雷門中のベータちゃん! ~連載版~   作:もちごめさん

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第二話 河川敷のストライカー

 秋さん共々ジャージに着替え、私たちは円堂さんの待つ河川敷までやってきました。イナズママークが光る橋のたもと、堤防の下にある公共のサッカーグラウンドです。

 学校に練習する場所がないために、いつも仕方なくそこを使っているそうです。弱小部とはかくも無常なものなのかと、ちょっぴりかわいそうに思いましたが、学校から距離があることはともかくグラウンド自体はちゃんとしたもの。七人しかいないという部員が練習するには十分すぎる広さです。なので私はてっきり、円堂さんを含めたその七人がそこで練習をしているものだと、そう思っていたのですが――。

 

 ポジションがゴールキーパーであるらしい円堂さんの練習相手たちは、いずれもいずれも小さい少年少女たちでした。

 

「ねえ秋さん、どうして円堂さんは、小学生と練習しちゃってるんでしょう」

 

「それは……他に練習相手がいないからだよ」

 

「どうしていないんでしょう。サッカー部の部員は走り込みにでも行っちゃったのかしら」

 

「それは……その……帝国なんかに勝てるわけないって、みんなやる気をなくしちゃってるからだよ……」

 

 秋さんの隣でベンチに腰掛けながら、とんでもない事態が明らかになってしまいました。つまり円堂さん以外は全員サボっているというわけです。

 

 『勝てるわけがない』と思ってしまう気持ちはわかります。帝国学園の“少年サッカー界最強”というネームバリューにはそれほどの力がありますし、むしろそれが普通の感覚でしょう。

 が、だからといってこれはないんじゃないでしょうか。せっかく決心したのにこれでは肩透かしにもほどがあります。部員六人にやる気がないのなら、私がいようが円堂さんがあと三人を集めようが、今度こそ無意味です。

 

「……円堂さん以外、もう戦う気がないのなら、私が助っ人する意味ってあります?」

 

 そんなことを、思うだけでなく口にも出してしまうくらい。

 秋さんは苦笑いしつつ、しかしまっすぐと、小学生たちのシュートを防ぎ続ける円堂さんを見つめ言います。

 

「あるよ。確かに今はみんな気持ちが落ち込んじゃってるけど、でも彼らもサッカーがやりたくてサッカー部に入部したんだもん。きっと大丈夫。それに……」

 

「……それに?」

 

「佳ちゃんがいるもの。佳ちゃんのプレーを見たら、きっとみんな勝てるかもってやる気出してくれるよ」

 

 だとしても、まず私のプレーを見せるために引きこもりの部員さんたちを部室から引っ張り出してくる必要があるわけですが。

 

「またそんな……。何回も言ってますけど、あんまり期待されちゃっても困ります。私にはブランクが何年も――」

 

「そのブランクをどうにかするための練習よ。ほら、頑張って勘を取り戻してきてね!」

 

 聞く耳もたずでサッカーボールを押し付けてくる秋さんは、きっと手紙でしか知らない私の実際のプレーが見られると高揚しているのでしょう。河川敷にやってくるまでに調子を取り戻したので、彼女のテンションもいつもより高いのです。

 そんな彼女の圧に私はそれ以上言い返すこともできず、されるがままにボールを受け取るとベンチを追い出され、円堂さんの下まで赴くことになりました。

 試合ができない可能性が高まったのに錆落としなんてする意味があるのか、という思いは出血大サービス的に秋さんに免じてひとまず呑み込み、小学生たちのプレーに集中している円堂さんに声を掛けます。

 

「あの、円堂さん。そろそろやっちゃっていいですか? 私の練習」

 

「ああ! けどちょっと待ってくれ、まこと竜介(りゅうすけ)のペアが最後なんだ!」

 

 まこさんと竜介くん、円堂さんが構えるゴール前でボールの競り合いをしている女の子と男の子のことでしょう。一対一で、見た限りまこさんが攻めで竜介くんが守り側。前者がシュートを決めるか後者がボールを奪うか、一対一の練習であるようです。

 見やれば二人ともなかなかいい動きをしています。“小学生にしては”という形容詞が付きますが。

 

