雷門中のベータちゃん! ~連載版~   作:もちごめさん

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第三話 帝国、来たる

 結局、円堂さんの勧誘が成功することはありませんでした。豪炎寺さんが立ち去った後、さらに翌日も特に何事もなく、私は二日間で適当に身体を慣らし、そして練習試合の当日を迎えることとなりました。

 

 今は空き教室で、秋さんが用意してくれた黄色と青の雷門ユニフォームに着替えている最中です。約束通りの新品らしく、特有のにおいと硬い肌触り。落ち着かない感覚がする布地に腕を通して着心地を確かめていると、戸の前で見張りをしてくれていた秋さんがため息を吐くように言いました。

 

「……うん、やっぱり似合ってるよ佳ちゃん。さすが元サッカープレイヤーって感じ。さまになってる」

 

「そうですか? まあ服に着られてるなんて言われちゃうよりはいいですけど」

 

「もう、お世辞じゃないってば。……佳ちゃんがサッカーしている姿が見られるって思うと、改めて感慨深いなぁって思っただけ」

 

 口から出た変な感想に秋さんはそんな理由を付けますが、しかし向けられる期待は嬉しい反面、私にとってはそれでもちょっとしたプレッシャー。二日間ではやはりブランクは補いきれず、今の私の能力が秋さんが脳裏に描く理想にはほど遠いことは明らかであるからです。

 そしてもう一つ、今日共に戦うチームメイトについての不安もありました。

 

「そういえば、チームのメンバーはどんな感じになっちゃってます? 円堂さん、ギリギリで残りの助っ人さんも見つかったって言ってましたけど」

 

「え、助っ人? ええっと、みんな私たちと同級生でね、名前は――」

 

 と、マネージャーの顔に戻った秋さんが教えてくれる名前は三人分、松野 空介(マックス)さん、影野 仁(かげの)さん、そして風丸 一郎太(かぜまる)さん。告げられた全員、顔を思い出すことはできますが、いずれもまともに話したことはありません。

 そして同じく聞いた、円堂さんを除く現サッカー部の六人。こちらは一年生も混ざっているので顔も知らない方もいます。どうやら昨日、円堂さんの個人練習に感化されてやる気を取り戻したという話ですが、しかし“だとしても”なのです。

 問題なのは、私は今日まで助っ人組とも現役部員組とも、一度も練習ができていないということ。それはちょっとまずいでしょう。

 

(だって今日は私、助っ人(・・・)ですし。それにフォワードじゃなくてディフェンスですし)

 

 私の本来のポジションはフォワードですが、無茶なことは求めないという約束に従ってか、円堂さんに言いつけられた後方ポジション。攻めるのではなく、守って前線にボールを送るのが仕事です。だからチームメイトがどう動くのか、実際に見るまで位置取りが何一つわからないとなるとパスを出すのも一苦労になってしまいます。

 

(私一人で、全部やれれば面倒もないんですけど……)

 

 昔みたいに(・・・・・)

 けれど腕はなまったままですし、なにより今日の私がディフェンスなのは円堂さんの好意です。結果的に有難迷惑でも無下にはできません。

 だからそれらも合わさって、ため息がつい口からも漏れ出てしまいました。

 

「ぴったり十一人、ですか。怪我しちゃわないように注意しないとですね。……まあ、帝国学園の気分次第でしょうけど」

 

「……そう、だね。帝国がどういうプレイをするのかなんて、私たちにはわからないもんね……」

 

「王者らしく正々堂々戦ってくれることに期待しちゃいましょう。何なら手を抜いてほしくもありますけど……そうなったらで円堂さん、『本気でかかってこい』とか挑発しちゃいそうですよね。身の程知らずに」

 

「……うん。大丈夫。ちゃんと見張っておくから」

 

「……秋さん、緊張しちゃってるんですか? さっきからなんだか歯切れが悪いですけど」

 

 漏れ出したため息ついでにお話しを続けていると、ふと秋さんの様子がおかしいことに気付きました。彼女の目線が、私のユニフォーム姿をほめてくれた時から動いていません。

 それになんだか、口もだんだん思い詰めたみたいに重くなっていっているような気がします。さすがの秋さんもこの大一番に落ち着かないのでしょうか。

 

