「新必殺技だ!」
「基本練習が大事だってことは、野生戦でイヤってほど思い知らされたんでやんすけど……」
「やっぱり、どうしても俺たちも使えるようになりたいんです! 特訓さえすれば、きっと俺たちも壁山みたいに、できることがあると思うんです!」
「必殺シュートじゃなくても、米田の【スピニングアッパー】とか土門の【キラースライド】とか、そういうオフェンスディフェンスの技とかさ、使えるようになったら結構便利だと思うんだよね!」
「だから今日は、基本練習よりも必殺技の開発の方を重点的にやらせてください! お願いします!」
と、立て続けに必殺技への想いをしゃべった後、彼ら“非必殺技持ち”の皆さんは、私たち“必殺技持ち”へと揃って頭を下げました。
主に円堂さんに対しての訴えでしたが、羨望に関してははっきり私たちへと向いています。おかげで土門さんは取り繕い切れていない引き攣った苦笑いを浮かべ、壁山さんは優越感かニマニマ顔です。
そして、私は納得を以ってして彼らの願望を受け止めます。まあ、そうなっちゃうでしょうねぇ、と。
野生戦を終えて間もなくの練習日、いざ始めようという時にいきなり皆さん揃って訴えかけてくるというのはさすがに驚きではありましたが、その願望を抱くことになった経緯に関しては、特に不思議とも思いません。
当時、対野生中のために新必殺技を会得しようと苦労していた彼らの熱意は相当なものでしたし、円堂さんが持ってきた秘伝書から【イナズマ落とし】を私と壁山さんで特訓することが決まった後もそれは同様。実際に試合での必殺技の活躍、先の私たち三人による必殺技の数々が、その憧れを燃え上がらせる燃料にならないはずがないのです。
要するに彼らの想いを纏めれば、『お前たちだけ必殺技使えてずるい!』ということです。身もふたもない要約ですが、しかし動機と理由が純真だからこそ、その懇願は無下にし辛くなっています。
故に私は必死に脳内で言葉を選んでいたわけですが、しかし壁山さんと同様に呑気だった円堂さんが、私の脳味噌が台詞をまとめる前に、笑顔で「うん」と頷いてしまいました。
「そうだな。確かに必殺技さえ使えてれば、ずうっとゾーンプレスしなくちゃならないなんてことにもならなかったかもしれないし……。よし、じゃあ今日はみんなで必殺技の特訓だ!」
「ありがとう、円堂! それで俺、思ったんだけどさ……確か土門の【キラースライド】って、前にいた学校で教えてもらった必殺技なんだろ? だったら俺たちも覚えられないかな?」
「えっ!? その……え、えーっと……」
「それに、【イナズマ落とし】もそうだったけど、最初から形がわかってる必殺技の方が覚えやすい……かも、だしね。フフフ……」
「……ええっとぉ……」
乗り気になってしまった円堂さんに加えて風丸さんと、珍しいことに普段は存在感の薄い影野さんも主張してきます。そしてその矛先は土門さん。引き攣った笑みが、どんどんそのぎこちなさを増してきていました。
彼がこうまで挙動不審なのは、彼が帝国学園のスパイであるからです。正確にはそのことを私に知られてしまっているからであり、いつ暴露されるのかと怯えているから。それとたぶん……私たちを裏切っていることに対する罪悪感が、彼の中にしこりとなって存在しているから。
そう考える私が、彼の善性を信じたいという個人的な感情に傾倒していることは、正直、否定できません。しかしこの推察は決して妄想ではないはずです。もし彼が本当にただの悪人であったなら、スパイ行為が私に露見する前、初対面の時から続くあの隔意はいったい何だというのでしょう。
きっとあれは、幼馴染である秋さんや、その友人である私を欺かなければならないことに対する罪悪感、スパイになった事への後悔です。もちろんそれこそただの憶測で、証拠なんてないから、私は今日まで秋さんはおろか土門さん本人とも、このことについて話し合えていないわけですが。
