを殺す。
それが最愛の女性を奪われた理不尽を晴らすための、親娘の目標となった。
しかし、母を愛していた一方で心優しかった兄のレオと、弟のソーマは、ナチュラルへの憎しみだけに取り憑かれた2人を哀れに思っていた。
復讐に取り憑かれても、母は帰ってこない。
そんなことよりも幸せに生きる道を探す方がいい。
プラントに上がる際に協力してくれて、そしてプラントにて保護してくれたアマルフィ家。
そこの当主はザフトの中でも穏健派であり、過激な復讐心に取り憑かれた親娘と、その復讐に従いきれない優しさを持つ兄弟が、親友とその息子に重なり複雑な感情を見せていた。
レオもユノもモビルスーツの操縦技術の適性が非常に高く、ユノはアカデミーの成績優秀者に与えられる赤服を受領するほどの腕前になる。
しかし虫も殺せない心優しいソーマは兵士としての適性が低く、同期であり親友のアマルフィ家の御曹司であるニコルとは性格は似ていたがアカデミーの成績は対照的だった。
父親に続く形でレオとユノも兵士として戦争に参加し、その後アカデミーを卒業したソーマが兄妹の参加から一年ほど遅れる形で衛生兵として戦争に参加することとなる。
カーペンタリアの部隊に配属されたユノは何度かグーンによる海戦の実戦を経験してから、オーブへの潜入工作員となり、亡命者を装い祖母の住むオーブに赴くこととなる。
そこで彼女は復讐に取り憑かれた婿を憐んでいた祖母、そしてオーブを出て長らく離れ離れとなっていた幼馴染のシンとマユの兄妹と再会した。
スパイとして活動していた一方、ユノは中立国であるオーブで束の間の平穏の時を過ごした。
戦争と婿が孫を連れてザフトに行くことを最後まで反対していた、平和を愛する祖母と、弟妹のように可愛がっていたアスカ兄妹との交流は、荒んでいたユノの心を少しずつ癒していた。
しかし、彼女の平穏は短かった。
ニコル・アマルフィの戦死。
プラントへの移住でお世話になった恩人の息子であり、弟の親友であり、ユノにとっても弟のように愛しかった、心優しい青年の訃報。
オペレーション・スピットブレイクにおける、父親の戦死。
愛する妻を失い復讐に取り憑かれていたが、それ以前は分け隔てなく優しく、子供たちを愛していた、最愛の父親の訃報。
レオから齎された、立て続けに来た訃報。
死に目に会うこともできぬままに愛する人を2人も失ったショックは大きかった。
そして、地球連合は中立国のオーブをも容赦無く戦火に巻き込んだ。
オーブ解放作戦。
解放などと謳っているが、その実態はマスドライバーを奪うための侵略。
戦火は戦争と何の関わりもなかったはずの人々を巻き込み──そして、ユノの祖母とシンたちの両親の命を奪った。
避難の途中だった。
フリーダムとカラミティの戦闘の余波──流れ弾が、港を目前にして山道を走っていたアスカ家とユノたちの至近距離に直撃した。
その時、たまたまマユが落とした携帯電話を拾いに行っていたシンだけがその爆発から逃れたことで無事だった。
しかし、爆発に巻き込まれたユノの祖母とシンの両親は死亡。
ユノは側にいたマユを咄嗟に庇ったが、左半身に一週間もの間生死の境を彷徨う大火傷を負い、マユは命こそ助かったものの腰椎に大怪我を負い二度と歩けない体になってしまった。
そして、ユノが意識を取り戻した時──彼女は祖母の他にまた1人最愛の家族を失っていたことを知ることになった。
弟のソーマが配属されていたビクトリア基地。
オーブにてマスドライバーの確保に失敗した地球連合は、ハビリスを奪取するべくここに大規模な攻勢を仕掛け制圧。
そして、制圧したビクトリアにて投降した者も非戦闘要員も関係なく、ザフトだからと全員を殺害。
コルシカ条約を完全に無視したこの蛮行によって、衛生兵であるはずのソーマも虐殺の対象となり殺されていた。
ナチュラルに母親も、恩人も、父親も、祖母も、幼馴染の親も、そして弟も殺された。
そして、オーブ解放作戦で受けた負傷で、ユノはもう戦えない。
彼女に残されたの家族は、兄と婚約者だけ。
訃報を届けに来てくれた婚約者のアランに、もう戦えない自分に代わって兄を守ってほしいとユノは懇願する。
プラントに居住してから、遺伝子の相性で決められた婚約者。
それでもお互い歩み寄って良好な関係だった彼は、ザフトに所属しており兄のレオと同じ部隊に所属している。
最後に残された血縁の家族を守って、生きて帰ってきてほしい。
ユノの懇願を受けたアランは、必ず守ると、そしてからなず帰ってみんなで平和な世界で新しい家庭を築こうと約束してくれた。
──約束は、果たされなかった。
ヤキン戦役の終結後、アランの親友だというサトーという人物がユノの元を訪ねてきた。
彼が持ってきたのは、家族を立て続けに失い何もできなくなっていたユノを支え、生きて帰り平和な世界で新しい家庭を築こうと約束してくれた婚約者のアランと──そして最後の家族だった兄レオの訃報だった。
