雷門中のベータちゃん! ~連載版~   作:もちごめさん

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第三十話 堕落せしヲタクたち

「最悪です……」

 

 

 前半戦を終えハーフタイム。私は項垂れながらベンチに沈み込むほかありませんでした。

 立ち上がる気力が、今は全く湧いてきません。おかげで他の皆さんよりも三割増しで多いメイド服のフリルが潰れてぺっちゃんこになってしまっていますが、借り物なのにシワになっちゃうかも、なんて心配は全く頭の中に無く、むしろもっとボロボロになってしまえばいいと虚ろに嗤いが漏れてくるくらい、心の余裕がなくなってしまっています。

 

 そんなやさぐれ気分の私は、きっと随分手を出し辛かったでしょう。なのに音無さんと秋さんは、同じくメイド服を着せられているせいで奉仕精神が増幅でもされたのか、気遣わしげに声をかけてくれました。

 

 

「だ、大丈夫ですよ米田先輩! 元新聞部の経験からして、あのタイミングであの角度からのカメラじゃ、絶対にヤバいところは撮れてません! それどころかそもそも見えてもいないはずです! 私もずっと記録撮ってましたから、絶対です!」

 

「私たちも……その、佳ちゃんが着替えてる間に記念写真ってことで撮られたから、同じ感じなんじゃないかな?」

 

「はぁ、そうなんでしょうか……」

 

 

 言いながら、彼女たちが示したのは秋葉名戸の監督さん。選手たちと共に興奮しながらカメラを弄っている彼ですが、二人の言っていることが確かなら、最低限の――毒を盛ったりこれ見よがしなタイミングでシャッターを切ったりと、本当にギリッギリの最低限ではありますが――倫理観は持ち合わせているようです。

 

 最悪の事態だけは避けられたことは不幸中の幸い。ですがやっぱり不幸そのものが……私の失態が、なかったことになるわけではありません。

 

 

「はぁ……」

 

 

 何度目とも知れぬため息を吐きながら、私はスコアボードを見上げ、その点数を見つめました。0-1で秋葉名戸のリード。この失点をもたらしたのは、ミスプレイですらない私の無様な失態です。

 しかも『得点してやるから任せろ』的なことを言った直後のこと。着せられたメイド服のせいとはいえ、原因はその動きにくさではなく、ただ単に秋葉名戸選手の気持ち悪い視線に耐えられなかったからでしかないので、言い訳をする気にもなれません。

 

(チラ見えしちゃうかもってだけでビビって、挙句、逆に得点されちゃうなんて……情けなさ過ぎです……)

 

 しかも実際は見えてなかった、実質ただの自意識過剰だったことも、恥ずかしくてなりません。

 これがサッカーの腕前や戦術にしてやられたとかだったなら、これほどショックを受けずに済んだのに。そんな失意と羞恥と、加えて後悔までがぐかぐちゃに混ざり合ったせいで、私のショックは秋さんと音無さんを以てしてもどうにもならないほど、深いものになってしまっているのでした。

 

 私が吐いたため息に、秋さんと音無さんその深さを悟ったようでした。お手上げだという風にお互い見やり、言葉が見つからず静かに重たくなっていく場の空気。

 そんな空気感に、もう一人のメイドさん、今まで一歩離れて静観を決め込んでいた雷門さんが、我慢の限界を迎えてしまったようでした。

 

 

「ああもう! いつまでもうだうだと……そんなことで後半戦が戦えて!? しゃんとしなさい! たったの一点差なのだから、諦める理由なんてどこにもないでしょう!?」

 

 

 一言一句その通りです。がしかし、そうであっても気持ちはなんともしがたいから、こうなっているわけで。

 もう一つため息を吐いてから、私はどうにか弱々しい微笑を浮かべて言いました。

 

 

「……雷門さん、ほんと、最初に『サッカー部は廃部』って言ってた頃から随分変わっちゃいましたね。もうほんとにマネージャーみたいです」

 

「もうっ……。はぁ。この際、マネージャーでも何でもいいわ。今はメイド(使用人)の格好ですものね。……そんなことより、いいから元気を出しなさい! あの頃のことをまだ覚えているのなら、『我が校の恥になるような試合だけはしないで頂戴』と言ったことも覚えているでしょう? あなたたち、わかってるって言ったじゃない!」

