「――つまり、俺は鬼道さんの指示で雷門中に潜入して、みんなのデータを帝国に流してたんだ……」
「……そっか、御影専農が私たちの必殺技をコピーできたのは、そういうわけだったのね」
「ああ……。みんな、改めて本当に悪かった……! その上で……虫のいい話だってことはわかってるけど……俺は、これからも雷門イレブンの一員として戦いたい……! どうか、頼む……!」
部室内、皆さんの視線を一身に受け止めながら、土門さんは深々と頭を下げました。
彼自身が願った懺悔の時間。そこで告白されたのは、私たちが認識していた必殺技のデータ流出だけではなく、個人データ戦術データ、果てはイナズマイレブンの秘伝書のことだったり――これは円堂さん以外読めないということで無意味だったようですが――と、想像以上の悪行の数々でした。
黙っていればきっと露見することはなかったでしょうに、それでも自らの意思で曝け出したのは、彼の精一杯の誠意です。そしてそれはきちんと皆さんの心に届いたようで、御影戦での一件と合わさり、今や僅かな疑いすら消え失せてしまったようでした。
その光景に、秋さんも胸をなでおろすことができたようです。当初は幼馴染であるが故に皆さんよりも動揺が大きく、私もそれを予期して今日まで土門さんの裏切りをひた隠しにしてきたのですが、タイミングのおかげで気持ちの整理をする余裕ができたのがよかったのでしょう。
そういったふうに皆さん、土門さんの懺悔に対しておおむね好意的なのですが――しかし一人、ずっと目つきの鋭い子も存在していました。
「虫がいい話って、わかってるじゃないですか。……米田先輩が襲われたのだって、あなたたちのせいなんでしょう? 土門先輩と……鬼道 有人の……」
お腹の奥から染み出したような深い憤りでそう言う音無さん一人だけが、やけに敵対心露でした。
神妙なふうに土門さんの告白を受け止めている皆さんに対して、音無さんのこの様子。土門さんが流出させたおおよそのデータが音無さんが纏めたものだったから、とかそういう理由でムカついているのかもしれません。
しかしどうであれ、私のせいでこれ以上土門さんが悪く言われてしまうのはあまりに居心地悪いです。申し訳なく思いつつも、思わず口を挟んでしまいました。
「アレを土門さんのせいにするのはさすがにちょっと飛躍しすぎだと思います。御影の洗脳装置を使ったのは冬海先生ですし、その御影に情報が渡ったのだって、土門さんと鬼道さんの想定外だったんですよ?」
「そ、それは……はい……。私もそれは、わかってます、けど……」
被害に遭った私から擁護の言葉が出てきたのが意外だったのでしょう。音無さんは目を瞬かせた後、しどろもどろに頷きました。視線に滲ませていた敵意ごと、しゅんとなってしまいます。
こうなれば丸め込むのも簡単です。そのつもりで、若干残った物憂げな様子ごと畳み掛けてやろうとしたのですが、しかしその時、土門さん。随分と生真面目なことに、彼はそれを制して首を横に振りました。
「やめてくれ、ベータ。どうであれ、俺がスパイなんてやらなければあんなことも起こらなかったんだ。……音無が俺のことを許せないなら、それは仕方のないことだよ」
「……でも、だとしても俺は、土門はもう雷門の一員だと思ってる。最初はスパイだったとしても、今はかけがえのない仲間だ! だから、俺からも頼む! みんな……土門のこと、認めてやってくれ……!」
そうして続いて円堂さんが、土門さんと一緒に頭を下げました。
我がチームの精神的支柱までもがそんなことをしてしまえば、その効果は絶大です。呼応して、皆さんがそれぞれしっかりと頷きます。
「……俺たちの気持ちは、御影戦で言った通りでやんすよ、キャプテン」
「そうそう。野生の時も今回も、土門は俺たちと一緒に戦ってくれてた。しっかりこの目に焼き付いてるよ」
「練習の時もそうだ。散々世話になったしさ、認めてくれだなんて、言われるまでもないよ」
そして音無さんも。私に浴びせかけられた冷や水と合わさり冷静を取り戻したようで、申し訳なさそうな顔になっていました。
「わ、私も……その……土門さんが悪い人じゃないってことは、わかってます。ただちょっと、思うところがあって……いえ、ええっと……す、すみませんでした、個人的なことで失礼なことを言ってしまって……」
「いや、謝らないでくれ。……けど、ありがとう……!」
『思うところ』とやらは謎ですが、ともかくこれで大団円。土門さんの件はこれで解決です。
