雷門中のベータちゃん! ~連載版~   作:もちごめさん

13 / 82
第十三話 新入部員、土門 飛鳥

「フットボールフロンティアの組み合わせ抽選会、行ってきてあげましたよ。初戦の相手は野生中です」

 

 

 と、滅多に部室には来ない冬海先生が、ミーティング中の私たちの前に現れるなりそう言いました。

 

 昨日の夜、フットボールフロンティアの開会式と予選の抽選会が行われたことは、もちろん私も把握しています。雷門さんは約束通りに参加の手続きをしてくれており、並ぶ参加校の校名の中に雷門中学の文字があったことも確認済み。名前とはいえ顧問兼監督である冬海先生は、学校の代表としてその抽選会に出席してくれていたのです。

 だから先生が私たちの最初の対戦相手を知っていることは不思議でも何でもないのですが、しかしそのことを、わざわざ自分の足で私たちの部室を訪れ報告した、というのは正直驚き。いつもの先生なら秋さんあたりにだけ伝えて後を任せるとか、つまり極力、サッカー部のためには動かない人だったのですが――

 

 ……もしかして、この間の尾刈斗戦での勝利を眼にして顧問兼監督である自覚とかやる気とか、先生に芽生えちゃったりしたんでしょうか。

 

 

「フットボールフロンティア……!! そうか、ようやく始まるんだ……っ!! それで冬海先生、野生中ってどんなチームなんですか!?」

 

「さあ? 知りたければあなたたちで勝手にやってください。……それと円堂くん、室内とはいえあまり大きな声で騒がないでください。他の先生方に変な眼で見られてしまうでしょう?」

 

 

 どうやら“もしかして”なんてことはなさそうです。自己保身第一な、いつも通りの冬海先生でした。

 しかしそんな冷たい態度も、念願かなってフットボールフロンティアを戦える、と最近ずっとハイテンションで目を輝かせている円堂さんは全く気にもしていません。情報ならば彼女だと、データ処理で既に皆さんの信頼を得ている音無さんへと、彼は質問の矛先を変えました。

 

 

「音無! お前のデータベースに野生中は――」

 

「もちろんありますよ! えーっと……大自然に鍛えられた身体能力と個人技の高さが特徴のチーム、らしいです。昨年は予選の決勝戦で、帝国学園に敗退しているみたいですね」

 

「だがその帝国は全国大会で優勝してる。そんな相手と戦えるレベルって考えると……へへっ、かなりの強敵だな。腕が鳴るぜ!」

 

 

 勝気にニヤリと笑う染岡さん。普通に考えれば初戦の相手としてはハズレもいいところですが、わかっているのかいないのか、彼にとってその情報は戦意向上の追い風となったようです。敵が強ければ強いほど、それを受けてこっちもより強く走れる、とかなんとか、そういう感じでしょう。

 まあ、我がチームの目標が大会の優勝である以上、染岡さんの感性の方が正しいのかもしれません。予選はトーナメント形式ですからどのみち強敵との戦いは避けられませんし、音無さんのパソコン画面、表示された組み合わせ表を覗き見るに、おそらく決勝の相手は帝国学園です。そこで勝たなければ本戦出場が叶わないのですから、私は皆さんの糧になるような強い相手との試合こそを歓迎すべきなのでしょう。

 

 

「とはいえ、さすがに強敵が過ぎちゃうと思うんですよねぇ。帝国戦の時みたいに、皆さんがボコボコにされちゃわないか、ちょっと心配」

 

 

 ただ単に叩きのめされてしまっては、得られるものはありません。

 そんな、煽り抜きの純粋な心配を口にしたつもりでした。が、染岡さんには純度百パーセントないつもの軽口に聞こえてしまったようです。勝気な笑みがいつもの仏頂面に戻ってしまい、忌々しげに鼻が鳴りました。

 

 

「毎回毎回、よくそんな減らず口が出てくるな……。だがいらねぇ心配だぜ。俺たちは強くなった! もう帝国に手も足も出なかったあのころとは違う! 円堂の【ゴッドハンド】、俺の【ドラゴンクラッシュ】に豪炎寺の【ファイアトルネード】と、合体技の【ドラゴントルネード】。それに……癪だが、ベータ、お前の【ダブルショット】もある! 相手は強いが帝国ほどじゃねぇんだろ? ならやれるさ、今の俺たちなら!」

 