レオは前哨戦となったボアズの攻防戦にて、核ミサイル攻撃によって破壊された要塞の中で沈んだ。
アランはヤキン戦役にてサトーと共にプラントを守るために戦っていた最中、オーブで祖母たちを奪った連合のモビルスーツであるカラミティの攻撃によって戦死した。
大戦はヤキン戦役を持って終結した。
だが、その平和な世界に……ユノの家族は、1人もいなくなっていた。
嘆くしかなかった。
1人だけ残されるくらいなら、一緒に死にたかった。
実際、ユノは入院中に自殺を図るほどに追い詰められていた。
その時はたまたま見舞いに来ていたサトーが止めてくれたことで未遂に終わったが、何もできぬままに全てを失った彼女の絶望は生きることを拒絶しようとするほどに深かった。
全部……彼女から全部を、ナチュラルが奪っていった。
でも、もう戦争は終わってしまった。憎しみをぶつけることはできなくなった。
家族も婚約者も恩人も失った自分に、生きる理由なんて残されていない。
そんな彼女に生きる理由を与えてくれたのが、シンたちだった。
戦災孤児となってしまったシンとマユがプラントに来ている。
アランを通じてユノがオーブ出身であることと重傷を負った経緯を聞いていたサトーは、プラントに上がる前にユノと親交のあったアスカ家の遺児である兄妹の行方を探しており、マユの治療のために2人がプラントに保護されていたことをつきとめ、ユノにその存在を伝えたのである。
シンとマユ……幼馴染であり、弟妹のような、我が子のような存在でもある兄妹がいる。
それを聞いたユノは、2人の後見人になることを決意する。
親を失った2人を大人になるまで守る。
家族という存在に飢えていたから、それを兄妹に求めていた一面もあった。
アスカ兄妹を引き取ったユノは、2人を実の弟妹のように、実の子供のように愛し、重度のブラコンシスコンを拗らせながらもこの2年間女手一つで養育した。
そうして愛する人々を失った穴埋めをするように2人に愛を注ぎ、シンが姉を守りたいとザフトに入隊しようとした際に猛反対したり、マユが歩けない体になったときの光景から塞ぎ込むようになったのが兄姉の支えもあって元の明るい性格を取り戻すなどを経て、ようやくここまできた。
しかし、再び戦争の火種が燃え上がった。
全てを奪った憎きナチュラル。
平和を壊す憎きナチュラル。
弟がザフトにいる現状、ユノの目的はシンを守ることにある。
だが、彼女の中には確かに復讐の炎が燻り続けていた……。
ユニウスセブン跡──
先の大戦における悲劇の象徴、血のバレンタインがもたらした破壊の痕跡。
多くのコーディネイターが眠るその巨大な墓標に、複数のモビルスーツの姿があった。
ジン・ハイマニューバ2型。
ゲイツRやザクが主力機を担うザフトにおいて、その機体はすでに旧型となっている。
しかしそれを駆る彼らは、多くがヤキン戦役を生き抜いた元ザフトのベテランパイロットたちである。
そのうちの1機。
彼らを束ねる隊長格である機体には、コクピットにこのユニウスセブンで恋人を、そしてヤキン戦役で親友を失った男──サトーの姿があった。
──何で、僕から何もかも奪うの……?
彼の脳裏にあるのは、親友の婚約者──同じく愛する人をこの戦争で理不尽に奪われた1人の傷だらけの若い女性の姿。
──ナチュラルが全部奪った……僕から……! お願いサトーさん、平和な世界を……もう、ナチュラルから理不尽に愛する人を奪われることのない世界を作って……! 傷だらけの僕には、何もできない……!
包帯まみれの痛々しい格好で縋り付く彼女の姿は、今も目を閉じれば鮮明に思い出せる。
「……必ず、その世界を作る。例え、大量虐殺の汚名をかぶることになっても」
目を閉じて脳裏に浮かぶ彼女の姿。
コクピットにある写真に映る、親友と恋人。
彼らの無念を晴らす。
彼女が不条理に奪われることのない世界を作る。
例え、愛した人が眠る墓標を火の海に晒そうとも……今を生き、そして全てを失った先で守るべき家族を得てようやく立ち直った彼女が、今後不条理にその最愛の人を奪われることがない世界を作らなければならない……!
狂気が宿るサトーの目は、復讐と共に今を生きる同胞の未来を守るためだという強い意志が宿っていた。
それを果たすためなら、どんな汚名を被ろうとも、彼女の故郷を沈める結果になろうとも、彼女から恨まれることがあろうとも……必ず果たさなければならない、と。
ナチュラルのいない平和な世界を作る。
純粋ゆえに狂気に満ちた願いを果たすため、彼はユニウスセブンにて暗躍する。
そして……それは世界を揺るがす大事件を引き起こすこととなる。
次回から、再びミネルバ視点に戻ります。
アニメではphase 3“予兆の砲火”の途中からになります。