雷門中のベータちゃん! ~連載版~   作:もちごめさん

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第十四話 イナズマイレブンの秘伝書

「【キラースライド】ッ!」

 

「きゃっ! ……ああ、またやられちゃいました。すごいですねぇ土門さん、その必殺技」

 

「ああ……まあな」

 

 

 円堂さんの提案から数日、今日の私たちはいつも通りに河川敷にて練習をしていました。その中でも私と土門さんは一対一の対決のような特訓の最中。その目的は、もちろん私のドリブル技の錆び落としのためです。

 正直、なかなかに苦戦しています。【ダブルショット】以上に長らく使うことがなく、そして使う機会も少なかったために錆びつきも酷く、故に荒療治的に土門さんに協力してもらっているわけですが――彼が以前の学校で覚えたというディフェンスの必殺技、【キラースライド】なる怒涛のスライディングタックルと対決を続けることはや数日、その戦績は凡そ三対七で、未だ私の負け越し状態。土門さんのディフェンス能力が高いということもありますが、試合までにものにできるか、若干心配になってくるくらいの歩みの遅さでした。

 

 

「……ふぅ」

 

 

 がしかし、他の皆さんよりはマシでしょう。身を起こしながら周囲を見渡し、息を吐きました。

 

 “新必殺技”の開発に躍起になって特訓を続けている皆さんは、やはり私の思った通り、未だ必殺技の『ひ』の字にすら到達していないようです。宍戸さんはもじゃもじゃ頭の中にボールを隠そうとしてぽろぽろ零してばっかりですし、やる気のあった壁山さんに至ってはその場でくるくる回るだけ。少林さんと栗松さんに唯一希望が――ゴマ粒くらいの大きさですが――見えるくらいで、他はもう全くと言っていい有様です。

 

 

「あの様子じゃ、必殺技が完成する前に大会が終わっちゃいそうです」

 

「まあ……仕方ないさ。それだけ必殺技を作るっていうのは難しいんだろうし……。俺の【キラースライド】も……その、前の学校で伝統的に伝わってた技を教えてもらったってだけだしさ」

 

「うーん……そうですね。“一から”となると、そうなのかも」

 

 

 土門さんに口で応じつつ、しかしあまり実感がありません。遥か昔過ぎて正直記憶がおぼろげですが、私の場合は【ダブルショット】の習得にそこまで苦労した覚えがないのです。

 ふと思いつき、ふとやったらできた、みたいな感じだったでしょうか。とにかく、そのせいで土門さんのように皆さんに同情することはできませんでした。

 

 ……というか、その土門さん。初対面の日からずっとですが、今日もやっぱり私に対する態度がよそよそしいです。なんでそうなのかは相変わらずわかりませんが、もうそろそろいい加減にしてほしいものです。

 しかし彼が私の何かを怖がっているのなら、私の口からそれを指摘するのは逆効果でしょう。故に今日も私は何も言えず、代わりにできるだけ穏やかな笑みのまま、彼との間の話を続けました。

 

 

「でも土門さん、アメリカにいた時に必殺技とかは覚えなかったんですか? リーグ優勝したのに」

 

「あれは……その、俺じゃなくて一之瀬の奴がすごかったんだよ……」

 

「一之瀬……ええと、一之瀬 一哉さんでしたっけ。秋さんのお友達、三人いたんでしたよね。その一人で、確か“フィールドの魔術師”なんて呼ばれていたとかなんとか」

 

「……ああ、すごい奴だったよ。……俺なんかより、ずっと」

 

「へぇ、すごいんですね。なんなら彼ともう一人もうちのチームに来てくれたら、色々楽しそうなんですけど……。一之瀬さん、今どこにいらっしゃるんです?」

 

「あいつ、は……」

 

 

 なんとなしに気になっただけでした。異名が付くくらいには有名であるはずなのにこっちでは話を聞かないので、未だアメリカにいるんでしょうかと、そう思ったのですが、口にした瞬間、ただでさえ暗かった土門さんの顔色がますます暗くなってしまいました。

