そして試合再開。笛が鳴ると、同時に尾刈斗選手思った通り、ボールを後ろに下げました。しかも私と真反対の右サイド。おまけに帝国の時のようにマークまでが付き、これでは奪いに行くこともできません。
そうやって私を抑えつつ時間を稼ぎ、キーパーさんの言っていた呪いの“準備”をするつもりなのでしょう。“準備”が整い【ゴーストロック】を発動させればそれだけで勝ち。私たちは何もできなくなるのですから、それは当然の選択です。
ならばその時を待ち構える必要はありません。
「予想通りです……! さあ皆さん、全員攻め上がっちゃって!」
「「「「おうッ!!」」」」
「な、なにッ!?」
守っていても【ゴーストロック】で容易く破られるなら、ディフェンスの皆さんが後方で守っている意味は皆無。オフェンスに関しても、今この場面で守備の意識は無用のものです。
ならばその分、全員が攻めればいい。試合開始と同時に全員で圧をかければ敵も自陣に押し込められ、狭い空間で混沌とした事態になるでしょう。人数的にもほとんど五分五分、私と豪炎寺さんにマークがつく分、実質有利ですらあります。
そんな状況の中では、“準備”などしている場合ではなくなるはずです。豪炎寺さんが目星をつけた“不自然な動き”はできませんし――“呪文”の方は対応できませんが、少なくとも【ゴーストロック】を使う余裕はありません。
代わりに中間以下が完全にガラ空きになってしまいますが、そこを突いてくるのなら、むしろこちらの思惑通り。
「
「クソッ……! みんな守れ! 攻め込むのは、奴ら全員を【ゴーストロック】にかけてからだ!
私はマークされて攻め込めませんが、しかしその分だけ後ろに意識を割くことができます。前方の混沌から誰か抜け出そうとするのなら、私がそれを刺せばいい。そうなれば【ダブルショット】で一点です。
そんな事態は避けたい尾刈斗キャプテンさん。チームメイトに指示を出し、守りつつ機を伺う態勢をとったようです。
「くっ……なんだよこいつら、呪いがなくても普通に
「こっちはほとんど全員で攻めてるってのに、全然崩れないぞ……!」
「それだけ必死ってことですよ! 全員で守ってるから、こんなに硬い……!」
「構わずどんどん攻めてけ!! 後ろは俺が守るから!!」
意思が統一され、がぜん固くなる彼らの守り。人数差的には私と豪炎寺さんのマークの分だけ劣っていますが、しかしキーパーとして一人後ろに残る円堂さんの応援があっても、徹底的な守りの構えは我がチームメイトたちの攻めの手をなかなか通してくれません。
ボールを奪うことはできても私や豪炎寺さんにはパスするには厳しく、私たちもどうにかマークを押し退け前に出ようとしますがしかし、その前に尾刈斗ディフェンスが再びボールを奪い去ってしまいます。
お互いに機を伺う膠着した戦いとなり、そしてお互い段々と焦れてきた、後半開始からしばらく経った時でした。
「オラッ!! いただきだぜ!!」
「くっ、しまった!」
染岡さんがボールを奪いました。瞬時に私と豪炎寺さんが動いてパスを受け取ろうとしますが、やはり尾刈斗のマークが厳しく手間取ってしまいます。
時間がかかってしまえば奪われるだけの繰り返し。故に、何度もその光景を見た染岡さんの眼が、その時一瞬、挑戦的な色を灯しました。そしてそれを後押しするように、
「……そうか!! 染岡!! シュートだ!!」
「ッ!! おうッ!!」
「ちょっと、円堂さん!? 染岡さんも!」
突然円堂さんの声が上がり、私が止める間もなく、染岡さんは鬱憤を晴らすかのように前へ突撃していきました。
尾刈斗選手が慌てて止めに来ますが、しかし膠着状態で鬱憤がたまっていたのは染岡さんだけではないらしく、皆さん示し合わせたように染岡さんのサポートに動き出しました。
ワンツーで追い抜いたりディフェンスに来る選手をブロックしたりと、見事な連携。しかし危惧した通り、点差と残り時間に焦る皆さんはそれに意識を取られすぎています。
つまりゴールに集中し、本来すべき選手への圧が薄くなってしまっているのです。
「【ドラゴンクラッシュ】!!」
「【ゆがむ空間】……!!」
案の定、染岡さんのシュートは止められて、結果何が起こるかといえば私の危惧した通り。
そして染岡さんたちも、遅れて自分たちの行為が悪手であったことに気付きました。
