雷門中のベータちゃん! ~連載版~   作:もちごめさん

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第十七話 いざ、野生中

「……なんだかとんでもない学校ね。まるでジャングルだわ」

 

「同じ地区なのに、雷門中とは全く別物ですね。環境も、それに人も」

 

「野生中の人たち、さっきから車に興味津々ですけど……まさか初めて見たとかじゃないですよね……?」

 

「さあ……でも校名の通り、その……野性的、よね」

 

 

 試合当日、会場である野生中までやって来た私たち。到着するなり見せつけられたその光景に、秋さんが存分に言葉を選び、引き気味な苦笑いを浮かべました。

 

 雷門さんの高級車が、野生中の選手さんたちに群がられてしまっているのです。屋根に上ったりフロントガラスを這いまわったりボンネットをパカパカ開け閉めしたりと、彼らはまるで未開の原始人みたいに興味津々な様子で、いつか壊してしまうんじゃないかと、他人事ながら心配に思えてくるほどでした。

 【イナズマ落とし】やらの件で既に心配事はお腹いっぱいですが、もしもの時は、あなたたちが無様を晒さないか心配だ(ツンデレ)と言って付いて来た雷門さんを宥める必要があるかもしれません。

 

 そういうこともあって、今回の私はもうすぐ試合だというのにあんまり気分が乗ってきていませんでしたが、円堂さんはもちろん安心の平常運転。大なり小なり気圧されている私たち女子陣とは真逆に、どちらかといえば野生選手さんたちのような好奇心を露に周囲のジャングルを見渡して、それから彼はやる気十分に音頭を取りました。

 

 

「……よし。みんな、準備はいいか? いよいよフットボールフロンティアの一戦目だ。気合入れていこうぜ! ……今日まで積み重ねた練習を信じて、思いっきりぶつかっていこう!」

 

 

 「おう!」と皆さんが応じる中、円堂さんの眼が最後に私と壁山さんを捉えたことに気が付きました。つまり【イナズマ落とし】の件。完成させられなかったことはきちんと報告済みであるはずですが、その眼はいかにも(・・・・)な感じです。

 

 染岡さんと豪炎寺さんが【ドラゴントルネード】を生み出した時のように、試合の中で完成させろ、みたいなことを言われている気分でした。が、練習試合ならともかく、この試合は負ければ終わりの公式戦。遊んでいる余裕があるはずもありません。

 そして壁山さんも、練習中に何度もお尻を強打させられたためにちょっとキレてしまったことが効いているのか、私たちは共々、円堂さんから眼を逸らしてしまいました。

 

 それでもせめてもの建前的に、私は壁山さんへにこりと微笑みかけました。

 

 

「まあ、頑張れるだけ頑張っちゃいましょう。壁山さんも頑張って弟さんにいいとこみせなきゃですもんね。さっきちらっと見えちゃいましたけど、弟さん、お友達と一緒に観戦に来てるみたいですし」

 

「うう……は、はいッス……! が、頑張るッス……!」

 

 

 先ほど見かけた、唯一の雷門中の応援。お友達と一緒に観戦に来たらしい壁山さんの弟さんたちを眼で示し、言います。あるいはこれで奮起して高所恐怖症も克服してくれるならそれが一番なのですが、この反応を見る限り望み薄でしょう。やはり【イナズマ落とし】は抜きでこの試合、戦うべきです。

 人知れず改めて円堂さんの視線に逆らって、私たちはジャングルの中に建てられた校舎の中を、更衣室目指して歩いて行きました。

 

 

 そしてやがて案内された部屋にたどり着き、後は分かれて着替えようと、そうなった時でした。

 

 前を歩く壁山さんの鞄から、何か冊子が落ちました。気付き、声をかけようとしましたが、しかしその時には壁山さんは男子更衣室に入り扉も閉ざされた後。さすがに女子の私が男子たちの着替えの最中に突入するわけにはいきません。

 あとで渡してあげることにしましょう。そう思い、冊子を拾い上げると――

 

 

「……わぁ」

 

 

 言葉を失いました。見た冊子の表紙は、明らかに青少年に相応しくないものだったのです。

 