「あ……う、ううん、私は大丈夫。……大丈夫、なんだけど……」

 

「……『なんだけど』?」

 

 何なのでしょう。どうせなら吐き出させるべく促すと、秋さんは躊躇うように口をつぐみ、それから意を決したように、私の目を見て言いました。

 

「佳ちゃん……やっぱり、聞いてもいい……?」

 

「ええ、どうぞ。こんな時ですし、ちゃんと答えますよ。答えられる質問であれば」

 

「佳ちゃんが……っ、佳ちゃんがサッカーをやめちゃった、本当の理由ってなに……?」

 

「……は、ぇ? 本当の理由、ですか……?」

 

 思ってもいなかった質問内容に、思わず呆けてします。だって『飽きちゃった』と、豪炎寺さんと出会ったあの時に私はちゃんと言いました。

 

 ……いえ、つまり秋さんはそれがやっぱり信じられなかったということなのでしょう。本当は何か深い理由があって、それを言いたくないために誤魔化したのだと、彼女は思っているのです。

 が、しかし実際、それは誤魔化しでも何でもない本心です。私は本当に、ただサッカーに飽きただけなのです。少なくとも、私にはそうとしか説明ができません。

 しかしそう言っても秋さんは信じられなかった様子。ならばこれ以上どう説明しようか、呆けて我に返ったのちに数秒悩みましたが、しかし何も思いつかずやがて諦め、私はなるべく丁寧に最初から語ってみせました。

 

「……まず、秋さんが円堂さんと私をスカウトに来た時、秋さんには私がサッカーすることを嫌がってるみたいに見えたのかもしれませんけど……別にそんなことないんですよ。ちょっとめんどくさいなーとは、まあ思っちゃってましたけど」

 

「……本当に?」

 

「本当です。なんならこれもいい機会だったって思ってます。サッカーをやめたといっても、別にサッカーを嫌いになったとかではないですから。……だから、サッカーに嫌な思い出があるわけじゃないんです。むしろ逆で、やってた頃はすごく楽しかった。一試合に何本もシュートを決めた時とか、今でも気持ちよかったのを覚えちゃってます」

 

「じゃあ……どうしてそんなに楽しかったサッカーをやめてしまったの……? 『飽きた』っていわれても、そんなの……。他に、本当の理由があるんじゃないの……? 私に気を遣っているのなら、そんなの気にせず――」

 

「秋さんを気遣ったとかじゃないです。本当に、ただ『飽きちゃった』だけなんです。……もしかしたら、私自身が気付いていない気持ちがあったのかもしれませんけど、少なくとも私は、そう認識しちゃってます」

 

 これだけです。と、私は言葉を切り、自分の身体をきつく抱きしめる秋さんの手に触れます。正直、なぜそこまで秋さんが気にしているのかはさっぱりですが、彼女が思い悩むようなことは本当にないのです。そのことが伝わってくれるように祈ります。

 その祈りは、ちょっと中途半端に届いてしまったようでした。秋さんの表情は眉尻を下げたまま、しかしゆっくりと頷きました。

 

「……きっと、そう。佳ちゃんも気付かないような想いがあったのよ。あんなにサッカーが大好きだったあの頃の佳ちゃんが、ただ何の理由もなしにサッカーに飽きちゃうなんてことあり得ないもん。だから……わかった。ごめんね佳ちゃん、問い詰めるみたいなことしちゃって」

 

「いいですよ。秋さんが私のこと心配してくれてるのは伝わっちゃいましたから」

 

 だからあんまり悪い気はしていません。とはいえ困っているのは事実なので、この話題はここではっきり断ち切ってしまうべく、私はそのまま佇む秋さんを追い越し、引き戸の取っ手に手を掛けました。

 

「さ、着替えも終わりましたし、早く部室に向かいましょう。秋さんの部の皆さんに紹介してください」

 

「うん、そうだね。行こう」

 

 秋さんも話題転換に同意してくれたようで、頷き、そして私は戸を開けました。

 すると、その正面。

 

「その話、詳しくお聞かせください!」

 

 手帳とペンを構える女の子が立ちふさがっていました。

 たぶんずっと待ち構えていたのでしょう。彼女は戸を開け一歩目も踏み出せずに立ち尽くすしかなくなった私と、そして秋さんに、ようやく話を聞けるとばかりに怒涛の勢いで詰め寄ってきました。

