御影専農からのボールで後半戦が再開しました。そして彼らはやはりこちらの動きがわかっているかのように、的確なプレーで切り込んできます。
そのせいで皆さんなかなか彼らの攻撃を止められませんが、しかし、前半戦終了直前に円堂さんがコピーの【ファイアトルネード】を止めてみせたせいもあり、皆さんの対抗心はむしろ燃え上がっている様子です。おかげで全力のプレーが、とうとう私の指示なしでも出始めて、その結果――
「今度こそ止めてやるッ!! うおおッ!!」
「ぐわっ!?」
「いいぞ風丸!! ナイスプレー!!」
「ほら早く! さっさと米田さんにパス、パス!」
一度追い抜かされてからまた追いつき、風丸さんがボール奪取に成功しました。円堂さんが声を上げ、そして……やっぱり冬海先生も叫んでいます。
しかもなぜだかさっきよりも必死な感じです。本当にどうしてしまったんでしょうか。
今考えることではないとわかっていても、やっぱりどうしても気になってしまいます。それでもどうにか意識から締め出して、私は努めて集中して周囲に指示を出し、パスを繋げてどうにか私の下までボールを持ってこさせました。
「よし……! やってやれベータ! またしくじったら承知しねぇぞ!」
「わかってます! ていうか、さっきのシュートも別に何かミスしちゃったわけじゃないですし……!」
染岡さんの乱暴な激励に言い返しつつ、今度はドリブルで走ります。ディフェンダーの一人を躱し、ペナルティーエリアのほど近く。今度のゴールまでの距離は、さっきの半分以下です。
「これなら、外れようがありませんよねッ!」
「……なら、試してみるといい……!」
身構えて強気に言いつつ、キーパーの杉森さんは視線を一瞬横に向けます。その先にはこちらへ駆け寄ってくるディフェンダーが二人。またあのもにょるディフェンスフォーメーションとやらでしょうか。
(――関係ねぇ……全部ぶち飛ばしてやるッ!!)
ディフェンダーもキーパーも、邪魔するならもろともゴールに叩き込んでやるだけだ。
シュート体勢に入った今、もはや止める術はない。野生のような驚異的なジャンプ力を持っているのならともかく、気流で僅かに軌道を逸らすのが精一杯な奴らにはどうしようもないはずだ。
それでも手があるというのなら、見せてみろ。
「くらえッ!! ダブル――」
ボールを踏みつけ、分裂したそれを追って跳躍しようとした――その時でした。
ふと視界に御影専農のベンチ、そこに腰かける、顔に大きな機械を装着した監督さんの姿が映りました。
なぜ今、眼に付いたのか。その機械のせいで一瞬わかりませんでしたが、すぐにわかりました。膝上のノートパソコンを叩く彼が私を見ています。機械の奥から伸びた視線が私を捉え、にやりと、邪悪に笑っていたのです。
言うなれば悪意の視線が、私の背中に悪寒を走らせたのでした。そしてそれを感じた、次の瞬間。
「きゃ――あうッ……!!」
私の前に飛び出してきた二人のディフェンダーが、一緒に私にタックルしてきたのです。
明らかな反則でした。普通にやっては間に合わない妨害を押し通すための、無理なプレー。避けようがなく、私は弾き飛ばされ地面を転がされてしまいます。
「ッ!! ベータッ!!」
豪炎寺さんの悲鳴のような声をあげるのと同時に笛が鳴り、試合が止められました。周囲に皆さんの足音が集まる音と、心配する声が聞こえて、突き飛ばされたせいでクラクラしていた頭に段々と平衡感覚が戻ってきます。
「ベータ!! おい、ベータっ!! 大丈夫か!?」
「え、ええ……なんとか。ちょっと足が痛いかなってくらいです」
しかしその痛みも、ほとんど気にはなりません。ペナルティー上等なタックルを二人からくらってしまったことを思えば、奇跡的な軽症でしょう。
とはいえ、だとしても「よかった」で終わらせられる話であるわけもなく、その憤りは、次いで聞こえてきた杉森さんの声に引き金を引かれることとなりました。
「……対象、健在。ミッションは不達成。さらなる攻撃が必要と判断」
「な……なに、言ってやがる……ッ!! てめぇッ!!」
一瞬、私も聞き間違えかと思ってしまうようなその言葉。染岡さんが顔を真っ赤にして怒鳴るのも当然な、故意の宣告です。