 

「まあ……はい。そうですね。覚えちゃってますよ、ちゃんと……」

 

「ならそれを遂行なさい! 試合での失敗は、試合で取り返すしかないわ。そしてあなたは失敗をそのままにしておけるような人じゃない。違って?」

 

 

 違いません。この先永遠に今のショックを引きずり続けるなんて、そんなの絶対ごめんです。しかしやっぱり、どうにもならないというのが正直なところ。

 どうしても、もう一度【ダブルショット】に挑戦する勇気が持てません。厳密に言えば、あの秋葉名戸からもたらされる強烈な嫌悪感を浴びながら【ダブルショット】を打てる自信がないのです。

 思い出すだけでゾワゾワが止まらないあの視線。わざとやってるとしか思えない下心丸出しのそれですが、わかっていても生理的に無理なのです。やめてと言ってやめてくれるはずもなく、とすればもう、どうしようもありません。

 

 ――とはいえしかし、です。

 

 本当にどうしようもないと諦めてしまえば、それこそ響木さんの言った通りになってしまいます。

 つまり、『ベータは雷門を破壊してしまう』という、あの指摘。現状はまさにそれです。私が無様を晒したせいで、チームは負けかかっています。

 

 勝利に貢献しなければ――チームを勝たせられなければ(・・・・・・・・・)、私は響木さんの言う通り、チームを壊すだけのただの害悪です。

 そうなってしまうのは、嫌でした。

 

 今日までの雷門サッカー部でのサッカーが、私の内に生んだそんな想い。そしてちょうどその時、何とも間のいいことに、場の空気などものともしない円堂さんが現れ、言います。

 

 

「大丈夫だって! ミスは誰にでもある。一度の失敗で全部が駄目になるわけじゃない! ……俺も結局最後に失敗しちゃったわけだからさ、頑張って一緒に取り返そうぜ!」

 

 

 ずっとシュートに晒されてこの中で一番疲れているはずなのに、それを微塵も面に出さない元気いっぱいな声とにっこり笑顔。そこから放たれた言葉は、生まれたばかりの私の想いを力強く、一気に表層まで押し上げるほどのものでした。

 

 これが、私の退部を迫る響木さんとの問答の末に彼から飛び出た、『俺が接着剤になる』、ということなのでしょうか。嬉しくて、やっぱり円堂さんの言葉には魔法か何かがかかっているんじゃないでしょうかなんて、つられて馬鹿馬鹿しいことを考えてしまいながら、私の首は自然と頷きました。

 

 

「……そう、ですね。私が――」

 

 

 やらないと。と、覚悟の宣言をしようとしたのですが――しかし。

 それが口に出る前に、隣のベンチから豪炎寺さんが口を出してきました。

 

 

「いや……あまり無茶をするな、ベータ。フォワードはお前一人じゃないんだ」

 

 

 そして同時に私へ向けられる眼差し。彼から心配と不安が混ざったようなそれを向けられることは以前から度々ありましたが、最近はやけに頻度が多いような気がします。

 

 たぶん、怪我で試合に出られなくなったせいなのでしょう。気持ちはわからなくもなく、そして私の身を案じてくれる分には別にかまいません。むしろ嬉しくもありますが、しかしこの状況では話が別です。

 

 

「豪炎寺さん……」

 

 

 せっかく人が覚悟を決めようとしているのに、どうして水を差すようなことを言っちゃうんですか。

 空気の読めない奴だと呆れてあげる以外にありませんでした。

 

 そしてもう一度、今度こそ改めて決意の宣誓をしようとしたのですが、豪炎寺さんが見せた私への気遣いは、私ではなく彼の傍の桃色髪、染岡さんのプライドに響いてしまったようでした。

 

 

「そうだ……ベータと違って、俺はまだシュートの一本も打っちゃいねぇんだ……! 目にもの見せてやる……このままいいとこなしで終われるかよ……ッ!」

 

 

 未だハライタに苦しむ彼は、しかし額に脂汗を滲ませながらも力強く言いました。豪炎寺さんの言葉を真に受けてしまったようで、その声には硬い覚悟がはっきりと込められています。