 

「先輩方、話を聞くにサッカー部のマネージャーさんと助っ人さんなんですよね!? お名前は!? 自己紹介ということは、まだ部の人とは顔合わせしていないんですか!? 女性選手ということでその視点から今の雷門について何かコメントを! ついでにそこも踏まえて帝国との戦いへの意気込みをお願いします!」

 

「ええっと……、まず、どちら様? そんなに色々知りたがるなんて、まさか帝国のスパイだったり」

 

「えっ!? い、いえいえ、スパイだなんてとんでもない!」

 

 冗談で質問攻めを断ち切ると、やたらと動揺した彼女がぶんぶん首を振り、そして一呼吸入れたのちに落ち着きを取り戻して言いました。

 

「えーっと……そう、名乗れって話ですね! 音無 春奈、新聞部の一年です! 最初はサッカー部の部室を直接取材しようと思ってたんですけど、助っ人の方がここで着替えてるって聞いて、どうせならそっちの面でも取材がしたくって!」

 

「ああ、なるほど新聞部……」

 

「はい! というわけで、どうでしょう? 帝国戦への自信は!」

 

 落ち着きを取り戻しても若干やかましい彼女、音無さんが、ペンをピシッと構えながら真剣なまなざしで私を見つめてきます。ですがその質問、答えにくいことこの上ないです。

 気まずいですけど助けを求めて秋さんを見やり、そして通じて、彼女は私と同じく引き気味になりながらも、代わって応じてくれました。

 

「自信、ね。あるかないか聞かれたら……ない、かも」

 

「やっぱり!?」

 

「……あら、そうなんです?」

 

 苦笑いの音無さんに対し、私にとって秋さんがそう言うのはちょっぴり意外でした。しかしやっぱり、彼女のそれに諦めはありません。

 

「けど、勝てるかもとも思うの。円堂くんやみんなを見てると、うちのチームでもなんとかなるんじゃないかって。だから、そういう意味でも……」

 

 言葉が区切られ、秋さんの眼が一瞬私に向きます。同時に、表情から憂いが消えました。

 

「大丈夫だと思う。うん、きっと楽しい試合になるよ」

 

「楽しい、ですか?」

 

 秋さんのその言葉は、きっと音無さんではなく私に向けられたものでした。楽しい試合、胸の中の疑心に一旦の折り合いをつけたらしい秋さんはどうであれ、私としてもそうなることを願うばかりです。

 そんなふうに私と秋さんの間では通じ合いましたが、新聞記事の素材を求める音無さんにとっては何が言いたいのかよくわからないコメントだったでしょう。小首を傾げながらメモを取った彼女は、続いてその矛先を再び私へ向けました。

 

「なるほど……。じゃあ、そっちの先輩はどうですか? 今日の試合、勝てますか? ……ああでも、チームメイトの人とは今日が初対面なんですっけ」

 

「ええ、そうなんです。ちょうど今から挨拶にと思ってたところです。他の方たちはもう部室に揃っちゃってるでしょうし、きっと私が一番最後ですね。着替えに時間かかっちゃいました」

 

「ああ確かに、サッカー部に更衣室とかありませんもんね。男の子は部室の中で着替えられるけど」

 

「まあ、予算もあんまり回ってこないから。そういうのはしかたないのよ」

 

 弱小故の不便。故の廃部がかかったこの試合。ため息交じりに言う秋さんにそのことを再認識して、プラス私も諸々の想いをいったんわきに置き、改めて覚悟を決めます。

 勝つことはできないかもしれませんが、せめて部の存続と女子更衣室設置の予算が下りるくらいには頑張ってみましょう。帝国学園相手に多少なりとも戦える姿を見せれば、雷門さんの意見をひっくり返すことも不可能ではないはずです。

 そう信じて、どうにか戦うしかありません。

 

「そういうことなので、他に質問がないならもう行っちゃっていいですか? もうすぐ帝国も来る時間ですし」

 

「ああはいもちろん! 正直もうちょっとお話お伺いしたいですけど、あんまり選手の方を引きとめられませんもん! 後はマネージャーの先輩に色々お聞きして取材します! いいですか!? いいですよね!?」

 

「う、うん。いいけど……」

 

