雷門中のベータちゃん! ~連載版~   作:もちごめさん

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全国の壁山ファンへごめんなさい。(エッチな本)


第十九話 イナズマ落とし

 そしてその後、有言実行の円堂さんと皆さんは何度も私たちへボールを送ってくれました。恐らく、その半分くらいは【イナズマ落とし】を打つところまで持って行けたと思います。

 ですがその全てが、やはり失敗に終わってしまいました。

 

 

「きゃうっ……! いたたた……」

 

「フッ……【イナズマ落とし】だか何だか知らないコケが、毎回タダでボールがもらえるんだからありがたい限りコケ!」

 

 

 幾度目とも知れない落下。何度も繰り返されたせいで拷問でも受けているような心地です。そしてその度に楽にボールが奪えるニワトリさんにとっては、笑いが止まらないといった状況でしょう。ニヤッと、彼は思わずといったふうに唇の端を歪めました。

 そして私たちの間抜けな有様に警戒する気が失せ始めているのかさっきよりも私から距離を離し、代わりにフォワードの本能が溢れ気味にさせているチーターさんへとパスを出しました。

 

 そこから今度はヘビさんに繋がって、野生の攻撃ターン。いつも通りのそれを見送って、背中まで響いてきた痛みに耐えつつ、次のシュートのために、倒れる壁山さんにまた手を伸ばします。

 

 

「壁山さん、ほら立って。次こそ成功させますよ」

 

「………」

 

 

 返事もなければ、とうとう指し伸ばした手も無視されてしまいました。私の台詞の棒読み感のせいでしょうか。だとしたら、心にもないことを言っているのは確かなので言い訳のしようがないのですが……。

 しかし【イナズマ落とし】のためには放置もできません。さてどうしようかと、さらに耳障りのいい台詞を考えていた、その時でした。

 

 

「AAAAAAAーーーーーーッッ!!!」

 

「……? またあの監督さんの――」

 

 

 咆哮のような指示。口にする前に、私はその内容を眼で(・・)知ることとなりました。

 

 ゴール前でディフェンスに加わっていた野生ミッドフィールダーと一部のディフェンダーが、咆哮と同時に走り出したのです。目指す先はもちろん我ら雷門のゴール。守備を固めていた彼らの、突然の攻勢です。

 

 

「っ! ああなるほど、プレスで体力消耗したところを一気に、ってことですか! 皆さん下がって!」

 

 

 度々攻めてきてたゴリラさんとかはともかく、他の人たちは体力なんて有り余ってるでしょう。さらに言うなら、時間的には後半戦ももう終盤。一気に攻めて勝ち越し、先制点から緩んだこちらの攻撃意識が再始動する前に試合を終わらせる、というような作戦だったに違いありません。

 

 負けている野生が守りを固めたその理由を今更理解しましたが、したところでそんなものはもはや無意味。できることといえば、攻め込んでいく野生選手たちを追って行った豪炎寺さんや染岡さんに続き、私も前線を下げて総出で野生の総攻撃に対抗することのみでしょう。

 つまりもちろん、壁山さんも下がらねばならない場面です。鼓舞はもはや声を出す間も惜しく、私は無理矢理にでも壁山さんを引っぱり起こそうと――したのですが、やっぱり壁山さんは全く動こうともしません。もしや怪我でもしたのかと、その不動っぷりに心配が湧いてきた時でした。

 

 

「……俺のことは構わないで、行ってくださいッス、米田さん」

 

「……どういう意味で言っちゃってるのかしら、それ」

 

 

 声色から、その質問の答えは明らかでした。だから無理矢理起こそうとした手も彼の肩から離れたのですが、しかし、だからといって認められるわけもありません。少なくとも声色ではなく、言葉でそれを聞くまでは。

 いえ、それでも納得なんてものは出てこず、代わりに呑み込んだはずの憤りがせり上がってきました。

 

 

「俺……もう、無理ッス。米田さんみたいな、サッカーの才能なんてないんッスよ……。【イナズマ落とし】も……ディフェンスだってどうせ……」

 

「今更、何言っちゃってるんですか。壁山さん、尾刈斗の時の分も頑張るってやる気出してたじゃないですか」

 

「尾刈斗……そうッス。尾刈斗と戦った時だって、俺、碌に役に立てなかったのに……っ。そんな分際で必殺技とか、できるわけがなかったんス……っ!」

 

「……もうっ、不貞腐れ方がめんどくさいですね……! 弟さんにそんな情けない姿を見せちゃってもいいんですか!?」

 

「でも……やっぱり無理ッス!」

 

 

 あの失礼な子供を出してやっても、効果がないほどの心の折れっぷりでした。

 