降り積もった思考がいつものように沈みかけていることに気付き、私はそれを断ち切り顔を上げました。しどろもどろな土門さんが助けを求めるように私の方を見ていて、それで安堵と一緒に仕方なく息を吐き、切り替えます。
別の思考回路を再起動させ、ずっとこねくり回していた否定の台詞を言いました。
――もとい、言おうとしたのですが。
「だが、今は必殺技の特訓はしない方がいい。だろう、ベータ」
豪炎寺さんに取られてしまいました。
とはいえその通りで付け加えることも見当たらないので、私は頷くしかありません。渋々首を縦に振ると、半端な肩透かしでも気が抜けてしまった皆さんに代わって、円堂さんが首を傾げてくれました。
「なんでだよ? 河川敷ならスペースは余りまくってるし、何なら俺だって協力するぞ?」
「そうじゃなくって、ほら」
円堂さんと、ついでに彼と同様わかっていない皆さんを促して、指し示したのは橋の上。そこにいる大勢の人影は、最近一気に増えてきたギャラリーです。
しかしそれがどれだけ重大な問題なのか、円堂さんは教えてあげても尚わかっていません。
「あれがどうしたんだ?」
「『どうしたんだ』って……見られちゃってるじゃないですか」
「? いいじゃないか、練習風景くらい見せてあげても。こういうのって、ファンサービスってやつだろ?」
なわけないじゃないですか。ちょっとした基礎練習の風景を後悔するならまだしも、必殺技を喧伝するサービスなんて、そんな頭のおかしなことはありません。
そして何より、彼らは“ファン”なんかではないのです。
「いいですか、円堂さん。……それに皆さんも、わかってないみたいですけど――」
「あれは他校の偵察隊よ。あなたたちのデータを取りに来ているのよ」
またも遮られ、堤防の上から現れたのは雷門さん。彼女は階段を下りながら、「偵察ぅ!?」と驚く皆さんに続けました。
「帝国、尾刈斗、そして野生と、弱小だったはずの我が校が強豪校に立て続けに勝利しているんだもの。他の学校が私たちを調査するのは、普通に考えて当たり前のことじゃない」
「……また先に言われちゃいましたけど、そういうことです。そんな環境で必殺技の特訓なんてしても、対策されちゃうのがオチでしょう? 野生戦の時みたいに」
豪炎寺さんの【ファイアトルネード】も私の【ダブルショット】も、いずれもタイミングを掴まれて抑え込まれてしまったあの試合。皆さんは私たちよりも実力的に劣るわけですから、仮に相手が野生ほどの身体能力を持たずとも、きっと似たようなことになってしまうでしょう。
時間を無駄にしている余裕は、未だ弱小部との評価が拭えない私たちにはありません。それは半田さんたちも自覚しているはずです。
「だから、やっぱり今日は基本練習です。あの偵察の人たちが飽きてくれるまでは、残念ながら必殺技の特訓はお預けですね」
「うぅ……それは……うぅん……」
「身体能力を高めれば、そのぶん必殺技でできることも広がる。しっかり基礎を身につけてから改めて挑戦すればいいさ。いや、むしろそっちの方がいい。自分の必殺技をより強力なものにしたいなら、な」
「それはわかってるんですけど……」
「どうにか、ならないですかね……? たとえばほら……誰にも見られないような場所で練習するとか!」
「どこにあるんだよ、そんなの」
「きっとどこかに使ってない倉庫だったり……なんて、都合がよすぎかぁ……」
豪炎寺さんの正論があっても尚未練がましい半田さんたちに、風丸さんが呆れ顔で鼻を鳴らしました。そのとおり、そんな都合のいい施設が都合よく見つかるなんてこと、あるはずがありません。
それこそ、どこかの誰かが酔狂で使われなくなった設備か何かを見つけ出し、整備でもしてくれない限りは。
「……そのことなのだけれど――」
と、何故かニヤついた顔の雷門さんが私を見つめて何やら言いかけた、その時でした。