 相変わらずぐいぐい来る音無さんは秋さんに照準を絞ってくれたようで、ひとまず安心。これから試合中まで質問攻めにあうのだろう秋さんに憐れみを感じつつ、あとちょっとだけ困った顔がかわいいなんて思いながら、私たちは顔合わせのためにサッカー部の部室へと足を向けました。

 が、行くまでもなく、その機会は向こうの方からやってきました。

 

「ひぃーっ! やっぱり無理ッス! 勘弁してほしいッスー!」

 

「え!? 壁山くん!?」

 

 秋さんが驚きの声を上げ、そして私たちもそっちに振り向きました。

 ユニフォームを着た大きな男の子が、廊下の先から泣き叫びながらこっちに向かって走ってきています。曰く壁山さん、サッカー部一年生の一人です。

 

「壁山くん、どうしたのこんなところで?」

 

「あっ、ま、マネージャー! えっと、その……か、匿ってほしいッス!」

 

「匿う? 何か悪いことでもしちゃったんですか?」

 

 そうなら匿う理由はありません。風紀委員にでも突き出すべきです。

 というのはともかくとして、秋さんに気付いて急停止し、もじもじ言った彼はサッカー部の一員。今日共に帝国学園と戦うチームメイトです。つまり昨日まで練習から逃げていた子で、何から匿ってほしいのか、言わんとすることは明らか。

 おまけに一目瞭然でもありました。壁山さんを追いかけて、同じユニフォームの集団がやってきたからです。

 

「壁山! ようやく追いついた! 帝国が怖いからって、逃げていたらなんにもならないぞ!」

 

「そうだぞ壁山! それに、逃げてばかりじゃかっこ悪いだろ!?」

 

「覚悟を決めるでやんすよ、壁山!」

 

 円堂さんと、サッカー部の面々。どうやら敵前逃亡――肝心の敵はまだやってきていませんが――をしたらしい壁山さんを鼓舞するのは、円堂さんに加えて同級生の風丸さんと、恐らく秋さんから聞いた容姿の情報から察するに、一年生の栗松さんでしょう。

 そんな三人によってやいのやいのと様々言われ、そしてそのうち、壁山さんも落ち付きを取り戻したようでした。

 

「キャプテン、みんな……お、俺こわくなっちゃって……。でも、そ、そうッスよね。わかったッス、俺、頑張るッス! やるだけやってみるッス!」

 

「よし、その意気だぞ壁山! みんなで帝国を倒すんだ!」

 

 「おー!」と、既に私を置いて一致団結している様子のチームが、ちょっと気の早い鬨の声を上げました。

 そしてその中の一人、こわもての、確か染岡さんが、仏頂面で言いました。

 

「ところで、水差すみたいで悪いんだが……円堂。木野もいるし、そろそろ聞いていいか」

 

「うん? ああ、なんだ?」

 

 円堂さんが応じました。チームメイトたちをぐるりと見渡し、染岡さんは続けます。

 

「元の部員と助っ人合わせて、ここにいるのは十人だ。一人足りねぇ。だが円堂、お前はとっておきのプレイヤーを見つけてあるから大丈夫って言ってたよな?」

 

「ああ! 合計で十一人、これで試合にはぴったりだろ!」

 

「ユニフォーム着てるが、その『とっておきのプレイヤー』ってまさか……この女子じゃねぇだろうな?」

 

 “女が俺たちのサッカーについて行けるはずがない”というような、あからさまに見くびっている風な眼と声で、染岡さんが言いました。

 

 ……まあ、実力不足じゃないかと不安に思うのは当然のことでしょう。同じように私も彼がどのくらいできる(・・・)のか知りませんし、それに女子のサッカープレイヤーは男子と比べて少数派ですから、最悪口だけの素人じゃ、と思ってしまうこと無理からぬことです。

 が、それはそれとしてムカつかないはずがありません。加えて彼の、プライドが高そうなあの感じ。見ているだけで加虐の欲求が湧いてきて、鼻っ面をへし折ってやりたくなってきます。

 そんな私の不穏を察したのか秋さんはびくりと身を固くして、もう一人、円堂さんは慌ててフォローをし始めました。

 

「い、いや、俺が言ってた助っ人は確かにこいつだよ。ベータっていうんだ」

 

