【イナズマ落とし】は、とにかく超高度からオーバーヘッドキックでシュートを放つ必殺技です。まず第一に普段以上の高所に慣れなければいけないわけで、そのための特訓として、私は空が赤く染まるまで、二人一組で組んだ腕の足場に高く放り投げられ続ける羽目になりました。
最初はもちろん、失敗ばかりでした。足ではなくお尻で着地してしまった回数はもはや数える気にもなれないほどでしたが、しかしその甲斐あって今は大分、失敗も減りました。お尻の痛みも随分引いて、そしてちょうど十回連続、私は着地を成功させることができるまでになったのです。
「――ふっ……と。今度のはどうでした? 染岡さん、風丸さん」
「ああ、高さも蹴りも着地も、全部完璧だ。さすがだな、米田。まさかその日のうちにここまでの完成度にできるとは」
「できて当然だろ、何のためにベータが抜擢されたと思ってんだ。むしろ
染岡さんが私に踏まれ続けて赤くなってしまった腕にしかめっ面をしますが、出る文句もそれまで。風丸さんが認めるように、結果はしっかりと出ています。
確かにまあ、少し時間がかかり過ぎたとは私も思わなくはないですが……致し方のないことでしょう。だって二人で放つ連携技、元より私のモチベーションは低いのです。
そして一方、その片割れたる壁山さん
「ふぐっ! ふんっ! ふぬぅ……っ! だはぁっ……!」
どしんどしんと、さっきから飛び跳ねては墜落してを繰り返している彼の特訓の目的は私の足場になるためのジャンプ力の強化なのですが、その進捗は私以上によろしくなさそうです。高さが、特訓を始めてから今まででほとんど変化していません。
というかむしろ、記録は下がってしまっているようでした。
「ううーん……壁山くん、頑張ってはいるんだけど……」
「ジャンプ力を付けるどころか、段々落ちてきちゃってますね。疲れてきたせいなんでしょうけど……」
「う、うう……め、面目ないッス……」
手元のボードを覗き込んで難しい顔をする秋さんと音無さん。実際の記録として評価を下された壁山さんは、大の字に倒れ伏してしゅんとなってしまいます。その身体に重りとして巻き付けた、どこから持ってきたのかわからない古タイヤのせいでちょっと間抜けです。
挙句、弾んで転がるせいで視界も動き、私の眼差しを見てしまった彼は、途端に気まずそうに逸らされてしまいました。
秋さんたちの記録ボードを見るまでもなく、彼と私の進捗の差は明らかです。当初こそ大役を仰せつかってやる気に満ち溢れていた彼ですが、特訓の辛さに加えてその大きな差を眼にし、さすがに心がくじけ気味なってきたのでしょう。ますます巨体を縮こまらせて、もごもごとボヤき出してしまいました。
「米田さんはあんなにあっさり上達したのに、俺は……。【イナズマ落とし】の相方、ほんとに俺でいいんでしょうか……」
「最初にもう結論出ただろ。お前とベータのタッグ、これが一番だっての」
「う……でも……」
「そうだぞ壁山。そんなに弱気になるなよ」
腕の土汚れをめんどくさそうに払う染岡さんに続いて、円堂さんが励ましの手と言葉を壁山さんに差し出しました。そんな、倒れた巨体を引っ張り起こす彼の身体には、壁山さんと同じくタイヤの重りが付いています。
ジャンプ力を付ける特訓を、『キーパーとしてもジャンプ力は必要だ』と共に行っていた彼ですから、その言葉は染岡さんとは違って嫌味なく染みたのでしょう。続く発破にも、壁山さんは光の戻った眼でしっかりと頷きました。
「ベータと違って壁山はディフェンダーなんだ。慣れないことをしようとすれば時間がかかるのはしょうがない! ゆっくりじっくり、時間をかけて一歩ずつ上達していけばいいさ! それまで、俺も練習に付き合うからさ!」
「キャプテン……! そうッスね、米田さんばっかり気にしてちゃ駄目ッスよね! 俺、頑張るッス!」