「ね、ねえみんな。何か、変なのが来ちゃったみたいなんだけど……」
秋さんが言いました。彼女の視線を追って見上げると、土手の上、秋さんが乗ってきたリムジンの傍に、レーダーやら何やらが付いて物々しい雰囲気の大きなトラックが二台、現れました。並んで停車した荷台から、それぞれ男の子が降りてきます。
とげウニみたいな頭の子と、もう一人、外跳ね髪の釣り目の子が、ゴーグルのようなバイザーを外して階段を下ってきました。橋上の人たちでさえこちらに来ようとはしなかったのに、すごい度胸です。
あまりにも堂々と、自然に歩いて来たために円堂さんが反応するのも少々遅れたくらいでした。
「なっ……お、おい、勝手にグラウンドに入らないでくれよ! 今、俺たち練習中なんだ!」
「なら、なぜ必殺技の特訓をしない?」
「……なに?」
私たちの会話が聞こえていたんでしょうか。とすれば、あのトラックの偵察装置はかなり高性能なようです。
彼らが橋上の人たちと同類であることは明らかですが、しかし、ならばなぜ彼らはわざわざ出てきて、しかも話しかけてきたのでしょう。
「もしかして、わざわざ見学しに来てくれちゃったんですか? だとしたらごめんなさい。今日は必殺技の練習、できそうにないんです。あなたたちみたいなのが邪魔なせいで」
円堂さんじゃあるまいし、そんなことは彼らも承知しているはずです。しかし、ウニ頭さんはまるで顔色を変えず、ロボットみたいに無感情に言いました。
「必殺技を秘匿しているのだとしたら、それは無意味だ。君たちがいくら情報を絞ろうが、もはや意味はない」
「へぇ、そりゃなんでだ?」
「君たちのデータは既に取集、解析済みだ。今更、何を画策しようが、我々には百パーセント勝てない」
染岡さんが挑発気味に凄んで聞き返すと、平然と出てきたそんな応え。今度こそ皆さん、訳がわからないといった表情になってしまいます。
「『勝てない』? 何を言うかと思えば……。それに『収集』だの『解析』だのって、誰なんだよお前たち」
「わからないのか? ……ふむ、その鈍感さはデータにないな。修正しておこう」
「なんだかバカにしてくれちゃってるみたいですけど、そういうあなたは一つ前の質問を忘れちゃったわけじゃありませんよね? だとしたら、ちゃあんと名乗れるはずでしょう?」
私も挑発をつけ足して、それでようやく、ほんの僅かに一瞬だけ表情を動かしたウニ頭の彼は答えました。
「……私は、御影専農中学サッカー部キャプテン、キーパーの杉森 威だ」
「同じく、フォワードの下鶴 改」
「御影専農中?」
聞き覚えのある校名ではありません。だというのに、二人はそれだけ言って、十分だろうというふうに無機質な眼をするばかり。
しかし数秒後、音無さんがハッとしたふうに声を上げました。
「御影専農……って、そうです! 地区予選で同じブロックの学校ですよ! つまり、私たちの次の対戦相手です!」
「ああ、そういえば……。トーナメント表にそんな校名、ありましたねぇ」
言われて私も思い出します。そして、気付きました。偵察も含まれはするでしょうが、彼らの目的はもっと別です。
「……なるほどな。つまりお前ら、俺たちに喧嘩を売りに来たってことかよ。試合前に俺たちを揺さぶっておこうってわけだ」
姑息な挑発。見かけによらずなやり口は、染岡さん共々、憤りよりも呆れが先に来るほどでした。
しかしどうやら、少なくとも御影の二人にはそんなつもりがないようです。その無表情を僅かに歪め、不思議そうに言いました。
「なぜ我々が君たちに喧嘩なんてものを売るんだ? 喧嘩とは、同じレベルの者同士でしか成立しないものだろう」
「は……?」
「我々は解析したデータから、君たちの戦力をDマイナスと評価している。つまり、我々のはるか格下だ。そんな我々が君たちに争いを仕掛けるとすれば、それは喧嘩ではなく蹂躙、駆除とでも称するのが適当だろう」
「なんッ……!! か、格下だと!? それに、駆除……てめぇ、言わせておけばッ!!」