つまり彼ら御影専農は、明確な悪意を以てして私にラフプレーを仕掛け、潰そうとしているということ。さすがに、冷たいものが背筋を伝って行きました。
皆さんの怒りもそれに比例したものだったわけですが、しかし口々に飛び出る罵声は、すぐに止まりました。ゴールから走って飛んできた円堂さんが、一人前に進み出たからです。
厳密にはその顔に、普段の彼からはとても考えられないような凝縮した憤怒が燃えていたから。杉森さんの襟首を締め上げて、円堂さんが皆さんの怒りを叫びました。
「……俺たちのデータを解析したんだろ? 俺たちなんて敵じゃないって……お前、そう言ってたじゃないか……ッ!! なのに、なんでこんなことをするんだよ!! サッカーを穢してまで、なんでお前は――っ!?」
が、その全てを吐き出しきる直前、ハッとなって彼は言葉を切りました。そしてその一瞬後、私たちもその理由に気が付きます。
「なん……だ……? こいつら……」
御影専農選手たちの様子が、なんだか変です。杉森さんは円堂さんの詰め寄られながらまるで無反応ですし、ディフェンダーの二人も審判さんから注意を受けているのに堪えた様子もなく、同じく無表情どこか遠くでも見つめているかのよう。
元々機械のような感じの彼らでしたが、これでは機械そのものです。そしてその無機質な顔に、私と、円堂さんと豪炎寺さんと土門さんは、見覚えがありました。
「まさか、御影のやつら……」
「操られてる……!?」
昨日の帰り道で襲い掛かってきた、ヘンテコヘルメットたち。アレと同じ理屈で、杉森さんたちは頭に装着している電極とコードの小さな装置に操られてしまっているのではないでしょうか。
恐らく、間違っていません。前半戦が至極真っ当だったので忘れかけていましたが、ヘンテコヘルメットたちに御影専農が関わっていることはほとんど確実なのです。動機も技術も、この学校が持っていることは間違いありません。
そのはず……なのですがしかし、そう結論付けられるのは、襲撃事件のことを知っている私たちだけ。土門さん絡みで黙っていたせいもあり、首を傾げる中の一人、マックスさんが、口走った豪炎寺さんと土門さんに不思議そうな顔をしました。
「え……操られてる? 豪炎寺、土門、それってどういう……」
「あっ……い、いや、その……」
「……この前、私、彼らと似たような装置を付けた人たちに襲われちゃったんです」
仕方がありません。我に返ってしどろもどろな土門さんの姿に息を吐き、彼のスパイのことは省きつつ、手を借りながら立ち上がるついでに要点だけを説明します。すると、途端に皆さん眼の色が変わりました。
「じゃ、じゃあ、米田さんすっごく危ないじゃないですか! 試合に出てる場合じゃないですよ!」
「そうッス! 米田さん、早くベンチに下がったほうがいいッス! 冬海先生、選手交代をお願いするッス!」
私が今、とてもまずい状況に置かれていることを皆さん悟ってしまったようで、少林さんに続いて壁山さんが過保護にもそうベンチへと叫びます。
がしかし、冬海先生から返ってきたのは、何を言っているんだと言わんばかりの失笑です。
「ラフプレーの一つで何を弱気になっているんです? 当然、選手交代は許可しません。……米田さんには活躍してもらわないと困るんですよ」
「そ、そうじゃないんでやんす先生! そうじゃなくて、米田さんは――」
「ストップ。もういいです、栗松さん。皆さんも」
心配してくれるのはありがたいですが、たぶん、時間がありません。事なかれ主義な冬海先生が下校時に起きた事件なんてものを認めるとは思えませんし、懇切丁寧に説得するにも、サッカーにタイムアウトはないのです。
審判さんも今は大目に見てくれているようですが、ファウルの処理も終わっていますし、もういつ試合再開でもおかしくない状態。これ以上試合を止めてしまったら、今度はこっちに笛が鳴ってしまいかねません。
それに実際、足の痛みはプレーできないほどではありませんし、相手がラフプレーで来るとわかった今、同じ轍を踏む気も私にはないのです。
「私が抜けちゃったら、皆さんこの試合、負けちゃいますよ?」
だから、私に任せておけばいいのです。未だ心配そうな面持ちの皆さんにそう言って、ダメ押しにもう一つ。
「それに、あの装置が原因だってことはわかってるんですから、やりようはあると思いません?」
