汗だくで息を乱した皆さんが、秋さんたちが用意したドリンク類に群がっています。まだ前半戦を終えたばかりであることを考えれば些か激しすぎる消耗具合ですが、しかし致し方のないことでしょう。野生中の圧倒的な身体能力に対抗するためにゾーンプレス戦術を取らざるを得ない関係上、楽なサッカーなんてできるはずもありません。
これでもなるべく体力が残るように気を遣って指示を出したつもりですが、それも焼け石に水状態。そんな状況であるからこそ、私は円堂さんへと言いました。
「……で、どうします? これでもまだ、追加点狙っちゃいます?」
無謀であることは、もう流石にわかっちゃったはずです。
私の得点の後、作れたシュートチャンスは一つもありません。前半戦でこれならば、より消耗している後半戦で事態が好転することはないでしょうし、そしてその消耗は私たちの守備力の低下を意味します。
ただでさえ前半戦の終わりの方、崩れた守備のおかげで円堂さんはシュートの連打をもらってしまったのですから、正当性は言わずもがなであるはずです。二つの理由が合わさって、もはや私たちには【イナズマ落とし】にチャレンジしている余裕がありません。
作れっこないチャンスに夢を見るのはやめにして、後半戦は守備に全力を傾けるべきです。でなければ負けてしまいます。しかしそんな明らかなことなのに、ドリンクを呷る彼はその中身を飲み干して、変わらぬ明るい笑顔で繰り返しました。
「ああ、もちろん! このまま二点三点狙っていくぞ! 【イナズマ落とし】であいつらをびっくりさせてやってくれよ!」
「はぁ、はぁ……。円堂……そうは、言うけどな……」
「『二点三点』って、どうしたらそんなことができるんだよ。何か作戦でもなきゃ、さすがにきついぞ……」
風丸さんはその足から、守りと攻めのつなぎにとして酷使される場面が多かったせいでしょう。一際消耗している様子の彼はぜいぜいと荒い呼吸を繰り返しながら、円堂さんへの眼差しに明らかな呆れを乗せています。そしてその後を継ぎ、半田さんが深々とため息を吐きました。
円堂さん以外はきちんと現状を理解できているようで何よりです。が、その現実的な思考は円堂さんには“弱気になっている”と捉えられてしまったのかもしれません。彼は少し眉尻を下げ、励ますように二人の肩を叩きました。
「しっかりしろよ。前半戦、落ち込むような内容じゃなかったろ? ベータの指示があったからでもあるけど、俺たち、あんなにすごい野生中の奴らとちゃんと戦えてたじゃないか! 今日まで積み重ねた特訓の成果はちゃんと出てる! 追加点だってまだまだ狙えるさ!」
「だとしても、米田さんの一点しか取れていないってのは事実でやんしょ? 豪炎寺さんのシュートだってほんとに抑え込まれちゃったでやんすし、【イナズマ落とし】しかないってのは、その通りなんでやんすが……」
「打つチャンスがなぁ……。こっちもプレスで手いっぱいだし、ぶっちゃけかなりキツイよ。……壁山だって、普段は後ろで守ってるわけだしさ」
「そ、そうッスね! なかなか、いつ前に出ればいいのやらって感じで……や、やっぱり【イナズマ落とし】狙いは諦めるべきだと思うッス!」
栗松さんとマックスさんが腕を組み、悩む姿に壁山さんが必死になって言いました。やっぱり彼も変わらず、【イナズマ落とし】は絶対拒否の構えです。
そんな壁山さんはともかくとして、事実、壁山さんと二人で打つ連携シュートである以上、それは最初から変わらぬボトルネック。シュートチャンスが作れなかったのはそのためでもあるのですが、しかし、円堂さんの口は止まりません。
「なら……壁山、お前がフォワードに上がればいい! 豪炎寺、染岡、ベータに壁山の、四人フォワードだ!」
今度はそんな、トンデモなことを言いだしてしまいました。
ちゃんと考えて言っているんでしょうか。不安になって来ちゃいます。
後半戦は特に守備面が心配になってくるはずだというのに、ディフェンダーの一人を前線送りにする暴挙。現状の三人フォワードでも多い方なのに、四人となればさすがにバランスが悪すぎです。