淡々と突き付けてくる評価とやらに、染岡さんはあっさりプッツンしてしまいます。皆さんもざわめき始めました。普段なら揶揄いつつも止めてあげるのが私の役目でしょうが、しかしこんなことを言われてしまえばそんな気にもなれません。
なんなら染岡さんのお株を奪って襟首でも締め上げてやりたいくらいでしたが、しかし憤りが行く所まで行きつく前に、キャプテンとしての責任感か、一人冷静を保っていた円堂さんが全員を制します。
「やめろ、染岡。みんなもだ」
「止めてくれるな円堂!! こんな奴ら、俺が追い出して――!?」
「自己紹介が遅れて悪い。俺、雷門サッカー部キャプテン、円堂 守だ」
「……杉森 威だ」
円堂さんにとっても面白くないはずなのに、それをおくびにも出さないしかつめらしい顔で皆さんを黙らせ、彼は握手の手を差し出しました。ここに来ての堂々とした友好的な対応は杉森さんにしても意外なものだったようで、応えて握る声は先ほどよりも間が空き、少し気後れ気味に思えます。
しかしそれでも結局握手はなされ、そこで円堂さんは初めて感情らしい感情――不敵に笑い、言いました。
「俺たちのことを格下だって言うからには、自分たちの力にすっごい自信があるんだろうけど……あんまり俺たちのこと、舐めない方がいいぜ?」
「……なぜだ? 我々にはデータがある。それによって再現した君たちとも既に試合をし、勝利も確認した。負ける要素など存在しない」
「だとしても、データはデータだ。当日に戦うのはデータじゃなくて、俺たち自身だろ?
「っ……!」
言い放たれた言葉の迫力は、ともすれば私までも呑み込まれてしまいそうなほど力強いものでした。
なんというかちょっぴり業腹ですが、彼の背中が大きく見えます。挑発如きに腹を立ててしまった自分が急に幼稚に見えてしまって、同じような衝撃だったのか、周囲からも苛立ちの気配が消えていきました。
「円堂さんって……時々格言みたいなこと言っちゃいますよね。感心しちゃいます。ほんとに時々ですけど」
「えっ? そ、そうかなぁ……?」
皮肉半分で褒めてあげたら途端にふにゃりと嬉しそうに緩む顔。落差が酷くて台無し感が否めませんが、こういう親しみやすいところも円堂さんの魅力の一つでもあるわけで……。
ともかく、故に純粋なサッカーへの熱意で皆を引き付ける円堂さんですが、しかしそんな熱意は、杉森さんには少々熱すぎたようでした。
「理解……不能だ」
「あん?」
「データを上回る? そんなことはあり得ない。すべての事象はデータの元、完璧にシミュレートされ、そこに間違いなどあるはずがない。……もしや、データそのものの不備を疑っているのか? であれば、それこそあり得ない話だ。帝国学園の情報収集能力は、全国で見ても群を抜いているだろう」
「帝国? おい、なんで今、帝国の名前が出てくるんだよ?」
脈絡なく出てきた名前に思わず声を上げ、そしてそれに我に返る杉森さん。すっと上がった眼が半田さんを捉えると、誰にも思いもよらなかったことを、彼は答えました。
「我々が持つ君たちのデータが、帝国学園より提供されたものだからだ。君たちの試合内容、練習風景の映像、そして個人データに至るまで、全て」
「っ……!」
皆さんが驚きに息を呑み、私だけが土門さんに視線を向けました。が、しかし最初に土門さんの顔にあったのは皆さんと同じ驚きの表情。それから私の視線に気付き、彼は周りにバレないように小さく、しかし必死に、青い顔を横に振りました。
その情報源は自分ではない、という主張。その必死の否定を、さすがに嘘だとは思いたくありません。とはいえ情報漏洩の原因が土門さんのスパイ行為以外に考えられないというのは、私はもちろん土門さん本人にとっても正直なところです。
だからたぶん真相は、要するに無断転用なのでしょう。土門さんが持ち出した雷門の情報が帝国ではなく御影専農のために使われるという話を、彼は聞かされていなかったのかもしれません。
