雷門中のベータちゃん! ~連載版~   作:もちごめさん

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第二十八話 病院の同士

 そうして私たちは豪炎寺さんのお父さまが勤めている病院へと赴き、そして想像通りの診断を受けることになりました。

 

 

「……米田くんは問題ないようだ。骨にも筋肉にも異常は見られなかったよ」

 

「ありがとうございます、先生」

 

「うむ。だが……修也、お前の足に残るダメージは無視できない。さほど酷くはないのは幸いだが……わかっているだろうな? しばらく運動は控えるように。当然、サッカーも禁止だ」

 

 

 レントゲン写真を片手に、豪炎寺さんのお父さまは粛々と告げました。足のダメージの原因は二人ともあの反則タックルなのですが、彼の診断に対して私は無傷。本当に運が良かったようです。

 しかしだからこそ、豪炎寺さんにとっては受け入れることの難しい診断だったことでしょう。大会の最中での“サッカー禁止”という無慈悲な宣告に俯き、黙ってそれを聞いていた彼でしたが、やはり理解はできても納得することは難しかったようでした。ぽつりと、往生際悪く漏らします。

 

 

「……『しばらく』って、どれくらいですか。試合までに、治りますか……?」

 

「そんなわけがないだろう。……ドクターストップだ。試合は諦めろ」

 

「でも……っ。父さん、俺、大して痛みはありません……! 状態も酷くはないのなら――」

 

「一生車椅子の生活を送りたいのか」

 

 

 我慢の限界を迎えて勢いよく噴き出した豪炎寺さんの懇願は、しかしお父さまに冷たく切って捨てられてしまいます。有無を言わさぬ迫力に豪炎寺さんはたたらを踏んでしまい、言葉に詰まっているうちに、お父さまが続けます。

 

 

「例え小さな怪我だろうが、悪化させれば取り返しのつかないことになり得る。そうなった時に後悔しても、もう遅い。お前はたかがサッカーのために足を潰す気なのか」

 

「……いえ」

 

「ならば言うことを聞いて、おとなしくしていなさい。全く……嘆かわしいな、修也。こんなことになるなら……」

 

 

 捻り出したような豪炎寺さんの返事の後、お父さまはそこまで言って、ちらと私を見やると、深々とため息を吐きました。

 

 そこで一旦会話が途切れ、沈黙の間。実際はたった数秒なのでしょうが体感では遥かに長い時間の後、お父さまはふいと視線を切りました。

 

 

「……いい機会だ。おとなしく家で医者の勉強でもしていなさい」

 

「………………はい」

 

 

 随分ためらってから豪炎寺さんは返事を返し、用意されていた松葉杖を手に席を立ちました。それに手を貸しつつ私も立ち上がり、診療室の戸を開けたのですが、しかし豪炎寺さんは退室する直前で足を止め、おずおずとお父さまのほうに振り返りました。

 

 

「試合には出ません。見届けるだけなら、いいですか……?」

 

「……勝手にしなさい」

 

 

 冷たく言い捨てるお父さまは、やっぱり豪炎寺さんの方を見ようともしません。カルテに視線を落としたままで、だというのに豪炎寺さんは律儀にも、「ありがとうございます」と頭を下げました。

 そうして今度こそ退室し、私も、この息が詰まりそうな空間を脱出することが叶ったのでした。

 

 大きく息を吐きます。

 サッカーを悪者だと言わんばかりなお父さまと、夕香ちゃんの件からそれを表立って否定できない豪炎寺さん。おまけに二人ともきりっと厳つい顔立ちなせいで、口もはさめない数十分間。精神的なものですが、正直、秘密特訓場での特訓よりも疲れちゃったかもしれません。

 

 親子の会話というものは、これほどまでに物々しいものなのでしょうか。

 私的にはもっと温かみのあるものを想像していたのですが……現実は違ったのかもしれません。いざこざがあったことを加味しても、ちょっと豪炎寺さんがかわいそうです。

 

 わかりづらいですがトボトボと、慣れない松葉杖を突いて前を歩く彼。慰めてあげたくはありましたが、かといってこういう時に何を言えばいいのかなんて私は知らず、仕方なくその場凌ぎの話題逸らしを試してみることに決めました。

 

 

「お医者様の勉強をしろって言われちゃってましたけど……もしかして豪炎寺さん、将来はお父さまの跡を継いじゃったりしちゃうんです?」

 

「……そういう、約束なんだ」

 

「へえ、約束って?」

 

「………」

 

 