「……こんな小学生相手で、円堂さん、練習になっちゃってます?」

 

 肩透かしのこともあってつい口に出てしまいました。聞こえてしまったようで、小学生二人の表情がムッとなります。

 しかし円堂さんはあくまでこの練習を楽しんでいるようで、ちらりと笑顔が返ってきました。

 

「ああ! あいつら結構やるんだぜ? まこに至っては必殺シュートまで使えるようになったんだから! ……ま、今日初めて聞いたんだけどな!」

 

 チームの紅一点であるまこさんの必殺シュート。例えばヒールリフトやエラシコなんかの技術とは違う、自身のエネルギーを使って放つ、その人にしか使えない文字通りの必殺技のことでしょう。幼くしてそれが使えるのであれば、それは確かにすごいことです。

 実際、当時の私のチームメイトには、私以外に必殺技を使える人なんていませんでした。だからこそ、私が加入後すぐでチームのエースになったわけですが。

 

 と、当時を思い返しているうち、まこさんと竜介くんの競り合いはまこさんに軍配が上がったようで、ドリブルでガンガン詰めてきます。ペナルティーエリア前までボールを持ってきて、そしてムッとしたままのその顔が、円堂さんではなく私の方に向きました。

 

「おねーさん、あたしのことバカにしてるみたいだけど……見くびらないでよね! あたしたち、これでもこのあたりじゃ敵なしなんだから! ……その証拠、見せてあげる!」

 

「あっ、まこお前、必殺技使う気かよ!? やめとけって! 使えるようになったっていっても、成功したの一回だけじゃん!」

 

 まこさんに抜き去られた竜介くんが慌てたように叫び、まこさんはギクッと身体を強張らせました。が、しかし啖呵を切った手前、もう止まれなかったのでしょう。彼女は大きくボールをけり上げました。

 

「っ! いくよ、円堂ちゃん!」

 

「よし、来いっ!」

 

 グッと腰を落とし、構える円堂さん。見据える先、ボールに続いてジャンプしたまこさんは脚を振りかぶって力を溜め、そして放ちました。

 

「【すいせいシュート】っ!!」

 

 たくさん練習したんでしょう。一度しか成功していないという割に、そこまでの動きはとても滑らかで力強いものでした。『このあたりじゃ敵なし』というのも、全く嘘ではないでしょう。将来有望です。

 ですがやはり、“小学生にしては”の形容詞は取れません。

 

「あっ――!!」

 

 ボールを蹴り抜くインパクトの瞬間、足に溜めた力をコントロールしきれていないのか、僅かに芯がブレました。それは威力だけでなくボールの軌道にも影響を及ぼし、彗星の尾を引きながら打ち放たれたボールはその結果、

 

「ッ! 危ないッ!!」

 

「佳ちゃんっ!!」

 

 ゴールの傍で見物していた、私めがけて襲い掛かってきました。

 

 円堂さんと秋さんだけでなく、他の小学生たちからも息を呑むような悲鳴の音が漏れ聞こえました。私は秋さんと同じジャージ姿で女子ですから、彼らにはただのマネージャーだと思われているのでしょう。事故を想像してしまったに違いありません。

 が、実際私は、ブランクはあれどかつてサッカーに励んでいた身。自分に向かって飛んでくるボールへの反応は、どうやら失われていなかったようでした。

 持っていたボールをわきに抛り、迎え撃つ体勢。足の角度を合わせて垂直に弾いて受け止める――はずでしたがしかし、そうなる前に円堂さん。

 

「うおおおぉぉッッ!!」

 

「きゃっ……!」

 

 ゴールポストを飛び越え、私に迫りくるシュートに飛び込んでパンチングしてみせたのです。

 並みのキーパーならとても間に合わなかっただろうスーパーセーブ。弾かれたシュートからは彗星の如き勢いが完全に失われ、私の頭上を緩い弧を描いて飛び越えていきました。

 顔から滑り込むような格好で飛び込んできた円堂さんのせいで尻餅をついてしまった私は、背後に消えるその軌跡を見送って、そこで我に返りました。円堂さんに手を伸ばし、助け起こしながら息を吐きます。

 