なのでここで、我慢していた指摘を一つ。
「……で、どうして土門さんまでベータ呼びになっちゃうんです?」
「えっ!? い、いやぁ、なんとなくそんな気分で……ほ、ほら、あだ名呼びの方が親近感だって出るだろ?」
「なら私も土門さんのことあだ名で呼んじゃおうかしら。うーん……雷門の土門さんで
「謝るからマジでやめてくれ」
なんてしょうもないやり取りは土門さんの焦り顔で一区切りをつけ、次いで視線を円堂さんへと向けました。土門さんの懺悔も無事に済んだのだから早く今日の練習を始めましょう、という視線はたぶんちゃんと伝わって、彼は嬉しそうな顔で頷きます。
しかしその号令をかける前に、メガネさんが鼻の眼鏡をくいっと押し上げ、口を挟んできました。
「ところで、ちょっといいかな円堂くん」
「うん? ああ、なんだ?」
「次の試合と言いますが……そもそも、監督はどうするつもりなんです? 」
どうするも何も、雷門さんがしっかりクビを切ってくれたじゃないですか。今更冬海先生、もとい冬海が私たちに何かをしてくるとは思えません。
と、なぜだか得意げなメガネさんの物言いに反射的に首をひねりそうになりましたが、寸前、気が付きました。
というか思い出しました。
「あ……そ、そうよ円堂くん! フットボールフロンティア、確か監督がいないチームは出場できないって……!」
秋さんが慌てた様子で言うように、そんなふうに大会規約に書かれていたいたような気がします。
一度だけ流し読みした私の記憶。勘違いであったならよかったのですが、どうやらそんなことはなさそうです。秋さんに続いて雷門さんの顔色も、見やれば一気に気まずそうになっていました。
条件反射的にニンマリ笑みが浮かんでしまいます。
「……監督不在のチームは出場不可。そういえば、そんな条項もありましたねぇ。なのに雷門さん、『あなたのような教師は雷門中学校に相応しくありません』でしたっけ、かっこいいこと言ってクビにしちゃって……」
「ひ、非難されるいわれはないはずよ!? だってあのまま冬海を監督に置き続けたとして、あなたたち、安心してこの先、戦えたのかしら!」
「安心云々の前に私たち、そもそも戦えなくなっちゃったんですけど。大会優勝の夢が潰えちゃうわけですけど。これはさすがに、責任取ってもらっちゃわないと……ですよね? ……マネージャーにして、雑用やってもらうとかどうかしら」
「どうして毎回毎回、私をマネージャーにしようとするのよっ!」
そんなふうに雷門さんがいい反応を見せてくれるからです。
プンプン怒って顔を赤くする雷門さんは、なぜ自分のその反応が私の嗜虐心を刺激するのだとわからないのでしょう。私は不思議でなりません。
そんな心の声は、もしも表に出ていれば『こんな大変な時に何を面白がってるの!』なんて風に続けて怒られたりもしそうですが、しかし実際のところ、事態は秋さんや雷門さんが慄くほど、致命的なものではないでしょう。
問題の原因が“監督の不在”にある以上、解決策なんて一つだけであるからです。
「ま、まあまあ。雷門がマネージャーになるかどうかは置いといてさ。……とにかく、監督がいないと試合に出られないんだろ? なら、新しく監督を見つければいいだけじゃないか!」
「そうは言っても、心当たりとかあるんですか? 私たちの周りで、監督になってくれそうな人なんて……」
「いや、いる。音無も見ただろう? 御影戦の時、雷門と一緒に冬海に対峙した……」
「そうか! あの時の、ラーメン屋のオヤジ!」
豪炎寺さんに続き、土門さんもあの“当て”に気が付きました。音無さんたちにとってはあの時初めて出会った見知らぬおじさまでしょうが、私たちは彼がサッカーと並々ならぬ関係があることを知っています。
「言われてみれば、イナズマイレブンの秘伝書のことを教えてくれたのも、あのオヤジだったな」
風丸さんが『そういえばそうだった』と頷きますがしかし、それだけではありません。おじさま、響木さんに関して私は一つ、かなり自信のある予想があるのです。
“イナズマイレブンの悲劇”とやらを語るその口調。真に迫った災いの警告は、どうにも当事者にしか思えないものでした。
「あのおじさま、たぶん、例の伝説のイナズマイレブン当人だと思うんです。監督にするなら、彼、ぴったりな人材だと思いません?」