 滑り出しは良さそうだったのに、黙り込んでしまいました。お父さまとの関係性からして、あんまり話したくないことだったのでしょう。失敗です。

 諦めて、次の話題に切り替えます。

 

 

「そうだ。せっかく病院来ちゃいましたし、夕香ちゃんにご挨拶しても?」

 

「いや……時間がない。思っていたよりも検査に時間がかかったからな、早く戻らないと練習に間に合わなくなるぞ」

 

「あー……そうですねぇ……」

 

 

 確かに、診療室で見た時計は危うい時間帯でした。ぶっちゃけこの際、練習なんてどうでもいいと思うのですが、ちょうど今さっきサッカー禁止令を出された豪炎寺さんの前で言えるようなことではありません。

 

 またも失敗。会話が途切れてしまいます。ならば他に何かいい感じの話題は――と、思考を巡らせ、ふと気付きました。豪炎寺さんのためにおしゃべりしようとしているのに、なんで豪炎寺さん当人に邪魔されちゃっているのでしょう。

 気付くと途端にどうでもよくなってきました。心配も反転し、もう全部無視して夕香ちゃんに告げ口してやろうかなんて気にもなってきましたが、幸いなことに、そんな考えは実行する前に掻き消されてしまいました。

 

 

「やあ、二人とも!」

 

 

 覚えのある声が、正面の廊下の奥からニコニコ手を振りやってきたのです。

 豪炎寺さんに付きまとって初めてこの病院を訪れた時、私のせいで危うく怪我を悪化させかけた、あの時の男の子でした。

 

 

「また会えてうれしいよ! 今日もお見舞い……っていうわけじゃなさそうだね。足、大丈夫かい……?」

 

 

 言葉通りに喜びを全面に押し出して来た彼でしたが、やがで豪炎寺さんの、自身と同じ松葉杖と包帯に気付き、トーンダウン。心配そうに眼を瞬かせました。

 ですがそんな純粋な心配の眼差しでも、お父さまとのいざこざで消耗してしまった豪炎寺さんの元気は戻ってきません。

 

 

「これは……」

 

 

 と、口は軋むばっかりで、代わりに私が、憂さ晴らしも兼ねてひけらかしてやりました。

 

 

「そんなに重症でもないらしいですから、大丈夫ですよ。一週間もあればしっかり完治するっていう話です。ただ豪炎寺さん、その間はおとなしくしてなさいって言われちゃって……サッカーの試合に出れなくて拗ねちゃってるんです」

 

「……おいベータ、俺は別に拗ねてなんて――」

 

 

 ようやく豪炎寺さんがこっちを見て、顔をしかめて言いました。引き出した嫌そうな顔に少しばかり溜飲が下がり、満足したその時です。

 

 

「サッカー!? 君たち、サッカーやってるのか!?」

 

 

 しゅんとなっていた男の子が、いきなり声を上げてぐわっと詰め寄ってきました。

 カランコロンと松葉杖が転がって、ハッとするも時遅く、よろめいた男の子を、私は慌てて支えます。そうやってすぐに我に返った男の子は、申し訳なさそうに松葉杖を拾い上げながら、続けます。

 

 

「ああ、ごめんよ、興奮しちゃって……。それで、どこのチームでサッカーやってるの? 大会とか、出たりしてる?」

 

「ええはい、雷門中のサッカー部で、フォワードです。私たち二人とも。それで今は、フットボールフロンティアっていう大きめの大会に出場しちゃってます」

 

「雷門……そうなんだ! いや、実は俺もサッカーをやっててさ――って、やって()か。今はこんな足だしね……」

 

 

 そう言い、杖の先で包帯に包まれた足をコンコンと突く男の子。見かけの痛々しさは豪炎寺さんと同じですが、やはり実際の怪我の程度は全く異なる様子です。

 だからこそ、彼はあれほど過敏に反応してしまったのでしょう。

 

 勢いから、彼が円堂さん並みのサッカー大好き少年であることはわかります。だというのに怪我のせいでそのサッカーができず、口惜しい思いを募らせていたところに現れたサッカープレイヤー二人。しかも大会にまで出ているのだと聞いてしまえば、普通、どんな善人でも思うところの一つや二つは出てくるはずです。

 だからそれを悲しそうな眼で抑え込んでみせた彼は、やっぱりすごくいい人で、優しい人です。となれば私にも同情心が芽生えてくるわけですが、しかし、私に何ができるわけでもありません。

 

 

「……足、治るといいですね」

 

 