 聞いてはいけないことを聞いてしまったようです。あるいは一之瀬さん自体がいわゆる地雷だったのか。となればもう迂闊に動けず、私も土門さんも気まずさを感じながら黙り込むしかなくなった時でした。

 

 

「亡くなったの、一之瀬くんは」

 

「秋……」

 

 

 いつの間にやら私たちの近くまで来ていた秋さんが、静かにそう言いました。

 皆さんの特訓の記録を付けていたんでしょう。ボードを手にした彼女ですが、しかしその表情は土門さんと同様に沈んだ様子。しかしそれも無理からぬことです。

 

 

「少年リーグ優勝からしばらく経った頃に、道に飛び出した子犬を助けようとして……それで……」

 

「……そうなんですか」

 

 

 その、死という悲惨な出来事は彼女から送られてくる手紙には書かれていませんでした。しかし思い返せば突然手紙の内容に元気がなくなった時期があったように思います。

 ちょうど私もサッカーをやめた頃だったのでそのせいかと思っていたのですが、納得です。友人の死を文字になんて書きたくはなかったでしょう。

 

 ますます気まずくなってしまいましたが、しかしそれを破ったのもまた秋さんでした。悲しみは残れど、すでに振り切ったことだったのでしょう。彼女は土門さんへ、優しげな笑みを浮かべました。

 

 

「だから、土門くんがサッカーを続けてくれてたって知った時、私、ちょっと嬉しかったの。一之瀬くんのサッカーは忘れられてないんだって」

 

「忘れるわけないさ。そう……あいつのサッカーをなかったことにするなんて、そんなの……」

 

 

 その時、土門さんは一際険しい顔になりました。が、それはすぐに呑み下したようで、彼は大きく息を吐き出しました。

 

 

「っていうか、秋の方こそだよ。サッカーにまた関わってるの、やっぱり円堂がいたからなのか?」

 

「うーん……そうかも。彼、すごく楽しそうにサッカーするから。マネージャーとして支えてあげたいって思えたのかな」

 

「確かに、わかる気がする。円堂のあの感じ、一之瀬を見てるみたいだ」

 

「………」

 

 

 言葉なく微笑む秋さん。彼女らの思い出の中にはもちろん私は立ち入れませんが、しかしそうまで想われる一之瀬さんはきっととてもいい人だったのでしょう。円堂さんと似ているというのがいささか気になるところではありますが。

 と思いきや、土門さんの眼が今度は私の方を向きます。

 

 

「でも似てる似てないを言うなら、米田の方が一之瀬っぽいかな」

 

「え、私ですか?」

 

 

 一之瀬さんについての知識がわずかしかない私には、同意も否定もできません。眉を寄せる私に、私に関する恐怖心もまとめて呑み込むことに成功したらしい土門さんは、わざとらしいくらいの笑顔になりました。

 

 

「だってディフェンスもドリブルもシュートも、全部一人でできちまうだろ? 一之瀬も同じくらい万能で、だからこそ“フィールドの魔術師”って呼ばれてたわけだからさ。……まあ、シュート力に関しては米田の方が上かもね。なんてったって豪炎寺クラスなんだもん」

 

「ドリブルとシュートはともかく、ディフェンスに関しては別に得意なわけじゃないですよ? 帝国戦のあの時だって、数合わせの助っ人扱いだったからですし……っていうか、もしかして土門さん、帝国戦のことも知ってるんですか?」

 

「ああ、そりゃまあ……。音無も言ってたろ? 有名な話だからさ……。でも、そんな有名なやつがまさか秋の話でよく聞いた“佳ちゃん”だったとはなぁ、すっごい驚きだよ。あれだけ強いんだから、そりゃあスパ――っ!!」

 

「……? 土門さん?」

 

 

 せっかく饒舌だったのに、突然止まってしまいました。見る見るうちに土気色、顔色が初対面の時以上に悪くなっていきます。

 何が怖いのか、もう本当に訳がわかりませんが、幸いにもすぐに土門さんは再起動しました。

 