 

 今の彼ならば後半戦、本当に私の代わりをしようとするでしょう。それが善意によるものであろうと、それは勝利に貢献する機会を私から奪うのと同義です。

 つまり、汚名返上の邪魔でした。 

 

 

「……そんな状態で、まともにシュートなんて打てちゃうんですか? 相手のゴール前までたどり着けるかも、そもそも怪しいところですけど」

 

「へっ……お前があのへっぴり腰のシュートで点を狙うよりはマシだろうよ。……それに、そう思ってるのは俺だけじゃねぇぜ。なあ、お前ら……!」

 

 

 染岡さんのその必要のないやる気を咄嗟に牽制しようとしたのですが、『へっぴり腰シュート』なんていう急所を突かれては言葉もありません。ムカムカが喉元まで込み上げてきますが、その間に彼は振り返ってチームメイトに同意を求めており、そして私も形勢不利を認めざるを得ませんでした。

 

 

「しゅ、シュートがどうこうは別として……まあ、そうだな。米田だって実力の百パーセントが出せる状態じゃないんだ。こういう時こそ、みんなで協力しないと……!」

 

「そうは言っても……皆さん、ハライタなんでしょう? さすがに体調不良よりはこの格好の方がマシなような……」

 

「大丈夫ッスよ米田さん……! 時間が経って少しは調子もよくなってきたッスから……! ……ほんとに少しだけッスけど……」

 

「でも俺たちやれます……! 後半戦は任せてください、先輩!」

 

 

 ひらひらとメイド服を示して口を挟んでみましたが、やっぱり皆さん止まりません。当人たる私の気持ちなど気にもせず、ハライタのせいで減退していたやる気を怒涛の勢いで蘇らせています。

 “体調不良もなんのその”な根性は平時であれば頼もしくも映ったのでしょうが、残念ながら私はついて行けません。おまけに一人取り残されているうちにハーフタイムも終わってしまったらしく、響木さんまでもがベンチを立ち、言いました。

 

 

「よし……お前たち、言わずもがなだろうが後半戦が勝負だ! 前半戦でいいようにやられた分、ここで返してこい! ……いいな!」

 

 

 最後に一瞬、サングラスの眼光が私に向いたような気がしましたが、確かめる気にはなれません。そもそも、元気よく「はい」と応じた皆さんのやる気がなかったとしても彼の方を見れはしなかったでしょうが、ともかく、私も渋々同じように応じて、また少し重くなってしまった腰を、勢いをつけてベンチから離しました。

 

 すると今度は、円堂さんからのキャプテンとしての一言。

 

 

「今度こそ、ゴールは俺は必ず守る! だからみんなは安心して攻撃に集中してくれ! ……秋葉名戸がどれだけ卑怯な手を使っていようが、俺たち雷門のサッカーは絶対に負けない。仲間の絆、見せてやろうぜ!」

 

 

 どうやら彼も豪炎寺さん側に回ってしまったようです。皆さんそんなに私を“害悪”にしたいのでしょうか。

 とかなんとか、今更落ち込んでいても無駄です。そう思える気概だけは残っていたようで、私はそれを抱きながら、

 

 

「その通りです! 彼らに見せつけてやりましょうっ!」

 

 

 と、『戦術に察しがつく』と言ったくせに碌な活躍ができなかったことを気にしているのか、やたら鼻息が荒いメガネさんを聞き流します。

 

 背に感じる様々な視線には無視をして、今度こそシュートを決めてやると決意を拳の中に握りしめると、ついでにメイド服のスカート部を気持ち下に押し下げてから、私は自分のポジションへと向かいました。

 

 

 

 

 

 

 

「――よしッ! いいぞ風丸! そのまま持ち込め!」

 

「ああ……っ!」

 

 

 後半戦開始から十数分、ようやく私たちにチャンスが訪れました。

 ボールを取ったのは風丸さん。せっかく練習した必殺技を繰り出す余裕こそありませんが、ハーフタイムで引き出した気力を以てしてどうにか秋葉選手の隙を突くことが叶ったようです。