一瞬を置いて、遅れて私と同様の理解に及んだ壁山さんが、眼を真ん丸にして叫びました。
「え……ええっ!? お、俺が、フォワードッスかぁ!?」
「ああ! 最初っからフォワードの位置にいれば、わざわざチャンスに上がってくる必要はないだろ?」
「で、でも、そんなことをしたらディフェンスが……」
「大丈夫! 何があっても、俺が絶対にゴールを守る! そしてボールをお前たちに送り続ける! 【イナズマ落とし】を完成させられるまで! なあ、これなら大丈夫だろ?」
「『大丈夫』って……ああもう、何を以ってそう言えるのか、やっぱり私にはさっぱりです」
しかしめちゃくちゃでありながら、円堂さんの眼は間違いなく本気なのです。追加点狙いの作戦を曲げさせられるような余地は、そのまっすぐな眼差しにはさっぱり見つけることができません。
その素振りすら見せない彼に、私ももう、諦めました。何を言っても彼の意思が変わらないのなら、私の方が折れるしかありません。
それに……そう、考え方によってはそれも一つの手――なのかもしれません。どのみち守備不安は残ってしまうのですから、ならば攻撃的に行ったほうがいいのかも。
おまけに、かねてからの心のもやもやもあります。どうにかするためにも、この際、多少の問題は呑み込んでしまうべきなのでしょう。
「はあ……わかりました。後半戦は皆さんにもっと働いてもらって、私と壁山さんは頑張って【イナズマ落とし】にチャレンジしちゃいます。シュートとかバンバン来るようになっちゃうと思いますけど、いいんですね? 円堂さん」
「ああ、もちろん! 俺も全力を尽くす! どんなシュートが来ようが、絶対にゴールは守ってみせる! ……だからみんな、ベータと壁山までボールを繋いでくれ。頼んだぞ!」
「そ、そんなぁキャプテン……! 米田さんまで……」
ため息を吐き、渋々、やる気満々の円堂さんに頷きます。それを眼にした壁山さんはまるで裏切り者でも見るような眼を向けてきますが、そんなことをされてももはや逃げ場なんてありません。
そしてトドメに染岡さんが、壁山さんと無理矢理肩を組んでその背を塞ぎました。
「ったく、勝手に言いやがって。……だが、いいぜ。どのみち逃げ腰のサッカーなんてこっちから願い下げだ。【イナズマ落とし】に賭けてやるよ! 頼んだぜ壁山!」
「……そうだな。やっぱり雷門のサッカーはこうでないと! よし、俺も覚悟を決めた! この試合、ぶっ倒れてでも走り続けてやる!」
「練習の成果を見せるでやんす!」
「そうだそうだ!」
そして感化されたかのようにそれに続く皆さん。前後左右を囲まれてしまった壁山さんは、やっぱり口をつぐんで青い顔になってしまっていました。
しかし、私に続いてそうやって壁山さんを黙らせることに成功した皆さんですが、根性だとか何とか言っても、このままでは守備力の低下が避けられないことは確かな事実。そこの部分の不安は消えず、故に私は、ふと思いつきました。
「……そうだ。円堂さんの作戦で行くなら、せっかくですし土門さんに選手交代で入ってもらっちゃいません?」
「……えっ!? お、オレか!?」
控えとしてベンチで油断していた土門さんが、一瞬遅れて反応しました。彼は“入部したての自分が試合に出る機会なんてあるはずない”とかなんとか考えていたのかもしれませんが、残念ながら我がチームには選り好みをしている余裕こそがありません。
「土門さん、ディフェンス必殺技も使えますし、守備力の補強にはちょうどいいと思うんです」
「え!? 必殺技!? 本当なのか土門!?」
「あっ……え、えっと……まあ、うん……そうだけど……」
【スピニングアッパー】の特訓相手を頼んだ時、私にそれを見せてしまったのが運の尽きです。明かしてやると、メンバーチェンジに疑いの眼を向けていた皆さんが一気に手のひらを返しました。土門さんは笑みをヒクつかせ、私と皆さんとの間でチラチラ視線を行ったり来たりさせています。