「ああ、お前はお前、ベータはベータだ! 体重だって全然違うんだしな!」
「……円堂さん、ほんとにデリカシーないですね」
怒るというかもはや呆れるばかりですが、しかし言っていることはその通り。慣れや技術だけでなく、体型的にもこれは壁山さんにとっては困難な特訓でしょう。
なので私も、その亀の如き歩みの進歩に関しては、何かを言うつもりはありません。野生中との試合まではまだいくらか期間がありますし、【イナズマ落とし】はそれまでに完成させさえすればいいのです。
あるいは完成させることができなくても、私的には問題なしです。というかむしろそっちの方が好ましいのですが、しかし、そう思っているのはやっぱり私だけでした。
「でりかしー? おやつの話か?」
「……まあ円堂はともかくとして、要するに適材適所ってやつだよね。壁山には壁山にしかできないことがある。できることが違うからこそ、それが合わさった時にすごい必殺技になるんだよ、きっと」
「もし仮に……想像するだけでもムカつくが、ベータが二人いたとしても、壁山がいなけりゃ【イナズマ落とし】はできっこねぇんだ。野生戦は他でもねぇ、お前ら二人にかかってんだから、一々くじけてねえで気合入れろよ、壁山!」
「は、はいッス!」
おバカな円堂さんを放置して、マックスさんと、次いで染岡さんが、反骨心露に激励を送っています。
そして他の皆さんも。その眼や口の尽くが、【イナズマ落とし】への期待に満ちています。私のように、この特訓を時間の無駄と思っている人は、他にいません。
だからさっきからずっと、私は居心地が悪いのです。
秋さんに耳打ちされ、おそらくデリカシーの意味を教えられたのだろう円堂さんが、若干気まずそうにしながら言いました。
「よし、じゃあ練習再開だ――と言いたいところだけど、いったん休憩にしよう! 練習は大事だけど、休むのだって同じくらい大切だ!」
「へ、へへ、そうッスね。ありがとうございますッス、キャプテン。……よぉっし! 俺、決めたッス! 今日は夕日が沈むまでに十センチは高く飛んでみせるッス! やってやるッス!」
「いいぞ、その意気だ壁山!」
「米田の方はひと段落ついたし、俺も手伝うよ」
染岡さんと風丸さんが壁山さんの肩を叩き、浮かべられる楽しげな苦笑い。
私はそれに置いて行かれていて、故に無理矢理、ベンチ傍に積まれた予備のタイヤに眼をやり、冗談半分の言葉を挟みます。
「何ならタイヤの重り、もう一本増やしちゃいます? まだ余っちゃってるみたいですし」
「うっ……そ、それはちょっと……ジャンプどころか歩けなくなっちゃうッス……」
「余ってるってんなら、お前が使えばいいじゃねぇか。ジャンプ力、つければつけるほど【イナズマ落とし】も――」
「染岡さんと風丸さんの腕がなくなっちゃってもいいのなら、やってもいいですけど?」
「……さすがにそれは勘弁だな」
そんな冗談を言いつつ、私たちは秋さんたちの下、休憩に向かいます。喉を潤したりして各々身体を休めながら、しかしやっぱり【イナズマ落とし】に対する期待はそのまま、皆さんまだまだ特訓を続ける気なようでした。普段であればもうとっくに練習終わりの時間だというのに、そのことを口に出す人は一人もいません。
『もう今日の練習は終わりにしちゃいましょう』と、そう言いたくても言えないでいるのは私だけ。だから感じてしまう居心地の悪さ、既視感のあるモヤモヤが、私の心に生じてしまっているのでした。
疎外感。熱量の差から来る仲間外れの感覚は、やっぱり気分のいいものではありません。どうすれば皆さんに私と同調を――壁山さんとわざわざ連携しなければならない【イナズマ落とし】が、【ダブルショット】の劣化版にしかならないことを、理解してもらえるのでしょう。
(……やっぱり、実際に見てもらうしかないんでしょうか)