「いえだから、何度も言ってますけど私の名前はベータじゃなくて――」

 

「でもほんとにすげー奴なんだよ! サッカー経験だってあるし、それに――」

 

「おいおいマジかよ円堂! うちはお前がいつも練習相手にしてるような小学生のサッカークラブじゃないんだぜ? 中学のサッカーにお遊び気分で来られちゃ困る。こんな奴、足手纏いにしかならねぇよ」

 

「ちょ、ちょっと染岡くん……!」

 

 私の訂正も無視して必死に間を取り持とうとする円堂さんの努力は、しかし通じず、鼻で笑う染岡さんに対して私の口角もにんまりと弧を描き出してしまいます。そしてもはやそれを止める手立ては私自身にもなく、加虐心は円堂さんと秋さんの配慮を丁重に押し退けて、お返しの嘲笑笑顔で彼の侮りを迎え撃ってやりました。

 

「あらやだ感じわるーい。グラウンドが使えないからって練習もしないで毎日部室でグータラしてたくせに、なに偉そうなこと言っちゃってるんですかぁ?」

 

「あ゛? なんだと……?」

 

「私の実力疑う前に、自分の実力疑ってくださいってことです。ていうか中学サッカーがどうとかいっちゃってますけど、ぶっちゃけ今のあなたたちより毎日練習してる小学生の方が上手いと思いますよ? なんなら今から教わりに行きます? あの子たちに一生懸命お願いすれば、きっとあなたでも自称サッカープレイヤーを脱却出来ちゃったりするかもしれませんし」

 

 いきなりのことだったので、私の毒が耳に入ってくるまで時間がかかってしまったのでしょう。染岡さんは一瞬呆けた顔をして、そして一瞬でそれを一変させ、こめかみに青筋を立ててがなり立てました。

 

「あ゛あ゛!? 何ほざいてやがんだ!! 自称サッカープレイヤー脱却だと!? ふざけんじゃねぇ!! 俺はガキの頃からクラブでサッカーしてたし、今はこの雷門のエースストライカーだ!!」

 

「まあエースストライカー! 子供の頃の戦績だけでよくエースだなんて名乗れちゃいますね。私だったら恥ずかしくて、とても人前でそんなこと言えませんもの」

 

「な゛っ……こ、こいつ……っ!!」

 

 昔の経験だけでエースになれるのなら、私もそう名乗って許されるでしょう。名乗りませんけど。

 ともかく、エースストライカーの価値を貶められて言葉に詰まってしまう染岡さん。ボキャブラリーのない感じのどもり方がまるでいつぞやの不良もどきみたいですが、しかしあっさり手を出したアレよりは幾らかマシなようで、怒りを堪えながら、その口の矛先が再び円堂さんに向きました。

 

「おい円堂!! すげぇ奴だか何だか知らねぇが、こんなのが仲間だなんて俺は認めねぇぞ!! ……確か十番ユニフォームをよこすなら助っ人してやるっつってた奴がいただろ!? もうこの際構わねぇ、この性悪女よりあいつのがマシだ!!」

 

 口で私に敵わないので、手を出す代わりに仲間外れを陳情することにしたようです。

 

「え、えっと、確か目金 欠流、だったっけ? そりゃ染岡たちがいいなら、手を貸してもらいたいとは思うけど……」

 

「でも、彼ってスポーツは……」

 

「あんまりだったような……」

 

 そして染岡さんが当てにしていた、というより当てにせざるを得なかった代替の人員は、半田さんとマックスさん、私のサッカーの腕を知らない二人でも、代わりになるのかと難色を示すほどの方でした。そして私も、彼のことは知っています。

 アニメとかにやたらと造詣が深い、いわゆるオタクの目立ちたがり屋さんです。

 

「……僕を、呼んだかい?」

 

 と、その時不意に()がして、皆一様にその方向に振り向きました。

 そして姿も見えてきます。道の角から、それ(・・)は現れました。

 

「ようやく僕に十番を託す決心ができたようだね! 安心したまえ。僕はこの弱小サッカー部の救世主! 君たちの心に応え、必ずや勝利に導――」

 

「あっ、おい! 来たぞ、帝国だ!」

 

「うわぁ、でっかいバス……」

 

「ふふふ……不気味な雰囲気だね……」

 