 確かに壁山さんに私ほどの才能なんてないでしょう。それは厳然たる事実だと、私も思います。しかしそれは彼だけでなく、この場のほぼ全員がそう。私並みの才能の持ち主なんて、精々豪炎寺さんくらいです。

 しかしそれくらいの腕前でもサッカーはできます。そして今壁山さんは、それすら放棄し蹲ってしまったのです。

 

 こうなってしまえば才能がどうこうの前に、ただ邪魔。本当に邪魔者。【イナズマ落とし】においても壁山さんは、言ってしまえばポンコツでしたが、今は妨害しているのも同然。

 

 もはや使うこともできないお邪魔虫です。

 故にムカっと来たものは止められず、顔にも出ていたと思うのですが、すぐにそこには焦りもが加わってしまいました。

 

 

「【スーパーアルマジロ】!!」

 

「くッ、キラースライ……ぐわぁッ!?」

 

「ああっ、土門さん!」

 

 

 野生の猛攻は、雷門が抑え込むには激しすぎた様子でした。既に中間は突破され、ボールは私たちのディフェンスラインの内側。そこで決死のディフェンスを試みていた土門さんですが、しかし転がる野生選手の巨体が【キラースライド】を弾き飛ばしてようです。

 ディフェンス陣はそれで壊滅。ボールは上げられ、そこにコンドルさんが突っ込むようにヘディングを放ちました。

 

 

「【コンドルダイブ】!!」

 

「まだまだっ! これくらい――!?」

 

 

 円堂さんがそのシュートに【ゴッドハンド】の構えを取りますが、寸前、私と同時に気付きます。それはシュートではなく、パス。かつての尾刈斗戦で染岡さんが【ドラゴントルネード】を編み出したあれと同じような、言うなればシュートチェイン。

 

「もらったゴリ!! 【ターザンキック】!!」

 

「っ、やば――!」

 

 

 ボールは円堂さんが守るゴールから僅かに逸れ、彼の意識の外側、ツタを伝ってターザンしてきたゴリラさんが打ちました。

 

 二つの必殺技を掛け合わせても、威力は【ゴッドハンド】を打ち破るには足りないでしょう。が、想定していた軌道を変えられたせいで、円堂さんはその【ゴッドハンド】を発動させる間がありません。

 

 決められた。私を含めて恐らく皆さんがそう思いました。

 しかし――

 

 

「――させ、るかあぁぁッッ!! 【ねっけつパンチ】!!」

 

 

 キャッチではなく、パンチング。雄叫びと共にシュートへと飛び込み、熱い炎を纏った円堂さんのパンチがボールを捉えました。

 【ゴッドハンド】よりも取り回しがきく、彼の新たな必殺技です。私たちですら知らなかったそれを野生が予期できるはずもなく、得点を確信していた彼らの顔には驚愕が飛び出しています。

 

 

「う、うそゴリ……!? まさかこれを止めるなんて……! それに、その必殺技は……!?」

 

「そうですよキャプテン! セーブは嬉しいけど……いつの間に新しいキーパー技、使えるようになってたんですか!?」

 

「へへっ、ベータがバンバン必殺技を使ってるのが羨ましくってさ、俺もこっそり特訓してたんだよ。あとは……みんなが必死に守ろうとしたボールだから、かな。絶対止めなきゃって思ったら、できたんだよ!」

 

 

 ゴリラさんに続いて栗松さん目を瞬かせましたが、そんなことを言う円堂さん。しかもどうやらその【ねっけつパンチ】とやら、言い口から察するにぶっつけ本番で完成させたもののようです。

 【イナズマ落とし】の時に彼が言ったように、試合の中で出来上がった必殺技である故にか、続く彼の言葉に、何を言っても顔を上げようとしなかった壁山さんがピクリと反応を示しました。

 

 

「……それに俺は、ベータと壁山に約束したからな。“【イナズマ落とし】を成功させるまでボールを上げ続ける”って。それまでは、何があってもゴールは譲らない!」

 

「きゃ、キャプテン……」

 

 

 大声に加えて、その熱い意志。聞こうとせずとも鼓膜に響くそれに、ようやく壁山さんが顔を上げました。

 そしてその眼には、同じく円堂さんの熱意に奮起した他の皆さんの姿が映ったはずです。

 

 

「そうだ……ボールを、壁山たちに……!」

 

「円堂に頼ってばっかりじゃだめだ……! 俺たちも、ボールを繋ぐんだっ!」

 

「壁山と、米田先輩に繋げば、【イナズマ落とし】で決めてくれます……っ!」

 

「み、みんなまで……っ!」

 

 