そしてこれも“たぶん”の、根拠のない憶測でしかありませんが、土門さんにとってスパイとは、精々が豪炎寺さんか、もしかしたら私に対する監視程度の意味合いでしかなかったのではないでしょうか。きっと“帝国が雷門と戦う時に少しばかり有利に立ち回れる”とか、彼にとってはそれくらいの軽い認識であったと思うのです。
なんて、またも個人的な感情で想像を働かせつつ、それをこの場で口に出せるはずもない私は、ただ慄くことしかできません。しかし対して杉森さんは完全に調子を取り戻してしまったようで、見やればその顔はすっかり鉄仮面に戻っていました。
「どうやら帝国は、君たち雷門にこれ以上勝ち上がってほしくないらしい。帝国学園の総帥が直接、我々の練習を視察しに来てくださったんだ」
「な、なんだよそれ……! どうしてそんなことを……」
「俺たちがあいつらに勝っちゃったから、とか……? ほら、音無も言ってたじゃん。噂になってるとかなんとか……」
「え、ええ……。確かに、『帝国が一点に泣いた』とか、『実は雷門、すごいチームなんじゃ?』とか、色々ありますけど……」
「うぅん……だからって、あいつらがそんなことするかなぁ? 試合をする前に潰してやろうってことだろ? それって」
確かにそこは疑問です。ボッコボコにはされたり嫌味な感じではありましたが、同時に帝国はサッカープレイヤーとしての矜持もしっかりと持ち合わせたチームでした。土門さんがそうだったように、最強とうたわれる彼らが、言ってしまえば戦いから逃げてまで勝利を求めるとは、私もとても思えません。
しかし現実は現実。同時に、データだ解析だと言うウニ頭さんたちが、こんなくだらない嘘をつく理由も思いつきません。矛盾は、もはや私たちの頭で真相を推理することが不可能なほどでした。
正解が出てこない思考がまたも積み重ねられ、ぐるぐると脳内を回り始めます。とうとう頭に鈍い痛みまで生じ始めて、思わず私は目を瞑って頭を抱えました。
目の前の彼らの動きを、ちょうど認識できなくなった時です。
「……まあ、こんなところで考えててもしょうがないさ。それよりも、御影専農。喧嘩売りに来たんじゃないなら、お前たち結局なにしに来たんだよ? データが揃ってるってんなら、偵察でもないんだろ?」
風丸さんが言いました。そして直後、風丸さんに怪訝を向けられた二人が、機械的に応答し――
「いわば、最終確認だ。君たちのチームにおける、唯一の不確定要素。それを確かめておくことを、総帥に勧められただけだ」
「ッ!? ベータ!!」
「え――」
意識が正面に戻らぬうちに、円堂さんの声が響きました。反射の勢いで顔を上げると、すぐ目前。下鶴さんが、もう真正面に接近してきていました。
「【スーパースキャン】」
「きゃっ……!」
そのまま突っ込んで来て、反射的に身をよじった私の傍を、まるでその動きを予測していたかのように容易くすり抜けていきます。しかも私の足元にあったボールが奪われて、拍子に転ばされてしまうおまけつきです。
いったい何のつもりだと文句を言おうとしましたが、その前に、心なしか得意げな杉森さんの声。
「やはり、問題がないことを確認した」
そしてさらに続けて、今度はまたも下鶴さんが動きました。くるりと背を向け、遠いゴールネットへ向き直り、そして――
「なっ……!? あれは!!」
「米田さんの……」
「【ダブルショット】!?」
高く上げた足で、彼は思いっきりボールを踏みつけました。
あとはもう見慣れた通り。“力”を受けてボールが二つに分裂し、高く舞い上がるそれを追って下鶴さんもジャンプ。頂点で、両足を使ってオーバーヘッドキック。
私の【ダブルショット】を、彼は打ち放ちました。
「【ダブルショット】」