「わたし的にはその自信がどこから湧いてくるのかって思っちゃうわけなんですけど……っていうか、染岡さん、あなたまで今、私のこと“ベータ”って――」

 

 

 呼んじゃってませんでした? と、眉を寄せて不愉快を露にしてやるはずだったのですが、しかしそんな私の“怒ってますポーズ”は、伝わる前に邪魔されてしまいました。

 それなりに重要なのに彼にはどうでもいいことと思われているようで、俯き加減に思索を巡らせていた一人、豪炎寺さんは、ふと顔を上げて元の話題への忠言を口にしました。

 

 

「いや……どうだろうな。野生中は簡単な相手じゃないぞ」

 

「豪炎寺、おまえもしかして、野生中のこと何か知ってるのか!?」

 

「ああ。以前戦ったことがあるが、奴らの身体能力、特に反射神経や瞬発力はかなりのものだ。染岡、少なくともお前が思っているよりはずっと高い」

 

「……へぇ。まさか豪炎寺、お前までベータみたいに俺たちが勝てないとでも思ってるのかよ」

 

「別に私、勝てないとまでは言ってないですけど」

 

 

 いえまあ冗談とはいえほとんど同等のことを言いはしましたが。

 しかし円堂さんと染岡さん、そして周囲の他の皆さんにも、豪炎寺さんが私と同じようなことを言ったのが意外だったようで、彼に集まる視線は凡そ困惑のそれ。そして視線を向けられた当人は、それに首を縦に振りました。

 

 

「勝てない……とは俺も言わない。だが今のままでは厳しい戦いになると思う」

 

「なんでだよ? 染岡の言う通り、こっちには必殺技だっていっぱいあるじゃないか!」

 

「だが今ある必殺技はずべて野生にも知られているだろう。俺の【ファイアトルネード】はもちろん、【ゴッドハンド】や【ダブルショット】は、俺たちが帝国に勝ったっていう情報と共に広く噂になっている」

 

「確かに……そうですね。先輩たちの必殺技、すごかったですし……それにあの帝国学園に勝ったっていうインパクト、ちょっとしたニュースになってるくらいですから」

 

 

 音無さんがパソコンの画面を見つめながら神妙なふうに頷きます。確かに、私や豪炎寺さんの活躍が有名になっていたからこそ、尾刈斗だって練習試合を申し込んできたのです。

 野生中に私たちの必殺技がバレている。故に警戒される、という理屈は理解できます。ですがしかし――

 

 

「なんだかもう、皆さん今日は色々と大げさですね。フットボールフロンティアが始まったからって、不安定にでもなっちゃってるのかしら」

 

「なに……?」

 

「染岡さんは自信を持ち過ぎ、そして豪炎寺さんは心配のし過ぎです。まるで私の【ダブルショット】が野生中に通用しないみたいな言い草ですけど、そんなことあるわけないじゃないですか。警戒されていようがいまいが、私のシュートが止められるはずないもん」

 

「ふん。ベータはどうか知らねぇが、俺の【ドラゴンクラッシュ】だってあるんだ。ビビり過ぎだぜ豪炎寺」

 

 

 その通り。慎重になるのはいいですが、しかし豪炎寺さんは悲観的過ぎます。

 

 染岡さんの【ドラゴンクラッシュ】はともかくとして、確かに私の能力や【ダブルショット】はまだまだかつての全盛期――遥か昔の幼子時代の話ですが――には程遠くはありますが、それでも戦うには十分。それは尾刈斗キーパーが【ダブルショット】を一度も止められていないことからして、客観的にも明らかです。しかも、豪炎寺さんの【ファイアトルネード】との合わせ技でしたが、私たちは帝国のゴールすら破っています。

 加えて――

 

 

「なんなら私、まだ皆さんにも見せてない必殺技が一つありますから。今ある必殺技が対策されるかもって思うなら、私、試合までにこっちを使えるように練習しちゃいましょうか?」

 

 

 【ダブルショット】に続く、私のもう一つの必殺技。もし豪炎寺さんが私の言葉を信用できないというのなら、それを使うのもいいでしょう。

 サラッと明かし、豪炎寺さんも含めて驚きの視線を受けた、その時でした。

 

 

「へえ、なにそれ初耳! どういう必殺技なんだ?」

 

「ドリブル技です。【ダブルショット】と同じように、こう、ボールに回転を――?」

 