 端的に言ってしまえば、それはエッチな本でした。それも表紙――“女王様と奴隷”、みたいな感じの女性と男性のイラストから察するに、なかなかにマニアックな代物です。

 さすがにこんなものを見るのは初めてで、故に思考が止まってしまったわけですが、しかし直後、我に返ります。今のこの状況、誰かに見られてしまえば変態さんは私です。

 

 咄嗟に本を鞄の中に押し込んで、周囲を確認。幸いなことに誰の姿も見えません。すでに皆さん更衣室の中です。

 ほっとして、今度は壁山さんへの軽蔑が湧いてきました。年頃の男の子がこういうものを持つことは、まあそういうものなのだろうと理解できなくもないですが、しかしどうして鞄に入れて持ってきてしまうんでしょう。

 思いつつ、しかし顔に出して変な勘繰りをされないよう、本を鞄の奥底に押し込みつつ、私は更衣室に入りました。

 

 

 

 

 

 着替え終わった敵味方の全員がフィールドに揃い、そして試合開始の笛が吹き鳴らされました。

 フォーメーションは尾刈斗戦と同じ――つまり新入部員である土門さんはベンチスタート――で、且つこちらのボールからのキックオフ。染岡さんから出されたパスボールを最初に受け取るのは私です。

 

 野生中が私の尾刈斗戦での活躍を知っているという推察が当たっているなら、彼らはまず一番にこの立ち上がりを、【ダブルショット】によるロングシュートを咎めに来るでしょう。予測はさして難しくありません。

 ならば無理にシュートを打とうとするのはリスクです。野生中が本当に危惧通りの情報通で対策をしているのか確かめるためにも、最初は様子見に徹するべき。

 そう決めて、私はボールを足元に収めたまま、警戒しつつ相手の動きを観察することを選んだのでした。

 

 ――そう、十分に警戒していたつもりだったのですが、しかし。

 野生中の身体能力は、豪炎寺さんや土門さんの言葉から私が想像していたものの、さらに上を行っていたのです。

 

 

「ッ!? ……びっくりです。随分、速いんですね……!」

 

「当然チタ! 足の速さで俺に敵うやつなんていないチタ!」

 

 

 ボールが私の元に届いたその瞬間に、もう目の前に敵フォワードが迫ってきていました。

 

 “野生の身体能力はすごい”とはいいますが、これは“すごい”なんて言葉で片付けられるようなものではありません。名前通りに野生の動物並みの反射神経と瞬発力です。

 特に私に仕掛けてきた敵フォワード、首にチーター柄のスカーフを巻いた彼の“速さ”は、間違いなく私や風丸さん以上。帝国学園と戦えるだけあってサッカー選手としての能力もかなりのもので、逃げればすぐさま追いかけてくる瞬発力と相俟って、私に不穏な手応えを感じさせるほどでした。

 

 これから抜け出すとなれば、かなりの労力が必要でしょう。グダグダの泥沼になってしまうのでは【ダブルショット】の速攻も意味はなく、であればすっぱり諦めるしかありません。

 さらにはチーターさんに塞がれているために前の二人へのパスも諦めるざるを得ず、やむを得ず、後ろのマックスさんへボールを蹴り送りました。

 

 

「マックスさん、先に前へ! この人は私が抑えておいちゃいますから!」

 

「米田……うん、任せて!」

 

 

 一瞬だけ見えた意外そうな顔に深刻の眼差しを叩きつけると、彼も現状を理解してくれたようでした。今回は尾刈斗戦のように、私にボールを渡しさえすれば得点して勝ち、という単純な図式にはなりそうにありません。

 

 皆さんを、うまく使う必要があるでしょう。マックスさんの警戒心を煽り、他の皆さんと一緒に前に出させます。

 しかしそのドリブルは、チーターさんにとっては歩いているも同然な速さ。容易く追いつき、奪い取れるボールです。つまりは撒き餌のようなもので、そこを突き、奪わせてから逆に私が奪い返す――というような筋書きを頭の中で組み立てて、身構えていたのですが。

 

 

「……? 追いかけなくていいんです? あなたの足なら絶好のチャンスなのに」

 