長い軌跡を引き、ほとんどコートの三分の二を飛翔したボールが、誰もいないゴールネットを揺らしました。誰もが信じられないと言葉を失う中、着地した杉森さんと下鶴さんは、私たちに背を向け、興味を失ったかのように言い捨てます。
「目的は完了した。これでもう、この場ですべきことはない」
「総帥の言う通り、君たちとのサッカーは害虫駆除作業にしかならない」
そして乗ってきたトレーラーへと乗り込み、去って行ってしまいました。
その背に、彼らが吐いた台詞に対する糾弾を叫べた人はいませんでした。中々にひどいことを言われましたが、そのショック以上に目の前で起きた光景が衝撃的だったのです。
ようやく我に返ったのは、車の音が遠ざかり、そして完全に消え去った頃でした。
「で、データを解析したとは言っていましたが、まさか必殺技までコピーしてしまうほどとは……」
「間違いなく、【ダブルショット】だったわ。しかもあんな遠くから……。佳ちゃん、大丈夫……?」
心配そうな秋さん。こけてしまったのと必殺技を奪われたの、二種の心配で私のことをおずおずと覗き込んできます。
がしかし、少なくとも必殺技に関しての衝撃は、そもそも私の中にはありません。服と手に付いた土を払って立ち上がると、私は小首を傾げながらそれを口にしました。
「全然大丈夫です。というか、皆さんびっくりしすぎじゃないですか? 必殺技をコピーされたからって、そんなの気にするほどのことじゃないと思うんですけど」
「は、はぁ!? どうでもいいってお前……やべぇとは思わねぇのかよ!? あんなにあっさり真似されて――」
染岡さんがやかましくなりそうなので私はそこらに転がるボールを取り、黙らせるために蹴りました。もちろんただ蹴ったのではなく、ヒールリフト。そこから上げたボールを回転しながら追いかけて、炎を纏い、左足で蹴り抜きました。
「【ファイアトルネード】っと!」
「え……!?」
「なっ……!?」
しかし、近い方のゴールを狙ったそのシュートは途中で失速。炎も途中で途切れ、ワンバウンドしてからゴールにぽてぽて入りました。とても豪炎寺さんの【ファイアトルネード】には及ばない完成度です。
「あらら、失敗。……でも、見ての通りです。誰かの必殺技をマネすることって、そんなに難しくないと思います。ちゃんと練習しないと威力はこんなですし、そもそも必殺技自体に個々人の向き不向きだってあると思いますけど……少なくとも、一から必殺技を創りだすよりは簡単なんじゃないかしら」
影野さんも言っていましたが、半田さんたちが必殺技を覚えたいのならこうやって誰かの必殺技を伝授してもらうのも一つの選択肢でしょう。そう言うと、なぜか皆さん呆れ半分の顔になってしまいました。
「……たぶん、そんな簡単にやれるのは米田さんだけでやんす」
「なんかもう……すげえな、米田って。ほんとに」
しみじみ言う皆さん。私、何か変なこと言ってしまったでしょうか。
すると、雷門さんが気まずい空気に割って入ってくれました。
「こほん。いいかしら? 真似でも何でもいいけれど、必殺技を習得するには秘密の特訓場が必要だって話、さっきしてたわよね?」
「え? あ、ああ。そうだったな」
「あの人たちのせいで途切れてしまったけれど、私、その特訓場所に心当たりがあるの」
「へぇ、そうなんだ」
円堂さんが応じ、頷きました。なるほど、確かにそれはいいことです。それなら半田さんたちの望みも叶って彼らも喜ぶでしょう。お手柄を上げた雷門さんは、なぜだかだんだんつまらなそうな顔になっていますが。
「……って、え? 特訓場所?」
遅れて理解が追い付きました。
「ええそうよ。伝説のイナズマイレブンが使っていた、地下の秘密特訓場。整備もしておいてあげたから……もう、いいわ。好きに使えば」
まるでドッキリが失敗した子供みたいにしゅんとして、雷門さんも去って行きました。
そしてまた車の音が遠ざかり、その後。
「「「「ええぇーーーっ!!?」」」」
遅れに遅れて、皆さん声を上げました。