 

「ああっ、その……あっ! そ、そういえば、その円堂の奴はどこに行っちまったんだろうな!? 豪炎寺に風丸も、なんか探してるみたいなこと言ってた気がするんだけど!」

 

「……そういえばそうですね。練習を放り出しちゃってまで、何を探してるんでしょう」

 

 

 再起動したものの、それは痛々しいくらいの必死な空元気でした。それを咎めるのはあまりにかわいそうです。見ないふりをして乗っかります。

 それに実際、土門さんが口にした疑問は私も気になります。辺りを見回し今気づきましたが、確かに円堂さんと豪炎寺さんと風丸さん、三人の姿がフィールドにはありません。

 

 

「あ、そうそう。えっとね、そのことなんだけど――」

 

 

 と、何やら知っているらしい秋さんが言いかけた、その時でした。

 

 

「みんなー!! イナズマイレブンの秘伝書だぞー!!」

 

 

 河川敷に響き渡る、円堂さんの声。嬉しさのあまりボリュームを絞り忘れたような大声に、私を含めて皆さん全員がそっちの方を振り向きました。

 土手の上です。何か小汚いノートのようなものを、円堂さんが掲げています。元気いっぱいな彼と違って豪炎寺さんと風丸さんは疲れ切った様子で荒い息を吐いていますが、しかしとにかく、三人の探し物はそのノートであったようです。

 ……どうしてあんな小汚いノートをわざわざ探していたんでしょう。

 

 

「“イナズマイレブン”? “秘伝書”? なんですか、それ?」

 

 

 ノートそのものだけでなく、単語のいずれにも全く心当たりがありません。全くもって詳細不明です。

 

 円堂さんたちは一段飛ばしで階段を駆け下りて、最後は飛び下り着地すると同時、ノートを再び掲げ、私たちへと繰り返しました。

 

 

「だから、イナズマイレブンの秘伝書だって!! 風丸たちと手分けして、やっと見つけたんだ!! 見ろよほら、イナズマイレブンが使ってた必殺技が載ってるんだ!!」

 

「ああ、なるほど必殺技……。で、“イナズマイレブン”って?」

 

「四十年前に雷門中に存在した伝説のサッカーチーム、だそうだ。用務員の古株さんが言っていた話だが」

 

「円堂のじいさんがその監督だったんだってさ。で、その時に使ってた必殺技をそのノートに残したらしい。……これがあれば新必殺技の件、解決できるんじゃないか?」

 

 

 角が削れて丸くなったノートの表紙を、突き出すように見せつけてくる円堂さん。大興奮のあまりに若干要領を得ない彼に、豪炎寺さんと風丸さんがそう付け加えます。

 

 二人の言葉のおかげで、どうして練習を放り出してまで探しに行ったのかという疑問も氷解しました。秘伝書、つまり土門さんの【キラースライド】がそうだったように完成形がお手本としてあるのなら、一から考えるよりも習得は容易いでしょう。

 そしてそれが、本当に四十年前とはいえ伝説と言われていたサッカーチームの技であるのなら、実用性の面でもいくらか安心できます。

 

 しかし……そう、四十年前の骨董品です。

 

 

「そんなもの、よく見付けられましたね」

 

 

 そしてよく無事に保管されていたものです。感心しつつ呟いた、その時でした。

 

 

「理事長室の金庫にしまわれていたのよ。四十年間、ずっとね」

 

 

 聞き覚えのある声。そしてまたも土手上です。黒いリムジンのような車から、雷門さんが降りてきていました。

 

 同時に察します。円堂さんは彼女の助けを借りて秘伝書を見つけ出したのでしょう。曰く理事長室の金庫に仕舞われていたのなら、ただの一生徒でしかない円堂さんがそれを持ち出せるはずがありません。

 そしてそれだけ厳重に保管されていたから、四十年経っても秘伝書のノートはボロボロにならずに済んだのでしょう。とすればそんな重要な金庫をどうして雷門さんが開けてあげる気になったのか、新たな疑問が湧いてきます。