「ッ!! し、しまっ――」
「ようやく隙を見せたな雷門!! くらえ、【ゴーストロック】!!」
染岡さんへのサポートに集中してしまったせいで、敵ディフェンダーの一人をフリーにしてしまったのです。そうして与えてしまった
途端に再びの感覚、足が動かなくなってしまいます。そしてまたもその中を悠々攻め込んでいく尾刈斗選手たち。ようやくのチャンスであるからか若干浮足立っているようですが、しかしそれも当然でしょう。円堂さんの足ももちろん縛られて、もはや得点は確実なのですから。
「もうっ……! 膠着状態で埒が明かないって思っちゃうのはわかりますけど……!」
だったら下手に動けばこうなるということもわかってほしいものです。もとい、ものでした。
これで点差を2-4まで広げられれば、いくら私のシュートがあるとはいえ、時間的に逆転はかなり厳しくなってしまいます。絶望的と言ってもいいでしょう。故にそんな状況を招いてしまった染岡さんたちと、何より唆した円堂さんに対する憤りが漏れ出てしまいました。
「大丈夫だ、任せろベータ!!」
しかしなんとか身体だけで振り返った先で、当の円堂さんはそんな絶望など吹き飛ばすくらいの、堂々たる自信を示していました。
根拠などなくとも私にそれを信じさせる、彼の言葉。
「わかったんだよ、“呪い”の秘密が!!」
「秘密だと? 俺のシュートに手も足も出なかったお前程度にわかることなどあるものか! 【ファントムシュート】!!」
いくつもの影と共に蹴り出される必殺シュート。彼の言う通り動けない円堂さんでは決して止めらず、ゴールネットに突き刺さるのみであるはずのそれは、しかしシュートが放たれるのとほぼ同時。
「ゴロゴロゴロ――ドッカアアァァン!!!」
円堂さんが吐き出した擬音の大声の直後、彼が発動させた光の手に遮られました。
「【ゴッドハンド】ッ!!」
「な、なにぃッ!?」
ボールは円堂さんの手の中。止められた、というより動けない状況でどうやって必殺技をと、たぶん私含めて円堂さん以外の全員が思ったでしょう。しかしそこに思考を巡らせる前に、円堂さんからのロングパス。
「決めろ、ベータッ!!」
「ま、まずいッ!! ディフェンス!!」
しかし私の周囲にさっきまで私をマークしていた尾刈斗選手はいません。抑圧されて焦れていたのは、雷門だけでなく尾刈斗もだったという事。ボールが私の下まで届いてから、慌てて奪おうと向かってきますが――
「
オレを止めるには遅すぎだ。分裂して両足のキック力を得たボールが一つになり、味方の間を駆け抜けゴールへと猛進していく。
そして前回同様のロングシュートだが、今回の尾刈斗側にあるのは侮りではなく、ほぼ絶望。
「と、止めろ、鉈ッ!!」
「き、【キラーブレード】ッ!! ぐ……ぐわぁぁッッ!!」
敵キーパーはビビりつつ“力”のブレードでボールを切りつける新たな必殺技を繰り出したが、しかし当然その程度で俺のシュートが止められるはずもない。シュートはブレードを容易く粉砕し、そのままゴールを貫いたのだった。
「ふぅ……これで3-3、ひとまず命は繋がったって感じですね」
「やったなベータ。しかし……どうして動けるようになったんだ? 円堂も……思えば俺たちもだが」
「そういえば……なんでなんでしょう?」
一息ついて豪炎寺さんの労いと一緒に耳に聞こえたそのことに、私も遅れて気付きます。いつの間にか【ゴーストロック】で動かせなくされていた脚が動くようになっています。
間抜けな話ですが、円堂さんの大声の方に気を取られて、今の今まで意識していませんでした。たぶん豪炎寺さんたちや、ぞろぞろと私の得点を称えに集まってきた皆さんもそうでしょう。
……いえ、そういうことならつまり、“呪い”が掻き消された理由なんて円堂さん以外にないのでは。
「……あの大声か」
「ああ! 豪炎寺たちも尾刈斗監督の呪文を聞いただろ? あれと、あいつらのおかしな動きだってそうだ! あれは催眠術なんだよ! 俺たちの目と耳をごわんごわんにして、暗示をかけてたんだ!」
「さ、催眠術!? ……なるほど、確かにそう考えれば納得できるか……」
「準備っていうのも、俺たちに催眠術を掛けるための時間……。五円玉を目の前で振るみたいに、監督の呪文と選手の動きをしっかり聞かせて見せる必要があったわけか。なるほどな」