「随分無茶しちゃうんですね。大丈夫……ではないみたい」

 

「いやいや、俺は全然平気! それよりベータは大丈夫か?」

 

 そうなんでもなさそうに返す円堂さんの顔には、言葉に反して赤い擦り傷ができてしまっています。見やれば足にも同じような、土に汚れた傷痕。これは秋さんの救急箱が必要でしょう。

 なので呼ぼうとすると、その途中で罪悪感を噛みしめる羽目になったまこさんの謝罪が割り込んできます。

 

「あ、あの、ごめ――」

 

 私と円堂さん、二人に向けて頭を下げようとして――

 

「いてェッ!? あーくそ、骨折れたんじゃねぇのこれ!? おい誰だ、コイツ蹴ったのは!!」

 

 その時さらに、荒々しい怒声がまこさんの声を断ち切りました。

 

 背後からです。振り返ると、長身痩躯と小太りの、いかにも不良といった風体の男二人組が、サッカーボールを足蹴にして吠え立てていました。

 何があったかは明らかです。円堂さんが弾き、跳んでいってしまったボールがぶつかってしまったのでしょう。威力は完全に殺されていたので、怪我はもちろん大した痛みもあるとは思えませんが、あからさまな様子で痛がっています。

 

「っやば――っ、()てて……」

 

「え、円堂くん……! 佳ちゃん……!」

 

 円堂さんが慌てて立ち上がろうとして、すぐに顔が歪んで膝が落ちてしまいます。救急箱を手にして二重に心配そうな秋さんを見るに、私の見立てよりもけがの程度は酷いみたいです。

 そして小学生たち、とくにまこさんなんかは自分が蹴ったボールで起きたこと故に、もう半泣き状態で震えてしまっています。

 不良の相手ができるのは、私以外にいなさそうです。

 

「……ちょっとあの方たちと、お話ししちゃってきますね」

 

「佳ちゃん……」

 

「大丈夫ですよ。どうせ“不良もどき”です」

 

 大して痛くないのに小芝居をするような連中です。大したこともないでしょう。

 そしてやっぱり、頭を下げてみるとその通りでした。

 

「ごめんなさい。弾いたボールが飛んで行っちゃって……。どこか当たっちゃいましたか?」

 

「あ゛ぁ゛ん!? ごめんなさいって、テメ――あ……お、おう。いや、だいじょう……い、いやいや、頭に当たっちまったかなぁ! いてぇいてぇ!」

 

「わ、わぁ! そいつは大変っすね安井さん! 頭の怪我って、その、脳みそとかが危なくて……と、とにかくやばいっす! 重症っす! こりゃもう、責任とって優しぃーく看病してもらわないとっすねぇ!」

 

 痛みも怪我もなくてもこちらに非があることは間違いないので素直に申し訳ないふうになって言うと――たぶん女子が出て来るとは思わなかったのでしょう、不良もどきたちはちょっと動揺したそぶりを見せました。

 そしてたちまち怒りが変化し、代わりに垣間見えるのはありありとした下心。自分の容姿が整っていることは自覚していますが、ここまでストレートに欲を向けられるとさすがに気持ち悪いです。

 おかげで、僅かではありましたが存在した謝罪の気持ちは、一瞬で一片残さず消え去りました。

 

「あら、それは大変! すぐ病院に行ったほうがいいですねぇ。重症なら、素人の手当てなんかじゃどうにもなりませんもの」

 

「へへ、そんなことねェって。お前らのせいで怪我したんだからよ、お前が治すのがスジってもんだろ?」

 

「そうっすそうっす! それにあんたも、こんなくだらない玉蹴りなんてしてないで、俺たちと一緒に来た方がずっと楽しいぜぇ?」

 

 やっぱり私が行って正解でした。この分では円堂さんや秋さんが応対しても、事態は悪化しかしなかったに違いありません。事実、横目に見える円堂さんと秋さんは、サッカーを『くだらない玉蹴り』なんて言われたことにムッとなってしまっています。

 まあ私はこんなアウトロー気取りが何を言おうと気になりませんが、しかしそれはそれとして、もちろんこんなおバカさんたちとデートする気もありません。だから彼らの一人、長身痩躯が、焦れたのか私の腕を掴んで引こうとしたその瞬間、言葉がわからないらしい彼らに実力行使を決めました。