「……確かに、な」
納得していなさそうな感じの豪炎寺さんと、そして微妙にわかっていなさそうな染岡さんに耳打ちをしてから、私たちはようやく試合を再開させました。
「よし……行くぞッ!!」
位置に付き、フリーキックを染岡さんが蹴りました。パスの先はもちろん私。洗脳された御影専農選手たちが今だチャンスだと言わんばかりに襲い掛かってきますが、当然それは織り込み済みです。
「来るとわかってたらその程度――なんてことねぇんだよ!! 【スピニングアッパー】!!」
「ッ――!?」
反則上等のチャージタックルをかまそうとしてきたディフェンダーが、オレの必殺技で吹っ飛んだ。がしかし、一人を退けれたとしても、その後には二人、三人が続いてくるのは言うまでもなく、このままやってもキリがないことは明白だ。
であれば、もうシュートを打ちに行くしかない。いつもなら、間違いなくそうしていたであろう状況だったが、しかし。
「豪炎寺ッ!!」
パスを出した。得点目的なら多少の無理を押して強行したかもしれないが、今回の狙いは別だ。御影の標的であるオレは、その適任ではない。
そうして裏をかくこともできた――はずだったのだが、どうやら読まれてしまっていたらしい。豪炎寺がパスを受けるのと同時、その背後から走り込んで来ていたフォワードの下鶴が、すでにスライディングタックルの体勢に入っていたのだ。
「ッぐ……!!」
ギリギリのところで、ファウルの笛は鳴らない。さっきオレが食らった反則プレーとさして変わらない攻撃だっただろうが、しかし、豪炎寺は耐え切った。角度を変えてボールを跳ねさせ、何とか維持した奴は、それを蹴り飛ばす。
「頼むぞ……染岡ッ!!」
最初にオレにパスしてから、ずっと力を溜め続けていた染岡に。
オレを潰そうと寄ってくる御影専農の奴らは、豪炎寺の執念もあってオレたちの側に集中したまま。染岡の正面は、キーパーの杉森まで完全にガラ空きだ。
「うおおおぉぉぉッ!! 【ドラゴンクラッシュ】ッ!!」
「――【ドラゴンクラッシュ】を確認。危険度、低。【シュートポケット】……ッ!?」
これほどお膳立てされた渾身のシュートは、普通の試合ではまず打てないだろう。故に杉森――もとい、杉森を操るデータもその威力を見誤った。
発動された衝撃波のバリア、【シュートポケット】は、【ドラゴンクラッシュ】を止めきれなかった。杉森本体の下まで届き、そのこめかみを掠めてクロスバーにぶち当たる。
そして弾かれ――フィールド外へと飛んでいってしまいました。
得点ならず。ですがしかし、十分です。
「……うまくいったな。よくやった、染岡」
「へっ。どうせならゴールにぶち込んでやるつもりだったんだがな。ちょっとズレちまった」
杉森さんの頭についていた装置、電極とコードは、シュートに引っ掛かって捥ぎ取られ、今は芝生の上に転がっています。彼の洗脳の原因と思われる装置を外させるべく目論んだこの策は、確かに成功させることができたのです。
装置が御影専農の皆さんをおかしくしてしまったのなら、それを取り除けばいい。全員のそれを取り除くことが難しいなら、まずはキャプテンである杉森さんを解放するのがいい。だからこのような手段を取ることに決め、その大役を、じっくりシュートの狙いを付けられる染岡さんに任せたわけなのでした。
しかし……まさか一度で成功させてしまうとは。数度の施行を覚悟していただけに、ちょっと拍子抜けなくらいです。
「でも……完全フリーだったんですよ? 私だったらできて当然な状況ですし、むしろ得点できなかったって、どうなのかしら?」
「あ゛!? なんだと!?」
とはいえそんな感心をそのまま言っては染岡さんを喜ばせてしまうので適当に付け足して、彼の眉間に皺を刻んでやりました。
豪炎寺さんがやれやれと息を吐いた、その時です。
「うぅ……お、俺は、何を……?」
杉森さんが我に返ったようでした。きょろきょろと不思議そうにあたりを見回す人間味を見るに、洗脳もどうやら解けているようです。
そして、もしかしたら洗脳中のことも覚えていないのではないでしょうか。だとしたら話が早く済むかも。そんな期待を持ちつつ、彼にちょいちょいと手招きをしてみせました。
「杉森さん、実は――」
「何をしている杉森っ!! 早くヘッドギアを装着し直せ!!」