 

 何気なしに答えかけて、その途中で気が付きました。背後からの質問の声は、思えば聞き覚えがありません。

 

 振り返ると、やっぱり見知らぬ男の子が部室の入り口からこっちを覗き込んでいました。しかも雷門サッカー部のユニフォームを着ています。

 一瞬遅れて、他の皆さんもその存在に気付いたようでした。

 

 

「おおっ! ドリブル必殺技――って、うん? 誰だ、お前?」

 

「転校生ですよ。円堂くん、君と同じ二年生です」

 

 

 代表して円堂さんが首をかしげると、その転校生さんの代わりに冬海先生が答えました。ため息交じりに続きます。

 

 

「サッカー部に入部希望だそうですよ? 全く、転入してすぐこんな弱小クラブに入りたがるなんて、おかしな子だと思いません?」

 

「まあまあ先生。……ってわけで、俺、土門 飛鳥。ピッチピチの転校生。一応ディフェンス希望ね、どうぞよろしく!」

 

「土門 飛鳥……?」

 

 

 人当たりのよさそうな笑みを作ったひょろっとした色黒の彼、土門さん。その名前を耳にした時、私の脳裏にふと何かが引っ掛かったような感じがありました。どこかで聞き覚えが……いえ、見た(・・)覚えがあるようなないような。

 私がそうやって記憶を探っているうちに、土門さんはその笑みを私たち全員から、秋さん一人へ向けました。

 

 

「秋も、久しぶり! またサッカーに関わってるんだな」

 

「うん……本当に久しぶりね、土門くん。びっくりしちゃったわ」

 

「おや、二人は知り合いだったのですか?」

 

「はい、昔、アメリカに――」

 

 

 と、土門さんと秋さんが顔見知りであったことが明かされて、その時、ようやく私は記憶の中で引っ掛かっていたものを見つけ出しました。

 

 

「ああ、そうでした! どこかで見た名前だと思ったら、土門さん、秋さんがアメリカにいた時のお友達ですよね?」

 

「え? あ、ああ、そうだけど……秋から聞いたのか?」

 

 

 いいえ、“見た”のです。子供時代に秋さんとやり取りしていた手紙の中に、彼の名前が度々登場していたのを。

 

 同じ頻度で出てくるお友達の名前が他に二人分あったのと、そして音でなく文字で知っていたために気付くのが遅れてしまいましたが、今はっきりと思い出しました。

 ですがどうやら土門さんには、私のような記憶の合致がまだ起きていない様子。秋さんや土門さんたちしか知らないような話を私が知っていることに、不思議そうな顔をしています。それを見かねてか、秋さんが言いました。

 

 

「土門くん、覚えてない? 日本にすごくサッカーの上手な友達がいるって話、したことあるでしょ?」

 

「そういえば……っ! も、もしかして、彼女が……?」

 

「うん。それがこの子、佳ちゃんよ」

 

「はい、米田 佳です。よろしくお願いしますね、土門さん」

 

「っあ、ああ……」

 

 

 にっこり微笑みかけました。そして土門さんも秋さんから聞いた私のことを思い出した様子です。

 しかし……どういう感情なのでしょうか。私を凝視して固まった土門さんは、ぎゅっと口を閉ざしてしまいました。驚きと一緒に、明らかに見える恐怖心。何に起因するかはさっぱりですが、とにかく私の存在を眼にした彼は何かに怯え、怖がっているようです。

 

 

(怖いって……私のことが?)

 

 

 いえ、そんなわけがないでしょう。だって何しろ初対面。怖がられる要素なんてないはずです。

 さっぱりわからないのでそのことは棚上げすることにして、私は土門さんの名前の気付きに関連して思い出したもう一つの話題を口に出しました。

 

 

「それにしても……なるほど。やっとすっきりしちゃいました。この前、冬海先生が電話で話してたのも、土門さんのことだったんですね」

 

「なっ……き、聞いていたのですか、あの電話を!?」

 

「え、ええ。土門さんの転入についてのお電話だったんですよね? ……ああ、大丈夫ですよ、聞こえちゃったのは土門さんの名前くらいで、個人情報とかは全く」

 

 

 やたらと焦った様子で冬海先生が詰め寄ってきますが、これもどうせ自己保身でしょう。そういう情報が自分経由で広まってしまったら処罰があるかも、なんて考えたに違いありません。