 

 

「雷門さん……私達サッカー部のこと、気に入らないんじゃなかったの?」

 

「廃部にすると言ったことを言っているのなら、私は生徒会の仕事に私情を持ち込んだりはしていません。結果を出さない部に相応の待遇を与えようとしただけよ」

 

「だからこれ(秘伝書)は今のサッカー部に対する相応の待遇、ってことですか。フットボールフロンティアへの参加、許可しちゃいましたものねぇ」

 

「……そうだけど、何よその含みのある言い方は。文句でもあるの?」

 

「いえいえ。いかにも“サッカーなんてくだらない玉蹴り”みたいに思ってそうだったのに、変わりようがちょっと面白かっただけです。興味が湧いたなら、音無さんみたいに雷門さんもウチのマネージャーになっちゃいます?」

 

 

 訝しげな秋さんに雷門さんが返したお堅い返答は、やはり私の思った通り、本心ではなく外向けの建前だったようです。煽るように言ってやると、高飛車な感じだった彼女の表情がたちまちムッとなりました。

 

 

「別にそこまで心変わりはしてないわよ。まあ少し……本当に少し、あなたたちの熱意に興味が出たのは事実だけど、けどマネージャーなんてお断りよ。あんな臭い部室になんていられないわ」

 

「男の子でいっぱいの部室のにおいを覚えちゃってるんですか? ……なんだか変態さんみたいですねぇ」

 

「ちょっと!? 汗臭いって意味よ!?」

 

「でもしょうがないんですよ、シャワー室どころか更衣室もありませんし。問題だと思うなら雷門さん、理事長さんの権力で用立ててくれちゃいません? せめて女子更衣室、欲しいんですけど」

 

「もう……嫌いよあなた。……わかりました。検討しておきます」

 

「わあ、ほんとですか? なんでも言ってみるものですねぇ」

 

「あくまで検討するだけですからね! ……それより、今は秘伝書の方が重要なんじゃなくって? 理事長室に忍び込んで金庫をこじ開けようとするくらい、必要なものなんでしょう?」

 

 

 ねえ円堂くん、と雷門さんの眼が、嬉々として皆さんに秘伝書のノートを見せつけていた円堂さんへと向きました。

 私の嗜虐心で赤くなったままの顔は微妙に格好がついていませんが、それでもその言葉が意味することは、秋さんを慌てさせるには十分な大事です。

 

 

「り、理事長室に忍び込んで、金庫を……!? 円堂くん、またそんな危ないことしたの!?」

 

「えっ!? あ、いや……だって、イナズマイレブンの秘伝書だし……」

 

 

 私をサッカー部に勧誘しに来た時のように、我慢ができなかったと。

 しかしあの時とは事の程度が天と地です。

 

 

「ようやく学校にも認められて、部もにぎわってきたところなのに……問題になったら今度こそ廃部になっちゃうかもしれないんだよ!? 円堂くん、もうちょっと部長としての自覚を持って!」

 

「わ、悪かったよ……。でもほら、大丈夫だったろ? 雷門も『今回は見なかったことにしてあげる』って――」

 

「一応言っておくけれど、次はないっていう意味ですからね。……それにさっきも言ったけれど、大会に出場するあなたたちは学校の名誉を背負っているの。試合に勝つために必要だとはいえ、今後はこんなくだらない問題を起こさないでほしいわね」

 

 

 女子二人を前に他の皆さんも円堂さんを庇う言葉がないようで、諸々合わさりがっくり肩を落とす円堂さん。一定の反省を見せた彼は、しかし顔を引きつらせつつもなんとか笑顔を捻り出して言いました。

 

 

「そ、それよりもさ! 雷門の言う通り、今は秘伝書だよ! 今の俺たちに必要な、高さを生かした必殺シュート、バッチリ書いてあったんだ!」

 

「お、おう、そうだな。みんなの新必殺技も完成の兆しはねぇし、即戦力になる必殺技は必要だ。で、どこのページだ? 早く見せろよ」

 