「え……は、はい、監督」
しかし御影専農の監督さんの必死な声に遮られてしまいました。
彼が皆さんを洗脳し、操っているのはもはや確定的です。とはいえその証拠はなく、私たちはさらに必死な声で対抗するしかありません。
「だめだ杉森!! お前は、いや、お前たちはその装置で操られていたんだ!!」
「ベータのやつを寄ってたかって潰そうとしてたんだぞ!? まさか素面でやってたわけじゃねぇだろう!?」
「つ、潰す……!? 我々が、ラフプレーを……!? 君たちは、いったい何を言っている!?」
「耳を貸すな杉森ッ!! せっかくの、私の計画が……チッ、こうなったら……!!」
監督さんの指示に、反射的にか装置を拾い上げようとした杉森さんですが、伸びたその手は途中で止まってしまっています。やっぱり洗脳中の記憶はなかったようで、その間の意識の空白が迷いの基になっているに違いありません。
そして監督さんはそのことを察したらしく、舌打ちをしてパソコンを操作し始めます。
「強化洗脳……発動ッ!!」
ぶつぶつ呟き何やら打ち込んだ、その直後。
「う……うわアアァァァッッ!!」
「お、お前たち!?」
「な、なんだ!? 御影のやつら、急に苦しみだしたぞ!?」
杉森さん以外の皆さんが、突然身体を抱えて悲鳴を上げ始めました。実に異様な光景で、おかげで杉森さんの迷いは定まってしまったようです。
明らかな驚愕が、監督さんへと向けられました。
「か、監督!? 何を――」
「黙れッ!! お前たちは私の言う通りに、思うままに働いていればいいのだ!! ……リスクなど、知った事かッ!!」
すると、やがて悲鳴が治まり、皆さんふらふらと幽鬼のように立ちあがります。その顔は苦痛のためか汗まみれであるにもかかわらず、やはり表情がありません。
どう見ても不自然で、そしてそれは、すぐに証明されることとなりました。
笛が鳴り、私がボールを受けるとその瞬間、やはり一斉に襲い掛かってくる御影選手たち。接触して競り合うと、変貌ははっきりと現れました。
「っ……!! こ……れっ、パワーが、段違いに……!!」
強くなっています。体格という差はあれど、さっきまでは確かに対等だった競り合い勝負に、明らかに私が押されてしまっているのです。
このままでは今度こそ、大ダメージを負わされてしまうかも。そんな危機感もが頭をよぎるほどで、心に焦りが生じ始めます。
「ベータ!! こっちだ!!」
「ッ!! 豪炎寺さん!!」
そんな精神状態の中、聞こえた声にそっちを見やれば、豪炎寺さんがゴール前の人の塊から抜け出し、フリーになっていました。もはや活路はそこしかなく、私は押し潰されてしまいそうなディフェンスの隙間をどうにかかいくぐり、パスを蹴り出しました。
「よし、これで――」
「あぶねぇ、豪炎寺ッ!!」
しかし、そのパスは通りません。
側面から、先ほどまでは間に合いようもないほど遠くにいた御影の一人が、一瞬でその距離を詰め切り、もろに足狙いのスライディングタックルを敢行したのです。
「ッ――ぐわぁッ!!」
その速さは、豪炎寺さんでも反応ができませんでした。派手に倒され、そしてボールは相手のものになってしまいます。
またしても、あり得ない状況です。パワーだけでなくスピードも、彼らのそれはさっきまでのプレーはいったい何だったのかと思うくらい、桁違いに上昇してしまっているこの異常事態。
それが御影専農の監督さんの仕業、つまり洗脳装置によるものであることは考えるまでもありませんが、しかしわかったところで大して意味はないでしょう。現状は、明らかに手詰まりです。
私でも手に余るくらいに身体能力を強化されてしまった彼らを、止める術がありません。他の皆さんの洗脳は杉森さんの手を借りて解決するつもりだったのですが、こうも狂暴化されてしまえばそれも不可能。もう一度染岡さんをお膳立てする余裕なんてあるはずがありませんし、直接装置を剥ぎ取ってやるにしても、その前にあのラフプレーにやられてしまうことは確実でしょう。
であれば――
「もう、ぶっ倒すしかねぇな……!!」
「ッ……!!」
もはやオレたちが取れる手段はそれしかない。
豪炎寺からボールを奪ったディフェンダーは、やはりオレを潰すことを第一の目的としているようで、都合のいいことにそのままこっちへ突っ込んでくる。オレはそれを、全力のショルダータックルで迎え撃った。