恐らく、その内心は完全なパニックの渦中にあるのでしょう。必殺技の存在を暴露されたこともあるでしょうが、私に帝国学園のスパイであることを掴まれたあの一件がなければ、彼ならもっとスマートに対応できていたはずです。
気が気でないその様子。私的にも気まずすぎて今日まで避けてきましたが、さすがにちゃんとお話の一つくらいした方がいいのかもしれません。
そんなことを考えつつ、皆さんに群がられる土門さんを眺めていた時でした。
「……ベータ、ちょっといいか」
「はい? どうかしました? 豪炎寺さん」
不意に豪炎寺さんが話しかけてきました。
そしてその表情は、皆さんのように戦意を滾らせているわけではありません。壁山さんと似た――しかし明らかに違う……“不安”でしょうか。何やら難しそうに、眉間に皺を作っています。
そんな顔をする理由に、当然心当たりはありません。首が傾いてしまいます。
「その……なんというか、一つ、聞いておきたいことが、ある」
「なんでしょう?」
「……ベータ、お前は――」
やたらともったいぶって、言う、その直前。
「おい雷門、いつまで休憩してるつもりコケ」
私の背から、戦意に満ちたニワトリさんの声が響いてきました。ハッとなって振り返ると、やはり顔を引き締めた彼が私たちを睨め付けています。
そしてその向こう、フィールドには、もう野生中の選手たちが揃い始めていました。いつの間にやらハーフタイムは終わりかけていたようです。
「ああ、もう後半戦、始まっちゃうんですね」
「……よし、みんな! 後半戦も気合入れていくぞ!」
向けられる戦意を受け流し、微笑で応じる私と、最後に改めて皆さんの気を引き締める円堂さん。皆さんがそれに応じてフィールドに向かう中、私は豪炎寺さんへ視線を戻します。
「というわけで、手短にお願いします。聞いておきたいことって?」
「……いや、何でもない。気にしないでくれ」
水を差されてしまったせいか、豪炎寺さんはしゃべる気が失せてしまったようです。つまりその程度の話だということ。
豪炎寺さんが自分から打ち切ってフィールドに向かったので、私もそれきり、豪炎寺さんの様子が変だったことも含め、記憶から追い出してしまいました。
がしかし、豪炎寺さんのことは気にならなくなっても、さすがに
「……雷門、フォワードを四人にするとか、いったいどういうつもりコケ……?」
「そういうあなたこそ、フォワードポジションに出てきちゃってるじゃないですか」
ディフェンダーであるはずのニワトリさんが、チーターさんと一緒にフォワードの位置にいます。奇しくも壁山さんを前線に出した私たちと似た戦術。
それ故に、その意図は明らかでした。
キックオフの笛が鳴ります。と同時にチーターさんが後ろにボールを下げて、前半戦と同じように一直線に私へ距離を詰めてきました。もちろん私もマークに付かれるのを回避すべくダッシュしましたが、しかしその行く手を塞ぐ、ニワトリさん。
つまるところ、私が恐れた二人のマンマークです。
「面倒なこと、してくれちゃうじゃないですか! 監督さんに、『お前ひとりで止めるのは無理だ』とかなんとか、言われちゃったんですか?! ねえフォワードさん!」
「ッく……! う、うるさいチタッ! 監督は、そんなこと……ッ!」
「落ち着くコケ、チーター! 挑発に乗るんじゃないコケ! ……今はただ、自分の役目に集中するんだコケ……!」
「……ッ! わかってるチタっ!」
今度こそ私にシュートを打たせないための、苦肉の策。それは想像通り、チーターさんのプライドに傷を入れたようですが、残念ながらその線でどうにかするのは無理そうです。
であるなら、これほど硬いガードもないでしょう。いきなり【イナズマ落とし】の作戦が厳しくなってしまいました。私の足は完全に止められて、その間に染岡さんが抜かれてしまい、ボールはあっという間に私たちの陣地側。攻め込まれてしまいました。