故に、円堂さんの大声というショック療法で解決できたというわけです。
皆さんも納得の様子。なにせ出くわした事象の須らくが説明のつかない、まるで魔法の如く不可解な現象であったわけですから、下手な理屈よりもよほど信憑性があります。理解するための私たちの頭の方が騙されていたわけです。
そして、
試合が再開し、キックオフの笛。試合時間は残りわずかで、同点の今、互いに譲れない状況ですが、しかし追加点で突き放すはずが逆に点を決められて、しかも“呪い”を破られた尾刈斗選手たちには動揺が広がっています。
それに対して、我が雷門の面々は今がこの試合一番の押せ押せ状態。
「ボールいただきでやんす!!」
「くっ……さ、させるかッ! 【おんりょう】!!」
闇の手のようなものが地面から飛び出し、いわば【プチゴーストロック】のように栗松さんの足に巻き付いて奪われたボールを奪い返そうとしますが、
「ぐぅっ……こんな催眠術なんか、負けないでやんすッ!! うわあああぁッッ!!」
「ぐ、ぐわぁッ!!」
円堂さんがしたように、栗松さんの大声によって振り払われてしまいます。
「呪いじゃないなら、俺たちももうビビったりしないでやんす! 宍戸ッ!!」
「ああ! これで俺たちのサッカーができる! 半田さん!!」
「米田と豪炎寺だけのチームだって言ったあの監督、見返してやる時だ!! 行け、染岡ッ!!」
そして水を得た魚のような生き生きととしたプレーでどんどんパスも繋がり、染岡さんまでボールが繋がりました。しかしそれをさらに私に繋ぐことは、さすがに不可能でしょう。同じ轍は踏まないと、半分トラウマになっているのだろう尾刈斗選手のマークがぴったりと私に付いてしまっています。
そして染岡さんの【ドラゴンクラッシュ】では敵キーパーは突破不可能。彼の【ゆがむ空間】が手の不思議な動きをトリガーにした催眠術だとしても、シュートをするにはゴールに狙いを付けなければならない以上、どうしたって視界に入ってしまうでしょう。
そうなれば、私のように催眠術の準備が整う前にいきなり遠距離からシュートを打てるない以上、豪炎寺さんであってもゴールを決めることは困難です。
それを豪炎寺さんに劣る染岡さんが蹴るのであれば、結果はなおのこと。それがわかり、しかし皆さんの意思が籠ったボールを託された染岡さんは、
「俺の……俺たちのサッカー……。今、俺ができること……!!」
大きく足を振り上げ、打ちました。
「【ドラゴンクラッシュ】!!」
ただしそれはシュートではなく、パスとして。
「ッ!! まさかッ!!」
「そうだ!! 染岡を……俺たち雷門というチームを舐めた、それがお前たちの敗因だ!! 【ファイアトルネード】ッ!!」
空中に打ち上げられた【ドラゴンクラッシュ】に【ファイアトルネード】が合体し、生じた赤く燃えるドラゴンのようなシュートが、敵キーパーの技を打ち破ってゴールネットを揺らしました。
と同時に試合終了のホイッスル。点数はギリギリで3-4。私たちの勝利が決まり、皆さんから「やったやった」と歓声が上がります。
そして円堂さんもゴールからすっ飛んできて、決勝打を決めた染岡さんと豪炎寺さんに、飛び掛かるみたいに抱き着きました。
「やったな染岡、豪炎寺! 二人の合体シュート、すげー威力だったぜ!」
「名前を付けるとすれば、さしずめ【ドラゴントルネード】。いやはやお見事でしたよ」
祝いの空気に便乗した目金さんが得意げに命名します。くっつけただけでちょっと安直です。
と私は思ったのですが男の子たちの感性的には満点だったようで、円堂さんや皆さん、当人である豪炎寺さんと染岡さんたちにも好評なようです。「それいいな」と決定してしまって、そして次いで、豪炎寺さんは染岡さんに「それにしても」と言いました。
「正直驚いたよ、染岡。まさかお前がぶっつけ本番で連携を思いつくとはな」
「ふん……別に。半田も言ってただろ、あのいけすかない監督の鼻を明かしてやりたかっただけだ。……豪炎寺なら、俺のシュートにもついてこれると思ったからな」
確かにあの合体シュート、【ドラゴントルネード】は、事前に練習したわけでもない即興の連携技。二人して成功させたことに関しては私もすごいとは思います。
がしかし、