「ちょっと待てよ……あった、これだ!」

 

 

 円堂さん同様若干空気に呑まれている染岡さんに急かされて、円堂さんはお目当てのページを見えやすいように広げて見せます。

 私も皆さんも、そのページに眼をやりました。そして同時に、同様の感想を持ちました。

 

 

「……なんでやんすか? この……」

 

「子供の落書きみたいな……」

 

「暗号かな……?」

 

「……いや、恐ろしく汚い字だ。前に円堂が持ってた特訓ノートもそうだったけど、円堂のじいさんは……まあ、国語の成績があんまりだったみたいなんだよ」

 

 

 読めません。解読不能な酷い文字――いえ、もはや文字とも思えない落書きだけが、そのページには描かれていました。

 風丸さん曰く日本語ではあるようですが、ここまでの悪筆であれば同じこと。誰にも読めないのであれば暗号と変わりません。

 

 

「だが円堂はそのじいさんのノートを読んで特訓し、【ゴッドハンド】を習得した。だから円堂だけはその文字が読める。そうなんだろう?」

 

「ああ。最初は何書いてあるのかわからなかったけど、少しずつ読めるようになったんだ。……じゃあ、読むぞ」

 

 

 と思いきや、どうやら円堂さんは読める様子。ならば安心と皆さん方をなでおろし、円堂さんの解読を待ちます。

 待ちますが、しかし私はもちろん皆さんも、まさかお笑いの天丼みたいなことが来るとは思ってもいませんでした。

 

 

「……『一人がビョーンと飛ぶ、もう一人がその上でバーンとなって、クルッとなってズバーン。これぞ【イナズマ落とし】の極意』、だ……!」

 

「……えっ?」

 

 

 それが、秘伝書の内容?

 一瞬訳がわかりませんでした。というか落ち着いても訳がわかりません。『びょーん』とか『ばーん』とか、それはほんとに日本語なんでしょうか。

 いえ日本語です。いわゆるオノマトペです。しかし大部分がそれで構成された文章は日本語には全く聞こえず……いえでもしかし日本語ではあるわけで……ああもう、とにかく意味不明です。

 

 

「ええっとつまり……どういう意味なんですか、それ」

 

「わからない!」

 

 

 頼みの綱の円堂さんまでもがそう言い切り、皆さんガクッと力が抜けてしまったようです。無理もありません。だってあまりに間抜けです。

 

 

「け、結局は暗号だってことですか!?」

 

「読めても意味がわからないんじゃ意味ないッス……」

 

「ていうかそれ、【イナズマ落とし】だっけ、ほんとに極意なんて書いてあるのか? 円堂、必死に探す意味あったのかよ」

 

「意味はある! サッカー一筋の人だったじいちゃんが、サッカーのことで嘘なんて書くはずがないんだ! この秘伝書には絶対【イナズマ落とし】の極意が記されてる!」

 

「うーん……ほんとにそうでやんすかねぇ……」

 

 

 自分のおじいさんが書いたものであるからでしょう。皆さんが肩を落とす中、円堂さんだけは諦めていません。しかし身内ゆえの信頼は中々他人を動かすには至らず、皆さんやはり及び腰です。

 しかし円堂さんの他にもう一人、雷門さんが言いました。

 

 

「書いてあることは別にして、その秘伝書とやらただの落書き帳でないことは確かよ。でないと金庫に入れておいたりはしないもの」

 

「それは……そうかもしれないけど……」

 

「要するに、暗号みたいなものなんでしょう? なら読み解けばいいんじゃなくって? 謎の言語でないだけ簡単よ」

 

「読み解くって……例えばどうやってです?」

 

「そうね……【イナズマ落とし】とやらは、高さを生かしたシュート技なんでしょう? なら最初の『ビョーンと飛ぶ』とかは、高くにジャンプする、みたいな意味じゃないかしら」

 

「確かに、そうかも……。ヒントがないわけじゃないのよね!」

 

 