壁山さんとの【イナズマ落とし】を完成させて、【ダブルショット】と比べて見せる。そこまですれば、さすがに皆さんの【イナズマ落とし】への期待はなくなるはずです。
そうすれば、私は仲間外れではなくなります。だからそれまでは我慢――と、ため息をぐっとこらえたのですが、しかし変なところで感のいい円堂さんには、何かしらの違和感となって伝わってしまったようでした。
「……? ベータ、どうかしたのか?」
「え? ……いえ、どうすれば壁山さんがもっと高くにジャンプできるようになるかなって、ちょっと考えちゃってただけですよ」
びくりと竦んだ内心は押し殺し、笑みを浮かべて誤魔化します。事前の談笑からとっさに出た言い訳だったせいか、今度は違和感の類を抱かれなかったようで、円堂さんは「そうか」と頷き、二ッと笑いました。
「最初は乗り気じゃないみたいだったから心配だったけど、よかったよ。……大丈夫、壁山ならきっとやってくれるさ! だからベータ、お前も頑張ってくれよ? 壁山の役目が壁山にしかできないように、お前の役目もお前にしかできないんだから!」
「……はい、頑張っちゃいます。豪炎寺さんと染岡さんに合体技ができたんだから、私もできないと格好がつかないですもんね」
「そう! そうだよな! 仲間と一緒に力を合わせる合体必殺技って、すっげぇわくわくするもんな! ……ベータがやるべきだって言っておいてなんだけど、正直、羨ましいぜ。俺もシュートが打てたらなぁ……」
役目とやら、前者はともかく後者の役目は豪炎寺さんでも問題ないだろう、なんて感想は空気を読んで呑み込みます。加えて豪炎寺さんと染岡さんに対しての体面なんて気にしたこともありませんでしたが、話題に出すと、どうやら円堂さんの琴線に触れてしまったようでした。
めいっぱいの羨望、期待は、私と彼とでどうしようもないほど認識がズレてしまっている証拠です。
本当に、どうしてそこまで【イナズマ落とし】に夢を見ることができるのでしょう。萎えた身体に鞭打って、勢いを付けて立ち上がります。
「じゃあ譲ってもらっちゃった分、ますます頑張らないとですね。もうそろそろ休憩も十分ですし……あら? 壁山さん、どこに行っちゃったのかしら」
その目的は違えど、【イナズマ落とし】の早期習得はこの場の全員の総意です。『今日中に十センチは高く飛ぶ』なんて無謀なことを宣ってしまった壁山さんのためにもと、特訓を再開させるべく、周囲を見回したのですが、しかし休憩中の皆さんの中に壁山さんの巨体はありません。
どこに行ってしまったのかと思いましたが、すぐに円堂さんが見つけて指さしてくれました。
「あ、あっちだ、橋の下。……壁山の奴、あんなところで何してるんだ……?」
「……日陰でも探してたんでしょうか。呼んできますね」
壁山さんは橋の下の暗がりで、身体から外したタイヤを椅子にしていました。なぜだかこちらに背を向けていて、こちらの声も聞こえていない様子です。
気力を蘇らせはしても、それほどに疲労が酷いのか。しかし心を鬼にして、私はそっと橋の下の日陰まで赴いて、そしてそのまま、その大きな背中に声をかけました。
「壁山さん、そろそろ特訓を――」
再開しましょうと、そう言おうとした時でした。
「ぐふ、むふふ――ぎゃアアアアァァァァァッッッ!!? よ、米田さ――ご、ごごご、ごめんなさいッスゥゥゥッッ!!!」
叫び、そして身体ごと数メートルも跳び上がり、彼は一直線に走り去ってしまいました。
見事なダッシュ力。そして何よりジャンプ力です。なんだやればできるじゃないですかと、現実逃避気味に疲労と重りの成果に感心して、そういえば跳び上がった彼の腕の中になにやらピンク色の薄い長方形が抱えられていたなと、目に映った映像を見返した、その数秒後。
「えっ……?」
あっけに取られて置いて行かれた私の脳味噌は、そんな声だけを漏らしました。