嫌だと言われても、最悪、雷門さんと同じ調子で『あなたのせいで試合に出られなくなった』と脅したりもできますし。あらゆる面で彼が適任です。
「えっ!? おじさんが、伝説のイナズマイレブン!? ほんとに!?」
「じゃないかなってだけですけど、たぶんそうだと思いますよ。少なくとも、関係者ではあると思います」
「たとえ違っていたとしても、あの人のサッカーへの情熱は本物だと俺も思う。いいんじゃないかな、円堂」
「ああ! 俺、さっそくお願いしに行ってくるよ!」
豪炎寺さんの同意もあって、円堂さんは勢いよく立ち上がりました。同時に私たちへと送られる視線は『一緒に行こうぜ』と言っているようですが、それには無視をして遮ります。おじさまのあの感じからして、大人数で赴いたって邪魔がられるだけでしょう。
「じゃあ私たちはその間、次の試合に向けて練習ですね。無駄にならないよう、頑張って説得しちゃって来てください、円堂さん、雷門さん」
「……ああ! 任せてくれ!」
「ちょっと!? なんで私まで――」
反射的に不服そうな顔をしてくる雷門さんを、もう一度遮り押し切ります。
「責任の取り方としてこれ以上の物はないと思いますけど。それとも、やっぱりマネージャー、しちゃいます?」
「……だからもう、どうして――」
「決まりだ! 行こうぜ雷門! みんなも特訓頑張ってくれよ!」
「あっ、ちょっと――」
円堂さんにまで最後までしゃべらせてもらえない雷門さんは、そのまま円堂さんに手を引かれ、部室を飛び出していきました。
その様子に秋さんがモヤッとなって、副産物的に心のニヤニヤが満足できてしまいはしましたが、ともかくそれは置いておき、次いで私は円堂さんがいなくなって余計な口が入らなくなった今、提案します。
「さてそれじゃあ……今日の練習は、やっぱり河川敷でいいですよね」
「あ……やっぱりあの秘密特訓場ではやらないんですね」
せっかく言葉にしなかったのに、音無さんが言っちゃいました。本当に、円堂さんがこの場にいなくてよかったです。彼ならば今の台詞でその存在を思い出し、『今日もイナズマイレブンの特訓だ!』なんて言っていたかもしれません。
わたし的には、そして恐らく円堂さん以外の皆さん的にも、御影専農戦の対策として慌てる必要がなくなった今、あんな拷問まがいの特訓なんてやりたいはずがないのです。たとえ過酷な分、効果的であっても。
だから秘密特訓場の名前が出た途端、私含めて全員が過剰反応し、一致団結することになりました。
「い、いやほら、今度こそ必殺技の特訓したいしさ!」
「最近、特訓場に入り浸りだったせいか、河川敷の偵察隊もいなくなってますし! ねっ!」
「そ、そうそう! 御影が【ジャイアントスピン】を作りだせたってことは、俺たちの努力だって間違ってないッスよ、きっと!」
「今度こそものにできると思うから!」
「え……あっ、はい! そうですね!」
皆さんの剣幕で、幸いなことに音無さんも私たちの想いを察することが叶ったようです。まだむくれている秋さんもどうにか宥めて、私たちは河川敷へと向かいました。
「――いいぞ栗松、少林! 【ジャンピングサンダー】、だいぶ形になってきたんじゃねえか?」
「染岡さんが協力してくれたおかげですよ! これならもしかしたら、次の試合に間に合うかも!」
「夢じゃないでやんすよこの完成度なら!」
「そうですね! ……俺たちも負けてられませんよ半田さん……!」
「ああ! 絶対完成させてやる……!」
御影戦で光明を見たというのは、どうやらその場をやり過ごすための嘘というわけではなかったようです。染岡さんと、時折私にもアドバイスされながら練習を繰り返していた四人の必殺技開発は、見ていた限りでも極めて順調。着実に完成へと近づいていくその成果に皆さん益々モチベーションを上げ、どんどん加速度的に上達していっているようでした。
そしてその好調は、彼らシュート技組だけではありません。マックスさんは【クイックドロウ】、影野さんは【コイルターン】と己の必殺技に名前を付けて、その形も出来上がりつつあります。
さらに風丸さんに至っては、しっかり技を完成させてしまっていました。
「素晴らしいダッシュ力とボールキープ力……名付けるならば、そう、【疾風ダッシュ】……! お見事です、風丸くん!」
「陸上部の経験が生きたな。これなら十分、必殺技として通用するはずだ」
「ああ……。ありがとう、メガネ、豪炎寺」