 もっともその“隙”は皆さんの気力や連携が生み出したものではなく、ただ秋葉名戸の動きが鈍くなり始めたからです。恐らく卑怯な手段にかまけてまともに練習をしてこなかったが故の体力不足なのでしょうが、しかしチャンスはチャンスだと、皆さん脂汗を垂らしながらも意気揚々と風丸さんに続いてフィールドを駆けあがっていきます。

 

 とはいえ、私は例外。サッカーを楽しんでいる皆さんと違って、私の頭の中には強い得点の決意と、そして憤りばかりが溢れています。

 私たちを弱体化させても尚、後半戦まで持たないような体力しかない秋葉名戸。練習どころか体力作りも碌にしていないサッカーを舐め切っている連中に、前半戦、いいように弄ばれてしまったという事実。時間が羞恥心を落ち着かせてくれた今、腹が立って仕方ありません。

 そしてその苛立ちは、ますます強く私の背中を押してくれました。

 

 

「風丸さん! 私にボールください!」

 

「っ! ベータ、てめぇまた……ッ!」

 

 

 サイドを駆け上がってきた風丸さんに、少しだけ下がり気味に位置取って声を上げます。前線でボールをもらう気満々だった染岡さんがキレてしまいますが、知りません。一瞬だけ悩むそぶりを見せた風丸さんも、結局頷き、パスをよこしてくれました。

 

 

「……よし。米田……!」

 

「――ふっ、と……! 次こそ、決めてあげちゃいます……!」

 

 

 滑るシューズで今度こそしっかりとボールを足元に収め、見据えるは敵ゴール。一点差を守りきるために前半戦よりもぶ厚くなった守備の向こうのゴールネットを睨め付けます。

 

 【ダブルショット】は、やっぱり未だに打てる気がしません。高く足を振りかざしてボールを踏みつける、という動作はやはり何ともしがたいです。ついでに、ジャンプしなければならないというところも。

 だから狙うはノーマルシュート。眼前の守備を全て蹴散らし、直接ゴールに叩き込んでやるしかありません。この靴と恰好でも、私なら秋葉名戸くらい一人でやれるはずです。

 これからも円堂さんたちとサッカーをしたいから、私はやらなければなりません。

 

 しかし、その時。

 

 

「キリッとしたお顔もいい! 可憐だ……!」

 

「またですか……ちょっとしつこすぎちゃいませんか、あなたたち!」

 

 

 ベレー帽のまんがかさんが、後ろから追いついてきました。ハアハアと息を荒くしながら迫りくる彼はやがて私に追いついて、相も変わらず私のメイド服姿を嘗め回すように見てきます。

 

 

「実にいい……! 創作意欲が湧き出てくる……! 今度、新しい萌え漫画を描こうと思っているんだけど……モチーフにしてもいいかな! ちょっとエッチなやつだけど!」

 

「ッ――!! ぜっっったい、イヤですッ!!」

 

 

 もはや完全なるセクハラです。今度もかなりの悪寒が全身をめぐり、たぶんシャッター音以上の羞恥と生理的嫌悪感でゾワゾワと背が泡立ちました。

 

 しかしなんとか我を失わずに耐え切ります。身体を寄せてくる中途半端なタックルをすかして躱し、ダッシュを利かせて彼の射程から逃れました。

 しかし、平静を保つことに、どうやら少し集中力を注ぎ込み過ぎたようでした。

 

 

「チャーンス! いただきっ☆ 【フェイクボール】!」

 

「あっ――きゃあっ!」

 

 

 正面から突っ込んできたディフェンダーに気付くのが一瞬遅れ、そして気付いた時にはもう手遅れ。すれ違いざま、気付いた時にはドリブルしていたはずのボールがなぜかスイカに入れ替わっており、気付いた瞬間に感覚の落差から足が滑って転んでしまいました。

 

 メイド服のフリルがクッションになったらしく、痛みはあまりありません。しかし代わりに精神的ショックが私の身体を震えさせます。

 顔を上げると視界に映った二人。まんがかさんと、私から奪ったボールに得意げに足を乗せる、猫耳カチューシャと着ぐるみの猫の手のようなものを付けた秋葉名戸のディフェンダーの二人の姿は、私に二度目の失敗をしっかりと自覚させるに十分でした。せっかくのチャンスをまたふいにしてしまったと、情けないを通り越して自分で自分をひっぱたいてやりたい気持ちになります。