「なッ……ベータ!?」
「ベータ!? お前、何やってるんだよ!?」
「倒さなけりゃ、オレたちが痛めつけられる羽目になる!! ならその前に、こっちから潰しちまうしかねぇだろ!!」
豪炎寺と円堂の声は非難めいていたが、これ以外に取れる手段などない。このまま何もせずにいても、怪我させられた挙句に試合にも負けるだけだ。
「フットボールフロンティアで優勝するんだろ!? だったら勝つために、こいつらをぶっ潰すしかねぇんだよ!!」
「ふふふ……その通りです米田さん! 皆さんも、この大会が長年の夢だったんでしょう!? だったらほら、何をしてでも勝たないと! 米田さんにシュートを打ってもらわないと!」
「ぐ……確かに、このままじゃ、ただやられちまうだけ……っ」
「やる……しか……ッ!」
冬海は、相変わらずキモいくらいにオレの考えと同期して、声を上げている。そのせいで揺れたのか、染岡の身体にも力が入り始めているようだ。
そして他の奴らも。御影のラフプレーに対抗するしかないことが、理解でき始めているらしい。どうにか競り合っていた敵を押し退けたオレの後に続く気配が、背に感じられた。
そしてその時、それとは真逆の声が、正面から放たれた。
「違う……これは、間違っている!!」
杉森が悲鳴を上げるように吠えた。常軌を逸した様子で自らのチームメイトに訴えかける。
「こんなことは……ラフプレーは、サッカーではない……ッ!! お前たち、正気に戻ってくれッ!!」
しかしそんなキャプテンの懇願も、洗脳された連中には届かない。オレがブロックしてくる一人を押し倒せば、その後ろから今度は二人が露骨に狙って肘を入れてくる始末だ。
状況が好転する気配は一向にない。その様を、御影の監督は鼻で笑った。
「バカめ……。見てみろ杉森、お前以外は全員、私の指令に従っている。……正気を失い、いつも通りに動けていないのは貴様だけだ!」
「そ、そんな……」
「もう一度、チャンスをやる。さっさとヘッドギアを装着し、今までのように私の操り人形となって雷門を潰すのだ!」
言われ、杉森の眼が芝生に転がったままの装置に向いた。迷いを映しながらも、やがて手が伸びていく。
厄介だ。奴が再び洗脳装置の影響下に入り、もし他の奴らのように強化されてしまえば、今の状況での得点はますます厳しくなってしまう。
本当に負けてしまう。
加速度的に増す焦燥に歯噛みした。しかし、杉森の手は装置に届く直前で握り締められ、止まった。
「……できません」
「……なんだと?」
極限の選択だったのだろう。身体を震えさせながら、しかししっかりと監督を見つめ、杉森は言った。
「監督の指令を実行することは、不可能です。それでも監督が指令を変更してくださらないというのであれば、俺は……っ、この試合、もう、戦うことができません……!」
「な、ななんっ……!? すぎ、杉森、貴様……ッ!?」
監督にとってその宣言は、想像だにしないものだったらしい。驚きと、そして怒りのあまりにまともに言葉も喋れていない。
そんな監督を見限ることに決めた杉森は、次に私たちへ、弱々しげに微笑んだ。
「……このチームには、俺以外に正規のキーパーがいない。だから24番、米田 佳のあのロングシュートなら、容易く点が取れるだろう。……いや、豪炎寺 修也や染岡 竜吾のシュートでもそれは同じか。とにかく……ゴールは明け渡す。だから……」
くしゃりと笑みが歪み、押し出すように杉森は頭を下げた。
「俺たちを……終わらせてくれ……っ」
「やっ、やめろ杉森ッ!! きさっ、貴様、そんな勝手なことをして、ただで済むと思っているのか!? バカなことを言うのではないッ!!」
杉森の言葉は事実であるらしく、若干の理性を取り戻した監督が、必死の説得をし始めた。しかし恐らく、杉森が考えを変えることはないだろう。
(ならこれは……千載一遇のチャンス!!)
勝機が見えた。杉森が諦めるというのなら、これほど都合のいいこともない。ゴールの最大の壁たるキーパーがいなくなれば、確かに得点は容易。他の連中の攻撃を躱しながらでも十分に可能だ。
むしろ、普通にやるよりも楽に勝てる――と、張り詰めていた緊張感もほぐれて解けた、その時でした。