「キャプテン……壁山じゃないけど、俺も緊張してきました……」

 

 皆さん窓に張り付き、とうとう現れた帝国学園(・・・・)に釘付けになってしまいました。

 私も皆さんの後ろからその様子を見つめます。何の偶然か空に黒雲まで引き連れ現れた巨大バス。校門前で停車したそこからは親衛隊のような方たちと、そしてレッドカーペットが伸びて来て、出来上がった道をキビキビ囲むその様はまるで軍隊みたいな迫力です。

 

「あ、あの? もしもーし。み、みんなぁ……」

 

「お、出て来たぞ。あいつらが選手か?」

 

「……そうですね、資料にある顔です。ミッドフィールダーの辺見 渡にゴールキーパーの源田 幸次郎に……キャプテンの、鬼道 有人」

 

「さすが新聞部、よくご存じですね。鬼道……あのゴーグルの人?」

 

「うん、確か天才ゲームメイカーって呼ばれてる人ね。それにキーパーも、キング・オブ・ゴールキーパーの異名を持つくらいの守護神よ」

 

「へぇ、ほんとに名のある人たちなんですねぇ」

 

「キング・オブ・ゴールキーパー……くぅ! 燃えて来たぜ!」

 

 染岡さんがカーペットの上を歩く選手の集団を見つけ、音無さんがその行進をなぜか苦々しげに見つめ呟きます。私は長くサッカーから離れていたので誰それが強いということは知りませんが、しかし歩き方を見ればある程度察せられます。ブレない重心、自信に満ちた表情。確かにとても強そうです。

 そしてそれらは円堂さんにとって戦意を向上させる燃料となり、彼はチームの皆にそれを向けました。

 

「よしみんな、聞いてくれ! 俺たちは今から帝国と戦う! 正直、あの最強チームと戦うには俺たちはまだまだ弱い。練習も全然足りないし、チームの連携力だってとても及ばないと思う。けど……まだ負けるって決まったわけじゃない! みんながみんな精一杯のプレーをすれば、きっとあいつらにだって届くはずだ!」

 

 「だから」と、その熱意が染岡さんを捉え、続けられます。

 

「そのためにみんなが最大限の力を出すには、何よりまずチームを信頼しなきゃならない。染岡、ベータのことが信頼できないっていうなら、まず俺を信じてみてくれ! そして実際にその眼で見れば、お前も俺がベータをすごいって思った、その訳がわかるはずだ! そう俺は信じてる!」

 

「……信頼だの信じるだの、わけわからなくなってるぞ、円堂」

 

 呆れたふうに半笑いになって、しかしすぐに真剣へ変わった眼差しが、今度は私を見つめて言いました。

 

「だが、わかった。ベータ、お前が本物か、それとも口だけ女なのか。この続きは試合で見極めてからにしてやるよ」

 

「……ふふっ。いいですよ、けどそういうあなたも、エースストライカーらしいとこ見せてくれないと、この先ずっと“自称エースストライカー”ですからね」

 

 顔を見るたびに揶揄ってやりましょう。そういう気概も込みで受け取った染岡さんは、恐れることなく不敵に笑ってみせたのでした。

 

 そうして染岡さんへの加虐心をひとまずしまわざるを得なくなった私は、ついでに他のチームメイトの皆さんにも笑顔を振りまき、今度はその表情のまま純粋に言いました。

 

「では改めて。私、米田 佳っていいます。大昔の話ですけど、ご紹介にあずかりました通りサッカー経験がありますから、足手まといになるかもとか、そういった心配はご無用です。今回限りの助っ人なので短い間ですが、皆さんよろしくお願いします。

 あと次に私のこと“ベータ”って呼んだ人、サッカーボールでアッパーカットの刑ですから、そのつもりでいてくださいね?」

 

 純粋、もとい溜まったフラストレーションによる牽制は皆さんの心も引き締め直したようで、硬めのお返事が返って来るとともに、私たちはいよいよフィールドへと足を向けたのでした。

 

「そういえば、メガネ、お前も助っ人してくれるんだよな? 控えが一人もいなくて困ってたんだよ! よろしく頼むな!」

 

「え、円堂くん……っ!」

 

 ついでに、皆さんに気付かれなかったメガネさんには、無事十番のユニフォームが送られることとなりました。

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