 

 チーターさんは、いくら待ってもマックスさんを追うそぶりを見せませんでした。

 それどころか射貫くような視線で私を捉えたまま、私の傍にぴったりとくっつきマークし続けています。もはやボールははるか遠くの敵陣地、チーターさんにとってはピンチの場面であるはずなのに、それでも一ミリも動きません。

 

 認め、そして同時に悟りました。

 

 

「チチチ……そう言って、俺が離れた瞬間にパスを受けてあの【ダブルショット】とかいう必殺技を打つつもりチタ? そうはいかないチタ!」

 

「……ああ、なるほどです」

 

 

 またしても(・・・・・)なわけです。

 帝国や尾刈斗の時と同じく、私専属のマンマーク。私にボールを渡したくないために、彼はこの試合中ずっと私に張り付いているつもりです。

 

 普通であればマークは攻撃の要であるフォワードではなく、ディフェンダーか、あるいはミッドフィールダーの役目でしょう。だというのに彼が抜擢されたのは、私が振り切れないほどのその俊敏さと、加えてフォワードというポジションが距離的に私と近いため。例えば豪炎寺さんをマークするのであればゴール前を注意すればいいだけですが、ロングシュートが使える私に対しては話が別というわけです。

 フォワードのその役目を放棄させてでも警戒を徹底することが、おそらく野生中にとって試合に勝つためのベストな選択だったのでしょう。

 

 豪炎寺さんの言っていた通り、もとい、それ以上の厳重警戒。帝国戦から数えて試合は三回目ですが、やはり今尚敵側からしてみれば、雷門サッカー部は私か、あるいは豪炎寺さんあたりを抑えておけば勝てる相手に見えているわけです。

 そして実際、それはほとんど事実でしょう。ボールを運ぶマックスさんを含め、他の皆さんはどうにか野生選手と戦えはしているものの、明らかに力負けしているようでした。

 

 

「くっ……う、うわっ、と……!」

 

「シャシャシャ! 都会の人間はひ弱ヘビ……! じっくり仕留めてやるヘビ……!」

 

 

 チーターさんに睨めつけられながらそっちを見やれば、ヘビ顔のミッドフィールダーに阻まれて、さほど前に進めていないマックスさんの様子が視界に入ります。いえ、前に進めていないどころか、ヘビさんの絡みつくようなディフェンスに今にもボールを奪われてしまいそうな有様です。

 野生中の“身体能力”はチーターさんだけを指し示すものではないということ。他の選手たちもあれと同等程度であるなら、一対一の競り合いこちらに勝ち目は皆無、マックスさんたちの能力では一人でボールを持ちこむことは不可能です。

 

 

「なら――マックスさん、一旦風丸さんへボールを下げちゃって!」

 

「えっ!? こ、こいつら相手にそんなことやるのはヤバいんじゃない!? もし奪われたらゴールまで一直線だよ!?」

 

「強引に突破できないならパスを回してくしかないですし、それくらいのリスクは仕方ないです! 細かいことは、私が指示を出しちゃいますから!」

 

 

 ヘビさんの身体能力に抗うのでいっぱいいっぱいな彼には、私の指示は“他に手がない故の分の悪い賭け”としか聞こえなかったでしょう。露骨に“何言ってるんだこいつ!?”みたいな顔になってしまいましたが、しかし身体能力でこちらが圧倒的に劣っているとわかった現在、打開の術はこれしかないように思えます。

 私が全面的に指示を出し、皆さんを動かしてやるのです。マークのせいで私がボールに関わることは難しいでしょうが、尾刈斗の時と同じように口と眼は好きに動かせます。各選手の動きを見定めてパスを通せるコースを見つけ出し、そしてそれを伝えることも、今ならまあ不可能ではないというわけです。

 

 それを知ってか知らずか、躊躇うマックスさんの背を、円堂さんが押してくれました。

 

 

「心配するなマックス! 万が一の時でも、俺がいる!」

 

「円堂……。わかった! 風丸!」

 

「ああ……っ!」

 

 