 

 彼の頭を直撃し、今はその足元に転がるサッカーボール。私を連れ去ろうとすることに夢中で見向きもされていないそれに、私はそっと足を乗せ――

 思い切り力を込めて踏みつけました。

 

「ぐべっ!?」

 

「や、安井さぁん!?」

 

 長身痩躯の顎が、サッカーボールに撥ね上げられました。

 踏みつけたことで圧の力がかかったボールが、同時に足の力の入れ方を変えたことで解放され、真上に放たれたのです。それでも普通は男の人にダメージを与えられるような威力にはなりませんが、そこは私の技術。身体がそれ(・・)を覚えていました。

 

 今回の場合、それはアッパーカットとなって、しかも長身痩躯の身体をも浮かばせてなぎ倒しました。失神したのかピクピクしつつ倒れ込み、それを見つめる小太りの方は事態が呑み込めていないのかあんぐりと口を開け唖然としています。

 ざまあみろって感じです。つい悪いものが出てしまいそうになって抑えるも、気付けば嫌味は全開になっていました。

 

「あらお可哀そう。『くだらない球蹴り』なんて言ってしまったから、ボールが怒っちゃったんでしょうか。不思議ですねぇ」

 

「な……こ、この女……!」

 

 そこでようやく、長身痩躯を伸した犯人が私だと気付いたんでしょう。小太りが肩をいからせます。が、直後落下してきたボールにびくりと身をすくめてしまいました。

 たぶん彼の兄貴分であった長身痩躯を倒してしまったそれ。小太りは弾むそれを凝視していましたが、やがて歯を食いしばり、忌々しげに足を振り上げます。

 

「くッ……この……こんなもん……ッ!」

 

 怒りに任せて蹴り飛ばそうとしたんでしょうが、それは途中で停止してしまいます。ボールがバウンドしているせいか狙いが付けられていないようで、重心もブレてふらふらです。

 啖呵を切っての素人っぷりが滑稽で、笑ってしまいそうにもなりましたが、しかし次の瞬間、小太りは奇跡的に、足にボールを当てることに成功しました。

 

「――どひぇっ」

 

 と、勢い余って尻餅をつきはしたものの、その勢いの分、絶妙にスライス回転がかかったボールは鋭い軌道を描いて空を切り――そして私にはかすりもせず、明後日の方向に飛んでいきました。

 私を狙ってくるようならボレーでお返ししてやるつもりでしたが、その必要もなさそうです。なら後方に消えていく素人のミスキックは見逃して、最後のお片づけ。のびている長身痩躯もろとも小太りも追い払ってしまいましょう。

 そのために頭の中で幾通りかの嫌味の台詞を巡らせた、その一瞬後でした。

 

「――っ!」

 

 気付きました。ボールが飛んでいったのは私の背後。小太り自身がそれを狙っていなくとも、そこには円堂さんやまこさんたちが――

 

「っ! 危ないっ!」

 

 円堂さんがまこさんたちを庇う声。私も慌てて振り返ります。

 

 その視界を、見知らぬ男子が横切りました。

 白髪のツンツン頭で鋭い目つきで私服姿の、たぶん私たちと同年代の少年です。恐らく堤防から飛び下りてきたのであろう彼の身体は、ちょうど飛ぶボールの射線上。

 危ない、と、周囲の誰もが思いました。がしかし、それは瞬時に驚愕へと変わります。

 

「ふっ――!!」

 

 彼は空中で、ボールを蹴り返してしまいました。ちょうど私がやろうとしていたボレーシュートに近いでしょうが、しかしすべてがまるで違います。落下の勢いも乗ったそれは火炎を撒き散らし、ボールは竜巻のように回転しながら来た道と全く同じ軌道を辿って私の横を突き抜けていったのです。

 

 背後で「おひゃあっ!」と小太りの間抜けな声がして、次いで長身の「ぶへっ!」という既視感のある断末魔が聞こえ、最後にまた人が倒れ込むような音が聞こえました。たぶん長身痩躯は私のアッパーカットからタイミングよく意識を取り戻し、そしてこれまたタイミングよく彼のボレーシュートを食らってしまったんでしょう。