「皆さん忘れてるみたいですけど、今回のって結構重要な試合だったんですよ? 即興の連携とか、いきなりそんなギャンブルみたいなことしちゃうんですから、私、心臓が止まっちゃうかと思いました」
勝てばフットボールフロンティア出場が叶いますが、負ければ今度こそ廃部。そんな条件であったはずです。
全て良い方向に転がったからいいものの、例えば【ドラゴントルネード】以外にも私の指示を忘れて危うく逆転不可能にまでなりかけた時とか、一歩間違えれば負けていたかもしれない場面はたくさんあります。
だから私はとてもじゃないですが、あんなスリリングな試合内容で喜んだりはできません。しかし口にしたため息は、勝利の喜びに沸く皆さんには全く逆の意味に聞こえたのかもしれません。
「重要……そうだ! これで俺たち、フットボールフロンティアに出場できるんだ!」
「ついに、念願のフットボールフロンティア出場でやんす! 壁山にも知らせないと!」
逆に皆さんの盛り上がりに薪をくべる結果となってしまいました。ベンチで未だ気絶したままの壁山さんを起こしにかかる皆さんを眺めつつ、ちょっとうらやましい気持ちになってしまいます。気楽でいいなぁ、と。
二度目のため息が出ました。が、その時、不意に視界に染岡さんが入り込んできました。
皆さんのように壁山さんの方へは行かず、しかし眼は壁山さんの方に向けられたまま。その状態で、しかし言葉は私へと向けられました。
「……豪炎寺にもお前にも、エースストライカーの座を譲ったわけじゃないからな」
「はい?」
いきなりなんですか、という間もなく、それだけ言い捨てて染岡さんは皆さんの方へ行ってしまいました。
そして入れ替わりに、秋さん。
「染岡くんも佳ちゃんのことを認めてくれた、ってことなのかな」
「……なるほど。けれどあれこれ言った手前それが恥ずかしかったと。……ふふ、相変わらずかわいい」
ちょっとは精神的に成長したかと思っていましたが、そんなこともなさそうです。揶揄い甲斐は変わらないようで一安心。
そうしているうちに壁山さんも目覚めて雷門の勝利を知ったようで、フットボールフロンティア出場の感慨にふける中、円堂さんが拳を突き上げ叫びます。
「よーし、みんな! フットボールフロンティアに乗り込むぞ!!」
「「「「おう!!」」」」
意気揚々と、皆さん声を上げて応えました。豪炎寺さんや隣の秋さん、音無さんも一緒になって拳を掲げています。となれば私一人があれこれ悩むのも馬鹿馬鹿しい話。彼らに倣って今は私もとにかく勝利を喜ぼうと、ちょっと遅れて円堂さんの音頭に応えたのでした。
そうして時間も過ぎ去り、夕暮れ。意気消沈の尾刈斗さんたちを見送ってグラウンドの片付けも終わらせて、フットボールフロンティア出場の件で発案の雷門さんに相談に行った秋さんと音無さんのマネージャー二人に先んじて、私は着替えに向かっていました。
用具入れで円堂さんたち男子陣と別れ、いつものように空き教室へ。その道中、校舎へ入ろうとしたその時に、ふと耳に声が届きます。
「――はい、はい。わかっています。土門 飛鳥くん……転入生ですね。わかっていますとも、ええ……」
(冬海先生……?)
校舎の陰で、先生が何やら電話越しにペコペコ頭を下げている姿を見つけました。
誰か偉い人と通話しているのでしょう。転入生、というからにはもしや近いうちに転校生でも来るのでしょうか。
「……もちろん、影山総帥のおっしゃる通りに……」
電話相手の、おそらく偉い人の名前まで聞こえてくる始末。とにかく大事な話なら邪魔するのは悪いですし、第一私は冬海先生に用事はありません。聞かなかったことにするべく聞こえた名前も脳みそから追い出して、そのまま静かに校舎へと入りました。
しかし上履きに履き替える途中、ふと記憶の隅に何か引っかかりました。
(あれ……? 土門 飛鳥……どこかで聞いたような気がしますけど……)
どこで聞いた名前でしたっけ。頭を捻ってもそれ以上は出ては来ず、仕方なく思い出すことを諦めて、私は空き教室目指して階段を上るのでした。
連続更新はこれにて終了。続きは書きだめができた後、ある程度まとめて投稿します。それまでお気に入り登録などしてお待ちください。
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