 なので早々に無視し、次いで土門さんと円堂さんへ。

 

 

「土門さん、確か……アメリカの少年リーグ、でしたっけ。そこで優勝しちゃったんでしたよね?」

 

「あ、ああ、まあ……一応……」

 

「少年リーグ!? 優勝!? マジで!? よくわからないけどすっげー!! そんな奴がウチに入ってくれてうれしいよ、土門!! フットボールフロンティア優勝目指して、一緒に頑張ろう!!」

 

 

 私の与えたエサに円堂さんが飛びついて、喜びのあまり土門さんの手を握ってぶんぶん振り回し始めました。ずっと怯えたような表情だった土門さんも面食らうほどの勢いで、彼は目を瞬かせてあっけに取られてしまったようです。

 しかしおかげで、彼は彼が登場する前の私たちの会話も思い出したようでした。

 

 

「でもさ……その、話、聞こえちゃってたんだけど、次の相手って野生中なんだろ? 俺も前の学校で戦ったことあるんだけど、豪炎寺さんと同意見。特に空中戦なんか帝国以上だからさ、だから……米田の【ダブルショット】とかも、たぶん上から抑え込まれちゃうんじゃないかな。いくら強力なシュートでも、打つ前に止められたら意味がないだろ?」

 

「ふぅん、あなたまでそう言っちゃいますか。……まあ確かに、野生のジャンプ力が本当にあなたたちが警戒するほどのものだったら、そうなることもあるかもしれませんね。でも――」

 

「だったらあれだ、ベータがドリブル技を使えるんだろ? 上から抑え込まれるなら、その前に抜いちまえばいいじゃねぇか」

 

「……言われちゃいましたけど、そうです。試合までに私がその必殺技を鍛え直せば、それでオッケーでしょ?」

 

 

 割って入ってきた染岡さんを押しやりつつ、頷きます。妨害があるというのなら、それを振り払ってフリーになってからシュートすればいいだけです。

 しかし豪炎寺さんは、それでも不満なようでした。

 

 

「どうだろうな。そううまくいくとは思えない。それよりももっと別な手段を……。そうだな、例えば――」

 

「新必殺技だ!! それも相手の高さを上回るシュート技!! そういうことだろ、豪炎寺!!」

 

 

 そこに土門さんの手を振り回したままの円堂さんが、テンションに任せて叫びました。

 狭い部室に反響して耳がキンキンするほどの大声でしたが、たじろぐ私たちなど気にもせず、彼は続けます。

 

 

「みんなで新必殺技を考えようぜ!! 【ファイアトルネード】や【ダブルショット】みたいなすげー必殺技をさ、俺たちが使えるようになったら超絶対楽しいって!!」

 

「た、確かに……! 俺もあんな必殺シュートを……!」

 

「ふふふ……打てたら、もっと目立てる……」

 

「おおお……! 想像したらがぜんやる気が出てきましたよ、キャプテン!」

 

 

 唆すと、皆さんあっさり円堂さんの提案に乗せられてしまったようでした。各々が必殺技を妄想し、そしてその中でも壁山さんが、おそらく前の尾刈斗戦で試合後すぐ気絶してしまったために碌な活躍ができなかったためか、汚名返上とばかりにやる気をみなぎらせていました。

 

 

「そうッスね!! 染岡さんに続いて、俺たちもどんどん強くならないとッス!!」

 

「おお、その意気だ壁山!! 新必殺技で、野生なんてぶっ飛ばしてやろうぜ!!」

 

 

 染岡さんにバシバシ背を叩かれていますが、しかし、です。

 皆さん、必殺技の開発を甘く見ている気がしてなりません。野生との戦いまでの期間は、少なくはありませんが決して多くもなく、一から新しい必殺技を完成させるには到底足りないと思うのです。

 それどころか、間に合わない必殺技の開発にかまけて基礎練習がおろそかにならないか、ということも心配。まだまだ皆さんの身体能力は鍛錬不足で発展途上ですし、しかも野生はその身体能力が高いというチームです。

 

 という懸念は数々あれど、やる気に満ち溢れてしまった皆さんはもう私には止められそうにありません。

 ため息を吐くと同時に、円堂さんが拳を突き上げ、

 

 

「よーし! みんな、新しい必殺技で空を制するんだ!! 早速練習するぞ!!」

 

 

 そして皆さん威勢良く、部室を飛び出していきました。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。