 さすがは円堂さん。出てきたキャプテンらしい言葉は、私と違って一発でマックスさんと、それから風丸さんたちまで納得させてしまいます。

 そのことに感じるちょっと複雑な気分は呑み込んで、風丸さんにパスが通るのを認めた瞬間、私は頭に作った図の通りの指示を出し始めました。

 

 

「風丸さんは影野さんへパスを! 影野さんはもうちょっと前! 半田さんと少林さんは左右に展開しちゃってください!」

 

「影野だな……! よしっ!」

 

 

 と確認ついでに復唱し、ボールを蹴り出す風丸さん。円堂さんが私を支持してくれたためでしょうか、そのボールを受けた影野さんも他の皆さんも、その後は素直に私の指示通りに動いてくれました。

 

 尾刈斗戦の時とも違う、本格的な私主導のゲームメイク。味方選手を動かして、それに伴い代わる相手の陣形を想像し、さらにその時々でボールが通る道筋を見つけるという、脳疲労の激しい作業。頭を動かす余裕ができたとはいえやっぱり私の本業はストライカーであり、そこまでこういったことが得意というわけでもなく――かといって苦手なわけでもありませんが――私も皆さんも苦戦はどうしようもありません。

 がしかし、幾度かパスカットされそうになったりシンプルにボールを奪われそうになったり、そもそもパスが失敗しかけたり、かなりの消耗と時間をかける必要はありましたが――頭がちょっと痛くなってくる頃に、ようやくそれらが報われる時がやってきました。

 

 

「豪炎寺ッ!!」

 

「ッ!」

 

 

 野生の分厚い守備をかいくぐり、ペナルティエリア近くまで上がっていた半田さんからゴールの正面、豪炎寺さんへとパスが繋がります。

 ゴールとの間にある障害はイノシシっぽいブタ鼻のキーパーさんのみ。瞬時にヒールリフトから、豪炎寺さんは必殺シュートの構えに入りました。

 

 

「ファイア――!?」

 

「コケーッ!!」

 

 

 決まるか、と期待したのですが、残念ながら横槍が入ってしまいます。背後から、ニワトリのトサカのような髪型のディフェンダーが不意に現れ、シュート直前にあったボールを蹴り飛ばしてしまいました。

 

 小柄故に、寸前まで誰も気付けませんでした。加えてそのジャンプ力。【ファイアトルネード】を打つ寸前にあった豪炎寺さんを、危惧の通り、さらに上から叩いてしまったのです。

 

 

「くっ……マジか。帝国学園以上のジャンプ力……あれを取るのかよ……!」

 

「うーん、残念です。うまくつながったと思ったんですけど……」

 

 

 驚愕の染岡さんに続いて、さすがにため息が出てしまいます。頭に疲れを感じるくらいに頑張ったのに、その成果がゼロ。肩が落ちるのはどうしようもありません。

 が、それはそれとして、ボールが奪われたのであればますますもって大ピンチ。頭を振って落胆を追い出して、大声で指示を叫びます。

 

 

「……皆さん戻って! それと、ディフェンスには複数人で当たってください! 一人じゃ絶対抜かれちゃいますから!」

 

 

 これもやはり身体能力の差から、ドリブルしてくる野生選手からボールを奪い返すには人数を使うほかありません。

 動き回らなければならなくなるのでスタミナの消耗が激しくはなりますが、しかし幸いなことに攻撃の要たるフォワードの一人、チーターさんはこんな状況だろうと私へのマークを外すつもりがないようで、おかげで野生の攻勢は控えめです。私たちの、いわゆるゾーンプレスでも、どうにか対抗することが叶うでしょう。

 

 ――と思っていた矢先に、少林さんと半田さんの二人が、ニワトリさんからパスを受け取ったサル顔の選手に、あっさり抜かれてしまいました。

 

 

「キキっ! 【モンキーターン】!!」

 

「うわっ!?」

 

「な、なんですか今の動き!?」

 

 

 名前の通り、おサルさんみたいに器用なターン。単純な必殺技ですが、さすがに二人では初見のそれに対応することは難しかったようです。

 そしてその光景を見て「ならば」と警戒を強めるのは、私の指示で戦う中でさんざん野生の強さを体験させられた皆さんであれば自然な流れ。今度はディフェンダーの四人が、おサルさんの前に立ちふさがりました。