 しかしショックはそれだけにとどまりませんでした。

 

 

「ぶ、ぶふぉおっ!? み、みえ……」

 

 

 二人が突然鼻を膨らませ、私を見る目を血走らせました。さらにその視線がぐいっと下がり、投げ出された私の下半身、もっと言えば乱れたスカート周りに向けられているのを認めれば、彼らが何を見つけたのかわからないはずもありません。

 

 

「ひ……ぁ……っ!」

 

 

 途端、自分への憤りが吹き飛び、代わりに羞恥と嫌悪で頭がいっぱいになりました。角度的には見えてはいないはずですが、慌てて足を引いて衣装の乱れを正しても、パニックは収まる気配もなく、むしろ酷くなる一方です。

 ボールがすぐ傍にあるというのに立ち上がるどころか顔を上げることすらできず、そしてとうとう羞恥と嫌悪は許容量を超え、喉の奥から悲鳴までもがこみ上げてきました。

 

 しかし情けない金切り声が私の声帯を震わせる前に、それよりは幾分マシな勢いばかりの気合の声が、私の後方から突撃してきました。

 

 

「うわああぁぁっ!!」

 

「な――うぎゃっ!?」

 

「め、メガネさん!?」

 

 

 声に思わず顔を上げると、そこにいたのはあの二人のキモ顔ではなく、それをタックルで吹き飛ばしたメガネさんでした。

 地面に倒された二人は現実が呑み込めていないのか、ぽかんと口を開けてメガネさんを凝視しています。しかしメガネさんによるボール奪取が成功したのは、あくまで彼らが私に気を取られていたせい。ハライタで苦しそうに息を吐くメガネさんなどに本来はやられるはずはなく、故にか、すぐに我に返ったらしい彼らは、一瞬の後に唖然から一転、血涙を流さんばかりの憤怒を浮かべ、メガネさんに襲い掛かりました。

 

 

「ああっ! ファンタジーがせっかく現実になりつつあったのに……!」

 

「それを邪魔するなんて! メガネ君、キミには失望したよッ!」

 

 

 何か意味の分からない台詞が聞こえた気もしますが、それはともかく、まっすぐメガネさんめがけて突っ込んでくる二人は脅威です。さっきのボール奪取はあくまで隙を突いたからであり、ロックオンされてしまった今、メガネさんがこの攻撃を回避できるとは思えません。

 せっかく取り返したボールは、再び奪い返されてしまうでしょう。それにそもそも、メガネさんがボールを保持して敵陣に突っ込んだとしても、彼にゴールは決められません。全く無意味です。

 

 私が立ち上がらなければ、何にもなりません。

 身体に鞭を打ち、足を踏ん張ってなんとか腰を持ち上げます。

 

 

「メガネさん、パスを――」

 

 

 しかし言いかけた言葉はメガネさんの耳には届いておらず、彼はまっすぐ二人の憤怒を睨めつけ、そして怒鳴り声を上げました。

 

 

「失望はこっちの台詞です!」

 

 

 ハライタとは思えないくらい、気力に満ちた声でした。

 

 

「まさか同士がこんなことをしているなんて! 同じオタクとして、僕は悲しい!」

 

「なんだと!? 君はこの状況がどれだけ貴重かわかってないのか! こんな少年漫画のおいろけシーン的なシチュエーション、現実では滅多に……いや、都市伝説レベルでしか存在しえなかったのに……っ!」

 

「そうではありません! メイド喫茶で毒を盛ったりコスプレで人を辱めたり、こんな真似をして……ヲタクとして恥ずかしくないのかと言ってるのですッ!」

 

「っ!」

 

 気圧されたように二人の足が止まりました。言葉にも詰まったようですがそれは一瞬のことで、彼らは張り合うかのように胸を張ります。

 

 

「恥ずかしくなどない! フィギュアのためなら事前工作の一つや二つ、喜んで手を汚すさ!」

 

「フィギュアですって?」

 

「君も知っているだろう? コズミックプリティレイナのアメリカ限定バージョンだよ」

 