 先ほどあっさり突破されてしまったのが嘘だったんじゃないかと思うくらい、パスが繋がり始めました。皆さん必死で、残った体力を絞り尽くさんばかりに走り、プレス戦術で野生選手たちと競っています。

 そして徐々にではありますがボールが前へ、私たちの下へと近づいてくる光景は、またも壁山さんを刺激したようです。必死に戦う皆さんを見つめたまま、彼は呆然と呟きました。

 

 

「みんな……ど、どうして……っ! どうして、そこまで……」

 

「信じているからだ、お前たちを」

 

「あら、豪炎寺さんいつの間に」

 

 

 戻って来ていたんでしょう。座り込む壁山さんを知らぬ間に傍で見下ろしていた豪炎寺さんに首を傾げますが、しかし彼の視線は今は壁山さんのみに向いていて、その口はまっすぐ続いて言いました。

 

 

「壁山、お前が【イナズマ落とし】を諦めるってことはみんなの信頼と、あの頑張りを裏切るってことだ。……お前は本当にそれでいいのか、壁山? みんなの思いを前にして、本当にお前は立てないのか?」

 

「お、俺は……っ」

 

「……はあ。本当にめんどくさくなっちゃってますねぇ、壁山さん。いいですか? あなたはただ、下を見ずにジャンプすればいいだけです。……そうですね、私を見つめていればいいんです。それだけで皆さんの信頼に応えられちゃうんですから。ね、簡単でしょう?」

 

 

 サッカーの才能がないだとか知りませんが、そんな簡単なことくらい、壁山さんにもできるはずです。

 技術や才能といった以前の選択を私たちが迫ると同時に、壁山さんを見つめる視界の端で、ボールを保持する半田さんが野生選手の集団から抜け出る姿を認めました。あとは私たちまで一直線。絶好のシュートチャンスです。

 

 壁山さんの肩に手を掛け、再び引き起こします。彼の身体は――今度はオレの力に抗わない。立ち上がり、見せる眼差しは揺れはしても、確かに覚悟を決めていた。

 壁山はようやく、心を決められたようだった。

 

 

「行くぞ、壁山!」

 

「は、はいッス……!」

 

 

 同時に駆け出す。反応してニワトリが付いてくるが、そんなものに構っている時間はない。無視して攻め込むと、半田のパスが豪炎寺へ渡った。僅かに残った野生のディフェンダーが、豪炎寺に当たろうとオレたちの横をすり抜けるが――

 

 

「う、おおおォォォッッ!!」

 

「ぐ、ぐわあああぁぁッ!?」

 

「な、なんてタックル……ッ!!」

 

 

 豪炎寺は無理矢理押し退けたらしい。そしてオレたちがまっすぐペナルティエリア間近までたどり着くと、同じくサイドを駆け上がっていた豪炎寺から、鋭く放たれるパス。

 

 

「決めろッ!! ベータ、壁山!!」

 

「任せろッ!!」

 

「はいッス!!」

 

「何回やっても無駄コケッ!!」

 

 

 ボールが高く上げられ、同時にオレと壁山がジャンプ。それを追って跳んでくるニワトリの高さはやはりオレたちのさらに上だが、しかしこれもやはり、二段ジャンプで越えるのは余裕なはずだ。……壁山の高所恐怖症が邪魔をしさえしなければ。

 

 足場にするため眼下の壁山を見下ろせば、やはり壁山は怯えているようだった。覚悟は決まれど恐怖を消し去るには至らなかったということなのか、オレへと視線を固定しようとしているもののどうしても気になるらしく、徐々に視線が地面へと下がりつつあるのがはっきり分かる。

 下がりきって遠い大地を眼にしてしまえば、今までの失敗の繰り返しになってしまうだろう。恐らく最初で最後のチャンスに、もうそんな失敗はごめんだ。

 

 

「壁山ッ!! 下を見るんじゃねぇ!! オレから眼を離すなッ!!」

 

「よ、米田さんッ……! 俺、でも……ッ!」

 

 

 下がる視線は、しかし怒鳴っても止まらない。どうすればいいのか、不安に傾く壁山の顔を凝視したまま、脳味噌が思考を弾けさせる。

 

 その結果――私はふと、ロッカールームの鞄にしまったある物(・・・)を思い出したのでした。

 

 

「――エッチな本の件、皆さんにバラしちゃいますよ?」

 

「ひゅッ――!!!??」

 

 

 一瞬にして表情が凍り付いた壁山さんから、首を絞められたみたいな息が漏れました。

 そこからさらに一瞬後、血の気の一切が失せた顔から文字通り冷や汗が噴き出して、理解することを放棄するかのように全身までが硬直。下に向きかけた眼と身体も私を見つめて固まって、仰け反り気味だった彼の大きなお腹はちょうど仰向けで水平でした。