 

 

「二人でだめなら、今度は四人だ!」

 

「これならさすがに通れないでやんしょ!」

 

「ウキッ!?」

 

 

 さしものおサルさんも怯んだようで、一瞬足が止まります。

 しかしすぐ、ちらりと横を見た眼が別の光明を見出したようでした。

 

 

「キキっ、甘いサル! ゴリラ!」

 

 

 逆サイド、つまりディフェンダーが一ヶ所に集まってしまったためにできた穴へ、センタリングが送られます。

 そしてタイミングバッチリで飛び込んできたゴリラ顔、もう一人のフォワードが、ちょうどよくそこに生えていたのか何なのか、ツタで己をスイングした勢いで、そのままシュートを放ちました。

 

 

「【ターザンキック】!!」

 

「甘いのはそっちだぜ! 【ゴッドハンド】!!」

 

 

 ですがそのシュートコースは、円堂さんの予想通りなようでした。風丸さんたち四人の壁が厳重であるからこそ、シュートが来るならそこしかないと確信して待ち構えていたのでしょう。

 十分な“溜め”の時間を使って発動させた【ゴッドハンド】のエネルギーの手のひらは、ゴリラさんのシュートをしっかりと受け止めました。

 

 

「よし! ナイスだ円堂!」

 

「へへっ、みんなのおかげだよ! どんなシュートが来たって止めてみせるぜ! そらっ、後は頼んだぞ!」

 

 

 風丸さんに自信を見せて円堂さんは彼にパスを出し、同時に眼が私に向きました。それを受け取り、もう一度頭を働かせます。

 

 

「……風丸さん、そのまま上がっちゃってください! 今なら中間は空いてます!」

 

「おう! 了解!」

 

 

 再びのパス回し。私も皆さんもいくらか慣れが生まれてきたのか、その進行は前よりもスムーズです。私にくっついて走るチーターさんも、攻め込まれる自チームの姿に苦々しげな顔になっています。

 内心で存分に歯ぎしりしていることでしょう。その顔が時折私にも向けられるところをみるに、段々と良くなる私のゲームメイクの腕前に、こいつ必殺シュートだけじゃなかったのか、と内心で悪態でもついているに違いありません。

 

 

(そうですよ、シュート以外だって、できちゃうんですから……!)

 

 

 豪炎寺さんにさっきのニワトリさんが付いているのを認め、そして私はボールを保持する半田さんへ、告げました。

 

 

「半田さん! ボールを私に!」

 

「ッ!?」

 

 

 同時に一瞬加速して前に出ます。チーターさんはさすがの俊足ですぐさま追いかけてきますが、しかし今までちょっとの駆け足をしながら指示ばかりを出していた私の、突然のボールに関わろうとする動きに、ほんの一瞬だけ反応が遅れてしまいます。半田さんのパスをカットするには間に合わず、ボールは私に届きました。

 が、しかしそれでも稼げたのは僅かな間でしかなく、半田さんのパスを足元に落とす隙にあっさり回り込まれてしまいました。身体でゴールまでの道が塞がれ、相手ゴールに近いことを除けば、一番最初、キックオフ直後の状況に逆戻り。

 

 

「俺が何のために張り付いてると思ってるチタ! この足にかけて、絶対お前にシュートは打たせないチタ!」

 

「わあ、ほんとに速いですね。すごいです。やっぱり振り払うのは無理みたい」

 

 

 それはもう認めましょう。私の足、“速さ”ではチーターさんにはかないません。

 

 なら――

 

 

「なぎ倒せばいいだけだろ!!」

 

 

 それだけだ。宙で前転し、その勢いで足元のボールを踏みつける。壁山が不甲斐ないせいで暇になってしまった分、時間を費やし練習できた、オレのもう一つの必殺技だ。

 

 

「【スピニングアッパー】!!」

 

「うっ……こ、これはチタ!? うわああぁぁッ!!?」

 

 