「フットボールフロンティア優勝校にはアメリカ遠征の特典が付く。それでアメリカに行きフィギュアをゲットするために、勝たなければいけないんだ僕たちは!」

 

 

 はっきり言って、私には理解できない動機です。

 ただ『勝ちたい』、『優勝したい』という気持ちであったなら、私も理解できたでしょう。しかし彼らが欲していたのはその副賞。しかも、限定だか何だか知りませんが、サッカーとは何の関係もないフィギュアです。

 それを手に入れるために、恐らく今までやったこともなかっただろうサッカーの大会に出場し、卑怯な手段を用いてでも優勝しようとしている彼ら。そんな労力とリスクを背負い、それを堂々と胸を張って言ってのける彼らの頭はイカレてるとしか言いようがありません。

 

 そんな感想を読み取ったわけではないでしょうが、まんがかさんが再び私の方を見て、またニタァっと笑いました。

 

 

「そのためにも、特に彼女には働いてもらっちゃ困るのさ! 他の皆と一緒にメイド喫茶に来てくれれば話は簡単だったんだけど……」

 

「来なかったんだから仕方ないね! おかげでフットボールフロンティアの規約ページをチョチョイッと弄る羽目になっちゃって大変だったよ。でもおかげでよい萌えが見れたのでヨシ!」

 

「豪炎寺がケガしてなかったら地獄になってたかもだけど」

 

 

 ……ほんとにイカレてます。『チョチョイッと弄った』なんて聞こえてきましたが、それはつまりハッキングしたってことでしょうか。だとしたら警察の案件な気がします。ドン引きです。

 さすがのメガネさんも言葉がないようで、俯き肩を震えさせていました。しかしそうでなくとも、どうしようもなかったでしょう。

 

 

「出発進行! 【マッドエクスプレス】!」

 

「っ!? うわぁっ!」

 

 

 電車ごっこのように縦に並んだディフェンス三人のタックルが、メガネさんを撥ね飛ばしてしまいました。再びボールを奪取した彼らはそのまま反転、スカートが気になって満足に動けない私も置き去りにして、前線へパスを出しました。

 味方もハライタで碌なディフェンスができず、一人、二人とパスが繋がってあっという間にゴール前。受け取った二人組のうち、またも一人がバット……ではなく、今度はゴルフのクラブのように持ち構え、掬い上げるように打ちました。

 

 

「いくぞぉ~! 【ド根性クラブ】!」

 

「きゃ、キャプテンッ!!」

 

 

 先ほどの【ド根性バット】とよく似た必殺シュート。すぐ傍で、ブロックが間に合わなかった栗松さんが苦悶の顔で叫びます。

 嫌が応にも前半戦の失点を思い起こさせるシチュエーションです。私の中にも少なからずそんな不安が駆け抜けていきましたが、しかし。

 

 

「今度は止める……ッ!! 【熱血パンチ】!!」

 

 

 しっかりと、円堂さんはゴールを守ってみせました。

 しかも使った技は【ゴッドハンド】ではなく【熱血パンチ】。わかってはいたことですが、やはり秋葉名戸のシュートには円堂さんの守りを突き崩せるほどの威力はないようです。

 

 おかげで前半戦の失態がより強調されてしまうわけですが、そんな失意は頭を振ってひとまず追い出します。今悔いていても仕方がありませんし、それに、シュートを決めれば全部がチャラです。

 円堂さんが弾いたボールを拾い、顔を歪めながらもドリブルしてくる半田さんに、今度こそと手を上げます。

 

 

「半田さん! ボールを――」 

 

「ベータ、お前はすっこんでろ……!! 今度は、俺の番だ……ッ!!」

 

 

 しかし染岡さんの怒声に遮られてしまいました。さっきのことを根に持っていたみたいです。

 そして実際、今の私は色々と引きずったままで、まだちょっとぎこちない状況。半田さんと、同じくミッドフィールダーのマックスさんと少林さんはそれを眼にして考えが一致してしまったようで、互いに頷き合い、散開。パスを繋げて、それは最終的に染岡さんへと繋がりました。

 

 私のほうに警戒と注目が向いていたこともあって、染岡さんへのディフェンスは手薄です。これならシュートまで持ち込めるかもしれませんが――しかい、どうでしょう。私情を抜きにしても、私にはその選択が正しいとは思えません。