ともすれば瞬間移動にも見えるほど速いドリブルは、メガネさんの命名と豪炎寺さんの評価も全く大げさではありません。陸上部の脚を存分に生かした、まさしく疾風のような見事な必殺技です。
少なくとも、私たちの眼にはそう見えています。だから風丸さんの返事に豪炎寺さんたちほどの喜びがなかったのは、たぶんこういうことなのでしょう。
「やっぱり風丸さん、サイドバックとはいえディフェンダーですし……ディフェンス技も欲しいですねぇ。もうちょっと練習、頑張っちゃいます?」
「あー……、まあ、そうだな……。やっぱり、ディフェンス必殺技もあったほうがいいよな……」
彼のポジション的には、どちらかといえばそっちの方が重要でしょう。マックスさんと影野さんが順調にディフェンス技を完成させつつあるので、そういうのも引っ掛かっているのかもしれません。
そしてそんな焦りを抱いている人が、もう一人。皆さんの練習を見物していた壁山さんが、私たちの会話にピタリと止まり、深々とため息を吐きました。
「……そうッスよね、やっぱり。俺も……【イナズマ落とし】はシュート技ですし、別に編み出さないとだめッスよね……」
二人して私が思った通りに肩を落としてしまいます。特に壁山さん、ディフェンダーの彼がシュート技を使えても、有効活用できる機会は確実に風丸さんのケース以下でしょう。実際、野生戦でも【イナズマ落とし】を使う時は壁山さんをフォワードにしたわけですし。
私がずっと言い続けた問題なわけで、少なからずそれを理解していた壁山さんにはこちらの問題もしっかりと理解できた様子。場に辛気臭い空気が満ちて、ならばと私はその解決策の一部として、染岡さん同様ディフェンス技の監督役になっている土門さんを眼で示しました。
「必殺技のアイデアがないなら、二人とも土門さんに【キラースライド】教えてもらっちゃうのはどうですか? 帝国に変な顔されちゃうかもしれませんけど」
「ん? なになに、俺のこと呼んだ?」
すっかり調子を取り戻し、初対面時に一瞬だけ見た軽薄な感じで反応してくる土門さん。『なになに』とか言っていたくせに全部聞こえていたらしく、「いいよ【キラースライド】教えてあげちゃうよ」とニコニコこっちにやって来ます。
しかし風丸さんと壁山さんは、申し訳なさそうに首を横に振りました。
「いや、なんとなくなんだけど……あの必殺技、俺にはあんまり合わなさそうな気がするんだ。習得はできるかもしれないけど、ほら、ベータも言ってたろ? コピーできても、その精度や威力をどれだけあげられるかはそいつ次第って」
「あんなすごいスライディング、土門さんみたいにできる気がしないッス……。やっぱりこう……【イナズマ落とし】みたいに俺だからこそできる必殺技、みたいな……」
「その方が、結果的にいいかもな。となればやっぱり、壁山はその身体のデカさか。風丸は、スピード……」
「スピード……速さ……そう、風のような……」
壁山さんに限っては合う合わない以前の問題であるようでしたが、ともかく、できるのであればそっちの方がいいことは確かです。豪炎寺さんも納得を示し、そして風丸さんはぶつぶつと連想ゲーム的に技の模索を始めます。
壁山さんや、無下にされた土門さんも「うーん」と喉を鳴らし、乗り気なようですが、しかし、です。
「自分だけの必殺技はいいですけど……今日はもうちょっと遅いですね。今から技の開発に取り掛かるとなると、中途半端なところで終わっちゃうと思います」
空は夕焼けで、もう間もなくいつもの練習終わりの時間です。
「そうだな。今日はもう、終わっておくか。……そういえば、円堂たちは結局戻ってこなかったな。説得が長引いてるのか……」
それに、そう。あれから二人の音沙汰はなしです。
監督候補の響木さんはサッカーに対して思うところがあったようですし、どうせ“イヤイヤ”してるのでしょう。そして二人は、私が思い至った脅し文句を使わなかったに違いありません。
「じゃあ一応、帰りがけに様子見に行っちゃいましょうか」
「……お前、余計なことを言って怒らせるなよ……?」
怒らせたって首を縦に振らせればいいんです。不穏を感じ取ったらしい豪炎寺さんににっこり微笑みかけようとして、その時でした。
「わっ、私も行く! いいよね、佳ちゃん!?」
秋さんがいきなり話に割って入ってきました。円堂さんと雷門さんのデートは思いのほか彼女に効いていたようで、押し切られ、結局私と豪炎寺さんと秋さんの三人で、響木さんのラーメン屋さんへ赴くこととなりました。