 示された解き方。秋さんがぐっと拳にやる気を握り、そして他の皆さんも「おおっ」と眼の色を変えました。

 

 

「じゃあ最後の『ズバーン』はシュートのことか? その前の『クルッと』は……」

 

「回転ってことですかね。【ファイアトルネード】みたいにクルクルッと……」

 

「いやいや、『クルッと』でしょ? どっちかっていうと【ダブルショット】の方が近いんじゃない? オーバーヘッドキックとか」

 

「なら『その上でバーン』は、オーバーヘッドのための前動作……? 『もう一人』って言うからには二人技なんだろうし……ううん……」

 

 

 一斉に相談が始まりました。兆しが見えたことで一気にその気になったのでしょう。意味不明なのだから仕方がないと一度は諦めた皆さんですが、しかしその本心はやはり、せっかくの必殺技を諦めたくはないのです。

 

 そうして皆さん唸りながら頭を捻り、時に相談し、ゆっくりとですが解読が進みます。そうしてしばらく経った頃、とうとう豪炎寺さんが、一つの解にたどり着きました。

 

 

「『高さ』……『もう一人』……そうか、わかったぞ! つまり、こういうことじゃないかな」

 

 

 と、ハッと顔を上げた豪炎寺さんは、皆さんの視線が集まる中、ホワイトボードにペンを走らせます。

 

 

「一人が飛び、もう一人がそれを足場により高くジャンプする。そして超高度から、叩き落とすようにオーバーヘッドキック。……どうだ?」

 

「豪炎寺……そうだよ、きっとそうに違いない!!」

 

「まさに【イナズマ落とし】って感じです! 間違いないですよ!」

 

 

 キュッキュと鳴らして書いた絵図はどうやら好評なようでした。皆さんが頑張って考え込む間、一人だけボールを蹴るわけにもいかず暇だったので、そっちの面でも一安心です。

 

 そんな喜ぶ皆さんを認めてから、私は言いました。

 

 

「解読は終わりですね。じゃ、早く練習に戻りましょ。土門さんお借りしてもいいですよね」

 

 

 ドリブル技の練習の続きです。野生戦までに完成させるためには一日だって無駄にできない――と、そこまで切羽詰まっているわけでもありませんが、どのみちディフェンダー且つ入部したての土門さんが新必殺技に関わることはないでしょうし、私も、皆さんが湧くそれとは関係がありません。

 新必殺技はそもそも、私たちの既存の必殺技が野生に対策されているかもしれないから必要であるのです。新しい手札を求めてのことであるのでドリブル技を練習する私がわざわざもう一つの必殺技を覚える必要はありませんし、きっと豪炎寺さんあたりが適当でしょう。

 

 そう、私は思い込んでいたのでした。しかし私のそれがいかにまっとうな理屈だろうと、キャプテンたる円堂さんは“まっとうな理屈”なんてものを指針にして物事を判断するような人ではありません。私はそれを忘れていたのです。

 

 

「そう焦るなよ。【イナズマ落とし】は二人の連携シュートなんだからさ、まずはもう一人、ベータの土台になる奴を決めないと」

 

「……え、私の……? 待ってください。まさか【イナズマ落とし】、私にやらせるつもりだったりしちゃいます?」

 

「うん? そうだけど、嫌なのか?」

 

 

 嫌に決まってます。なんで私が、よりにもよって誰かとの連携シュートなんて覚えなくちゃならないんですか。

 

 思ってもみなかった展開で、自覚した途端に私の理屈も剥がれました。つまりこっちが私の本音。豪炎寺さんあたりが覚えた方が戦略的に有効だとか、そんなことよりも何よりも、私は誰かとの連携が必要なシュートなんて全くやる気がしないのです。

 

 だって私より弱い人(誰か)に合わせて打つシュートが、私の全力である【ダブルショット】よりも強いものになる道理がありません。

 

 時間の無駄になるだけです。が、それを言えばきっと、いえ間違いなく皆さんに私への悪感情を抱かせることになるでしょう。それは私にとって好ましいことではありません。故に、驚き反発心を抱きつつも何も言えず、その間に円堂さんが思案顔で言いました。