 

 

「ハライタでまともなシュートが打てちゃうんですかね」

 

「だから黙ってろって言ってんだ……!! 打てる打てないは俺が決める……!!」

 

 

 気力はあれどハライタに侵されたその身体。ここまで走ってくるだけでも随分辛そうな様子であるのに、その状態から打つシュートがまともな威力になるはずがありません。

 たぶん染岡さんも理解はできているのでしょう。しかし必死の形相で吐き出した大声でそれを吹き飛ばし、その気迫に慌てたデュフェンスを無理矢理押し退けると、

 

 

「オ、ラァッ……!! 【ドラゴンクラッシュ】!!」

 

 

 ペナルティーエリア外からではありますが、打ちました。

 そのシュートは、やはり万全の状態と比べれば劣ったものです。いつもであれば感じられるドラゴンの如き迫力はなく、そこから二、三歩下がった一直線のノーマルシュート。例えば円堂さんであったなら、必殺技を使わずともキャッチできたであろう程度の威力しか出ていません。

 

 がしかし、それでも私が思っていたほどの弱体化ではありませんでした。たぶん秋葉名戸にとっては十分強力なシュートです。

 別に嬉しくもありませんが、これならば得点になるかもしれません。シュートの力強さと、そしてその迫力を真正面から向けられたためか、くるりと背を向けてしまった秋葉名戸のキーパーさんの姿に、そう感じてしまいました。

 

 だからつまりその感触は、思いのほか強かった染岡さんのシュートに抱いてしまった“思わず”でしかなかったのです。

 

(……? なんで、背中なんて向けて……)

 

 数舜前まで見えていたキーパーさんの表情には、恐れも諦めもなかったように思います。シュートに背を向けたのがそれらではないのなら、彼はいったいなぜそんな恰好――お尻を突き出し両手を広げ、全身で踏ん張りを利かせているのか。

 間抜けすぎて、そこまで眼にしても一瞬わかりませんでした。

 

 

「【ド根性キャッチ】ィッッ!!」

 

 

 キーパーさんはシュートを、なんとお尻で受けたのです。威力に押されてずりずり後退、もとい前退しつつも結局止めきり、彼はお尻にボールを食いこませながら、

 

 

「……キリッ」

 

 

 サムズアップのいい笑顔で、歯を光らせるのでした。

 

 そんな渾身のドヤ顔を――しかもあんな間の抜けた必殺技でシュートを止められて――向けられてしまった染岡さん。

 

 

「……あらら。すっごいお顔になっちゃってますよ、染岡さん」

 

「か……ク……の゛……ッッッ!!!」

 

 

 頭が怒りで沸騰し、そして全部水蒸気にでもなってしまったくらいの憤怒。その断片と共にお顔を真っ赤にしながら、口の端をピクピクと痙攣させています。

 

 さすがにこれを突っつく気にはなりません。こっそり離れて相手の攻撃に備えて動きます。ついでに今度こそ私がシュートを打つために指示を出そうとしたその時。

 

 

「ふぅ……ちょっとだけヒヤッとしたが、やはり豪炎寺と米田ちゃん以外は大したことないみたいだ。豪炎寺がケガしてくれたのはラッキーだったと、つくづく思うよ」

 

「全くだね。米田ちゃんはメイド服のおかげで形無しだし……ふふふ! 我々の勝利は目前だね!」

 

 

 ノベルさんとまんがかさんニヤニヤ笑う声が聞こえてきました。ムカッとして出そうとした指示が喉で止まってしまいます。

 “ちゃん”呼ばわりなのも気に食わなくありましたが、それ以上にやはりサッカーに対するその態度。私や豪炎寺さんがまともに戦えないことに喜ぶその根性と、何よりその勝利宣言。彼らの得意げな顔は染岡さんに続いて私の精神をも揺さぶってきます。

 

 浮上してくる情けなさと怒り。彼らの顔を敗北に歪ませるのは、やはり私の役目です。それができなければ、私はこのチームにいる意味(・・)がありません。

 

 一呼吸のうちに、私の中の覚悟はさらに固くなりました。気持ちを改め――だがしかし。

 

 その時、またも横やりが入ってきました。

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