 結局、そんな事しか言えませんでした。

 彼はにこりと優しげな、それでいて不安げな笑みを浮かべ、頷きました。

 

 

「……うん、ありがとう。でも、実はもうすぐ、手術があるんだ。成功すれば、またサッカーできるようになるんだ……」

 

 

 しかし失敗すれば、もう二度と……。

 語られずとも、伏せられた眼でわかりました。

 ならばそんなことを口に出すこともありません。無視して、せめて明るく微笑みます。

 

 

「ならその時は、一緒にプレーできたらいいですね。うちの部って人手不足だから、きっと大会でも戦えちゃいますよ」

 

 

 男の子がサッカー経験者であるのなら、その腕前次第では即スタメン入りだって不可能ではないでしょう。少なくともベンチはガラ空きなので、レギュラーなのは確定です。

 ということは口には出していませんから、その時男の子が見せた表情はたぶん、スタメン入りを喜ぶようなそれではありません。“一緒に”の部分が引っ掛かったのでしょうか。一瞬ハッとなって呆け、それから頬をほころばせた彼は、噛みしめるように頷きました。

 

 

「一緒に……うん、そうだね。そうなったら……いいな」

 

「なるさ。ここの医者の腕は保証する」

 

 

 豪炎寺さんが言いました。男の子の前向きに引っ張られたのか、ようやく調子を取り戻したようです。いつものさわやか笑顔でお父さまの自慢をしています。

 そして、私も。考えてみれば私たち三人、理由は違えど一度サッカーをやめてしまったプレイヤーです。そんな中、私と豪炎寺さんは戻ってくることができたのだから、きっとこの男の子だって。そんなふうに思えて、自然と笑みが浮きました。

 

 

「一層負けられなくなっちゃいましたね、大会。治ってサッカーできるようになるまで、頑張って勝ち続けなくちゃ」

 

 

 と何の気なしに口にして、それでふと思い出しました。

 

 

「そういえば……もう次の対戦相手、決まった頃でしょうか」

 

「今日の試合の勝者が、次の俺たちの対戦相手になるはずだな。尾刈斗中と……秋葉名戸学園、だったか」

 

 どちらかが、明日の私たちの対戦相手。時間的に試合はもう終わったはずで、結果もネットにあげられているはずです。

 

 

「順当に行ったら、尾刈斗ですよね。あの催眠術、タネがわからないとどうしようもないでしょうし」

 

 

 あるいは催眠術を攻略されたとしても、尾刈斗はそもそものサッカーの実力も十分にあります。秋葉名戸は名前も聞かない無名校ですし、勝ち目があるとは思えません。

 

 思えませんが、念のためです。取り出したケータイをぱかっと開いて操作して、ネットに繋ぎました。奮発して買った最新型で一応普通のものより動作は速いはずですが、それでもまだ遅い読み込みを待ちます。

 そして数秒後、『念のため』はどうやら正解だったようです。表示された試合結果は1-0。秋葉名戸の勝利、となっていました。

 

 

「あら意外。尾刈斗中、負けちゃってますよ。……秋葉名戸って、そこそこ強いみたいですね。知ってました? 豪炎寺さん」

 

「いや……聞いたことがない。初出場なんじゃないか?」

 

 

 豪炎寺さんにとっても意外なスコアであったようです。私が知らなかっただけの隠れた有名強豪校ではないのだとしたら、雷門でいう私や豪炎寺さんのように、偶然強いプレイヤーが入部してきたとか、そんな事情なのでしょうか。

 まあだとしても、特別脅威だというわけでもないでしょうが。

 

 

「辛勝って感じですし……尾刈斗よりもちょっと強いって感じでしょうか。実力だとしても運だとしても、それくらいなら問題なさそうですね。今までの二戦よりも楽に勝てちゃいそうです」

 

 

 おまけして見積もっても、尾刈斗+α程度の強さ。であるなら、苦戦の道理はありません。チームの皆さんが必殺技を習得し始めたことを考えればなおのこと、もう延々とマンマークされるような極端な戦術が嵌ってしまうこともないでしょうし、【ダブルショット】打ち放題なら楽勝です。

 という、至極真っ当なことを言ったつもりだったのですが、豪炎寺さんの眼にはやっぱりこういうことが慢心に見えてしまうのか、気付けばその顔が難し気に歪められてしまっていました。

 

 

「ベータ……。前々からだが、お前はどうしてそう仲間を――」

 

「まあまあ、自信があるのはいいことさ。だろう?」

 

 