 

 

「悩んだんだけど、俺、やっぱりベータが【イナズマ落とし】を使えるようになるのが一番いいと思うんだ。だってオーバーヘッドキックが一番得意なのは【ダブルショット】を使うベータだろ? だったら【イナズマ落とし】を一番うまく使えるのだってベータじゃないか!」

 

「俺も同感だ。それに試合の日はそう遠くない。期限からしても、素質があるベータがやるべきだ」

 

「そう……だな。悔しいけどその通りだ。新必殺技の開発も満足にできなかった俺たちじゃ、そもそも残りの時間で習得できるかも怪しいし」

 

「……ですね。俺もやっぱり米田先輩の方がいいと思います。【ダブルショット】があれだけ強力なんだから、【イナズマ落とし】もきっとすごいシュートにできますよ!」

 

 

 なんて、円堂さんに続いて豪炎寺さんや半田さんにも建前は否定され、挙句宍戸さんから向けられる期待の眼。特訓が始まった日には自身が新必殺技を使う様を夢想して皆さん目をキラキラさせていたと記憶していますが、今現在、周囲を見回すにたぶん全員が考えを改めてしまったようです。染岡さんでさえ、その口から反対意見は出てきていません。

 私も反論の言葉を口にするわけにもいかず、であればもはや流れは止めようがありません。言葉にはできずとも私の顔には嫌そうな表情が出てしまっていたのか、円堂さんはさらに私へと続けます。

 

 

「それに……そうだ! 同じオーバーヘッドキックのシュートなんだから、【イナズマ落とし】を特訓すれば【ダブルショット】の強化にもなるんじゃないか!? ……いっちょういっせき? だろ!?」

 

「一朝一夕って、円堂くん……」

 

「それを言うなら一石二鳥でしょう。……図らずも、秘伝書の著者との血のつながりが証明されたわね」

 

「とにかく……一人ですごい威力のシュートが打てるんだから、協力すればもっとすごいシュートになる! それを糧にさらにすごいシュートに進化させれば、連携シュートももっともっとすごいシュートに進化するじゃないか!」

 

「その理屈がおかしいのは俺でもわかるぞ。円堂、秘伝書の解読で頭使い過ぎてオーバーヒートしちまったか?」

 

「い、いやそんなことは……」

 

「だが、言いたいことは俺たち皆同じだ。ベータ、尾刈斗の試合でも言ったが、お前がみんなを試合に勝たせるためにサッカーをするというのなら、まずお前自身が勝つために――」

 

「ああもう、お説教はもう十分です!」

 

 

 と、円堂さんに続いて染岡さんと、果てには豪炎寺さんのお小言まで始まりそうとなれば、さすがに私も意地を張るのは限界です。どのみち本音が言えない以上、どっちつかずな態度しか取れないのですから逃げられません。

 盛大にため息を吐いてから、私は皆さんに頷いてみせました。

 

 

「……わかりました。【イナズマ落とし】、やります。これでいいんでしょ」

 

「そうこなくっちゃ! 後はもう一人、土台になる奴だけど……やっぱり壁山だな!」

 

「えっ!? お、俺ッスか!?」

 

 

 観念した私に笑みを作る円堂さん。その彼に踏み台役に抜擢された壁山さんはまさか自分がと驚いたようですが、しかし普通に考えて彼以外に適任はいないでしょう。身体が大きくないと土台になんてなれませんし、実質一択です。

 そして当の壁山さんも、周りからの眼と元からあった新必殺技へのモチベーションもあって、すぐに覚悟を決めたようでした。

 

 

「……わかったッス! 俺、頑張るッス! 今度こそみんなの役に立ってみせるッス!」

 

「よし、その意気だ壁山! じゃあ早速、【イナズマ落とし】の特訓を始めるぞ!」

 

 

 そしてそんな円堂さんの声を皮切りに、ようやく練習が始まりました。

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