立ち上がりすぐ故にミッドフィールダー揃ってのディフェンスは叶わず、一人で立ちふさがるしかない少林さんはやはり抜かれてしまいます。早速のピンチかと、皆さんも背に緊張を走らせたでしょうが、
「【キラースライド】ッ!!」
「シャッ!?」
「すっげー! いいぞ土門!」
私の提案がズバリ刺さったようです。見事な必殺技のスライディングタックルでボールの奪取に成功した彼は円堂さんからのお褒めの言葉にぎこちない笑みを浮かべつつ、すぐにボールを上げました。
「半田……!」
「ナイスパスだ、土門! お前本当に
「ああ……!」
半田さんに渡り、そして豪炎寺さんへとボールが繋がります。驚いたのか何なのか眉を寄せて土門さんを見つめていた彼ですが、すぐに走り出しました。
反応して野生のディフェンスが豪炎寺さんを囲むように動き出しますが、そうして注意を引くことが彼の目的です。ギリギリまで引き付け、染岡さんへパスを蹴り出します。
「チッ、【ドラゴントルネード】コケか……!」
「やっぱりちゃんと把握しちゃってるんですね。けど、残念ながら不正解です……っ!」
目的はあくまで、彼らの知らない【イナズマ落とし】。ちらりと私の方を見た染岡さんはそのまま私へスルーパスを通し、そしてそれは私が最初のダッシュでチーターさんの動きを逆方向に誘導していたこともあり、繋がりました。
――そして一瞬遅れて追いついてくるチーターへ。
「もう一回食らっときな! 【スピニングアッパー】!!」
「うっ、ま、また……!! うわああぁぁッッ!!」
吹っ飛ぶチーター。豪炎寺と染岡の囮も含めてこれで前は開けた。ニワトリが健在なせいで【ダブルショット】は打てないが、それも関係なしだ。
「やるぞ、壁山ッ!!」
「は、はいッス……!!」
「コケッ!? お前、何を……!?」
オレの後を追ってきていた壁山に合図し、同時に跳躍。驚きつつニワトリも追って跳び上がるが、しかしその高さは二段ジャンプで十分超えられるものだ。
つまり成功すれば得点できた、のだが、
「ひ、ひいいぃぃッ!!」
「ぐ……!! うわあッ!!」
練習の時と同様に壁山が高さに竦み、崩れてしまう体勢。おかげでその身体を踏み台にするオレもバランスを崩し――一緒に落下してしまうのでした。
おまけにやっぱり着地にも失敗し、お尻を強打してしまう始末。そんな有様に、ニワトリさんはちょっと唖然とした表情です。
「……何をやってるか知らないコケが、ボールはありがたくもらっておくコケ! さあ持ってくコケ! ワシ!」
「任せろワシ!」
こぼれ玉を拾ったニワトリさんが、そのまま後ろにパス。豪炎寺さんたちのディフェンスから、鳥っぽいフードをかぶったワシさんが外れ、それを私たちの陣地へと運んでいきます。
前半戦から続く、野生の攻撃パターンです。守りは硬さを保ったまま、最低限の人数で攻め上がる構図。そしてそれを、私たちが複数人で当たって止める、といういつものやつ。
舌打ちを堪えつつ息を吐くと、壁山さんがオドオド申し訳なさそうな顔を、痛むお尻をさする私に向けてきました。失点への不安よりも、そっちの方が癪に障ります。
「はあ、もう。やっぱりこれです。壁山さんの失敗なのに、どうして私が痛い思いをしちゃってるのかしら」
「そ、それは、その……ご、ごめんなさいッス……」
「……いえ、別に謝っちゃってもらわなくてもいいんですけどね」
私の苛立ちは正当なものだとは思いますが、しかし努めて怒声は呑み込みます。壁山さんを委縮させてしまっては、【イナズマ落とし】はいつまでたっても完成させられません。
なのでどうにかこうにかフォローの言葉も捻り出し、倒れてしまった壁山さんに手をさし伸ばします。
「とにかく、高所恐怖症さえ克服すればいいんです。下を見ないで、空か私だけ見ていること。いいですね? もしまたボールが来たら、もう一回ですよ?」
「は、はいッス……」
土門さんたちが連携してボールを取り返したのを横目に、壁山さんはその巨体を酷く縮めて頷き、私の手を握りました。