 しかし始まりかけた公開お説教は、不穏を察したらしい男の子が遮ってくれました。

 私も進んで叱られに行く趣味はありません。それが何度もとなればなおのこと。豪炎寺さんにしゃべる隙を与えないよう、割って入ってきた男の子のセリフにうんうん頷き繋げます。

 

 

「そうですそうです。負けるかもなんて気持ちで戦ったら、勝てるものも勝てなくなっちゃいますし。それに、今までも実際、勝ち続けてこれたじゃないですか」

 

「……そうだが」

 

「でしょう? ならはい、この話おしまーい! もうそろそろ練習に戻りましょう? 時間が無くなっちゃうって、豪炎寺さんが言ったんじゃないですか」

 

「………」

 

 

 反論の言葉なし。豪炎寺さんを黙らせることに成功し、次いでとどめに一言。

 

 

「とにかく明日、雷門中の勝利のために、私、頑張っちゃいますから!」

 

 

 帰り道のお説教も牽制しておきました。

 

 

「俺も……試合を見には行けないけど、応援してるよ。頑張って、ベータ、豪炎寺」

 

「ありがとうございます。ええっと……あなたも、手術、頑張ってくださいね」

 

 

 男の子も、別れの挨拶ついでに応援の言葉をくれました。それに社交辞令的なお返しをしようとしたのですが、口にし始めてから気付きます。そういえば彼、男の子の名前を、私たちはまだ知りません。

 ついでにベータ呼びの訂正をし損ねていることも思い出したのですが、しかし、そっちの余裕は一瞬で消えました。

 

 

「ああ、そういえば、自己紹介してなかったね。俺は……一之瀬。一之瀬 一哉。……今日は楽しかったよ。俺、実は手術受けるのが少し怖かったんだけど……二人のおかげで勇気が出た。ありがとう。またね」

 

 

 そう言って、松葉杖を突き、男の子は――一之瀬さんは、去って行きました。

 

 その際に勇気がどうたらと言っていましたが、私の耳には入ってきていません。それほどに、その名前は驚きでした。

 

 一之瀬 一哉。それは、亡くなったはずの秋さんの幼馴染の名前だったはずです。

 

 

「……ベータ、どうした?」

 

「……いえ、その……いえ、何でもないです」

 

 

 豪炎寺さんが訝しげに停止した私の顔を覗き込んできましたが、無理矢理思考を再起動させ、首を振ります。

 だって落ち着いて考えてみれば、これはただ同姓同名の人がいたというだけのこと。死人が生き返るはずがありません。

 

 

「さ、私たちも行きましょう」

 

 

 むしろこれを口走れば、秋さんや土門さんをいたずらに傷付けることにもなりかねないでしょう。だから一切口にしないまま、しかしやはり奇妙な予感のような感覚を抱えつつ、私は豪炎寺さんを急かして病院を後にしました。

 

 

 

 

 

 

 

 そうして豪炎寺さん共々河川敷に戻り、残りわずかな時間、宣言通り練習に勤しもうとしたのですが――

 

 

「あれ? 皆さん、どこに行っちゃったんでしょう?」

 

 

 帰り着いた河川敷のグラウンドでは、秋さんと音無さんと雷門さん、そして響木さんが深々とため息をついているばかり。それ以外の皆さんの姿が、どこにも見えませんでした。

 

 

「ええっと……何かあったりしちゃったんです?」

 

 

 走り込みに行っているわけでないのは明白です。そんな時間ではないはずですし、呆れかえった様子の響木さんと、何より秋さんもそう。顔を赤くして、羞恥と不機嫌の間で揺れ動いているのがはっきりと見て取れます。

 ついこの間、円堂さんと雷門さんのデートが会った時にも見たような表情ですが、今回はそれではないでしょう。当の雷門さんはベンチに座って執事さんの淹れた紅茶を口にしています。

 そして彼女は私に気付くと、現状を呆れ十割の白けた目つきで教えてくれました。

 

 

「次の対戦相手が決まったのは知っていて? 秋葉名戸中っていうのだけど、何でもメイド喫茶なるところでよく目撃されるらしくって……それ以外に情報がないからって、みんな偵察に行っちゃったらしいのよ」

 

「わ、私たち、止めたんですよ!? でもメガネさんがすごい剣幕で……響木監督と雷門さんは、ちょうど監督変更の手続きがあっていなくって……」

 

 

 メイド喫茶。なるほど。

 音無さんの必死の説明で、私も呆れ十割の気分で空を仰ぎ見ることになったのでした。

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