 振り返り、それを確認しようという気は起きませんでした。なぜなら私は、頬に残る火炎竜巻の熱と、そこから伝わる威力のすごさに、今までに感じたことのない衝撃を受けていたのです。

 

(すごい威力のシュート……この白い男子、いったい……)

 

 自分以外で初めて出会った、すごいと思えるストライカー。着地した彼に小太りが「て、てめぇ……!」と馬鹿の一つ覚えみたいに口火を切り、睨み返されただけでお手本のような捨て台詞を吐いて駆け去っていく音を背に聞きながら、私はその炎のストライカーに、視線を奪われていました。

 

「あ、ありがとう! その、た、助けてくれて!」

 

「……ああ」

 

 まこさんが、未だ衝撃から抜け出せないらしくつっかかりながらストライカーさんにお礼を言いました。それにそっけないながらも柔らかく頷き返した彼は、すぐに彼女に背を向けました。

 クールぶっているのか何なのか、とにかく早々に立ち去るつもりです。そしてそれを、円堂さんは逃しませんでした。

 

「待ってくれよ! 教室では誤魔化されたけど、やっぱりお前、サッカーやってたんだろ!? なあ、豪炎寺!」

 

「………」

 

 白髪ツンツン頭さんは、豪炎寺という名前らしいです。そしてどうやら円堂さんのお知り合いだった様子。

 そして同じクラスの同級生であるそうです。しかし私はその名前を聞いたことがありません。これほどサッカーが上手くて、しかも見た目もかっこいいんですから、話題にくらいなりそうなものですが……。

 

「この前うちのクラスに来た転校生なの。木戸川中からの」

 

「ああ、そういえばそんな話もありましたね。納得しちゃいました」

 

 秋さんが耳打ちして教えてくれました。確かに豪炎寺さんの名前こそ聞きませんでしたが、転校生が来たという噂には私も覚えがあります。

 そして“木戸川”と言えば、帝国にも並ぶサッカーの名門校です。確か去年のフットボールフロンティアでも準優勝の好成績を収めていたはず。あのシュートから察するに、豪炎寺さんはチームのストライカーだったのではないでしょうか。

 

 少なくとも、そこのサッカー部員であったことは間違いないはずです。であるなら必死になって部員を探す円堂さんにとって、私以上にスカウトしたい人材のはず。

 ですが、無言で俯く豪炎寺さんを見るに、勧誘には既に暗雲が立ち込めている様子です。

 

「やっぱり木戸川のあの豪炎寺なんだよな!? 一年なのにレギュラーになって、しかもフットボールフロンティアの決勝まで行った、炎のスーパーストライカー!」

 

「……今は、違う」

 

「なら前はそうだったってことだ! だったら、今度こそ頼むよ! そのすげーキック力、俺たちに貸してくれ!」

 

「やめろ。俺はもう……サッカーはやめたんだ。お前たちの部に手を貸すつもりはない」

 

 すげなく断られてしまいました。

 円堂さんの言葉が本当なら、一年生の時からエースストライカーだった豪炎寺さん。才能はもちろんあるでしょうが、それ以上に相当の練習がなければ、その練習に打ち込めるだけの熱量がなければ、そんなポジションは得られなかったはずです。

 だからそれだけの熱量が、転校を機に消えてなくなるなんてことはそうはないと思うのですが……顔だけ振り向き、円堂さんに言い放った豪炎寺さんのその眼は確かに間違いなく、“諦め”で冷めてしまっていました。

 

「や、やめた、って……なんで。あんなすごいシュートが打てるのに、もったいないじゃないか!? やろうぜ、サッカー!」

 

「……しつこいよ、お前」

 

 いかにクールな豪炎寺さんでもさすがに少しばかりイラついてきたようで、掴まれている腕を乱暴に振りほどこうとしています。

 そして円堂さんは必死にそれに抵抗しながら、私を指さし言いました。

 

「サッカーをやめたなら、また始めればいい! ベータみたいにさ!」

 

「……なに?」

 