 

 ちょうどよく固定され、彼は完璧な土台になったのです。踏みつけ跳んだ二段ジャンプはニワトリさんを飛び越え、そしてその安定性は私のバランスを崩すこともありませんでした。

 上がったボールを追い、超高度で【ダブルショット】の要領で体勢を入れ替えて、叩き落とすようにオーバーヘッドキック。

 

 ようやく、成功させられました。

 

 

「これが――【イナズマ落とし】ですッ!!」

 

「コケェッ!!? い、イノシシッ!!」

 

「わ、ワイルドク――ああッ……!!」

 

 

 散々失敗するところばかりを見せられていたニワトリさんと、そしてキーパーのイノシシさん。そんなところにいきなり放たれた完成形の【イナズマ落とし】。イナズマを纏ってほとんど垂直に降り注ぐそれに、反応が遅れた二人は触れることすらできません。シュートはそのまま、ゴールへと突き刺さりました。

 

 鳴り響く笛と実況の方の声。ほとんど同時に未だ固まったままの壁山さんが墜落して、その一拍後に私も着地します。どうにか技を成功させたことに安堵の息を吐くと、ふとポンと肩を叩かれ、振り返って見やれば豪炎寺さん薄い笑みを浮かべていました。

 

 

「やったな、ベータ」

 

「はい、やっと決めれちゃいました。これでもう失敗して痛い思いをせずに済んじゃいますね」

 

 

 壁山さんが今のでコツか何か掴んでくれていれば、の話ですが。また同じ脅しをしてもいいですが、気まずいので正直やりたくはありません。

 

 そんな私の内なる思いが届いたのか、得点のホイッスルの後、再び甲高い笛の音がフィールドに響きました。つまり、試合終了ということ。【イナズマ落とし】の二発目はチャレンジせずに済みそうです。

 しかしその代わり、満面の笑みをたたえた円堂さんがはるばるこっちまで突っ込んできていました。

 

 

「【イナズマ落とし】、すごかったぜベータ!! やっぱりお前に任せて大正解だ!! お前もそう思うだろ!?」

 

「んー……まあ、はい。そうですね。頑張った甲斐がありました」

 

 

 2-0の点数差的にそもそも打つ必要のないシュートでしたが、終わってみれば褒められて悪い気はしません。思っていたよりもそれなりな威力も出ましたし。

 疲れ切った様子ながらも集まってきた他の皆さんからもそういう視線があったせいで、つい適当な柄も満足の台詞を口走ってしまいまいました。

 

 そして口走ってしまってから、気付きました。これはもしかしたら、今後も【イナズマ落とし】を打つことを要求される試合が来ちゃったりするんでしょうか。満足そうにうんうん頷く円堂さんを見るに、そんな気がしてなりません。

 ならば壁山さんはどうなのかと、私は仰向けに倒れ伏したままの彼に視線を移し――そこで首をかしげることになりました。

 

 

「……壁山さん、なんでそんな変な顔、しちゃってるんですか?」

 

 

 【イナズマ落とし】の時はこの世の終わりかのような状態だったのに、今はなぜか頬に血の気が増して逆に赤い顔。しかもなぜか視線を泳がせ、もじもじと身をよじっています。

 起き上がり、恐る恐るに身を寄せた彼は、小さな声で呟くように答えました。

 

 

「そ、その……よ、米田さん、俺が河川敷で拾ったエッチな本、見ちゃったんッスよね……?」

 

「……ちょっとだけですけどね」

 

 

 セクハラか何かでしょうか。壁山さんはさらに顔の熱と落ち着きのなさを増して、そして私に耳打ちしてきました。

 

 

「あの本に、その……お、女の人に踏まれて喜ぶってのがあって……お、俺、【イナズマ落とし】で米田さんに踏まれた時、そ……それを、思い出しちゃって……」

 

 

 知ってしまった、と。

 

 たぶん壁山さんは、初めての感情に混乱してしまっているんでしょう。でなければそんな痴態を私に報告なんてするわけがありません。

 男の子の暴走。これも見て見ぬふりをしてあげるべきなんでしょう。

 

 

「……えー、キモーい……」

 

 

 無理でした。しかも壁山さんが私の本音にさらに顔を赤くしてもじもじしてしまうせいで、私はしばらく彼に近寄れなくなってしまうのでした。




壁山くんはベータちゃんに「キモーい」って言ってもらうための尊い犠牲になりました。

連続更新はこれにて終了。次の更新を待たれよ。
あと誤字報告をありがとうございます。ヒロインの名前を間違える醜態を晒し続けるところでした。
あと感想ください。

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