 いつかのエセ不良共にくらわせてやったアッパーカットのように、バック回転して跳ね上がったボールが相手を巻き込み、その勢いで弾き飛ばす。チーターはクルクル回転して吹き飛んで、そしてオレの正面が開けた。

 そうなれば、やることは一つだ。

 

 

「テメェも吹っ飛んじまえ!! 【ダブルショット】!!」

 

「ッ!! 【ワイルドクロー】!! ッ……ぐ、ぐわああぁぁッ!!」

 

 

 跳ねてオレの足元に戻ったボールを再度踏みつけ、今度はシュート。ダッシュでいくらか距離を詰めていたこともあって、イノシシキーパーの必殺技も難なく破り、ゴールへと突き刺さった。

 得点を告げる笛と、そしてやはりいる実況の男子の声が響き――

 

 そして私は、ようやく捥ぎ取った一点に胸をなでおろすのでした。

 

 

「やったぁ!! さすがです米田先輩!!」

 

「パスよこせって言われた時はびっくりしたけど、まさか必殺技でマークを吹っ飛ばすなんて!!」

 

「例の、尾刈斗戦では使いどころがなかったっていうオフェンス技か!」

 

「ええ。まだまだ調整が足りてないんですけど、どうにかできちゃいましたね。野生中が私をナメてくれちゃってたおかげです」

 

 

 私が【スピニングアッパー】という隠し玉を持っていたせいであるから結果論といえばそうですが、野生中は私を封殺したいなら、足があるからとチーターさん一人に任せるのではなく、複数人、最低でも二人以上をマークに付けるべきだったのです。

 【スピニングアッパー】はおサルさんの【モンキーターン】のように複数人を一気に抜き去ることはできませんし、二人がかりであったなら、きっと今みたいにうまくはいかなかったでしょう。あるいはチーターさんに余裕を持たせることができれば、さっきの野生の攻撃もあんなにあっさり止められるということにはならなかったかもしれません。

 

 とはいえそんな戦術ミスも、私たちからすればおいしいだけの話。反省するのは野生の人たちに任せておいて、鈍く疼く頭を押さえつつ、私は安堵の息を吐きました。

 

 

「ともかく、これで今後は楽に戦えちゃいそうですね。もう一点取るのは難しいかもですけど、この一点だけで十分です。逃げ切るだけなら簡単じゃないですか?」

 

「そ、そうッスね! キャプテンの【ゴッドハンド】も絶好調だし、それに米田さんのおかげで敵のフォワードも一人だけッス! 【イナズマ落とし】は完成させられなかったけど、これなら大丈夫……ッスよね!?」

 

 

 と、次いで壁山さんが私の方をチラチラと、恐る恐るに伺い見てきます。

 理由を付けつつ情けないことを――【イナズマ落とし】に及び腰であることを告白する彼ですが、しかしともあれ、言っていることは正論です。現状の相手は私の存在から守備方面に戦力を割かざるを得ないのですから、こちらも守りを固めてしまえば失点の恐れは限りなく小さくなるでしょう。

 一点差でも十分に逃げ切りは可能。成功したことのない【イナズマ落とし】にわざわざチャレンジする必要は皆無です。が、しかし円堂さんの眼差しは、この期に及んで試合前に見たそれと全く変わっていませんでした。

 

 

「いや、まだまだ油断はできない。後半戦にも入ってないのに守りに入っちゃだめだ。どんどん追加点を狙っていってくれ!」

 

「うぅ……」

 

 

 【イナズマ落とし】を使って。

 

 もはや隠す気もないあからさまな視線が私と壁山さんに向けられました。がしかし、壁山さんはやはりその視線に応える気がなさそうで、またも眼を逸らして気付かないふりをしています。

 

 そのせいか、その後の試合での壁山さんの動きは鈍く、そして何より、いわゆる初見殺し故に成功した今の私の得点劇が二度通じるということはなく、加えてさらに守備を固めてきた野生の戦法も相俟って、私たちは結局それからシュートチャンスを作るということもできずに一点の優位のまま前半戦を終えることとなったのでした。




エッチな本

どこかの誰かが高架下に置いて行ったお宝。
にしてはあまりに(ヘキ)が過ぎる!?
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