 抵抗が一瞬止まって、豪炎寺さんの眼までが私に向きました。

 黙って見守っていただけだったところに、いきなりの注目。何が彼の興味を引いたのか知りませんが、適当に笑顔で返しておきます。

 

「ベータもずっと昔にサッカーをやめてるんだ。けど、やめたからってずっと続けた自分の“サッカー”がなくなるわけじゃない! サッカーをやめたなら、また始めればいいんだよ!」

 

「私は別に再開した気とかないんですけど。今回限りの助っ人って、円堂さん、もしかして忘れちゃってません?」

 

 まさかどさくさに紛れて反故にする気じゃ、とちょっとだけ不安になりました。

 

「あと私の名前、ずっとベータって呼んでますけど違いますからね?」

 

 しかしそんな私の割と真剣なお話も、そして円堂さんの見当はずれな無茶苦茶理論も、豪炎寺さんを笑わせるどころかその表情を変えることすらありません。彼はただじっと、驚いた様子で私のことを見つめていて、そしていい加減見つめられることに私が恥ずかしさを覚え始めた頃、彼、豪炎寺さんはそろりそろりと暗闇の中を手探りで進むように慎重に、言いました。

 

「……お前、サッカー部じゃなかったのか? しかも、サッカーをやめた?」

 

「はい? ええ、ぜーんぶその通りです。豪炎寺さんと同じ、もうサッカーやめちゃった人ですよ」

 

「………」

 

 答えてあげるも、豪炎寺さんからそれ以上の応えはなく、代わりに何か考え込むように俯き、黙りこくってしまいました。

 信じられない、と、伏せたその眼が言っているような気がします。サッカー部でないことも昔にサッカーをやめたことも、そんなに不可解なことでしょうか。さっぱり豪炎寺さんの興味の元がわかりません。

 と、他に返せるような答えも思いつかずにいると、ようやく豪炎寺さんの顔が上がり、そして彼は再び、私へ尋ねました。

 

「なぜ、やめたんだ……? サッカーを」

 

 なぜ。正直、それを言葉にするのは困難でした。

 

 誰かからやめるように言われたとか、チームへの入団直後にエースとなったために生意気だといじめられたりとか、そういうことはありませんでした。チーム同士の仲はよかったと思います。事実、当時のことは楽しい思い出です。

 大会で優勝した時も、同じでした。みんな喜んでくれたし、私も嬉しかったし楽しかった。ですが、ある日ふと、そうじゃなくなった(・・・・・・・・・)のです。

 

「別に、変わった理由なんてないですよ。……だってほら、その頃の私って子供でしたし、子供の興味って次々移り変わるものじゃないですか」

 

 新しい玩具を買ってもらっても、すぐに別の玩具に目移りしてしまう。たぶん、そんな感じ。

 

「あれと同じで、いつの間にかサッカーを楽しいと思えなくなっちゃった(・・・・・・・・・・・・・・)。単純に、飽きちゃったんです」

 

 それだけです。つまるところ私にもよくわからない、なんとなく、の気分の延長線上。特別、説明できることはありません。

 我ながらなんだそれはというような理由ですが、他に言いようがないのです。彼がなぜ私がサッカーをやめた理由なんてものを知りたかったのか、わかりませんが、少なくともこれは彼の求めたものではないでしょう。心の中でごめんなさいと、あとしょうがないことを思い出してしまった故のため息が出ました。

 が、

 

「……? どうかしました? 私、何か変なこと言っちゃったかしら?」

 

 豪炎寺さんが、怪訝な表情をしていました。それどころか秋さんや円堂さんも目をぱちくりしています。

 みんな、“何を言っているんだ”とでも言わんばかりです。“何を下らないことを”ならまだしも、“私の言ったことが理解できない”といったふうな表情。そんな顔をされるようなことを言ったつもりはないんですが……。

 

 やがて、豪炎寺さんが声を取り戻しました。

 

「いや……」

 

 口ごもり、言葉に悩むそぶりを見せてから、ようやく彼は抽象的に言いました。

 

「……そんな奴に使える技には、見えなかったんだがな」

 

 不良たちに食らわしてあげたボールのアッパーのことを言っているのだとわかっても、その真意はいまいちわかりませんでした。

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